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ギャルの恋心に僕は気づかない

作者: 水口イクミ

 「最悪、お前の隣かよ。ついてねぇ。」

僕のほうを見ると周りの人たちにも聞こえるくらい大きな声でそう言ってきた。僕と席が隣になったことを嘆いているこの人はクラスの中心人物で僕とは真逆の陽キャである桐谷鈴音さんだ。スタイルがよく、美人で、派手な髪色で、いわゆるギャルというやつだ。

「うわぁ~! 鈴音、マジどんまいじゃん! かわいそう~」

桐谷さんの先ほどの発言に便乗して周りの人たちも僕に聞こえるくらい大きな声でそんなことを容赦なく言ってくる。しかし僕はこんなことはもう慣れてしまったので特に気にしない。そんな罵声やらが飛んでいるうちに授業の開始を伝えるチャイムが鳴り、先生が入ってきた。

「お~い、授業始めるから静かにしろ~」

それにしてもほんと6時間目の授業は眠くなるなと考えていると突然僕に向って桐谷さんが話しかけてきた。僕の眠気は一気にとんだ。

「おい、ボッチ。プリント見せろ。」

「えっ?」

僕は、はじめ寝ぼけているのか何を言っているのかよくわからなかった。そもそも僕は普段から誰にも話しかけられることがないからそんな突然のことにとても驚いていた。

「このあと提出のやつだよ。」

どうやら彼女は今日提出の課題プリントをやってきてないので僕のプリントの答えを写そうということだ。答えにあまり自信はなかったがとりあえず言われるままに渡した。

「はい。」

しばらくすると答えを写し終わったのか僕のプリントを返してきた。もちろんお礼を言われることもなく。しかし何とか提出に間に合ってよかった。そんなことを考えているとすでに帰りのホームルームが始まっていた。

「よし! ってことだからみんな明日忘れないようにな。じゃあ、今日のホームルームはこれで終わり。みんな気をつけて帰れよ~」

気が付けばホームルームは終わり放課後になっていた。僕は部活には所属していなかったので放課後には特にやることがなく、いつも真っ先に帰宅していた。だから今日もいつものように帰ろうとしたがいきなり、6限の授業のときの先生に呼び出された。それも桐谷さんと一緒にだ。


 「桐谷。このプリントこいつの答え写しただろ。」

先生はさっき提出したプリントのことで僕たちを呼び出したようだ。二人の答えが全く同じだったので怪しいと思ったのだろう。先生は桐谷さんを疑っているようだ。しかし桐谷さんは不貞腐れているのか黙っている。

「あっ、先生。それ僕が桐谷さんの答えを写しました。」

「えっ、そうなのか?」

先生は驚いた顔で僕のほうを見てくる。それもそうだろう。僕は普段から無口で控えめな性格だから真面目だと思われている。

「はい。今日たまたまやってくるの忘れちゃって。」

「そうか。ただ二人とも罰として明日の放課後に小テストな。」

先生はそう言うと僕たちを解放した。


 「今更なんのつもり?」

教室に帰る途中で桐谷さんが急に口を開いた。僕は彼女の言っている意味がよくわからなかった。

「えっ、今更って?」

不機嫌そうに彼女がこっちを見て言ってくる。

「このお人好しが。あたしを庇ったつもり?」

そう言うと僕は彼女がさっきのことを言ってるのか、と思い、反論しようとしたが彼女に遮られてしまった。

「そいうのマジいらないから。余計な事しないで。」

そう言うと彼女は走って教室に向かい、すぐに帰ってしまった。


 「ただいま。」

僕は家に帰るとすぐにお風呂に入り、晩御飯を食べ、明日に備えるため小テストの勉強をすることにした。勉強中に気が付けば僕は桐谷さんのことを考えていた。

「桐谷さん怒ってたなぁ。」

ただでさえ嫌われているのにあんな怒らせたら明日からほんとに口をきいてもらえないかもしれない。せっかく向こうから話しかけてくれたのに。嫌われることには慣れているのになぜか僕はそんなことを気にしていた。

