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前編

仙道アリマサ様主催の『仙道企画その3』、参加作品です。


お時間のあるときにお読みいただけると幸いです。

 ガラガラ、ガラガラと、余り整えられていない街道を荷馬車が車輪の音をさせながら進んでいる。

 御者席の後ろ、たくさんの荷物を積んだ幌付きの荷台の最後部に乗って俺は、流れていく風景を眺めていた。

 普通は前を向いて座るから風景が向かってくるんだけど、こうやって座っていると風景が向こうに流れていくのが新鮮な感じでちょっと面白いな。

 突然、視界に木や大きな石、たまに動物が入り込んできてそのまま遠ざかっていく。


「前を向いて座ってたら、ある程度は何が近づいてくるのかって分かるけど……いきなり目に映るからびっくりするけど楽しいもんだな。ちょっとケツが痛いのが難点だけど、歩かなくて良い分、楽だし」

「ケツが痛いのは仕方ないじゃろ、これは荷馬車で駅馬車じゃないんじゃから。こっちに来た方が楽かも知れんぞ、兄ちゃん。御者席には一応、クッションを敷いてあるでな」


 小さく呟いたつもりだったんだけど、御者のおっちゃんに聞こえてたか。

 ぼりぼりと頭をかきながら、荷台の後ろから御者席の近くへと歩いていく。

 荷物が綺麗に左右に分かれていて、歩けるようになってるからいいけど、みっちり積んであったら移動するのも難しかっただろうな。

 俺が近づいてくるのが音で分かったんだろう、ちらっと俺の方を向いて、御者席の空いてる方のスペースをぽんぽんと叩くおっちゃん。

 少し考えて、お言葉に甘えることにした俺は背負っていた荷物―着替えや旅に必要な日用品、保存食、そしてとあるモノの入った背負い鞄―を荷台に置いて御者席の空いてるスペースに腰掛けた。

 確かに薄いけどクッションがある分、ケツに優しく感じる。


「それにしてもおっちゃん、乗せてくれてありがとな?村までは結構、距離があるから歩いて行くってなると大変だったからさ。本当、助かったよ」

「はっはっは、いいんじゃよ。こいつと儂の二人旅も良いが、こいつは無口じゃからな。話し相手がおる方が儂も楽しいし、お前さん、そこそこ腕が立つじゃろう?ここらは野盗が出るようなことは滅多とないが、出たときは手伝ってくれたらありがたいしの」


 俺の礼の言葉に楽しげに笑って言うおっちゃん。おっちゃんの言うこいつ、って言うのは荷馬車を引いてる馬のことだ。長年の相棒で、大切な仕事仲間だって言ってた。

 確かに、凄く手入れをされていて毛艶もいいし体格もいい、大事にしてるんだろうなって言うのが分かる感じがする。

 腕が立つ、と言われてちら、と荷台においた鞄へと視線を送る。得物はあの鞄の中に入れてあるんだけど、準備しておいた方がいいか?まぁ、滅多と出ないって言うなら大丈夫、かな。


「なんじゃ、荷物の中に得物が入っとるのか?まぁ、いきなり矢を射掛けられるとかでもせん限り、向こうはこっちに止まれって言ってくるからの。その間に準備すればええ。護衛で雇ってる訳でもないからの」

「おっちゃん、聡いっていうか凄いな。俺の視線の動きだけで分かったのか?もしかして、昔は兵隊とかだったり?」


 俺の質問におっちゃんは笑って首を振り、違うと仕草で答えるだけだった。まぁ、ゆきずりの相手に話せることとそうじゃないこともあるだろうし、深くは聞かない方がいいか。

 ちら、とおっちゃんを見る。

 白髪交じりの茶色い髪、目元は笑い皺が出来ていて、垂れ目。団子鼻で口は大きくて、笑う度に白い歯が良く見える。行商人だからか、浅黒く日焼けしていて、肌は綺麗とは言い難い。でも小太りの身体からは人が良い雰囲気が滲んでいて、商人なんだなって感じさせる。

 それでも行商人として自分の身は自分で守らないといけないからだろう、鍛えてる人間から感じる独特の気配を感じる。


「なんじゃ、そんなに見つめて。照れるではないか。儂を見るくらいなら風景を見た方が良いぞ?街道沿いとはいえ、ここらの山は他ではお目にかかれないくらい高くて、山頂は降った雪がずっと溶けずにいてまるで白い帽子を被っておるように見えるじゃろ。壮大で雄大な自然を見るのも、旅の醍醐味じゃぞ?まぁ、ここいらが故郷なんじゃったら、見飽きてるかも知れんが」


