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ウォンジャポクタン 第三章 完



 少林拳の達人で元傭兵の探偵、田川昂胤が死闘する物語。


「田川昂胤探偵事務所」はシリーズもので、第一部は「田川昂胤探偵事務所 ダルマは哭いた」です。

 これは、令和二年度文芸社新人賞で入賞し、令和三年に同社から文庫本が発行され、紀伊國屋書店等の店頭に並んでいます。


 第二部の本作品「田川昂胤探偵事務所 ウォンジャポクタン」は、令和三年文芸社創立二十五周年記念募集小説に入賞し、令和四年に同社から書籍化の予定でしたが、作者の事情で発行が見合わされました。

 第三部作品は,現在執筆中です。


 では、田川昂胤の世界を存分にお楽しみください。



 第三章


 1.蜂起  


【北朝鮮社会安全部本部】

 北朝鮮社会安全部本部(北朝鮮の警察機構)。

 朝から盛り上がっていた。

 一階フロアのテレビが、サッカー国際親善試合の模様を映している。本部長は、招待され、サッカースタジアムで観戦している。副本部長は留守番だ。グレナダ国など聞いたことがないが、サッカーの強豪だという。前半戦は、一対二で一点リードされた。さすが強豪チームだけあるようだ。だが、副本部長は必ず逆転すると信じて疑わなかった。北朝鮮もサッカーは強いのだ。

 北朝鮮は、諸外国に対しては非常に好戦的だ。しかも、敗北は許されない。スポーツについても同じ。たとえ練習試合であってもだ。

 後半戦が始まった。

 突然テレビから歓声が起こった。歓声は同時にこの職場からも起こった。後半戦が始まってすぐに同志チームが放ったシュートが決まったのだ。

「ズドドドドドドドッ!」

 皆がテレビに注目したそのとき、耳をつんざくような激しい音がした。

 何が起きたのかわからないまま、皆は机の下に飛び込んだ。周囲の壁に掛かっていたいろんなモノが吹き飛んでいる。

 地獄の雄叫びがこのまま永遠に続くのではないかと思ったとき、

「シャー!」

 と、軽くて低い金属擦過音(さっかおん)に突然変わった。強烈な耳鳴りだけが残った。むせるほどの火薬の臭いが充満している。

「動くんじゃないっ! ピクッとでも動いたら、即、射殺するっ!」

 大音声だった。

「最高責任者は立てっ!」

 野太い声で、(ぞく)の一人が言った。賊は十人程度かと思われた。

 ――わずかその程度の人数で社会安全部によくも乱入したものだ。こいつらは何者だ、絶対に許さない。

「パララララ!」

 機銃音だ。短かった。

 部下が一人、吹き飛んだ。

 賊は、容赦(ようしゃ)がなかった。誰かが、賊のすきをついて反撃に出ようとしたのだ。

「パララララ!」

 また誰かが吹き飛んだ。賊はただ者ではなかった。

「二度、言わせるんじゃないっ!」

「わ、私が責任者だ。本部長同志は外出中だ。う、撃たないでくれ。皆、動くなっ!」

 副本部長が手をあげながら言った。筋肉がこわばり、体が硬直していた。

 賊の二名に副本部長は拘束された。

「本部長同士はサッカーを観に行って不在だと知っている。全員、テレビに注目するのだ!」

 リーダーらしい男が言った。

 皆がテレビを見ると、見覚えのある男が大写しになっていた。

 ――よくみると、中央党書記長キム・グァンス同志ではないか。処刑されたはずでは!? これはどういうことだ?

 そのまま報道を見て、さらに仰天した。

 ――世直し党!

 中央党書記長キム・グァンス同志が、世直し党の党首だと言っている。

 ――一体全体何のことだ。どうなっている!?

 キム・グァンス同志の話は、驚愕の内容だった。

 世直し党など、聞いたことがない。

 首領同志が失脚し、わが北朝鮮が、人民のための自由な国になったと言っている。

 自由な国とは、いったいどういうことなのか。そんなことがありうるのか。

 にわかには、とても信じられない。

 乱入してきたこの連中も、世直し党なのか。ただならぬ雰囲気がある。問答無用に射殺している。尋常ではない。ただの強盗団でないのは確かだ。

「留置場のキーはどこだ」

 リーダーらしき男が副本部長に訊いた。

「次長が管理している」

「次長はキーを持ってこい!」

 リーダーが皆に向かって言った。次長が手をあげた。拘束された。

「よーし、全員留置場だ!」

 この場にいる者全員が留置場に入れられた。

 リーダーは、 仲間の半数を残し、 副本部長と次長を連れて応接室に入った。

「おまえたちは世直し党なのか」

 顔の周りで両手をばたつかせながら、目を丸くして副本部長が言った。

「そうだ。自分たちは世直しをするために立ち上がった世直し党だ」

 リーダーが野太い声で答えた。

「こんなことをして、無事に済むわけがないだろ!」

 こめかみに手を当てて首を横に振りながら副本部長が言ったが、リーダーは意に介さない。

「占拠しているのはここだけじゃない。第一、首領はすでに失脚している。いまさら、どうしようと言うんだね」

 目で笑いながら、リーダーが言った。

「首領同士様を、ど、どうしたと言うのだ!」

 副本部長は、肝をつぶした。アドレナリンが急上昇した。

「失脚した者のことより、自分のことを心配したらどうだ」

「キム・グァンス中央党書記同志は、処刑されたはずではなかったのか」

「自分は処刑を観ていないのでね」

 リーダーが言った。


【国営放送局】

 北朝鮮唯一の放送局だ。放送局はこれしかない。人民の洗脳に使われている。

 今、サッカーの御前試合をライブで放送している。

 前半戦の試合が始まってすぐだった。

 侵入と同時に連射音をさせて威嚇した。

「静かにしろ! 動いたら即座に射殺する! 警告は一度だけだ!」

 大音声。

 一同が凍りついている。

 一カ所に集めた。

 男たちは全員が機関銃を持っていた。

「私たちは世直し党です。私の名前は、キム・ソンヒョンです。 抵抗さえしなければ、皆さんに危害を加えるつもりはありません。編集担当者は手をあげてください」

 ソンヒョンと一緒に来たのは、神龍隊(しぇんろんたい)第四大隊第五中隊第五・六小隊の八人。

 最初に大声で威嚇(いかく)したのは第五小隊長。

 数人の手があがった。ミキサー室に連れて行った。

「この中に入っている映像データを編集して欲しいのです」

 ソンヒョンはUSBメモリーを渡して言った。

 つい先日処刑されたキム・グァンス中央党書記がカメラに向かって語りかけていた。編集スタッフは、映像を見て、素早くまたたきをしたり、口をぽかんと開けたり放心した表情をしたりして、一様に頬や首筋を紅潮させていた。

 キム・グァンス中央党書記の話を聞き終わってその内容にさらに驚愕していた。

 語りのあと、どこかの大邸宅が写し出された。

 広大な庭。木々には緑の葉がおいしげり、建物の裏にまわると青々とした水をはりつめた大きなプールがあった。

 プールの横に、滑り台とブランコ。別の滑り台は高く長く螺旋(らせん)を描きながらプールに延びている。子供たちが三人、楽しそうに遊んでいる。そのまわりを、小銃を持った幾人もの軍人が警護にあたっていた。

 大邸宅の中。

 二十人は座れる食卓に、見たことのない豪華な料理がたくさん並んでいる。そこで、プールで遊んでいた三人の子供と、ひと目で最上流階級の人間とわかる女性一人とが食事をしていた。そのまわりには、数人の執事と数人の女性たちが立ったまま待機している。

 画面がまた変わった。

 画面いっぱいに高級そうな酒瓶が映っている。DRCロマネ・コンティ[1986]と書いたレッテルが見えた。一本時価数千万ウォン(数百万円)はする赤ワインだ。

 カメラは少しずつ引き始めた。食卓に、同じ酒瓶が何本も立っている。食卓には豪華な料理が並んでいる。

 カメラは、どんどん引いていく。突然嬌声(きょうせい)が聞こえる。十人ほどの若くてきれいな女性が、一人の男性を囲んで盛り上がっていた。

 その男性は、両脇に座った女性の肩を両手で抱き、嫌悪感あふれる下卑(げび)た笑みを浮かべて女性に持たせたグラスからワインを飲んでいる。

 男性が大写しになった。

 首領だった。

 どの女性も、我先にと首領に取り入っていた。大きく開いたパーティドレスの胸元には、韓国紙幣が何枚も差し込まれていた。

 映像は、ここで突然終了した。

「これで以上です。データは二十分ほどありますが、五分に編集してください。時間がありません。サッカーの後半戦が始まったら放映したいのです」

 ソンヒョンが言った。

「二十分のデータを五分にするのは無理がありませんか」

 四十歳ぐらいの編集スタッフの一人が眉間に(しわ)を寄せて言った。

「キム・グァンス同志の語りのあとの映像は、首領邸です。映っていたのは、首領の家族です。首領がいかに傲慢(ごうまん)かを人民にわからせるようにすればいいのです。余分なところは思い切ってカットしてください」

「キム・グァンス中央党書記のお話は、本当のことですか。とても信じられません」

 話しながら次第に声が小さくなる。

「映像を観たでしょう。真実です」

「あなた方はいったい……?」

「私たちは、世直し党です。腐りきったこの国を正しい姿に導くために立ち上がったのです。人民が飢えることのない国、正しいことを正しいと言える国、自由に笑ったり話したりできる国を創り、南北を統一します。南北に分かれたままの家族を抱えている同胞がいかに多いか。皆さんが抵抗さえしなければ危害を加えません。どうか目を覚まし、協力してください」

 ミキサー室では、編集が始まった。ソンヒョンは編集室を出た。小隊長は、編集に立ち会うためにそのまま残った。

「ここの責任者は会議室に来てください。放送局長同士がサッカースタジアムに行っていることは知っています」

 事務室に戻ると、ソンヒョンはそれだけ言って会議室に入った。

 年配の男が会議室に入ってきた。

「お待たせいたしました。私が国営放送局副局長のキム・ドンヒュンです」

「いきなり押しかけて申し訳なく思っています。キム・ドンヒュン同士、この国の現状をいかがお思いですか」

 ソンヒョンは、この国の首脳部と人民の現状を説明した。そして、キム・グァンス中央党書記が世直し党を発足したこと、本日が改革実施日であること、サッカー親善試合はそのために開いたニセの試合で、ベリーズ国の選手というのもでっちあげであることなど、一部始終を包み隠さず説明した。

 ソンヒョンがちょうど話し終わったとき、ドアがノックされ小隊長が入ってきた。

「編集が終わりました。観てください」

 サッカーの試合は、一対二で前半戦が終わりかけているところだった。

 ソンヒョンは、副局長とともにドキュメントを観た。キム・グァンスの語りのあと、夢のような豪華(ごうか)絢爛(けんらん)な大邸宅での首領一家の生活ぶりが、ドキュメンタリー風にうまくまとめられていた。

 タイトルは〈今日生まれ変わる北朝鮮!〉 サブタイトルは〈目覚めよ人民! 首領はただの傲慢人間! 人民のための国、誕生!〉。

 時間は五分。

 文句なしのできだった。

「よくやってくれました。ではこれを、後半戦が始まったらサッカー中継をやめて全国放送してください。繰返しエンドレスで流すのです」

 ソンヒョンは満足していた。

「いかがですか。私たちを信じてくださいますか」

 ソンヒョンは、鼻から深く息を吸い込み、短い言葉ではっきり言った。

「命……かけていますか。人民のために」

 局長が、硬い表情で、挑戦的に構えて言った。

「もちろんです。自分たちの命など、無視しています」

 ソンヒョンが、唇をぎゅっと結んでうなずいた。

「各主要機関の制圧に、ぬかりはありませんか」

「当然です。後半戦が始まると同時に一斉に蜂起します。そして、この映像を全人民が同時に見ます」

 落ち着いた低い調子の声で言った。

「クム・グァンス同志は、処刑されたはずでは?」

「そのとおりです。ろくな取り調べを受けることなく、拘束後三日目に処刑されてしまいました。我が国は、病んでいます」

 口から吐き出すように言った。

「では、この映像は?」

「お方様は、あ、クム・グァンス同志のことです。何か異変を感じ取ったのでしょうか。万が一のことを考え撮影しておきたいと言って、急きょ撮影したのです。お方様が拘束されたのは、撮影後三日目のことでした」

「間一髪でしたね」

「そうなのです」

「そのあとすぐ処刑されたと……」

「それはもう私たちにはショックでした。ですが、クム・グァンス同志の先見の明によって救われました。このビデオがなければ、とても本日は迎えることができなかったでしょう。我々だけで蜂起しても、人民がついてきてくれませんから」

「あなた方に警察隊の手は……?」

「ええ。権力の手は、なぜか私達には伸びてこなかったのです。不思議に思って調べたのですが、世直し党が発覚したわけではありませんでした。クム・グァンス同志の失脚を狙う中央党副書記のキョン・ヨンイル同志の陰謀だったのです。証拠はありませんが」