「ただ今は明日のために勉強だ。」

僕はそう気合を入れると勉強を再開した。


 朝のホームルームの終わり際に先生が言ったことに僕は困惑していた。

「よ~し、みんな、昨日言った課題は持ってきたか? 用意しとけよ、あとで集めるから。」

昨日言った課題? 僕は何のことを言っているのか全く分からなかった。何かわからないままとりあえず僕はカバンや机の中を探す。しかし当然だがそもそも何のことを言っているのかわからなかったので見つかるはずもない。そんな風にあたふたしていると突然隣から桐谷さんの声が聞こえてきた。

「ボッチ、お前忘れたの? だっさー。」

桐谷さんは僕が課題を忘れたことを笑っている。すると彼女の周りの友達も一緒になって僕を笑い始めた。正直、僕は一瞬、彼女に期待してしまった。

仕方ないので僕は先生に忘れたことを伝えに行くと明日提出するようにと言ってすぐに許してくれた。これも、先生から僕は真面目だと思われているおかげだろう。そうして教室へ戻り、席に着くと桐谷さんがニヤニヤしながら再び僕を馬鹿にしてきた。

「課題忘れて怒られるとかマジださいな。笑うんだけど。」

昨日課題をやって来てなかった桐谷さんに言われるのはと思い、僕も反論する。

「いや、別に怒られてはないし。」

僕がそう言うと桐谷さんはさらに僕を煽るように返してくる。

「なに強がっちゃってんの? きもー。」

「たまたま昨日は聞いてなかっただけだし。」

「言い訳とか見苦しいだけだから~。」

そんなやり取りをしているうちに授業が始まった。

昨日あんなことを言われたにも関わらず、桐谷さんは今日も僕に話しかけてくれた。正直、僕は、それが内心うれしかった。内容はどうであれ。


 時刻は午後5時。僕と桐谷さんは昨日先生に言われた小テストを受けていた。

「あまりに点数が低かったら追加課題な。」

先生はいきなりそんなことを言ってきた。僕はあまり勉強ができるわけではないので少し困惑したが一応は勉強してきた。だから僕のほうは大丈夫だろう。しかし桐谷さんはどうだろう。僕が一瞬、桐谷さんのほうを見ると彼女は意外にも余裕そうな表情である。勉強ができるようには見えないが、、あきらめたのか? 僕がそんなことを考えているうちに先生が終わりを告げる。

「よし、そこまで。じゃあ、答案もってこい。」

自分の答案が目の前で採点されるのを見ると緊張してくる。しかしそんな僕とは対極的に桐谷さんは落ち着いており、まるで結果をすでに分かっているように見える。

「桐谷は合格。 お前は、、60点か、、ギリ合格。よし、二人とも帰っていいぞ。」

そういうと先生は職員室へと戻っていった。今は僕と桐谷さんだけが教室に残っている。僕たち二人しかいなかったので僕は話しかけてみた。

「桐谷さん、意外と頭いいんだね。」

すぐに僕はしまった、と思った。

「意外と?」

「あっ、いや、ごめん。その、、桐谷さんギャルだから、、」

「はっ、なにそれ偏見じゃん。」

彼女は意外にも怒ることなく、穏やかな表情だった。

「あたし、もともと頭いいし。それに昔は全然ギャルじゃなかったしね。」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ。髪も黒で、服装も清楚系だったんだよ。」

彼女の口調がいつもと違うことに違和感を覚えながら僕は続ける。

「へぇー。じゃあもしかして高校デビュー?」

僕がそう聞くと彼女は真剣な顔つきになり、話し始めた。

「昔、好きだった人が言ってたの。『僕、ギャルっぽい子が好きなんだよね!』って。だから、あたしは頑張ったの。その人に振り向いてもらうために。まぁ結局その人とは気持ちを伝える前に離れ離れになっちゃったけどね。」

