お兄ちゃんと呼ばれたくない!
「お兄ちゃん、聞いてぇな」
部屋で法律の勉強をしていると薫が部屋にやってきた。
我が物顔でテーブルを挟んでソファに座る。
僕が持ってきていたマグカップをすっと自分の側に寄せるのを見ると、なんと、図々しいと思わざるを得ない。
しかも、お兄ちゃん、と呼ばれるのはいい気がしない。
「なんだよ、薫」
「いやな。実はアレやねん」
「アレじゃわかんないよ」
「実は、ストーキングに悩まされてるねん」
ぴたりとノートをとる手が止まる。
薫をストーキング? マジで言っているのだろうか。
が、顔は真面目そのものである。
「せやねん。実は、な。毎日、親に言われてコンビニまで買い物に行くやろ? で、な。家を出るとスーツの男がいるねん。まぁ、わかるで、ここは住宅街やし、スーツの男くらいおるんは普通や。でもな、コンビニに行くまでと、帰るまでもずっとついてくるねん」
「で」
「ストーカーやと思わへんか?」
「いや、まぁ、うん」
確かに、普通の場合であればそのような事態に巻き込まれたらストーカーだと思うだろう。
「ストーカーかもな。ある意味」
「せやろ? でな。どうするべきやと思う?」
「そら、警察とかに相談とかしたらどうや、あとは」
「警察に相談なー。うーん、実は相談に行こうと思ったけど、親に止められてな」
「なら、無視しておくのがいいんじゃないか」
「そうかぁ。まぁ、お兄ちゃんが言うなら、そないしよか。あ、あと、これ」
そう言うと、薫は一枚の写真を取り出した。
そこには、僕のクラスメイトが映っていた。大学で同じゼミの女生徒だ。
今回、大学のミスコンで優勝したはずだ。かなりの美人である。
「これ、お兄ちゃんの彼女? 綺麗な人やん」
「いや、彼女じゃないから」
「ほんと? なら良かったですわ。今度、一緒に夕食でもどうです?」
「えぇ……まぁ、いいけどさ」
「良かったですわ」
そう言うと薫は服のポケットへと写真をしまう。
一体、何を考えているのやら。
薫の事について考えていると、頭が痛くなってくる。
「でも、お兄ちゃん、やっぱり、ストーカーは許せませんわ」
「まぁ、それもそうかもね」
「なんとかなりませんの?」
すっと腕を組む。
「まぁ、そうだねぇ。やっぱり、事故に見せかけるのが一番かなぁ。自然といなくなってくれるのが一番だよ」
「やっぱり、お兄ちゃんはええこと言ってくれますわ! ほな、早速」
薫はすっと立ちあがる。
身長二メートルの元ラグビー選手の薫が立ちあがると、さすがに威圧感がある。
さらに、数週間前まで、刑務所に殺人罪で服役していたとなれば雰囲気はまさしくそれだ。
立ちあがった薫は、ポケットから拳銃を取り出した。
「自然といなくなってもらいますわ。お兄ちゃん、車、借りますわ」
薫は、テーブルの上に置いてあるベンツの鍵をとると部屋を出ていく。
「お兄ちゃん、ありがとうな!」
僕は扉が閉まってからため息を吐いた。
せめて、妹キャラにお兄ちゃんと呼ばれたかった。