「……そういうことですか」

「間もなく後半戦が始まります」

 ここで小隊長が口をはさんだ。

 ソンヒョンたちは、副局長とともに事務室に戻った。

「すぐ特大モニターをつけるんだ。重大発表がある」

 副局長が言った。皆がモニターを注視した。画面では、サッカーの後半戦がちょうど始まろうとしていた。


粛正(しゅくせい)

「首領同士様は無事なんだろうな」

 神龍隊創設者ハン・バンウォンの体をロープでぐるぐる巻にして椅子に座らせてある。

「我々がなぜ立ち上がったのか、わかっていないようですね、大将軍同志」

 第四大隊長のヨンスが静かに言った。

「裏切り者のおまえたちの目的など知りたくもない」

 バンウォンは、一瞬顔がこわばったかと思うと、不愉快丸出しの顔になった。

「裏切っているのは首領です。毎年何万人もの民が飢え死にしているのをよくご存じでしょう」

 ヨンスは、首領に心酔しているバンウォン大将軍が歯がゆくてしょうがなかった。

「特殊部隊長もすでに我々に降りました。大将軍だけが抵抗しても、もはや何の意味もありません」

 ヨンスは、なんとか説得しようとしていた。

「おい、ヨンス。グダグダ言ってないでズドンと一発きめてしまえ」

 二人のやりとりを聞いていたダンが言った。

「ダン、待ってくれ。俺たちのボスなんだぜ」

「関係あるか、そんなこと。大儀を忘れたわけじゃあるまい」

 ダンが強く言った。

「こんなことに時間をかけている場合じゃないぜ、ヨンス。できないなら、俺たちに任せな」

 ダンが続けて言うと、ヨンスは黙り込んだ。

 クーデターを成功させるにはふつう圧倒的な軍事力が必要だ。

 だが、ここは北朝鮮だ。

 人民軍、中央情報部、特殊部隊、陸軍、空軍、海軍、さらに最近できた神龍隊(しぇんろんたい)それぞれの部隊に首領主義思想が徹底され、首領が神格化されている。つまり、組織間のつながりが全くなく、命令できるのは首領のみという特殊事情がある。

 それを逆手にとった。

 サッカー親善試合を仕組んだ。ダンのアイデアだ。ダンは、首領が参加することまで読んでいた。マンモススタジアムに首領以下各部署のトップ級官僚が全員集まった。もくろみどおり、最少人数で首領とそれぞれの部署のトップを一網打尽にできた。今回の成功は、ひとえに、北朝鮮の特殊性を読み切ったダンの企画にある。

 一番の難題はバンウォン大将軍だったが、首領を拐取していること、各首脳部は全員拘束していることを知ると、部下の助命を条件に投降した。

 さすがバンウォンは武人らしい。いさぎよかった。

 殺生簿を作ることをグァンスが止めたため、指標がない。クム・グァンスがいない今、ヨンスが取り仕切っているが、最終的なところでヨンスは腹を決めかねていた。ほぼ無血入城できたのだから、という思いがヨンスから消えない。クム・グァンスの意思でもある。

「ヨンス。バカな考えは捨てろ!」

 パパーン!

 言うが早いか、ハン・バンウォンにダンが銃弾を撃ちこんだ。

「何をする! 大将軍同士っ、大丈夫ですかっ!」

 近距離でダンが外すはずもなく、眉間に一発、心臓に一発弾丸を受けたバンウォンは、即死だった。

「き、きさまっ!」

 ダンに殴り掛かろうとしたヨンスだったが、即座にマイトのチームの傭兵に床の上にうつぶせに取り押さえられてしまった。動こうとしたヨンスの部下にはいっせいに銃口が向けられた。

「放せ、この野郎!」

 喉から動物的なうなり声をだして暴れたが、びくともしなかった。ヨンスは、歯をむき出しにして、激しく興奮した目つきでダンを睨みつけた。

「心の奥底から首領を神格化している奴には、何を言ったって無駄なんだよ」

 と静かにダンに言われ、ヨンスは急に体の力が抜けた。

 おい、椅子に座らせてやれ」

 ダンが部下に言った。遠い虚ろな目で力のない表情をしたまま、ヨンスは椅子に座った。

 動きに覇気がない。

「別室に閉じ込めている大臣たちのうち、殺生簿に乗せる名前を教えてくれるかい?」

 ヨンスに言い聞かせるようにダンが言った。

「……」

 ヨンスは、空っぽの両手をじっと見つめている。

「教える気がないのか。それともわからないのか」

 ダンが強く言った。

「どうするつもりだ」

 ヨンスはダンを睨み付けた。

「俺たちがかたづけてやるよ」

「待て! そんなこと頼んじゃいないぞ!」

 ヨンスが険しい目つきで言った。だが、怒気におとろえがあった。

「ヨンス、おまえにゃムリなんだよ」

 ダンが口元に皮肉さをちらつかせた。

「よく聞けヨンス。ここで甘い処理をすると、あとで必ず後悔する。改革をするなら、徹底的にしろ。神格化された首領など、世界中のどこにもいない。人民の目を覚まさせるには、大胆な荒療治が必要なのだ。《疑事は功なく疑行は名無し》と言うだろう。いいかげんに腹をくくれ!」

 そう言うと、ダンは目配せした。ダンの部下が二人、部屋を出た。

「よく知っているな」

 ヨンスは、ひそかに驚いた。 先ほどダンが言った《疑事は功なく疑行は名無し》とは、〈史記〉に出てくる言葉だ。

 秦の始皇帝が大強国を創る前、その一里塚となった宰相の商鞅(しょうおう)の名言だ。 疑いながら、またためらいながら事を行うようでは、成果は期待できないということ。一度決めたことは決然として断行すべきであるという(いまし)めの語。

 目の青いダンに中国古典の名言で教えを受けるとは思わなかった。

「わかった、ダン。俺が悪かった」

 ヨンスの表情が、あきらかに変わった。目から、迷いが消えていた。武人らしい割り切りだった。

「ヨンス、手を汚すのは我々が引き受ける。おまえは、さっさと新政府を誕生させろ」

 ダンが言った。

「新政府については、ソンヒョンが作り上げている。もうすぐここに来るはずだ」

 ヨンスが言うのを待っていたかのように、ドアを勢いよく開けてソンヒョンが入ってきた。

「ごくろうさま! 他のポジションもすべて成功だ!」

 入るなりソンヒョンが言った。顔を紅潮させ、目を輝かせている。

「ああ、大成功だ。ソンヒョン同志。ごくろうさま!」

 手を伸ばしてヨンスが言った。二人は、力強く握手した。

「どころで、放送を観たか」

 ソンヒョンが訊いた。

「ああ、観たとも。今も流れている。いいできだ!」

 ヨンスが破顔した。

 次にソンヒョンはダンを見た。

「ダンさん。さすがです。御前親善試合は良かった!」

 ソンヒョンがダンに手を伸ばしながら近づいたとき、倒れているハン・バンウォンを見た。ソンヒョンは、表面的には何の反応も見せなかった。

「勘違いするな、ソンヒョン。大事なのはこれからだ。新政府を立ち上げないことには話にならないぜ」

 ダンはソンヒョンの握手の手を無視して言った。

「わかっていますよ、ダンさん。組織図はできています」

「旧メンバーは入ってないだろうな」

 ダンが訊いた。

「なぜです、ダンさん」

「旧メンバーなら、もう役に立つヤツはいないと思うぜ」

「どういうことですか、ダンさん。まさか!?」

 ソンヒョンが言った。ヨンスはソンヒョンと目が合った。ソンヒョンがあわてて部屋を飛び出して行った。

「ダン。粛清したのか」

 ヨンスが、感情を押し殺して訊いた。

 ダンは黙っていた。目が冷えている。

「……すでに、終わっていた」

 ソンヒョンが戻ってきて言った。顔がこわばっていた。

「ダンさん。やってくれましたね」

 不愉快丸出しの顔になってソンヒョンが言った。

「手を汚す仕事は俺たちが引き受けると言っただろ。だから、おまえたちは、自分たちがやるべきことをやるんだ」

 険のあるソンヒョンの目を見つめ返して、ダンがたんたんと言った。

「わかっています。しかし、新政府には旧メンバーも三人入っていたのだ!」

 ソンヒョンは、わずかに口をゆがめ、ダンに言った。

「ダンさん……」

 ソンヒョンの声は、激しい怒りを感じさせた。

「世話になりましたね。あとは私たちの仕事です」

 ソンヒョンが鼻筋に皺を寄せ、口元に拳を押しつけ頬をふくらませて言った。

「ヨンス。各所属の次席格を至急集めてくれ。それと、ここに書いてある同士もすべてだ」

 ヨンスに資料を手渡し、ソンヒョンが言った。

アラッソ(わかった)!」

 そう言うと、部下を連れてヨンスは部屋を出た。



 2.首領邸


 首領を乗せたバンを無事に出発させてから、ダンに報告するため昂胤(こういん)たち四人は、いったんスタジアムに戻った。

 そのときダンは、高級官僚を一人除いて全員確保していた。残っているのは、神龍隊のハン・バンウォン大将軍だけだ。

 そこまで見定めた昂胤は、サッカースタジアムを抜け、先に出発した自分のチームと合流するため白頭山(ぺくとぅさん)の山小屋に向かった。白頭山で、しばらく首領を軟禁することになっている。

「どうだ。旦那はおりこうにしているかい?」

 合流してすぐに昂胤が訊いた。

「最初はわめいていたけど、今は静かなもんだぜ」

 ニックが言った。

「そりゃそうだ。ヤツが何言ってるか俺たちゃ誰もわかんねえからよ。みんなでシカトしてたのさ」

 ロドニーが言った。

「ボス。むこうはどうなってるんだい?」

 ゴードンが訊いた。

「すべてクリアできたようだ」

 たった今、ダンから無線が入ったところだった。こちらは全てクリアした。これからそちらに向かう。首領は生かしておくように、と。

「おお。やったぜ!」

 ダンはクーデターではないと言ったが、新政府を立ち上げれば、クーデターは一応成功したと言えるだろう。だが、これからが本当の改革だ。グァンスが言うとおりの国を作らなければ意味がない。ただ、あとはヨンスやソンヒョンの仕事だ。傭兵の出番は終わった。

 しかし、昂胤は、ダンのゲームはまだ終わっていないような気がしていた。今夜にもダンたちが合流する。今考えてもしかたのないことだ。


 深夜、ダンたちが合流した。

「みんな、よくやってくれた。ごくろう!」

 ダンが、全員集めて言った。

「ボス。バーレーン国のときより簡単だったぜ」

「サッカー親善試合がよかったな!」

「そうだ。ボスは最優秀企画賞をもらえるんじゃねえか」

「まったくだ」

 皆が口々にしゃべり出したとき、

「さあ、これからが本番だ。気合い入れて行こうぜ!」

 と、ダンが声を張った。

「ダン。何だって?」

 昂胤は、ダンの言う意味が分からずに訊いた。

「コーイン。仕事が終わったんだから、回収しなきゃダメだろ」

「回収?」

「アルバイト代だよ」

 ヒョンスは金がないと言っていた。たしかに、この国ほど貧乏な国はないだろう。回収しようにもその財源がないはずだ。

「首領のお宝をそっくりいただくのさ、コーイン」

 昂胤の疑問に応えるようにダンが言った。

「まさか首領邸に乗り込むのじゃないだろうな!」

「まさにそれだぜ」

 ダンはこともなげに言った。

 ダンの本当の狙いはこれだったのだ。

 首領邸では、首領が失踪したという放送を見ているはずだ。今ごろ大騒ぎになっているだろう。この隙に乗じるつもりか。だが、一万人の特殊部隊員に守られた要塞(ようさい)を、わずか五十~六十人の傭兵で襲撃したとして、勝つ可能性は一%もない。

「人民に分けてやりたいなら、おまえの取り分をまわしてやんな」

 昂胤の目を見て、ダンが言った。そのダンの目には、妥協の色はみじんもなかった。

 しかし、首領のお宝はこの国の人民のものだ。首領から没収するのはいい。だが、その金は人民に返還すべきだ。毎年餓死者が出ているとグァンスも言っていたではないか。そのお宝は、人民の血と汗と恨みの結晶なのだ。昂胤は、ダンの考え方についていけなかった。人道をおろそかにせず、剛毅でありながら人へのおもいやりを失わない、というのが昂胤である。

「ダン。勝ち目のない戦いに挑むことなんかないじゃないか」

 昂胤は、思いとは別のことを言った。


 未明。

「昂胤さん、大変だっ!」

 昂胤は、いきなり睡眠を遮断(しゃだん)