話し終わると彼女の表情は少し曇っていた。だから僕は少しでも彼女を励まそうとした。

「きっといつか再開できるよ!」

根拠はない。あまりに無責任な発言だった。それでも彼女は微笑みながら言った。

「うん! ありがと。」

その表情に一瞬、僕は見とれてしまったと同時に懐かしさを感じていた。


 僕の名前は宮村拓。高校2年生だ。高校へ進学すると同時に親の都合で引っ越しをすることになり、この学校へ入学した。だからもちろん周りに友達は一人もいない。そのうえ僕は人と接することもあまり得意ではない。だから学校ではずっと一人で過ごしてきた。そうすると学校ではボッチだとか陰キャと呼ばれるようになった。次第にひどくなり僕は学校で無視されたり、空気のように扱われるようになった。そんな僕だが、小さいころは僕にも親友と呼べる友達がいた。ほぼ毎日、一緒に遊んでいたし、一緒に旅行にも行った。その子は小さいころから頭がよく、運動神経も抜群で僕はずっと憧れていた。結局、その子は僕らが小学1年生の時にどこかへ引っ越してしまったが。今はその子の名前も顔も思い出すことはできないが、一つだけ覚えていることがある。それは最後に交わした約束である。僕らは離れるときに、一緒に、星の形をしたストラップを作った。それは星が半分に割れていて2つを合わせると1つの星になるようなストラップだった。そして僕らは再開したときにお互いの半分しかないストラップを合わせて、1つの星を作ろうと約束したのだ。


 僕は今、非常事態に直面している。時刻は午後2時すぎ。ちょうど5限目の授業の真っただ中だ。隣にいる桐谷さんがなぜかこっちを睨んできているのだ。僕は必死に今日1日のことを振り返り、睨まれるようなことをしたかと思い出す。朝はいつも通り、「今日もボッチか。」とからかわれただけだし。思い当たることは何もない。僕がそんなことを必死に考えていると彼女が口を開いた。

「ねぇ、あんたってほんとに友達いないの?」

「えっ、急になに?」

僕がそう言うと彼女はより一層、睨みをきかせながら答えをせかしてくる。

「いいから。」

「いないけど。」

「あっそ。」

自分から聞いておいてその態度はないだろうと思い僕は少し強がる。

「いや、でも昔はいたよ。10年前にどこかへ引っ越しちゃったけど。」

「ふ~ん。どんな子か覚えてないの?」

「うん、もう名前も顔も思い出せないんだよね。覚えているのは僕らが確かに親友だったってことくらいかな。」

それだけ聞くと彼女は興味なさげに「あっそ。」とだけ言い会話を終わらせた。その日それ以上彼女と会話をすることはなかった。


 それから数日、僕は桐谷さんにいつも通りからかわれるだけで特に何も起きることなく、割と平和に過ごすことができた。ただ一つ気づいたのは桐谷さんは必ず毎日、僕に話しかけてくれる。これまで丸1日誰とも話すことなく過ごすこともあったからそれは僕にとってうれしいことだった。


 「帰るころには晴れてるかな。」

午後の授業中、外を眺めると雨が降っていた。学校に登校するときは雨が降っていなかったので僕は今日、傘を持ってきていなかった。帰るころには晴れていてくれと僕は願ったが、気づけばすでに帰りのホームルームが終わるところだった。