 そう言われておっちゃんの横顔から周りの山々へと視線を向ける。

 今、通っている場所は切り開かれていて平らだけど、少し街道を離れると木々が生い茂っていて、そこから更に視線を上げていくと急な斜面になっていて、大雨が降って崩れたのか、ところどころ山肌が剥きだしになっているところがある。

 そこから前を向いて進行方向を見ると、確かに山頂付近が白くなってる山が見える。

 あの白いのが全部、雪ってことか、凄いな。街に住んでるとあんな光景は見られない。


「ん、まぁ、村に住んでた頃は確かに見飽きてたけど、久しぶりに戻ってきたらやっぱり懐かしいって思うよ。あの雪山の風景、それにこの辺りの森の雰囲気も」

「そうか。久しぶりっていうと、どれくらい戻ってないんじゃ?」

「そうだなぁ、もうかれこれ十五年くらいかな。十五になって直ぐに行商のおっちゃんに頼んで村を出たから。今年で俺、三十だし」


 ああ、そうか。もうそれだけ経ってるんだな。口にして言葉にすると、流れた歳月が今更ながらに実感される。

 その間、一度も村に戻らなかったから、もしかしたら帰っても村に入れてくれないかも知れないな。

 それか、余所者扱いされるか……うわ、そうなったら、俺、泣くかも。


「三十?見えんなぁ、まだ二十五くらいかと思ったわ」

「……いや、三十も二十五もそんなに見た目変わらなくないか?」


 言いながら髪に触れる。おっちゃんほどじゃないけどちらちらと白髪が出始めた茶色い髪、あんまり手入れとかしてないから、なんとなくごわごわしてるっていうか、指通りが悪い。


「それにしても、そんなに戻っておらんかったのになんで戻る気になったんじゃ?ああ、もちろん話したくないなら言わんでいいぞい?儂も昔泣かせた女の話は話せるのと話せんのがあるからのぉ」

「へぇ、おっちゃん、モテたんだ?はは、まぁ別に話せないって訳じゃないよ。村へ届け物をする依頼が出ててさ。それを俺が受注したって訳。だから、仕事のついでに帰郷しようと思って」

「ほぉ、やはりお前さん、万屋(よろずや)か」


 万屋、それは言ってみれば何でも屋のことだ。どんな仕事でも、(よろず)、請け負うからそんな名前が付いた。

 小さい村や町にはあんまりないけど、大きな街には万屋を纏めてる元締めがいて、依頼された仕事を所属してる万屋に割り振っている。

 街の清掃、失物さがし、商人の護衛、輸送や郵便、賞金首の討伐、森に出る魔物の退治と仕事の幅は広い。

 一つの街で独立した組織になっていて、街同士の横の繋がりは無いと言って良いに等しく、稀に重大事件が起きたとき連絡するくらいだ。

 例えばだけど、別の街からやってきて仕事をしようとする万屋は、前の街でどれだけ有名でも重要度の高い仕事、つまり実入りの良い仕事は請けさせて貰えない。

 前の街で有名だったのに、別の街に来て仕事をするってことは縄張り荒しか、前の街を問題を起こして追放されたかってことで信用できないからだ。

 なので前の街で万屋をしていた、って言うのはあんまり言わない方が良かったりもする。

 まぁ、同業者から見ればバレバレだったりするので、誤魔化すのは難しい。

 その所為で一から信用を積み直すためにまた下っ端の仕事から始めないといけないから、途中で腐って万屋を辞めるか、問題を起こして良くて追放、悪くすれば粛清される。

 一応、俺もそんな万屋稼業で村へ届け物があるってことでその仕事を請けた訳だ。


「そうだよ。おっちゃんは行商人だから、依頼を出すってことはあんまりないかもだけど……折角、縁が出来たんだから、依頼が出来たらその時はご贔屓に頼むよ」

「ははは、まぁ、何か依頼が出来たらな。その時、お前さんのいる街じゃったら頼むことにするわい。それにしても、お前さんを連れ出した行商人も随分と無茶なことをするのう。村から若い男、働き手を連れ出すなんぞしたら恨まれてもおかしくなかろうに」


 その言葉にぎくっとする俺。確かに村を出るって言ったときは家族総出で、もっと言うと村長とか仲の良かった人間も止めてきた。

 その中には、当時村で仲の良かった子もいたんだけど……流石にもう、結婚してるだろうな。

 村を出るときの方便でいつか、迎えに来るから待っててくれなんて口走ったけど本気にされてはないだろうし、時間が経ち過ぎてるし。


「その様子じゃと、あんまり褒められた出かたをした訳ではないようじゃの。まぁ、深く詮索はせんでおいてやるが、村に帰って大丈夫なのか?袋叩きにされんとええな」

「あはははは、まぁ、それは覚悟の上だよ。あ、おっちゃん、売り物の中からさ、香辛料とかそういうの売ってくれないか?村だと貴重品だから、持って行ったら喜ぶと思うんだ。それから、布とか金物とか」