された。飛び込んできたのは雄大だ。

「騒がしいな。どうした」

 昂胤は時計を見た。針は三時をさしていた。

「みんなフケやがった!」

「なんだと!」

 昂胤は眠気がいっぺんに吹き飛んだ。

 昂胤は外に出た。テントは昨夜のままだ。しかし、何かが違う。

「雄大、首領を見てこい!」

「おすっ!」

 雄大が見に行ったが、すぐ戻ってきた。

「首領がいねえ! ダウとセオが死んでますっ!」

「何っ!」

 二人は昨夜、首領の見張り当番だった。

 やられた。

 ダンが首領を連れて出発したのだ。まったく気づかせずに全員消えさせる芸当は、さすがにダンならではと思わせる。

 しかし、気づかなかった自分に昴殷は慚愧(ざんき)した。たとえ熟睡していたとしても、以前の自分なら気づいていたはずだ。

「皆を起こせっ!」

 残っていたのは、昂胤チームだけだった。しかも二人減ったので、昂胤を含めて七人だ。

「首領をすぐ探しに行きましょう!」

 周が言った。

「行き先はわかっている。二人を埋葬したらキャンプをたため!」

「イェッサー!」

 昂胤は、これまでも、作戦中に亡くなった者は必ず埋葬してきた。地雷にやられて遺体がバラバラで回収できない者もいたが、その場合でもできるかぎり埋葬した。


 六十分後、埋葬を終えた七人は、インフレータブルボートに乗っていた。エンジンつき空気式ボート八人乗りだ。

 首領邸のある孤島には特殊部隊員が一万人、それにダンの部隊。ダンは首領をつれているので容易に上陸できただろう。昂胤たちは正面突破というわけにはいかない。島の側面から忍び寄るしかない。夜が明けかかっているが、完全に明るくなる前には島に着くことができた。

 ちょうどボートを隠せる場所を見つけた。島全体を時計盤に例えると、船着き場が十二時の位置とすれば、ここは六時だ。二十メートルほどの絶壁になっている。

 ボートを停めた場所にはわずかな足がかりがあった。ロッククライミングは、全員さんざん練習している。心配があるとすれば雄大だ。雄大だけが、ロッククライミングを苦手としていた。しかし、ここから上がるしかない。

 昂胤が先頭になって登った。五分で全員クリアした。雄大も難なくこなした。雄大は本番に強い。

 上がったところは、高さ五メートルほどのコンクリート塀になっていた。塀に沿って五~六分歩くと、見張り台があった。見張りが警戒しているのは、塀の中だけのようだ。

 鉤つきロープを投げた。引っ張ってしっかりした引っ掛かりを確認し、最初に周が登った。

 続いて昂胤。 あとの四人が登ったときには、見張り台にいた特殊部隊員二人はすでに倒れていた。

 そのまま塀の内側に降りて、暗闇のなかにしばらく潜んだ。ここから首領邸までは林を抜けて直線距離で三百メートルほどだ。 定期的に走るサーチライトと月明かりで見る首領邸は、部屋数が三十ほどありそうな御殿のような建物だった。ほとんどの部屋の灯りが消えている。木々の影に隠れて前進した。首領邸の外壁まで来た。

 裏口に張り付いた。ピッキングはニックが得意だった。ロック解除はすぐできたが、五分以上かけてドアを開けた。素早く中に忍び込み、ここでもしばらく動かなかった。

 昨夜のうちにダンたちがここを占領しているはずだが、今のところ人の気配すらない。屋敷内には誰もいないのか。ダンとの時差は数時間。

「周、雄大。上の階を見てこい」

 昂胤は二人に上階を見に行かせた。

「ロドニー、ゴードン。下を見てこい」

 地下への階段があった。見に行かせた。ニックとパクを見張りに残し、昂胤は一階を見て回った。誰もいなかった。

 奥に進んだ。

 廊下を曲がると右側にドアが一つあったが、突き当たりの壁に人が通れるほどのすきまがあった。どうやら隠し部屋のようだ。細い廊下になっていた。十メートルほど歩くと、突き当たりにもドアがあった。掌紋ロック式ドアだ。開いていた。用心して入ったが、ここにも誰もいなかった。

 どうやらここが、隠し金庫のようだ。広い部屋だった。

 しかし、中に陳列してあるのは、骨董品(こっとうひん)ばかりだ。李朝鮮時代のものと思える。古びた書籍、巻物、手紙、刀剣、鎧兜などがびっしりと展示してある。

 ロドニーとゴードンが入ってきた。

「ここがお宝部屋かい?」

 ロドニーが言った。

「ボス。地下は倉庫だ。特に何もなかったぜ」

 ゴードンが言った。

「ボス。首領がいました」

 上階を見に行った周と雄大が入ってきて言った。

「何だと、首領が? 連れてこい」

「口から血を一筋吐いて死んでいます。(そば)にこれが落ちていました」

 周が青い小さな壺を見せた。中は空だった。昂胤と周がソウルで受け取った小壺だった。ダンが、首領の最後に敬意をあらわしたのか。意外なダンの一面を見たような気がした。

「首領婦人や子供は!?」

「他には誰も」

 いち早く身を隠したのだろう。ダンが拐うとは考えにくい。

「なんだ、これはよ。お宝とはこれか?」

 部屋を見てまわってロドニーが言った。

「まるで博物館だぜ」

 ロドニーが吐き出した。

「昂胤さん、おかしいっすね。荒らされた様子がねえ」

 雄大が言った。たしかにそうだ。ダンたちが先に来ているはずだが、それにしてはその形跡がなかった。

「何も持ち出さなかったのでしょうか」

 周が言った。

「いや、そんなはずない。ダンが狙うからには、俺たちの知らない何か特別なお宝があったはずだ」

 昂胤がきっぱりと言った。

 ダンは、目当てのものを確保したに違いない。そして、すでに島から抜け出したのだ。

「おい、長居は無用だ。島を出るぞ」

 昂胤は、急いだ。ダンを探さなければならない。ダンが持ち出したものが何であるにせよ、それは北朝鮮の人民のものだ。



 3.お宝


 昂胤は、平壌でソンヒョンに会った。

 忙しそうだったが、時間をとってくれた。

「お世話になりました。ほんとにありがとうございました。おかげさまで生まれ変われます」

 ソンヒョンが、昂胤の手を握りしめた。

「これからが大変だぜ。住みやすくていい国を作らないとな」

「はい、わかっています。忙殺されています」

 ソンヒョンの目に、涙が(あふ)れてきた。握り締めた手を離さない。

「がんばれよ」

「お礼を言いたくて会いたいと思っていました。みなさん、急にいなくなってしまったでしょ。ダンさんはどうしていますか?」

「何か聞いてないか」

 手を離しながら、昂胤が聞いた。

「と言いますと?」

 ソンヒョンが怪訝(けげん)な顔をした。

「消えちまったんだ」

「消えた? では首領同志は?」

「死んだ」

「なんですって?」

「首領邸の執務室で、服毒自殺だ」

「首領同志が、服毒自殺ですか!」

 すばやくまばたきをしてソンヒョンが言った。

「首領同志が服毒自殺だなんて、信じられません……」

 ソンヒョンが、固い表情でしかめ面をして唇を噛んだ。

「ダンなりの敬意の表し方だろう」

「ダンさんが?」

「首領のお宝と言えば、何だ?」

 昂胤が話題を変えた。

「……おカネですかね」

 首をひねりながら、ソンヒョンが言った。

「カネがあるのかい」

 昂胤が訊ねた。

「いや……わかりません。でも、たぶん、ないでしょう」

「他にはどうだ?」

「おカネ以外ですか。それでしたら、李朝鮮時代の金銀装飾品などをかなり集めていたはずです」

「ふむ、それでもないなあ……」

 ソンヒョンは考えるしぐさをしていたが、突然ポンと手を打った。

「もしかすると、あれのことかも」

「何だい、それは?」

「いつかも言ったように、私たちにはお金がありません。財産を持っているとすれば首領同志だけですが、それも本当のところは私にはわかりません」

 ソンヒョンはまわりくどい言い方をした。

「それで、あれ、とは?」

「お宝と言えるかどうか」

「やけにもったいぶるじゃないか」

「いえ。そういうわけではありません」

「なら、早く言えよ」

「実は、核ミサイルです」

 ソンヒョンは、苦いものを噛み潰したような顔をした。開いた唇に指で触れた。


「それだ!」

 昂胤の嫌な予感が的中した。

「私たちは気が気じゃなかったのです。南と日本に向けていつでも発射できる状態にしておけと言われていたのです」

 ソンヒョンは、押し出すように言った。

「核ミサイルは、これまで何回も失敗を重ね、ようやく 完成したばかりです」

「本当に完成していたのか……」

「首領同志に内緒で、私たちは、完成をできる限り延ばしていたのです。ですが、それも限界が来たのです。首領同志は、南と日本に対して敵意がむき出しでした。私たちは、首領の狂喜が増してくるのが脅威でした」

「本気で発射する気だったのか」

「最終的にはその勇気はないと私は思っていましたが、いつ発射してもおかしくないような風向きでした。何かのきっかけで、発射ボタンを押していても不思議じゃない雰囲気がありました」

「狂ってるぜ」

「恐ろしいことです」

「爆弾の威力は?」

「ヒロシマに落ちた爆弾の三倍程度だと聞いています」

「そんなものを首領に持たしていたのか!」

「それに、かなり小型化しています」

「小型化?」

「はい。大きなボストンバッグ程度です」

「ダンが狙っていたのはこれだったのか!」

 ダンは、最初からこれが狙いだった。クーデターに見せかけて、核ミサイルを奪う計画だったのだ。

「いくつだ」

「はい?」

「爆弾はいくつある?」

「二つです。それ以上作らなかったのです」

「そいつは何よりだな」

「昂胤さん。ダンさんは信用できません。頼みもしないのに、上位閣僚を全員粛清してしまった。ハン・バンウォン同志を殺したのも彼です」

 無血入場するのが、クム・グァンスの思いだったのだ。ところが、多くの血を流してしまった。ソンヒョンは、忸怩(じくじ)たる思いをしているようだ。

「しかし、ダンのおかげで成功したとも言えるだろう。済んだことを言ってもしかたがないぜ。 この上は、一時でも早く、人民のための国を作らないとな」

 昂胤が言った。

「はい。二つに分断された朝鮮半島を、近いうちに必ず一つにします。一番大事な人民の覚醒については、イェフンが自警団を総動員して、眠る間もないほど、今、走り回ってくれています。近日中に、いいご報告ができるものと思っています」

 ソンヒョンは、しなければならないことが山積みのはずだ。ソウルで韓国代表と面談の予定があり、また、韓国からも特使が来るという。胸の中は、熱い思いでいっぱいのようだ。まだ輻輳(ふくそう)しているが、夢の実現はもうすぐだとソンヒョンが言った。

「昂胤さんは、これからどうされますか」

 ソンヒョンに訊かれたが、ダンの行方がわからないので動きようがない。

「ダンさんが核ミサイルを持って行ったのなら、私たちは絶対に取り返さなくてはなりません。万が一どこかであれを使われたりしたら、と思うと私は生きた心地がしません。昂胤さん、どうかお願いします。取り戻していただけませんか。厚かましいお願いだとわかっていますが、今、私たちは動きようがないのです。しなければならないことが」

「言わなくてもわかっているさ、ソンヒョン。あんたたちが今、やらなきゃなんないことは一つだ」

 昂胤は、みなまで言わせなかった。

「それじゃ、引き受けていただけるのですか」

 ソンヒョンの目が輝いた。

「乗りかかった船だ。やるしかないだろ」

「おお、ありがとうございます。昂胤さん、一生恩に着ます」

 ソンヒョンは、目の奥が輝きに包まれた柔らかい眼差しを向け、昂胤の手を握りしめた。ソンヒョンの目に、また涙が溢れてきた。感情にあふれた声で、感謝の気持ちを繰り返し述べた。

 昂胤は、引き受けたものの方策があるわけではなかった。ダンの足がかりがまったくない。

「ソンヒョン、俺たちはダンを探す。しかし、いまのところ全く手がかりがないのだ。何かわかったら、すぐに報せてほしい」

「わかりました。人が必要なときにはヨンスがいます。手伝わせてください」

「あんたたちはそれどころじゃないはずだ。ダンのことは俺たちに任せてくれ。ヨンスによろしくな。じゃ、行くぜ」


 ソンヒョンと別れ、昂胤はチームの皆を集めて言った。

「ダンが奪った物がわかった」

 全員の目が昂胤に集中した。

「核ミサイルだ」

 皆の息がほんの一瞬止まったのがわかった。

 昂胤は、ソンヒョンとの話し合いの内容を説明した。取り返すよう頼まれた、と。

「これはもうチームの仕事じゃない。一緒に来るかどうか、おまえたちの自由だ。好きにしてくれ」

 昂胤が言うと、皆が騒ぎ出した。

「冗談じゃねえ。ダウとセオの仇をとらなきゃ男じゃねえ!」

 ゴードンが言った。

「そうだぜ、ボス。殺られたら殺りかえすしかねえだろ!」

 ロドニー。

「チーム、解散する気かよ」

 ニックが言った。周もパクも雄大も、熱い目を向けている。

「おまえたちの気持ちはよくわかった。だが、今のとこダンの行方がわからないから、動きようがない。俺はとりあえずアメリカに飛ぶ。相談したい人がいる」

「ボス。じゃ、俺たちもついてくぜ。なあ、皆もそうだろ?」

 ゴードンが言って、皆が同意した。

「アメリカに行く前に日本に寄るつもりだが、いいかな」

「いいともさ。行こうぜ」



 4.夕実と昂胤


 ソーテン本社。

 ここは、社長専用応接室。学校の教室より広い。

 栗色を帯びた濃い赤茶色の壁。黒褐色のレザーソファーがセットされている。正面の壁いっぱいに燃えるような向日葵の油絵が掛けてあり、部屋の隅には、しだれ桜のように何十本もの胡蝶蘭が活けてある。反対側には、二メートルほどの大型観葉植物。