「まだ降ってる。」

仕方ないから僕は雨が止むまで学校に残っていくことにした。

「なに傘忘れたの~?」

桐谷さんがバカにするように聞いてくる。

「うん。忘れた。朝は降ってなかったし。」

「ださ~。マジどんまい。せいぜいビショビショになって帰るんだな。」

「ていう桐谷さんだって傘ないんじゃん。」

よく見ると彼女も傘を持っていなかったので僕は反論してみる。

「いや、あたしは折り畳み持ってるから~」

そういうと彼女はカバンから折りたたみ傘を取り出し、僕を煽るように見せびらかしてきた。

「残念でした~ じゃあ、あたし帰るから。バイバ~イ。」

「あぁうん。じゃあ。」

そうして彼女は帰って行ってしまった。僕は、雨が止むまで課題でもしながら時間をつぶすことにした。


 時刻は午後6時。いまだに雨が止む気配はない。しかしさすがに外もだいぶ暗くなってきたので僕は仕方なく、ずぶ濡れになる覚悟で帰ることにした。

「やっと帰る気になったのかよ。」

教室を出て、廊下を歩いていると突然声を掛けられた。僕が慌てて振り向くとそこには桐谷さんが立っていた。

「桐谷さん、なにしてるの? 帰ったんじゃなかったの?」

僕がそう聞くと彼女は少し慌てたようにそう答えた。

「はっ? いや、図書室で課題やってたんだよ。」

「そうなんだ。」

「で、あんたどうやって帰るの? まだ雨降ってるけど。」

「あぁ、このまま帰るよ。」

僕がそういうと彼女は少し気弱そうな声で言ってきた。

「あっそ。じゃあ、入ってく?」

「えっ、いいの?」

「仕方なくだから! 仕方なく!」

「うん! ありがとう!」

僕がそういうと彼女は「ほら、早く帰るよ。」と言って僕らは昇降口へと向かった。


 「ん、早く。」

彼女は傘を取り出し、それを開くと僕に早く入るよう急かしてきた。

「うん。じゃあ。失礼します。」

「他人行儀だな。」

「あっ、ごめん。それより僕、傘持つよ。貸して。」

「えっ、あ、ありがと。」

「それにしてもなんで入れてくれたの?」

僕は彼女の行動がうれしかったが、なぜこんなことをしてくれるのか気になり、聞いてみた。

「はっ? いや、だから仕方なくだって。マジで。」

「ふ~ん。そっか。桐谷さんって優しいんだね!」

僕がそういうと彼女は顔を赤らめ、言葉を詰まらせた。

「はっ? いや、、だから、、その、、」

「でも、とにかくありがとね。僕うれしかったよ。桐谷さんにあんな風に言ってもらえて。」

「あっそ。」

そんなやり取りをしているうちに気が付けば僕の最寄り駅についた。

「じゃあ、僕はここで。今日はありがとね。」

「うん。それじゃあ。」

そうして僕と桐谷さんは駅で別れ、それぞれ帰宅した。


 「今週からテスト期間だからみんなしっかり勉強しろよ~」

先生が帰りのホームルームで放った言葉で僕は来週からテストが始まることを思い出した。一応、僕は真面目キャラではあるが、実はあまり成績がいいわけではない。テスト期間中はなぜか勉強に対するやる気が出ず、家に帰るとつい勉強をさぼってしまう。そんなことを考えていると桐谷さんが話しかけてきた。

「あんた、そういえば勉強できないでしょ?」

「えっ、うん。まぁ、あんまり得意じゃないけど、よく知ってたね。」

どうして彼女が僕の勉強のできを知ってるんだろうと疑問だったが今はあまり気にしないことにする。

「はっ? いや、頭わるそうだから。」

「えっ、僕ってそう見えるのか、、」

「実際、前の小テストもあたしより点数低かったじゃん。」

痛いところをつかれ、僕は言葉に詰まる。

「うっ。」

「で、どうやって勉強するつもりなの?」

「えっ。う~ん。家だと勉強できないし、放課後に図書室で勉強してこうかなぁって。」

「ふ~ん。家で勉強できないなんて甘えじゃん。だっさ~。」

そういうと彼女は友達と一緒に帰って行ってしまった。正直、僕は彼女が勉強を教えてくれるんじゃないかと期待してしまっていた。しかしそんなことはなく、その日、彼女が図書室に現れることはなかった。


 時刻は午後4時半。僕は今日も一人で図書室にいた。昨日は結局、ほとんど勉強がはかどらなかったので「今日こそは。」と気合を入れ、早速勉強を始めようとすると突然背後から声をかけられた。