「……まぁ、良かろう。それで村の衆が少しでも機嫌を良くしてくれるとええな」


 村では作れないものを持って帰ってタダで分ければ多少は許してくれるといいんだけど。

 特に香辛料は貴重だから、喜んで……くれるといいなぁ。


 それから他愛のない話をしながら街道を進んで行って、道が左右に分かれているところで俺はおっちゃんと別れることにした。

 村がある方向とおっちゃんの目的地の方向が逆なのだから、こればっかりは仕方ない。


「ここで別れるのは残念じゃが、仕方あるまいの。多少は色を付けておいたから、落としたりせんようにな?それじゃあ、元気での。縁が合ったらまた会おう」

「ここまで乗せて来てくれてありがとうな、おっちゃん。それに、色々と売り物を見繕ってくれて感謝してる。おっちゃんも元気でな?また、どっかで会ったら奢らせてくれよ」

「ははは、期待しないで待っとるわい。じゃあの!」


 最後に手を振って、おっちゃんの荷馬車が走り出すのを見送る。

 そして俺も村に向かい歩きだす、ここからだと村に入る脇道まで歩いて五時間くらいか。

 もうすぐ日が暮れるし、ある程度歩いて野営するのにいい場所があったらそこで一晩過ごしてから、また出発だな。

 

 幸いなことに、野営に向いた開けた場所は簡単に見つかった。

 枯れ木を集めて火を熾し、背負い鞄から保存食と水筒を出して簡単な夕食を済ませる。

 そして大きな木に背中を預け、ゆらゆらと揺れる火を見ながら村の事を思い返す。


「村長、元気にしてるかな。小さい頃は悪戯する度、親父と村長に叱られたんだよな。まぁ、危ないから近づくなって言われてる場所に行ったんだから仕方ないか。親父とお袋、元気にしてるかな。兄貴達がいるから、大丈夫だとは思うけど……怒られるだろうなぁ。でもなぁ、幾ら口では大丈夫って言ってても、生活が苦しかったんだから仕方ないと思うんだ。十歳まで育ててくれたのは感謝してるけど、あれ以上はもう、兄貴達が働けるからって言っても無理だったろうし。そもそも兄弟が五人って頑張りすぎだろ、親父達」


 おっちゃんには十五で成人してから村を出た、と言ったが実は村を出たのは十歳の時なのだ。

 だから、おっちゃんに二十五って言われたときはぴったり当てられたから驚いた。

 そういえば、村から出るときに行商のおっちゃんに頼み込んで商人見習いとして付いていったのに、万屋になったって知ったら怒るだろうな。


「はぁぁぁぁぁぁ、帰るの、気が重い。とはいえ、仕事だから行かない訳にはいかないからなぁ。こういう切っ掛けでもないと、村に帰れなかっただろうし、請けたときに覚悟は決めたつもりなんだけどなぁ。お土産でなんとか懐柔できるといいんだけど」


 パチパチと木の爆ぜる音を聞きながら、溜息を零す。

 それに、もう一つ気が重たいことがあるんだよな。

 まさか、まさかとは思うけどなぁ、待ってたりしないよな?


「同い年だからもう二十五だし、流石に村の誰かと結婚してるよなぁ。まさか待っててくれたり、っていうのは都合が良すぎるか。嘘も方便とはいえ、説得するのに迎えに行くって言っちゃったけど。流石になぁ……待ってて貰える身でもないし」


 商人として成功して身を立てた、ならともかく万屋をしてるなんてなったら向こうの両親も納得してくれないだろうし、まずうちの両親を説得しないといけないし……って、何を待っててくれることを前提に考えてるんだろうな、俺は。

 焚火に太めの枯れ枝を何本か入れて、火が消えないようにする。

 まだ暖かい時期だから良かったものの、冬にこの辺りで野営をするなんてしたら凍え死にしかねない。

 とは言え、山の夜は冷えるからな、薪に出来るものが多くて助かった。

 それからとりとめのないことを考えながら火を眺めていると、だんだん、ぼんやりしてきたのを感じる。

 そろそろ眠くなってきたし……仮眠を取るか。

 こういうとき、ソロだと不便だな、見張りを任せて寝るって出来ないから。

 おっちゃんと野営すれば良かったな……そうすれば、二人だし……火の番と見張り……ああ、見張りと言えば……あいつ、俺の事……みはって……た、っけ。


 睡魔に襲われ、浅い眠りに入ってしまった俺は懐かしい夢を見た。

 村を出る前、あいつに泣かれたときの夢を。

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