 この部屋には、迷彩服を着ている昂胤はまったく似つかわしくなかった。

 ソファーの向かいに、社長の葵が座っている。アポなしで来たのに快く迎え入れてもらった。

 酸味と苦味のバランスのとれた上品なクリスタルマウンテンコーヒーを味わいながら、北朝鮮での出来事からダンを追う理由まで、かいつまんで説明した。

 昂胤の話を葵は最後まで口を挟まず聴いていたが、話しが終わると、

「生死を分かつような体験をしてきたとは思えないような淡々とした昂胤くんの話しぶりに、かえってすさまじさを感じたよ」

 と、喉元に触れながらぽつりと言った。

「ダンについての情報は、今のところ何もありません。社長のほうで何かわかれば、すぐに教えてください」

 昂胤は、最後に(あおい)に協力を依頼した。ソーテンの情報網は世界一を誇る。葵に依頼しておけば何とかなる、と昂胤は思っていた。

「昂胤くん、これからどうするのかね」

 葵が訊いた。

「ネバダ州に飛びます」

「忙しいね。ゆっくりできないな」

「アンダーソン教官に早く報告したいものですから」

「夕実に会って行かないのかね」

「いえ。夕実とおばちゃんには顔を見せに行くつもりです」

「うむ。そうしてやってくれ。心配していたからね」

「はい、わかりました。ところで、重次郎の爺さんは、今どちらでしょうか」

 重次郎は、年間を通じて半分以上を自分の所有する石垣島離島で過ごしている。

「先日帰ってこられて、今はご自宅におられるはずだよ」

「それはよかった。じゃ、これから行ってきます」


 昂胤は、葵に別れを告げて、重次郎の自宅に向かった。

 自宅は、田園調布にある。豪邸だ。インターホンで名乗ると、潜り戸がカチャリと音を立てて開いた。入ると、絨毯(じゅうたん)のように一面に敷き詰められた芝生の緑が目を奪った。芝生にはおよそ五十メートル先の建物まで続く石畳が敷き詰められ、ちょうど中間あたりの左隅に人間の背丈を超す巨岩が一つ置いてあり、巨岩から松の木が二本まっすぐ背を伸ばしていた。

 執事に、奥座敷に案内された。十二畳の和室だ。座卓の下座に正座して重次郎を待った。

 床の間には、迫力ある双龍の見事な掛け軸がかけてあり、その下には、幹の太さのわりに丈が短い威風堂々たる黒松盆栽が置いてある。

 後方から、かすかに天然香木の香りが漂ってきた。

「待たせたの」

 重次郎が入ってきた。和服がさまになっている。

「おじゃましています。突然すみません」

 昂胤は頭を下げた。

「北から帰って来たのじゃな」

 上座に座るなり、重次郎が言った。

「はい」

「あちらは、うまくいっとるのかね」

 重次郎は昂胤の話を聴く前に言った。

「お見通しでしたか」

 昂胤が苦笑しながら言った。

「むちゃをしたもんだの。ま、昂胤くんは慣れておるのかもしれんが」

 重次郎が言った。

「いえ、まさか」

 クーデターは二度経験したが、慣れるまでにはいたらない。

「どうするつもりじゃ」

 重次郎に訊かれた。

「アメリカに……」

 いきなり訊かれてとっさに答えたが、はずしたような気がして口をつぐんだ。

「あちらじゃよ。当然統一するのじゃろ」

 やはり外していた。重次郎が昂胤の予定などとそんな甘いことを訊くはずがなかった。

「俺たちは解放を手伝っただけなんで、あとは残った者の仕事ですよ」

「途中で投げ出すとは、昂胤くんらしくないのう」

 わざと怒らせるように言うのは、重次郎のクセのようなものだ。

「投げ出すつもりはありません。最初からこういう約束だったのです」

 昂胤が言った。重次郎がわずかに目をあげた。

「では、聴かせてもらおうかの」

 重次郎が言った。目が一瞬光った。

 昂胤は、今回の顛末を最初から話して聞かせた。長い話だった。

 ダンが持ち出した核ミサイルを取り返すつもりであること。とりあえずアメリカに渡りアンダーソンに会うつもりであること。チームメンバーが全員ついてきていること、等あまさず伝えた。

「パクは、返しましょうか」

 最後に昂胤が訊いた。

「パクが言うことを聞くと思うかね?」

 重次郎が言った。パクを預ける気になっているようだ。

「では、預かっていいのですか」

 昂胤は目で微笑した。

「しかたがあるまいて。鍛えてやってもらおう」

 重次郎は、性急にみえるが、こまやかな心づかいをする人でもある。昂胤はこういう型の人が嫌いではない。


 重次郎邸を辞した昂胤は、自分の事務所に向かった。久しぶりだ。連絡をしていない。 夕実がルスを預かると言っていたから、事務所には夕実が一人でいるはずだ。ドアノブをそっとひねってみた。ロックされていない。ドアを開けた。

 その音にすぐ気づいてこちらを振り向いたとたん、夕実が満面に笑みを浮かべて走ってきた。

「所長~っ!」

 首に手をまわして昂胤を抱き締めて離さない。

「所長、お、お帰りなさい!」

「夕実、泣いてるのか」

 夕実の両肩を持ち、引き離しながら言った。

「泣いていません」

 夕実は、激しく瞬きし、咳払いをしながら言った。夕実は顔をそむけたが、目からは涙がいく筋か流れていた。

「俺は腹が減った。うまい肉が食いたい。行くか?」

 両手で夕実の肩をもって言った。夕実は、顔をそむけたまま「うん、うん」と二度うなずいて嬉しそうだが、まだ泣いているようだった。

「夕実、トイレに行って来い。ここで待ってる。早くしないと置いてくぜ」

「いやん。ちょっと待ってください。絶対ですよ!」

 夕実は、あわててバッグを持ってトイレに走った。一人残った昂胤は、佐々木に電話してみた。雄大が、周やパク、ニックたちを連れて佐々木の事務所に行っているはずだ。佐々木はすぐに出た。

『おお、昂胤。大活躍だったらしいな』

 佐々木は機嫌が良かった。まだ外は明るいが、皆を連れて飲みに行っているようだ。電話の向こうがにぎやかだった。

「挨拶に行けなくてすみません」

『謝ることはねえ。雄大に聞いてるぜ。忙しいんだろ』

「今夜は行けそうにないんだ」

『気にするな。夕実ちゃんの相手をしてやってくんな』

「ああ。テツさんとこには明日、顔を出すよ」

『待ってるぜ』

「今日は大勢で押し掛けてすみません。みんな、俺の仲間なんだ」

『わかってるよ。いい奴らじゃねえか。今夜は任せな』

「悪いな、テツさん。じゃ、頼みます」

 昂胤が電話を切るのと、夕実が出て来るのが同時だった。

「お待たせしましたぁ。今のお電話、佐々木のおじさんですか」

「ああ。夕実、機嫌なおったな」

「機嫌は最初からいいです! それより、所長がお留守のあいだ、佐々木のおじさんにはずいぶんお世話になったんですよ」

「そうだったのか。明日会うから礼を言っとくよ」

 昂胤は、事務所を閉めている夕実を見ながら、夕実、心配させたな。ルスを守ってくれてありがとう、と心の中で言った。また留守にすると告げると、もう一波乱起こるだろうなあと、ぼんやり思った。



 5.出動


 昂胤は、皆を連れてアメリカに渡った。

 ネバダ州シエラネヴァダ山中。

 一般人には知られていないが、アメリカ合衆国政府が立ち上げた唯一の傭兵(ようへい)学校がここにある。政府から派遣されたプロのスカウトマンが、合衆国各地から入隊者を集める。心身とも屈強な二十歳未満の男で家族関係がない者だ。訓練は、死亡者が出るほど厳しく、逃亡者が後を断たない。

 十数年前、今はここの責任者になっているアンダーソンが教官のとき、昂胤はトップの成績で卒業していた。ニック、ゴードン、ロドニーもここの卒業生だ。三人は卒業以来初めての母校への帰還で、アンダーソンに会うのも久しぶりだった。

「教官、ご無沙汰しています!」

 ゴードンが真っ先に言った。今は学長だが、ゴードンは気にしていない。

「教官、老けましたね」

 ニックも学長とは言わなかった。当時の呼び名がしっくりくる。

「元気ですか」

 ロドニー。

「おお、みんな元気にしてたか」

 アンダーソンが皆の顔を見て順に握手した。

「昂胤、大変だったな」

 最後に昂胤の手を握ってアンダーソンが言った。昂胤は、パク、雄大、周も、ともに北朝鮮で闘った仲間だと紹介した。

「教官、報告できなくてすみません」

 昂胤も教官と言った。

「ああ。後でゆっくり聴かせてもらおう」

 アンダーソンは、まだ訓練中だから今夜の食事が終わってからゆっくり聴くと言った。まだ現役でもあるようだ。

 皆で行ってみると、二十歳くらいの若者が百人くらいで格闘技の訓練をしていた。

「勝ち抜き戦をしよう」

 訓練を止めてアンダーソンが言った。

「五人抜きだ。目つぶし、喉打ち、金打ちはなし。相手が倒れるまで」

 おまえたちもやってみないかとアンダーソンが言うので、昂胤は、周と雄大にやってこいと言った。二人は走って行った。続いてパクも走った。ロードンたちは、笑いながら観ていた。

 まず雄大が名乗り出た。

 一人目の相手は、雄大よりもかなり高かった。しかし、難なく雄大が勝利した。二人目、三人目と勝ち抜き、四人目の対戦中に雨が降ってきた。四人目を倒して五人目に入ったときは豪雨となっていた。

 次は周が手を挙げた。

 どしゃ降りの中で始まった。豪雨が勝ち抜き戦を中止にするという発想は誰一人持っていないようだ。

 五人を倒したとき、周は全身どろだらけだった。雨はまだ降り続いていた。

 最後にパクの登場だ。

 四人目まで順調に勝ち進んだが、五人目は強敵だった。なんとかパクが勝利したものの互角の闘いだった。

「パク、歳はとりたくねえなあ」

 雄大がパクをからかった。

「バカヤロ! 観客を楽しませてやったんじゃないか」

 パクが雄大に返した。

「昂胤、おまえもやってみろ」

 アンダーソンが言った。

「俺は遠慮しときますよ」

 昂胤は、笑って言った。

「久しぶりにおまえの武術を見せてくれないか」

 アンダーソンに再度言われ、昂胤はしょうがないかと思った。

「教官、いっぺんにかからせてもらえますか」

 昂胤がアンダーソンに言った。

「五人とも同時にか」

「いいえ、十人一緒に」

「十人!?」

「はい」

 アンダーソンが対戦者を募った。二十人ほど挙手した。その中からアンダーソンが十人選んだ。いずれも筋骨隆々たる若者たちだった。

 十人が昂胤を取り囲んだ。じりじりと輪が縮まってゆく。 アンダーソンは、昂胤の武術の腕前は知っている。普通に十人抜きなら心配ないと思っているはずだ。だが、同時に十人と闘うのは見たことがないだろう。

 取り囲んだ隊員の顔は、十人とも厳しい目をしていた。対戦相手を増やし、全員同時にかかれと言う。順番に一人づつ闘うならまだしも、プライドを大いに刺激されたようだ。しかし、昂胤は輪の中央でただ立っているだけだ。ゴードンやニックらチームメイトは、それを見てニヤニヤ笑っている。