「ねぇ、あんた。」

僕は、その声の主が桐谷さんかと思い振り返ったが、そこにいたのは同じクラスメートで桐谷さんの友達だちの小林寧々だった。

「えっ?」

僕はその突然のことに驚き、声を詰まらせていると彼女は僕の隣に座り、聞いてきた。

「同じクラスの宮村でしょ? 最近、鈴音と仲いい。」

「えっ、あっ、うん。あと、桐谷さんとは仲いいっていうかよく話してるだけだよ。席となりだし。」

小林さんもまたギャルだったので、同級生にもかかわらず、僕は少し萎縮してしまった。

「ふ~ん。」

「ところで、今日はどうしたの? 急に。」

僕は彼女がなぜ急に話しかけてきたのか聞いてみた。

「あぁ、宮村って真面目そうだし頭いいでしょ。勉強教えてよ。」

「えっ、いや僕、全然頭よくないよ。」

「そういうのいいから。とにかく教えて。あたしいつも赤点ギリギリなんだから。」

「いや、それだったら僕より桐谷さんのほうがいいじゃない? 僕より勉強できるし。」

「いやいや、鈴音はだめだよ。迷惑かけられないし。」

彼女はきっと友達想いなんだろう。だから友達でもない僕のところに急にきて、勉強を教えてもらおうとしているのだろう、と考えているうちにすでに彼女は、教科書とノート、参考書を机に広げ、準備万全だった。仕方ないので僕はしぶしぶ勉強を教えてあげることにした。

「で、こうなるわけ。」

「なるほど。やっぱ宮村って頭いいじゃん。」

「そんなことないよ。小林さんの理解力が高いんだよ。」

「まっ、まあね! やっぱあたし天才かも!?」

そういうと一瞬、間が空き、彼女は言葉をつづけた。

「てかその呼び方なんか堅いし、寧々でいいよ。」

「えっ? でも、、」

僕はあまりに突然のことに正直、動揺していた。しかし彼女はそんなことお構いもなしに続けてくる。

「いいから寧々って呼ぶこと! わかった?」

「えっ、あっ、うん。わかった。」

結局、僕は彼女の勢いに押されてしまった。


 「宮村~。今日も放課後、図書室な。」

僕が教室で午後の授業の準備をしていると、寧々さんは突然後ろから現れ、そう言ってきた。少し周りの視線が気になるが、とりあえず僕は返事をしておく。

「あっ、うん。」

僕がそういうと彼女は自分の席まで戻っていった。すると僕たちのやり取りを隣で見ていた桐谷さんが、僕に迫るように聞いてきた。

「はっ? どういうこと? あんた、放課後、寧々と一緒に勉強してんの?」

「えっ、いや、たまたま昨日、図書室で会って。それで僕が勉強教えることになったんだよ。」

「なんで?」

彼女は間髪入れることなく、聞いてきた。そんな彼女に僕は圧倒され、少し言葉に詰まりながら答える。

「いやっ、その、寧々さんが勉強教えてくれって言うから。」

「なんでわざわざあんた? あたしのほうが頭いいのに。どういうこと? 何のつもり?」

「そっ、そんなに気になるんだったら本人に直接聞いてきたら?」

僕がそういうと、彼女は「そうしてくる。」と言って寧々さんのところに向かおうとしたが、授業の始まりを告げるチャイムが鳴ってしまった。彼女は、授業が始まっても落ち着かない様子で、終始そわそわしていた。その後、授業が終わると、彼女はすぐに寧々さんのところへ行き、二人で話すために教室から出て行った。


 「で、どういうつもりなの?」

桐谷は寧々を教室の外へ連れ出していた。

「えっ? なにが?」

「だからなんで寧々があいつと一緒に勉強してんの?」

「あ~、この前たまたま図書室で会ってさ。それで勉強教えてもらおうと思って。あっ、もしかしてダメだった?」

「いや、別にダメとかじゃないけど。」

桐谷がそういうと寧々はニヤついたような表情で言ってくる。

「大丈夫だって。とったりしないから~」

「はっ? 別にあいつはそんなんじゃないし。」

「ホントかな~」

「ホントだよ。」

「じゃあ、あいつと今日も一緒に勉強していいよね?」

「いいんじゃない。」

「ふ~ん。じゃあそうするね。」

寧々はそういうと桐谷に背を向け教室へと戻っていく。しかし桐谷が突然、寧々を呼び止める。

「あっ、寧々! やっぱ、一つだけ。」

「ん? なに?」

「えっと、あのさ、、」

やり取りが終わると二人は教室へと戻っていった。


 僕は、彼女が教室に戻ってきたらどうだったのか聞こうと思ったが、帰ってくると同時に次の授業が始まってしまい、結局、気が付けば放課後になっていた。

「あっ、そういえば、、」と僕が聞こうとすると桐谷さんは「じゃあ、お先~」と言って足早に教室から出て行ってしまった。そうして僕があっけにとられていると寧々さんが話しかけてきた。

「なにしてるの~? 早く行こうよ。」

「あぁ、うん。ところで桐谷さんとはどんなこと話したの?」

「う~ん、そうだな~。それは秘密!」

「えっ、逆に気になる。」

「まぁまぁ、あんまり詮索しないこと!」

そういって僕たちは図書室へと向かった。


 「えっ? どういうこと?」

僕は、あまりの驚きについ声を出してしまった。僕が図書室に入り、いつも使っている席に着こうとすると、そこには桐谷さんがいたのだ。

「あっ、来た来た。さっそく始めよ~」

桐谷さんはまるで当然かのように勉強を始めようとしている。

「えっ、いや、なんで桐谷さんが? どうしたの急に?」

僕がそう聞くと彼女は不機嫌な顔で逆に聞いてくる。

「なんで? あたしがいちゃダメなの?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど。 桐谷さんは家で勉強するって。」

「あぁ~あれね。やっぱ家だと勉強できない。それに寧々の勉強も見てあげようかなって。」

「なるほど。まぁ確かに桐谷さんのほうが勉強できるし、いいと思うけど。でも、」

すると寧々さんは僕が懸念していたことについては解決したと説明した。

「鈴音がいいって。全然あたしに勉強教えるの苦じゃないからって言ってくれてさ。だからあたしは二人に勉強見てもらうことにしたんだ~」

そうして今日から僕たちは三人で勉強をすることになった。


 「で、どうして寧々とあんたとが隣なわけ?」

勉強中、唐突に桐谷さんがそんなことを言ってきた。

「えっ? ダメなの?」

僕が反応するより先に寧々さんが口を開く。

「別にダメではないけど。」

桐谷さんがそういうと寧々さんはニヤついた顔で桐谷さんをからかい始める。

「あっ、嫉妬ね~。」

そういうと桐谷さんは慌てたように反論する。

「いや! 違う! その、、なんか、、二人ともまだそんな仲良くないし。気まずいかなって思ったの!」

「照れ隠し~? 宮村君の隣になりたいならそういえばいいのに~」

「だから違うって。」

「はいはい。それじゃ、鈴音がこっちでいいよ。」

そういうと桐谷さんと寧々さんは席を交代し、僕の隣に桐谷さん、向かいに寧々さんといった配置になった。その後、僕らは2時間ほど勉強し、今日は帰ることにした。

「じゃあ、僕こっちだから。お疲れ。」

そういうと僕は桐谷さんと寧々さんと駅で別れ、帰宅した。


 「あれ、鈴音。それまだつけてたんだ~」

そういうと彼女は鈴音のカバンについているストラップを指さした。

「あぁこれね。うん。大切なものだからね。」

「確かそれ中学の時からつけてるよね~?」

「まぁね。なんだったら小学生のころからずっとカバンに着けてるんだよね~」

「えっ? そうなの? なんでそんなつけてんの?」

「え~と。実はこれ昔、あたしが引っ越すときに、初恋の人からもらったものでさ。」

彼女は少し恥ずかしそうにしながらそう言った。すると寧々はその話題に飛びついてきた。

「え! 鈴音の初恋とか初耳なんだけど! 相手どんな人?」

「えっと、、すごく優しくて、素直で、めっちゃかわいい。」

「べた惚れだったんだ! その人って今どこにいんの?」

「う~ん。どこだろ?」

「なんだ~わかんないのか。でもいいね。そういうの。ちなみにまだ好きなの?」

「えっ! えっと、、うん。まだ好き。」

「そなんだ~! いいね~初恋相手のこといまだに好きって。再開できるといいね!」

「うん、ありがと!」

そんなやり取りをしているうちに分かれ道に差し掛かり、それぞれの家へと帰宅した。


 「お~い、宮村。なにしてんだ? 早くいくぞ。」

声のしたほうを見ると寧々さんと桐谷さんが教室の外で僕を待っていた。僕はすぐに二人のところまで行き、「ちょっと、寧々さん、声が大きいって。」と言うと、彼女は「両手に花みたいでよくない~?」と僕をからかってきた。そんなやり取りをして僕たちは図書室へと向かった。