 輪が小さくなり誰もが攻撃圏内に入ったとき、昂胤の姿が視界から消えた。と思ったとたん、ぱたぱたと見る間に隊員が倒れていき、立っているのは昂胤だけになった。

 周りで取り囲んで見ていた隊員たちは、呆然としている。

 いつの間にか雨があがっていたが、誰もそのことに気づいてさえいないようだ。


 北朝鮮のクーデターを成功させるまでの詳細を、昂胤は、 アンダーソンに報告した。

「すみません。連絡できなかったとは言え、勝手なことをしました」

 昂胤はアンダーソンに頭を下げた。

「いや、その判断は正しい。私でも同じことをしたよ」

 アンダーソンが昂胤を見て言った。目に温かみがあった。

「教官。ダンの野郎、ダウとセオをやりやがったんですぜ」

 ゴードンが言った。

「一緒にやってきた仲間を殺るなんてとんでもねえやろうだ」

 ニック。

「マイトが勝手にやったのだとダンは言っていたぜ」

 昂胤がつけ加えた。

「黙って見ていたなら、ダンがやったも一緒じゃねえか」

 ロドニーが言った。

「済んだことを言っていてもしようがない。ダンが持ち去った核ミサイルをなんとしても取り返さなくては」

 そう言ったアンダーソンの目は、怒りの中に悲しみが混じっていた。

「はい。必ず取り返します」

 昂胤がきっぱりと言った。

「それにしても、ダンが核ミサイルを奪った目的は何でしょうか」

 周が言った。

「まさか使う気じゃねえだろな」

 ゴードン。

「金だろ」

 ニック。

「誰かに売り付けるってか」

 ロドニー。

「そうじゃなく、使われたくなかったら金を出せ!」

 ニックがふざけた調子で言った。

「それだな」

 アンダーソンが言った。

「狙いは、アメリカ合衆国だろう。私がCIAに連絡しておこう」

 アンダーソンが続けた。

「葵社長に情報収集をお願いしてあります」

 昂胤が言った。

「そうか。アオイが協力してくれるのか」

「ええ。教官によろしくと言ってました」

「うむ。期待できそうだ」

「教官。ダンに電話してみます」

「何だと?」

「ダンの携帯番号、知ってるんですよ。しかし、何度しても出ませんが」

「するなら、逆探するからちょっと待て」

 アンダーソンが、装置をセットした。

「三十秒以上話せ」

「はい」

 昂胤は、ダンにコールした。今度も出ないと思っていたら、ワンコールでダンの明るい声が返ってきた。

『おう、昂胤。元気にしてるかい』

「ダン、今どこだ!」

 いきなり繋がったのであわてた。

『やけにあせってるじゃないか。落ち着けよ』

 ダンに言われてしまった。

 逆探知機にかけているので、話しを延ばさないといけない。

「なぜセオとダウを殺した!」

『殺したのは俺じゃないぜ』

「おまえが命令したんだろ!」

 語尾がきつくなった。

『殺ったのはマイトだよ。恨みでもあったのじゃないのか』

「何の恨みだと言うんだ!」

『俺は知らないな』

「仇はとる!」

『好きにしろ。昂胤、首領邸に行ってみたのか』

「ああ。行ったさ」

『特殊部隊をよくかわせたな。さすがたぜ』

「そんなことより、分け前をもらわないとな」

『隠し部屋を見たろ。あそこは一切手をつけちゃいないぜ。おまえが好きなだけ持ち出せばいい』

「そんな物はいらない。ダンが持ち出した物を……おい、ダン! ダン!」

 話している途中に切られてしまった。

「どうでした!?」

 昂胤はアンダーソンに訊いた。逆探知器の首尾だ。

「ダメだ! 短い!」

 アンダーソンが答えた。

「ダンに気づかれたのでしょうか」

「ダンほどの男だ。最初から分かっていたのだ」

 せっかくの機会を逃してしまった。

「もう一度かけてみろ」

 だが、今度は応答がなかった。

「まあいい。ダンがいずれ行動を起こすだろう。それまで待つしかない」

 アンダーソンが言った。

「ところで、北朝鮮は朝鮮半島を統一するのだろう。今、あっちはどうなっている?」

 アンダーソンに訊かれたが、あれ以来ソンヒョンと連絡をとっていないので昂胤もわからなかった。

「時期を見て、ソンヒョンに連絡してみます」

 クーデターは一応成功したものの、そのあとが重要だ。自国民の啓蒙(けいもう)が大変だが、韓国との調整がさらに大変だ。しかし、これらは昂胤たちの出る幕ではない。


 アンダーソンに一連の流れを報告してからこれといってすることがないので、宿舎に泊まり込み、昂胤たちはアンダーソンの手伝いをしていた。アンダーソンの指導も厳しいが、実戦で鍛えあげた昂胤たちの指導もはんぱじゃなかった。

 四十キログラムのリュックを背中にかついだまま十二時間走らせる。その間、飲まず食わずだ。一定時間内に帰還できない者にはペナルティを課す。これを一週間連続で行う。次の一週間は、命綱をつけず三十メートルほどの絶壁の登り降りを一日中続ける。

 これはきつい。五日目に落下者が続出した。死傷者が出た段階で、アンダーソンからこの訓練の中止命令が出た。

 だが、昂胤たちはいつも普通にこなしている訓練だ。


 二週間後。

「昂胤、ついにダンが動いたぞ」

 自分の執務室に昂胤を呼びつけてアンダーソンが言った。

「CIA長官から報せがあった。ダンが、百億ドル要求してきたようだ」

 アンダーソンはソファーに座りなおした。

「それはまたふっかけましたね!」

 アンダーソンの前に座って半分あきれながら昂胤が言った。

「いつのことですか」

「今朝だ」

「で、潜伏場所は?」

「それはつかめなかったようだ」

「何て言ってきたのですか」

「ニューヨークの街を消滅させたくなければ百億ドル出せ、と言ったらしい」

「それで長官は何て返事したのですか」

「ダンが、また連絡すると言ってそのまま切ったらしい」

「逆探を警戒したのでしょうね」

「そうだろう。ダンのことだ。抜かりはない」

 北朝鮮のクーデターにかこつけて核ミサイルを入手したのはこのためだった。それにしても、と昂胤は思った。知らなかったとはいえ、まんまとダンに乗せられて昂胤も片棒をかついでしまった。

「大統領はカネを用意するでしょうか」

「いや。しないだろう。大統領は強気だ。徹底抗戦するはずだ」

 傭兵学校出身のダンが核ミサイルを所有しているようだと、CIA長官に伝えたその日に長官は大統領に報告しているはずだとアンダーソンが言っていた。入手経緯も説明している。だが、ダンという男が核ミサイルを本当に所有しているという確証はないのだね、というのが大統領の最初の言葉だったようだ。

 アンダーソンと長官は長い付き合だ。ダンが核ミサイルを所有していると言うアンダーソンの言葉を長官は信じている。しかし、大統領は違うようだ。確証がないのに騒ぐとはキミらしくないね、と言われたと長官から聞いている。北朝鮮が核づくりに精をだしていることを大統領も認識しているが、核実験はあくまで見せかけで、 本当に所有しているとは考えていない。確証がないことには振り回されたくない。だから、この情報も信憑性(しんぴょうせい)が低いとみる、と大統領が言ったそうだ。

 アンダーソンは、かたくなな大統領の態度を長官から聞いて苦々しく思ったが、いずれにしても実力阻止しかないと思った。

「しかし、ダンは、脅しではなく本当にやりかねません」

「私もそう思う」

「ダンの潜伏場所を何としても探し出さないと」

 昂胤が、腹の底から声を絞り出すように言った。

 ダンは、カネを拒否されればおそらく核ミサイルを使うだろう。今回だけは、大統領の強硬姿勢があだをなす可能性が高い。そうなれば、ニューヨーク八百万人の命が一瞬で消える。それだけは、何が何でも阻止しなければならない。核ミサイルを決してダンに使わせてはならないのだ。ダンは、司法の手にゆだねる、いや、いっそこの手で……。


「昂胤くん、ダンの潜伏場所がわかったぞ!」

 電話口から弾むような明るい声が飛び込んできた。葵だ。アンダーソンと話した三日後だった。

「どこですか!」

 昂胤は叫んでいた。

 葵の情報センターは世界一だと言われていた。だが、葵に期待していたものの、こうも早く発見してくれるとは昂胤も思わなかった。しかし、葵の情報センターが、大統領とダンの二十秒にも満たない通信を足掛かりに、電波発信地点が、北緯○○度、東経△△度ということを導きだしてくれた。

 昂胤は、葵から電話があったことをただちにアンダーソンに報せた。

「そうか! すぐ出発しよう!」

 アンダーソンが即座に言った。

 準備は、すでに万端だった。メンバーは、昂胤たちにアンダーソンを加えた八人だ。軍用ヘリコプター二十二人乗りパイアセッキH二十一Aは、アンダーソンが手配していた。重火器や軽火器をたんまり積み込んである。

 ヘリは二十二時に飛び立った。アンダーソンは、できるだけ低空飛行をするようパイロットに命じた。

 アンダーソンが、機内で皆を見回して言った。厳しい声だった。

「言っとくが、このミッションだけは絶対に失敗できない。ニューヨークの八百万人の命がかかっている。生きて帰れると思うな!」

「イエッサー!」

 昂胤以下全員が、大きな声で揃って返事した。

「しかし、よくわかりましたね」

 ニックが感心したように言った。

「ああ。さすがアオイだな」

 アンダーソンがうなずきながら言った。

「葵社長には隠し事はできませんね」

 昂胤が、目で笑いながら言った。

「だがよ、こんな事態になってもこの国じゃえらく冷静じゃねえか」

 ゴードンが言った。

「どういうことだ?」

 ニック。

「カネを出さなきゃニューヨークに原爆を落とすってんだろ。迎え撃つしかねえじゃねえか。なら軍隊ぐらい出せよって話しさ」

 ゴードンが言った。

 それを聞いてアンダーソンが説明した。

「CIAに連絡したとき、必要な人数をすぐに出すと長官が言ったのだ。すでに特殊部隊スペツナズを控えさせてあるから、と。だが、大勢で押しかけりゃいいってものじゃない。今回の我々のミッションは敵の殲滅(せんめつ)じゃない。核ミサイルの奪回だ。万が一のことがあると取り返しがつかないから、と私が辞退したのだ」

「そうだったのですかい」

 ゴードンが言った。

「スペツナズは、我々が核ミサイルを奪回後に投入される」

 アンダーソン。

「ところで昂胤さん、ダンはどこにいるんです?」

 雄大が遠慮がちに昂胤に訊いた。

「西シェラ・マドレ山脈だ」

 昂胤が答えた。

「その何とか山脈はどこにあるんですか」

 今度は周が訊いた。

「メキシコだよ」

 昂胤が答える前にニックが言った。

「ややこしいとこだぜ」

 ゴードンがつけ加えた。

「ややこしい?」

 雄大が訊いた。

「ユーダイ。びびるんじゃねえぜ!」

 ゴードンが雄大をからかった。それを聞いて

「切れが悪くてオシメしてるんだろ、ゴードン。もらすんじゃねえぜ」

 と雄大がやりかえした。

「ユーダイの一本!」

 ニックがおどけて言った。

「ファックユー!」

 ゴードンがニックを睨んだ。

「思い出したぜ。俺、晩メシ食ってねえんだ。機内食、いつ出るんだよ」

 ロドニーが言った。

「バカヤロー。チケット持ってねえ奴が何言ってやがんだよ」

 ゴードン。

「お? おめえ、持ってるみてえな口のきき方じゃねえか」

 ロドニー。

「俺は品行方正だからいいんだよ。だが、おめえはダメだ。ガラが悪すぎら」

 ゴードン。

「ガラの悪さならお前らは引き分けだ」

 アンダーソンが笑いながら言った。



 6.閃光


 ヘリは低空飛行を続けている。夜間の低空飛行は非常に危険だが、レーダーを避けるためにはやむを得ない。シェラ・マドレ山脈は広大だ。アメリカ南部からメキシコの南端まで標高五千メートル級の山脈が貫いている。そのどこに居るにせよ、ダンはレーダーで監視しているに違いないのだ。

「学長、五分前です」

 パイロットが言った。

「よおし、スタンバイだ!」

 アンダーソンが言った。

「おい、みんな、忘れ物するんじゃないぞ。忘れた奴は敵地に裸で放り込む!」

「イエッサー!」

 ピタリと無駄口が止まり、すぐに降下準備を始めた。

 リュックの中身を確認する。背負う。

 パラシュートを使える高度ではないから、ロープで降下する。顔に、黒いドーランを塗る。

 いくつかの重火器にもロープをセットする。

 降下体制に入る。

「完了!」

 皆が口々に言う。一分経っていない。

 ゴーッ!

 ヘリコプターの飛行音が急に大きくなった。

 誰も口を開かない。

 雄大が入れ込んでいる。ヤクザの出入りを経験したことはないと雄大は言っていたが、一種の殴り込みだと思っている。恐怖心はなさそうだ。むしろ高揚感にあふれているように見える。やるときにはやらなければ男じゃない。ダウとセオの仇を打つつもりだ、と公言していた。

 しかし、それどころではなくなった。ニューヨークに核ミサイルを投下すると言う。鬼畜の沙汰だ。絶対に許せなかった。

「雄大、だいじょうぶか」

 日本語だった。雄大が昂胤を見た。顔が赤らんでいる。

「オッス!」

「今度の敵は、今までのように甘くはない。そんなに肩に力を入れていると、いざというとき動きがにぶるぞ」

 昂胤は、雄大が心配だった。

「昂胤さん、大丈夫っすよ。俺がビビってるように見えるんすか」

 雄大も日本語で言った。

「その逆だ」

 昂胤は、雄大がなぜか一人で突っ走ってしまいそうな気がしていた。

「二人だけで日本語なんてやめてくんねえかな」

 ニックが割って入った。

「悪口言ってたのがよくわかったな」

 昂胤がニックを見て笑った。

「降下一分前!」

 パイロットが言った。

 無言。

 爆音が響く。

「降下三十秒前!」

 無言。

 爆音!

「降下十秒前!」

 ヘリがホバリングした。

 パッチが開いた。

「降下!」

 周が飛び出た。

 雄大が飛び出た。

 ニックが飛び出た。

 次々に飛び出た。

 最後に昂胤が飛んだ。

 全員無事に着地できた。植物はほとんどなく、月明かりで見渡す限り岩山だった。

「さあ、ここからは歩く。一時間だ」

 アンダーソンが言った。

 一時間ほど歩いたころ、高さ五メートルぐらいの土塀が見えた。

「教官、あれですかね」

 昂胤が言った。

「ああ。あれだな」

「教官、調べに行かせます」

 昂胤は、ゴードンとニックに調べに行かせた。待っている間に高台を探し、赤外線双眼鏡で中を見てみた。元はメキシコの軍隊が使用していたと思われる。敷地内に宿舎風の建物が幾棟も建っており、ダンや核ミサイルの位置は検討がつかなかった。

 二人が帰ってきた。

「五百メートルを底辺に四百メートルの台形で、入り口は上辺中央です」

 ニックが言った。

「見張りは、二百メートルおきに二名づつ」

 ゴードンが言った。

「入り口の見張りは?」

 昂胤が訊いた。

「四名の見張り。鉄門が閉まってます」

「わかった。ご苦労」

 言って昂胤はアンダーソンを見た。

「底辺中央から行こう」

 アンダーソンが昂胤に言った。

「イェッサー!」

 皆が答えた。

「教官はここでバックアップお願いします」

 昂胤がアンダーソンに言うと、

「私を年寄り扱いするつもりか」

 と目を怒らせた。

「いえ、そんなつもりでは」

「誰か若いのを残せ!」

「イェッサー!」

 アンダーソンに言い切られてはしかたない。昂胤は雄大と目が合った。

「昂胤さん、俺はイヤっすよ」

 昂胤が言う前に雄大が言った。

「雄大。そう言うな。おまえしかいないだろ。皆は元傭兵で、こういうことに慣れている」

 昂胤が諭すように言った。雄大のことが気がかりなのは事実だった。雄大をつれて北朝鮮首領邸に入ったときはさほど心配しなかったが、今回は相手がプロ中のプロだ。プロが待ち構えている中に素人の雄大を連れて行くわけにいかない。心配するなというほうが無理というもの。最初から突入させないつもりだった。

 後方支援をやってもらうと言えば、アンダーソンは撥ねつけるに違いない。後方支援の必要性を印象づけた後、雄大を後方支援に廻す。

 雄大を残すための苦肉の策だった。

「パクさんも傭兵の経験ないっすよ」

 雄大が抵抗している。

「パクは元自衛官だ。ヤクザ相手にケンカしてたのはおまえだけだよ」

 昂胤が云うと、雄大は黙りこんだ。

「雄大。ここから監視してくれ。妙な動きがあればバズーカでバックアップして欲しいのだ。バックアップがあれば安心できる。ただし、ぶっぱなすのは俺たちが先に花火を上げてからだ」

 アンダーソンが言ったが雄大は返事をしなかった。

「雄大。わかったのか」

「オッス!」

 顔は返事とは裏腹だったが、これで雄大を残せる。

「よし。出発だ!」

 深夜二時。

 物音ひとつしない。

 台形底辺中央あたり。

 全員が壁を越えて散って行ったとき、昂胤の隣にアンダーソンが来た。

「昂胤、核ミサイルはここには置いていないかもしれんな」

 アンダーソンが小声で言った。

「はい。ここに立ってみて、俺もそう感じました」

「しかしコーイン、私をうまく利用したな」

 いきなりアンダーソンが話題を変えた。昂胤が驚いて見ると、その目が笑っていた。

「教官、やはりお見通しでしたか」

 昂胤は苦笑した。

「雄大は残して正解だろう。根性はあるが、突っ走りすぎる」

 アンダーソンが言ったそのときだった。大爆発音がした。

 ドドーン!

 入り口あたりだった。

 まさか雄大が?

 いや違う、それはない。

 ヒュヒューッ!

 ドドーン!

 ドドーン!

 爆発音が続いた

 昂胤たちの作戦は各棟の入り口爆破だったが、今展開されているこの作戦は、殲滅(せんめつ)目的の無差別攻撃だった。

「特殊部隊か!?」

 パラララララッ!

 他の方向からは軽機関銃の乱射音もした。

「行ってみよう!」

「はいっ!」

 あちこちが炎上し、夜空を染めている。

 ヒューッ!

 ドドーン!

 爆撃は続く。

 人々が走り回っていた。迷彩服だ。やはりグリーンベレーだった。

「まずいっ!」

 殲滅作戦が始まったのだ。

 グリーンベレーから見れば、ダンの仲間と昂胤たちとの区別がつかない。いや、その意識すらない。

「撤収だっ!」

 アンダーソンが言った。

 昂胤は無線で撤収を命じた。軽機関銃の乱射音が激しさを増している。目の前の壁が被弾し、一瞬の間に数十の穴が開いた。早く撤収しないとまきぞえを食う。

 パラララララッ!

 パラララララッ!

 基地内に無数の銃声。

 叫び声。

 全身炎に包まれ逃げまどう傭兵のシルエット。

 炎。

 撤収中にいくつもの死体を見た。五体揃っていないのが多い。

 猛烈な炎と煙。

 強烈な匂い。

 ヒューッ!

 音が近いっ!

 ドドーン!

 昂胤は、強烈な爆風に跳ばされた。

「うぐっ! 教官っ、大丈夫ですかっ!」

 アンダーソンが倒れていた。

「お、おまえは!?」

 アンダーソンが自分で起きあがりながら言った。跳ばされたが、無事のようだ。昂胤も起きあがれた。

「俺も大丈夫です。さあ行きましょうっ!」

 辺りは、昼のように明るい。ほとんどの建物が燃えているようだ。砲弾・銃弾の飛び交う中を二人は走った。

 ようやく元の塀にたどり着いた。塀を越えた。塀の中では地獄が続いている。集合地点まで一度も止まることなく一気にダッシュした。

 まだ誰もいなかった。

 今、一番心配なのは、ダンがブチ切れないかということだ。まさかのいきなりの攻撃を受け、さすがのダンも度肝を抜かれたと思うが、頭にきたダンが発射ボタンを押したら終わりだ。この強行策が裏目に出ないことを祈るしかない。

「教官、どう思われますか」

「ダンのことだ。まったく予測がつかない。それにしても……」

 アンダーソンが猛烈に腹を立てているのが昂胤にはよくわかった。ダンの居場所をキャッチしたのは葵だ。まずアンダーソンたちが乗り込み核ミサイルを確保、その後にグリーンベレーの出番という手筈になっていたのだ。

 誰が命令したのかわからないが、その人物は、ダンが核ミサイルを所有していないと判断した。もしダンが本当に発射させたらどう責任をとるつもりだ。いやそうなったら、責任どころではなくなる。

 命令したのは大統領だ。

 アンダーソンは確信しているようだ。

「コーイン、戻ってきたぞ!」

 アンダーソンの声に昂胤が振り返ると、こちらに数人走ってくるのが見えた。ゴードンたちだ。

「ボス、どうなってるんだい!」

 戻るなり、荒い息でゴードンが言った。

「俺たちが核ミサイルを奪ってからじゃなかったのかい!」

 目玉が飛び出しそうなほど目を見開いたゴードンが昂胤に詰めよった。

「落ち着けゴードン。全員無事に戻ったのか」

 昂胤が、なだめるように訊いた。

「ゴードン」

 アンダーソンが呼び掛けた。

「昂胤を責めるな。CIA長官と話したのは私だ。最終的に命令したのは、おそらく大統領だろう。おまえたちが、まきぞえ食わなくて良かった」

 ゴードンの腹立ちはよくわかるが、昂胤の責任ではない。

「ボス、すまねえ。頭に血がのぼっていたぜ」

 ゴードンが言った。落ち着きを取り戻したようだ。

「いきなりの砲弾だ。まだ続いている。もしかすると、ダンはおだぶつかもな」

 ニックが言った。

「ボスの撤収命令があと一歩遅かったら、俺たちも全員アウトだったな」

 ロドニー。

「しかし、政府はむちゃくちゃしやがるぜまったくよ。約束が違うじゃねえかよ」

 ニックが声を荒げた。

「ああ。思いしらせないといけねえなぁ」

 ゴードンが言った

「あ、ユーダイがいねえ!」

 突然ニックが叫んだ。

「誰か見てきてくれ。最初いた場所だ」

 昂胤が言った。

「見に行ってきますっ!」

 すかさず周が言った。

「俺も行きますっ!」

 パクだ。二人は飛ぶように走って行った。

「ところで、さっき昂胤と話していたんだが、ダンはあそこにゃいないと思う」

 思案げにアンダーソンが言った。

「では、核ミサイルもここにはないと?」

 ニック。

「ああ、ないな。別の場所にダンが確保していると思う」

 アンダーソンが言った。

「別の場所というと?」

 ニックが訊いた。

「そいつは知らねえがな。ダンは簡単にくたばるようなヤツじゃねえってことだけは確かだぜ」

「そうだよなゴードン。あいつだけは俺たちがしとめないとな」

 基地は、まだ爆撃音と銃声が続いている。

 政府は、圧倒的な火力で、ダンの傭兵部隊を殲滅する作戦のようだ。

 パクと周が走って帰ってきた。

「昂胤さん、雄大がいない!」

 パクが悲痛な声を出した。

「重火器だけがありました!」

 周。

「あいつ!」

 体内に衝撃が走った。あれほど言ったのに、ここを動くな、上官命令は絶対だと。雄大は、命令を無視した。

「どうします?」

 周が訊いた。昂胤が返事をせずにいると、パクが「俺、探しに行ってきます!」と言った。

「ダメだ! 行くんじゃない。全員、撤収だ。教官、お願いします!」

 昂胤が言った。

「一人で行くつもりか、コーイン」

 アンダーソンが昂胤を見て言った。

「俺はちょっと探してみます」

「何を言ってる! 全員で行こう!」

 アンダーソンが言った。

「そうだぜボス! 誰か反対の奴いるか!」

 ゴードンが言った。

「行こうぜ!」

 ロドニー。

 皆が口々に言い始めた。

「わかった。じゃ、行こう!」

 気持ちが嬉しかった。昂胤たちは全員で引き返した。

 現地では銃撃戦がだいぶおさまっていた。アンダーソンがさきほどから無線で呼びかけている。グリーンベレーに攻撃を止めさせるため、本部に連絡をしているのだ。

「昂胤、表に回ろう。合流するぞ」

 アンダーソンが言った。

「連絡、とれましたか」

「ああ。長官から指令がいくはずだ」

 表に回った。敷地内は、銃撃戦はだいぶ収まってはいるが、猛烈な炎と煙は勢いを増している。

 正面に回ると、軍仕様のトラックが十台以上停まっていた。アンダーソンが本部席に直行した。が、すぐに戻ってきた。

「もうすぐ作戦が終了するようだ。待つように言われた」

 兵力と火力の圧倒的な差で傭兵をひねりつぶすのは容易であったろう。殲滅作戦は成功したようだ。

「わかりました」

 昂胤が言った。今さらあわてたところでしかたがない。

 待つほどもなく、殲滅部隊長が自らやって来て言った。

「アンダーソン学長、作戦終了しました。あとはお任せします」

 死体を見て回って息のある者にとどめを刺すのがグリーンベレーのやり方だが、今回はアンダーソンの要望に応え、現段階で事後処理を一任された。

 昂胤たちはすぐ捜索にかかった。死体を一体づつ確認した。傭兵の遺体は四十二体あった。ダンの死体はなかった。幸いなことに、雄大の遺体もなかった。昂胤は、息を吐いた。

 しかし、あらたな疑問がわいた。

 雄大はどこに行ったのだ。

 そう思ったちょうどそのとき、東北方面の空が一瞬白く光った。それを見た昂胤は、心臓が一瞬止まり、次いで鼓動が激しく打って冷や汗が出てきた。

「まさか!」

 昂胤はアンダーソンを見た。顔が真っ青だった。

「教官! 今の……!?」

「……やられた!」

 東北方面を見ながら、アンダーソンが言った。岩をこすりあわせたような声だった。

 アンダーソンが、小刻みに震える手で、CIA長官に電話した。長官は事態がわかっていなくて、調べて折り返し連絡すると言って電話が切れたようだ。

「ダンのやつ……」

 アンダーソンが、苦々しい顔でうめくような声を絞り出した。

 恐れていたことが現実と化した。最悪の事態だ。先ほど見た閃光(せんこう)は、見間違いであって欲しい。が、おそらく間違いではないだろう。いきなり総攻撃を受け、頭にきたダンが、核ミサイルを投下したのだ。