「あのさ、二人とも。」

突然、寧々さんが口を開いた。

「うん? どうしたの?」

桐谷さんがそう答えると、彼女は申しわけなさそうに切り出した。

「実は今日さ、ちょっと用事があって、悪いんだけどあたし、先帰ってもいい?」

「あぁ、そういうことなら。家でさぼるなよ~」

桐谷さんがそういうと、彼女は帰り、僕は桐谷さんと二人で勉強することになった。

「ねぇ、桐谷さん。この問題なんだけど、、」

僕が彼女に聞こうとすると、慌てたように「えっ! なに?」とかなり驚いた様子で聞いてきた。

「えっと、ここの問題がわかんなくて、教えてほしいと思ったんだけど、、」

そういうと彼女は妙に張り切ったように答えてくれた。

「あぁ、これね! うんうん! ちょっと待って!」

少し考えた後、彼女は丁寧に教えてくれた。そうして2時間ほど勉強し、僕らは帰宅することにした。


 「そういえばなんだけどさ、あの、、」

学校を出て、二人で並んで歩いていると、彼女が突然、そう切り出した。

「うん。どうしたの?」

「えっと~ずっと聞こうと思ってたんだけど、あんたってさ、寧々のこと、名前で呼んでんの?」

「あ~そういえば、うん。そうだね。」

「へぇ~なんで?」

僕は桐谷さんの声のトーンが少し低いように聞こえ、さらにテンションも低いように見えた。

「寧々さんにそう呼んでほしいって言われてさ。」

「えっ? 呼んでほしいってどういう?」

「苗字にさん付けだと、堅苦しいからって。」

僕がそういうと彼女はいつものトーンに戻り、気づけば普段通りのテンションになっていた。

「あ~なるほどね。そういうこと! あたしのことは下の名前で呼ばないの?」

「えっ、初めから桐谷さんだったし、、、」

「でも、寧々は下の名前だし、あたしも下の名前でいいよ。」

僕はそういわれると彼女の勢いに飲まれ、これからは下の名前で呼ぶことにした。

「じゃあ、鈴音さんでいい?」

僕がそういうと彼女は嬉しそうにして「うん! それで!」と言った。


 「今日で試験前ラストの勉強会だね~」

勉強中に寧々さんがそういうと、僕はこうして三人で集まるのも最後かと思い、少し寂しくなる。

「そうだね。二人ともテスト大丈夫そう?」

僕がそう聞くと二人は「ばっちり!」、「完璧!」と自信ありげに返事をした。

「確かに鈴音さんは大丈夫だろうね。寧々さんはほんとに大丈夫?」

「赤点は回避できる! たぶん。」

「じゃあ、とりあえずの目標は達成できそうだ。」

「もちろん!」


 時刻は午前8時半過ぎ。ついにテストが始まる。鈴音さんは相変わらず余裕そうな表情でいる。それに対して寧々さんは見るからに緊張しているようだった。僕は心の中でエールを送り、僕自身も目の前のテストに集中することにした。

 全教科のテストが終わると、僕はテストをやり切った達成感と共に、これで本当にあの勉強会も終わってしまったのかという喪失感も感じていた。鈴音さんとは席が隣同士だからこれからも多少はしゃべるだろうし、寧々さんもよく鈴音さんのところに来るから少しはしゃべるかもしれないが、やはり、あの勉強会の時ほどではないだろう。それに、これからはもう三人で一緒に帰ることもないだろう。僕はそのことがすごく寂しかった。二人は高校に入って初めてできた友達だ。鈴音さんは僕に初めて話かてくれた。寧々さんは初めて僕を誘ってくれた。二人は本当に僕にとって大切な友達だ。僕がそんなことを考えていると、突然、寧々さんが話しかけてきた。

「終わった〜! 疲れた〜! 二人ともどうだった?」

「お疲れ。僕はいつも通りって感じかな。」

「あたしもそんな感じかな。」

そういうと寧々さんは疲れ切った顔で「ホント二人は余裕だね。」と少し呆れたかのように言ってきた。

「で、逆にどうだったの? 赤点回避できそう?」

僕がそういうと、彼女は自信に満ち溢れた顔で「それはもちろん!」と返事をした。

「ねぇ、二人ともさ、この後って時間ある?」

寧々さんが僕らに向かってそう聞いてきた。

「あたしは平気! あんたは?」

「えっ、あ、僕も大丈夫だけど。」

僕がそう答えると寧々さんは「今から三人で打ち上げ行こ!」と提案してきた。僕はそれが嬉しくて、「うん! 行こう!」と返事をした。


 時刻は午後4時過ぎ。僕らは学校近くのファミレスに来ていた。僕が高校生になって、友達とこんな風にどこかへ行くというのは初めてだったので、嬉しくてテンションが上がっていた。

「それにしてもほんと鈴音と宮村がいてくれてよかったよ〜! 私一人じゃ絶対、勉強できなかったし。」

「はじめは赤点ギリギリであんなだったのに。ほんとよかった。」

僕がそういうと鈴音さんも「よかった。よかった。」と嬉しそうに言った。その後、僕らは2時間ほど他愛もない話をし、外がすっかり暗くなった頃、解散した。


 テスト返しが終わり、無事、寧々さんは赤点を回避することができ、僕と鈴音さんもとりあえずの成績を残すことができた。

「これで本当に終わったのか。」

これからは僕たち3人が今までのように毎日集まることはないだろうと思い、僕が少し、そのことを寂しく思っていると突然、隣から声をかけられた。

「なにぼけっとしてんの? はやく行くよ。」

その声に驚き見ると、そこには鈴音さんがいた。

「えっ? 行くってどこに?」

「はぁ? 図書室に決まってんじゃん。」

「でもテストはもう終わったし。何しにいくの?」

「テストは終わっても勉強は終わらないでしょ。それにあんた、どうせ放課後暇じゃん。」

「まぁ、確かに。」

 僕がそのことに納得すると、彼女はいきなり僕の手を取り、「いいから行くよ!」と言って、僕はそのまま連れて行かれてた。突然のことだったが僕は内心、それが嬉しかった。

「あっ、宮村も来た! これで三人揃ったね。」

僕が図書室に入るとそこには寧々さんもいた。

「寧々さんもいたんだね。」

「まるであたしがいちゃいけないような言い方〜。」

「いやっ、別にそういうわけじゃ。」

僕がそんな弁解をしていると鈴音さんが僕らに向かって言ってくる。

「まぁ、ともかくこれからも放課後はここで勉強だからね!」

「あたしはもともとそのつもりだったけどね。宮村もいいよね?」

「うん、もちろん!」

そうして僕らはこれからも三人で勉強することになった。


 「あっ、そうだ! あたし、今日ちょっと用事あるから先帰るね。ごめんね。」

突然、寧々さんはそう言って先に帰っていった。突然のことに僕が呆気にとられていると鈴音さんが声をかけてきた。

「もういい時間だし、あたし達もそろそろ帰ろっか。」

「あぁ、うん。そうだね。」

「明日からもやるから忘れないでね。」

そういって僕らは昇降口へ向かった。あたりはすでに日が沈みかけ、鈴音さんが夕焼けに照らされていた。僕がそんな彼女に見惚れていると、彼女は「何やってんの?はやくいこ。」と声をかけてきた。そうして僕はいつものように彼女の横を並んで歩く。


 僕は、これからもこの道を鈴音さんと一緒に歩くことになるのだろう。彼女の鞄についたストラップに気付くことなく。






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