 CIA長官からアンダーソンに連絡が入った。

「爆心地は、ニューオリンズだそうだ」

 今仕入れた情報をアンダーソンが皆に伝えた。

「被害は?」

 昂胤が訊いた。

「まだ何もわからない」

 おそらく爆心地は全滅だろう。被害がどの程度の地域まで及ぶのか。

「ニック。ニューオリンズの人口は?」

 昂胤が訊いた。

「三十六万人ってところだ」

 ニックは驚くほどの博識家だ。何でもよく知っている。

「ニューオリンズは四つの郡に囲まれてるから、併せりゃ百万人を超えるぜ」

 ニックが淀みなく答えた。

「何てことだ」

 アンダーソンが、胸を突き出し両手を腰に当てて言った。

「大統領の判断ミスだ」

 アンダーソンが怒気をあらわにして言った。声が震えている。

「核ミサイルを所有していることを、ダンは証明して見せたってわけだ」

 ゴードンが言った。

「大統領の顔、見てみたいぜ。今、どんな顔をしてるんだろうな」

 ロドニーが吐き出した。

「次回は、ダンの言うことをおとなしく聞くだろうぜ」

 ゴードンが言った。

「じゃ、今回使ったのは一基だけってか!」

 ロドニー。

「相手はダンだぜ。金の卵を二つとも喰うわけないだろ。今回は本番前の予行演習だ」

 ゴードンが言った。

「昂胤さん、ユーダイはどこへ行ったんすかね」

 パクが昂胤の傍にきて言った。それには応えず昂胤が皆に言った。

「撤収だ!」


 ニューオリンズは瞬時に全滅、果てしなく続く焦土(しょうど)と化した。

 阿鼻叫喚(あびきょうかん)の世界。

 地獄絵図。

 核ミサイル投下のニュースは、全世界を震撼(しんかん)させた。

 未曾有(みぞう)の事件だ。

 アメリカ合衆国政府高官以外にニューオリンズの核ミサイル投下の実態を知っているのは、昂胤たち傭兵グループと、北朝鮮のソンヒョンたち一部の人間だけだ。

 各国政府が声明を発表していた。


 フランス政府

 ・・・すべてのテロ行為を断固として反対する。

 ドイツ政府

 ・・・世界中の国がルールにのっとり、テロリストを一人残らず確実に排除するべきだ。

 イギリス政府

 ・・・米国はテロに狙われる理由があるとでも言うのか。あまりにも卑怯だ。正々堂々と戦うべきだ。

 イタリア政府

 ・・・テログループは火あぶりにするべきだ。

 アメリカ合衆国政府

 ・・・テログループには、アメリカに与えた打撃の何倍もの報復を必ずする。

 中国政府

 ・・・世界中にいる同胞に告ぐ。テログループの情報を集めよ。

 日本政府

 ・・・非常に遺憾である。全面支援を惜しむものではない。


 六カ月後。

 現在把握されている死者、四十万八千三百六十八名。

 ニューオリンズの人口は三十六万人。

 黒々と広がる不気味な焼け野原は、復興のきざしは全くない。

 テログループからは何の声明も出ていない。

 何もかも止まったままだ。



 7.アメリカ大統領


 ホワイトハウス。

 大統領執務室。

 大統領は、今届いたばかりの朝一番の報告書を読んでいた。ニューオリンズの犠牲者がまた増えていた。

 頭をかかえていると、大統領直通電話の呼び出し音が鳴った。

 ルルル。

 ルルル。

 この電話番号を知る者は限られる。

「はい」

 大統領は、静かに受話器をとった。

『ニューオリンズはかわいそうなことをしたな』

 大統領は直感でわかった。ダニエル・カーンだ。

「き、きさまっ!」

 この番号がなぜわかったのかという疑問をぶつける前に、思わず怒鳴っていた。

「悪魔みたいなことを、よくもやりやがったな!」

 目玉が飛び出しそうなほど目を見開いてかみついた。

『おいおい、大統領にしては口が汚いな』

「おまえに言われたくないっ!」

 顔が赤くなっている。息が荒い。血がのぼって脈がピクピクしている。

『一千億ドル用意してもらおう。それでニューヨークが救われる』

「な、なんだと!?」

 コントロールできないほど体が震えた。

『また連絡する』

「おいっ! もしもし、もしもしっ!」

『ツー』

 切れていた。

 大統領はすぐ秘書官を呼んだ。

「今の電話、発信地を調べてくれ」

「大統領閣下。今のお電話は直通電話じゃありませんか」

「そうだ。ホットラインだ」

「申し訳ございません。直通電話の場合、逆探装置はセットされていません」

「逆探できないだと?」

 秘書官を睨み付けた。

「はい」

「こんな電話機、誰が置けと言った!」

 大声を出して、大統領は電話機を秘書官に投げつけた。秘書官は、一瞬動きが止まったが、電話線に助けられて難を逃れた。そのまますぐ退席すればよかったのに、大統領の剣幕にあわてて、逆探できない理由をおどおど説明しだした。

「ちょ、直通電話は、だ、大統領のホットラインでございます。ごく限らお方お方だけに開通されております。し、したがって、逆探は必要がございませんのでセットされておりません」

「そんなことはわかっているのだ! どの電話機にも逆探装置をセットしておくべきだと言っているのだ!!」

 秘書官は、火に油をそそいでしまった。

「すぐに官房長官を呼べ! CIA長官もだ! それにFBI長官も呼べ! すぐだぞ!」

 大統領は、早口で唾を飛ばしてまくし立てた。目を大きく見開いて、両手を、握ったり開いたりしている。

「イェッサー!」

 秘書官は、大統領執務室を飛ぶように出ていった。

 ダンがニューオリンズに核ミサイルを投下してから四十日経過している。今度は大統領専用直通電話を使って要求してきた。そして、金額が十倍にはね上がった。

 三人が転がるように重なって入ってきた。

「ダンから電話があった」

 大統領が執務室の応接セットに座るなり言った。三人は、大統領の向かいに座ったが、大統領のただならぬ雰囲気に緊張していた。

「え、ダンというとアノ!?」

 官房長官が訊いた。

「アノもコノもない。核ミサイルを投下したダニエル・カーンだ」

 大統領は、歯をむき出しにして言った。

「何て言ってきました?」

 CIA長官。

「一千億ドルでニューヨークが助かると」

 大統領がしゃがれたうなり声を上げた。

「一千億ドル!」

 三人が口を揃えた。

「それはまた大きく出ましたな」

  官房長官。

「どうしたものかね」

「脅迫に対しては、強くはっきりと拒絶の姿勢を示すべきです!」

 官房長官が強い口調で言った。

「しかし、ダンはやると言ったらやりますよ。ニューヨークが第二のニューオリンズになりかねません」

 FBI長官が反対した。

「CIA長官。キミはどう思うかね?」

 大統領が訊いた。

「ニューオリンズのときも申し上げましたが、アンダーソン学長を呼んで話してみるべきではないでしょうか」

 CIA長官が、控えめに言った。

「脅迫に屈するのは耐え難い屈辱ではあるが、ダンが核ミサイルを所有していることは間違いない。ダンが投下すると言えば必ず投下するだろう。ニューヨークを火の海にすることだけは避けなければならない」

 大統領が、一言一句噛み締めるように言った。

「大統領。今度電話があればできるだけ時間を稼いでください」

 CIA長官が言葉を切った。

「話を続けなさい」

 大統領。

「ダンには金を準備すると言っておいて、その間にアンダーソン学長に動いてもらいます」

「つまり、平行作戦だな」

「そうです。最悪、金は支払っていただきます」

「一千億ドルですぞ!」

 官房長官が慌てて言った。

「CIA長官、わかった。アンダーソン学長をすぐ呼んでくれたまえ」

「しかし大統領」

 官房長官が食いさがった。

「官房長官、キミは金を準備したまえ。では平行作戦でいく。解散だ!」

 大統領が言った。

「CIA長官は残ってくれ」

 皆が立ち上がると、CIA長官に大統領が言った。

「ニューオリンズのとき、ダンの潜伏場所をつきとめたのはキミだったな」

 二人が出て行ってから、大統領がCIA長官に訊いた。

「いえ。私ではなくアンダーソン学長です」

「たかが傭兵学校の学長になぜそんなことが?」

「はい。彼には特別なブレーンがあるようです」

「それで、アンダーソンに任せようという根拠は?」

「はい。そのブレーンがゆえです」

「そのブレーンなら、潜伏場所をつきとめられると思うか」

「たぶん」

「そして、核ミサイルを奪還できると?」

「そればかりは、やってみないとわかりません」

 長官は、慎重に答えた。

「ですが、やってみる価値はあります。いえ、やらせるべきだと思います」

 大統領は、冷静になっていた。

 前回、CIA長官の忠言を無視し、傭兵(ようへい)殲滅(せんめつ)指令を出した。その結果、ニューオリンズが全滅した。最初から忠言通りしていたら、ニューオリンズの惨事は起こらなかったかもしれない。判断が甘すぎた、と心の中で大統領は慚愧(ざんき)していた。

 今そのことには一言もふれなかった。このたびは、平行作戦が成功すれば指令を出した大統領の手柄、失敗すればアンダーソンを推奨したCIA長官のミスにできる。

 どちらに転んでも、大統領に損はない。


 CIA長官の要請で、アンダーソンとその仲間たちがホワイトハウスに出頭した。

「CIA長官が説明した通りだ。ダンに、絶対に核ミサイルを使わせてはならない。キミたちに全権委任する。大いに期待しているぞ」

 大統領は、アンダーソン以下全員に、大統領直属特別部隊員として、一人ずつ手を握って任命書を交付した。

「大統領閣下。必ずダンを食い止めます。私たちにお任せください」

 アンダーソンが大統領に言った。

「必要なものは何でも言ってくれたまえ。私が全面支援すると約束する」



 8.アジト


「今度は素直に出すのかねえ」

 ロムが言った。前回まさかあんなことになろうとは、ロムは夢にも思わなかった。

 ダンが四十二名の傭兵を引き連れてメキシコの軍隊跡地に向かったとき、ダンの命令でロムたちは核ミサイルを持って別行動をした。ミサイルを別の場所で保管するためだ。当初のメンバー六人が核ミサイル守備隊だ。これが結果的に良かった。ダンの読みはさすがに鋭い。軍隊跡地がなぜか当局に知られ、いきなりグリーンベレーの容赦のない攻撃を受け、傭兵部隊は全滅してしまったのだ。ダンだけは命からがら逃げのびたが、ロムたちと合流したダンは、開口一番、核ミサイルを使うと言い出した。反対した者もいたのだが、普段冷静なダンが怒り心頭なうえにマイトがダンをあおったものだから、結局、核ミサイルを投下した。

 ただし、ニューヨークではなかった。

 核ミサイルの恐ろしいまでの威力に、ロムは背筋が凍る思いがした。報道を見るたびに、自分たちのしたことのおぞましさに、胸が張り裂けそうだった。

 世界がテロだ何だのと騒いでいるが、実態は、ただの強盗団にすぎないのだ。しかも、悪魔の、だ。これまでさんざん悪事を働いてきたロム自身がかわいく思えた。

 何度も嘔吐(おうと)した。

「心配いらねえさ。ニューオリンズで懲りただろうよ」

 言って、マイトがニヤリと笑った。

「ならいいんだけどさ。もしもまたCIAがつっぱねたりしたら、ダンは迷わずニューヨークを灰にするだろうね」

 ロムがマイトに言った。

「今回の交渉相手はCIAじゃねえ」

 マイトがロムを見た。

「だったらどこだい?」

「大統領だよ」

「大統領って、大統領かい?」

「ああ。ダンは大統領に直接電話したらしいぜ」

「じゃ、今度は期待できそうじゃないか」

「ああ。心配いらねえさ。もうすぐ俺たちゃ億万長者だぜ」

 マイトが笑った。

「俺たちの分け前はどれくらいか知ってるか」

 マイトとロムの話を聞いていた仲間のスネークが訊いた。

「使いきれねえほどさ。百億ドルを頭数で割ってみな。それより、金が手に入ったらどうするつもりだ?」

 マイトがスネークに訊いた。

「どこか南方の無人島でも買って、豪邸を建て、美女をはべらせて暮らすさ」

 スネークが嬉しそうに言った。

「そいつはいいな」

 マイトが言った。

「おめえは招待しねえぜ」

「冷てえじゃねえか」

「おめえは女ぐせが悪い!」

「バカやろ。俺にゃ女がいるんだぜ」

「ほんとかよ。そいつはご愁傷さまだ」

 マイトは、鼻で笑ってとなりにいるコブラに訊いた。

「おまえはどうなんだ」

「俺は、高級車を片っぱしから買って、毎日乗り換えてえ」

「おめえはクルマに目がねえからなぁ」

 マイトが言った。

「おめえはどうする」

 マイトがその隣りにいたケミストに訊いた。

「俺はギャンブルを死ぬほどしてえ。負けを気にしなくていい博打ほどおもしれえもんはねえぜ」

「ギャンブルは、ハラハラするからこそおもしれえんじゃねえのか」

「そりゃま、そうなんだがよ」

「おまえは?」

 最後の男にマイトが訊いた。格闘技が好きなジョッシュという男だ。

「俺は、傭兵学校でも始めるかな」

「ほう! アンダーソン教官の商売敵じゃねえか」

「おっと、商売敵か。そいつはいけねえ。そんなつもりはねぇんだ。ならあれだ。合衆国のマフィアどもをだ。全部()っちまうってのどうだ?」

 ジョッシュが言った。

「全部()った後はどうする」

 マイトが重ねて訊いた。

「俺がマフィアのドンだ」

「ジョッシュらしいなぁ」

「それじゃマイト。おまえは?」

「俺は、トロントに引っ越す。豪邸を建てて、惚れた女と好きなことして暮らす」

 マイトが答えた。

「二人で世界旅行もいいんじゃねえか」

 ジョッシュが言った。

「さんざんあちこち行ってるしなぁ」

「そりゃドンパチじゃねえか」

 皆が笑った。

「そりゃそうだ」

 マイトが言って、ロムを見た。

「ロム。おまえはどうなんだ?」

「あたしゃ何も考えちゃいないよ」

「そんなことねえだろ。したいことがあるはずだ」

「ほんとさ。何も考えちゃいない。実際にお宝を手にしてから考えてみるよ」

「男なんざ選り取り見取りだぜ。腰が抜けるほどいかしてくれるぜ」

「間に合ってるよ」

「おめえ、ロム。もしかして」

「あたしゃ、ストレートだよ」

 皆がそれぞれ自分のしたいことを説明していたが、いい気なものだとロムは内心思っていた。手に入るかどうかわかりもしないお宝をめぐって夢物語を語るこの連中が、バカみたいに思えた。お宝を実際に手にしてから考えても遅くないのだ。ほんとに男ってバカだ。

「ロムは欲がねえなあ」

 マイトが言った。

「マイト。で、お宝はいつ手に入るんだよ」

 ロムがマイトに訊いた。使い道より本当に今知りたいのはそのことだ。

「そいつは俺も聞いてねえんだが、金額が金額だから、ちいとばかり時間がかかるのじゃねえかと思ってる」

 マイトもそこまでは知らないようだ。

「ダンが期限を決めてるだろ」

 ロムが言った。

「だから、俺はきいてねえんだって。ロム、何も考えてねえって言ってるわりにゃ、やけにつっこむじゃねえかよ」

「あたしゃ中途半端が嫌いなだけさ。男ならはっきりしなきゃね」

「ダンに直接訊いてみな」

 マイトはロムの相手をしているのがめんどくさくなったのか、席を立った。

 ロムは頭が切れるが、その分理屈っぽくてうるさい。綺麗な顔だちだから、ちゃんと化粧してスカートでもはけばいい女になるに違いないが、迷彩服で化粧気のないロムは、まったく色気を感じさせない。もちろん、男に混じって同じようにやっていくためには、色気はじゃまだ。ロムを女だと思っている者はここには一人もいないだろう。ロム自身も、自分が女だという意識は捨てている。

「ダンは部屋かい?」

「いるはずだ。だが、ダンが何か作業してるとき中に入ってったら、殴り飛ばされるぜ」

 ロムは、ダンの部屋に向かった。

 ノックした。

「入れ」

 ダンは、バソコンに向かって何かの作業中だった。

 簡易ベッドと小さな机にパソコンと電話機があるだけの小部屋だが、ダンは一人でこの部屋を使っていた。

 ロムは後ろからそっと近づいた。

 首から胸に腕を回してダンを抱き締め、うなじにキスをした。ダンは、振り返りながら立ち上がると、ロムの顔を両手で引き寄せ口を吸った。ロムは、手をダンの尻に回して腰を押し付けた。口を吸いながら、二人は急いで服を脱いだ。

 ダンは身長二百センチ。傷痕だらけだが鋼のような引き締まった逆三胸厚の体をしている。ロムは身長百七十五センチ。グラマラスでセクシーなプロポーションだった。いつもは迷彩服で隠れているので、知っているのはダンだけだ。ロムは、ダンの体にすっぽりおさまって、抱き合ったままベッドに倒れこみ、お互いを激しく求めあった。

 熱い時間が終わると、タバコに火をつけながらダンが言った。

「あいつら、どうしてる?」

 仰向けになってけむりを天井に吐き出した。

「おりこうにしてるよ。さっきまで、使い道を発表しあってたわ」

 ダンの胸に顔をのせたまま、ロムが言った。まだ余韻にしたっていた。

「今度の期限はいつなの?」

 ロムが訊いた。口調は、女だった。

「あと五日だ」

「大丈夫なの?」

 胸に乗せた手でダンを優しくなでながら、ロムが言った。

「どうかな」

 ダンは、五分五分だと思っているようだ。もしまた無視するようなら、迷うことなく核ミサイルを使うだろう。

「大統領の家族を人質にすればよかったんじゃない?」

 ロムが言った。家族なら大統領も絶対に見捨てないだろう。ニューヨークを担保にするより確実かもしれない。二度と核ミサイルを使わせたくないロムは、もしものときは自分の命を犠牲にしてでも阻止する覚悟だ。

 できれば取引を成功させたかった。

「そいつはダメだ。いくら大統領でも、それだけの支払い能力はない」

「大統領なら、公私混同しないってこと?」

「そうさ。家族のためとはいえ、公金に手をつけるとは思えない」

「いくら要求してるの?」

「一千億ドルだ」

「あら、百じゃなかったの?」

「それは最初の要求だ。二度目はそうはいかないさ」

「さっき皆の前でマイトが百って言ってたわ」

「そう思わせとけばいい」

 ダンは、独り占めする男ではない。何か考えがあるのだろう。

「もう戻らないと」

 起き上がってロムが言った。

「明日の朝八時にここを撤収する。あいつらに言っといてくれ」

 ダンが言った。

「わかった」

 ロムが大広間に戻ると、マイトとジョッシュが大声で何かもめていた。

「どうしたんだい、大きな声出して!」

 ロムが訊いた。口調が男に変わっていた。

「面倒だから殺すってジョッシュが言うからよ」

 マイトがロムに答えた。

「だけど、世話してんのは俺なんだぜ!」

 ジョッシュが言い返した。

 ロムは二人の口論の内容がわかった。ジョッシュは合点いかないのだ。生かしとく意味がわからない。さっさと殺してしまえばいいと思っている。

「だから、さっきから何度も言ってるじゃねえか」

 マイトは、わかろうとしないジョッシュに腹を立てているようだ。

「ボスの命令だからってのは何度も聞いた。俺が知りてえのは、じゃボスは何のために生かしとくのかってことだ」

 ジョッシュが怒鳴った。

「ボスには考えがあるんだよ。百年考えてもおめえにゃわからねえ」

 マイトが言うと「何だと!」と鋭く言うやいなや、ジョッシュがナイフを抜いた。これ以上ほうっておくと取り返しがつかなくなると感じたロムは、飛び出していた。

「いい加減にしないか二人とも!」

 ロムが大声を出し、両手を広げて二人の間に入った。

「生かしとくにゃそれなりの理由があるのさ。殺すのはいつだってできるんだ。だけどそれは今じゃないね!」

 ロムが続けて鋭く言った。

「ムダに生かしときゃ毎日メシ喰わせてやんなきゃなんねえんだぞ。誰がやってると思ってやがる!」

 ジョッシュがいきまいた。

「三度のメシぐらい何なのさ。だったら明日からあたしが代わってやるよ!」

 ロムが言った。

「よおし、言ったな。じゃ、おめえに任せた。俺はもう知らねえからな」

 ジョッシュが捨て台詞を残して部屋を出て行った。

「おい、ロム。引き受けちまっていいのか」

 マイトがロムに言った。

「ああでも言わなきゃジョッシュの治まりがつかないだろ」

 ロムが言った。

「お宝さえ手に入りゃ、あいつを生かしとく理由がなくなる。それまでのことじゃないか」

 ロムが続けた。

「それよりアンタたち!」

 ロムが残りの三人に強く言った。

「二人の言い合いを何で黙って見てたのさ!」

 ロムが続けた。

「面白そうだからよ」

「バカ言ってんじゃないよ。仲間じゃないか」

「仲間だなんて思ってるヤツはいねえよ。仕事が終わったらサヨナラだ。二度と会うことはねえ」

「ふんっ、勝手にしな!」

 ロムが吐き捨てた。

「あ、そうだ。ダンがねえ、明日の朝八時にここを撤収するってよ」

 ダンに頼まれていたことを思い出してロムが言った。

「ならあいつはどうするんだ?」

 マイトが言った。

「連れてくなんて言うんじゃねえだろなぁ」

 マイトが続けた。

「あたしゃ連れてくほうに百ドル!」

 ロムが言った。

「じゃ俺はここで殺しちまうほうに五百!」

 ギャンブル好きのケミストが言った。

「今まで生かしてたんだ。今殺すなら最初から殺すだろ!」

 ロムが言うとケミストが言った。

「それもそうだな。俺、賭けるのやめた!」

「何言ってやがる。今ごろ遅いんだよ。男がウジウジするんじゃないよ!」

 ロムが強く言った。

「しようがねえ。じゃ、俺も百だ。殺すほうにな」

 ケミストが掛け金をロムに合わせた。

「他に賭けるヤツはいないのかい」

 ロムが言った。

「俺も殺しちまうほうに百だ」

 マイトがケミストに乗った。

「スネーク、コブラ。どうすんだい?」

 ロムが声をかけたが、二人ともにやりと笑っただけで乗ってはこなかった。

「ジョッシュはまだ怒ってんのかね。コブラ、見てきてよ」

 ロムはコブラに言った。

「イヤだね。あいつと関わりたくねえ」

 ジョッシュは一番血の気が多いので、誰とでもすぐにもめる。普段から、一人浮いていた。

「ロム、ジョッシュはどこに行きやがった!」

 苛立ちをあらわにマイトがロムに言った。

「知るかよ! あたしゃジョッシュの子守りじゃないんだ。怒らせたのはあんただろ」

 ロムが言った。

「しょうがねえヤツだ。おい、すまねえが呼んできちゃくれねえか」

 マイトがコブラに言った。

「やれやれ。やっぱり俺が行くのかよ」

 そう言いながらも、部屋を出ていった。

「お宝は、あと五日だってよ」

 ロムが言った。

「あと五日か」

「ああ。うまくいくといいんたけどねぇ」

「ロム。おめえは心配しすぎなんだよ。今度は大丈夫だ」

 マイトがにたりと笑って言った。

「あたしだって、そう願ってるさ」

 ダンが入ってきた。

「おい、聞いただろ。明日の朝、ここを引き上げるぞ」

 入ってくるなり、ダンが言った。

「ダン。えらく急じゃねえか」

 マイトがダンに言った。

「軍隊跡地が急襲されただろ。原因を探ったが、何も見つからない。唯一考えられるのは、電話だ」

「逆探か!」

「ああ。だが、俺はきっかり十五秒で切ってる。逆探できるはずがないのだ!」

「じゃ、何で足がついたのだ」

「そいつはわからん。だが、電話して三日目の晩に襲撃された。明日は三日目だ。念のため、明朝八時にはここを捨てよう!」

「わかった。そうしよう」

 マイトが言った。

「ボス。お宝は五日後で?」

 ケミストが言った。

「ああ、五日後だ。それより、引き上げの準備をしておけ。何も残すなよ。ここを出るとき火をつける。おい、ジョッシュとコブラがいないな。どこに行った?」

 ダンが訊いた。

「ジョッシュがゴネたんで叱ってやったら、スネて出ていきやがったんだ」

 マイトが説明した。

「コブラは?」

「ジョッシュを捜しに行かせたんだが」

「何やってんだ、まったく! ロム、二人を呼んでこい!」

 ダンがロムに命じた。



 9.奇襲


「昂胤くん。やっとわかったよ」

 葵の声が(はず)んでいた。

 葵から昂胤に電話が入ったのは、ダンがホットラインを使って大統領と話した二日後のことだった。前回より一日早い。 夕食後にコーヒーを飲んでいるときだ。

「わかりましたか!」

 昂胤も思わずトーンが上がった。

「ああ、待たせたね」

「どこですか!」

「北緯○○度、東経△△度だ。間違いない!」

「助かりました! ありがとうございます!」

 昂胤は、葵からの連絡を一日千秋の思いで待っていた。

 しかし、葵の情報センターはさすがだった。今の技術では、逆探知を試みるとき、最低二十秒以上の通信時間が必要なはずだ。先日の大統領の話では、十五~十六秒で一方的に切られたそうだ。その通信を逆探知技術を使うことなく探り当てた葵の情報センターの能力には、恐れ入る。見事というほかない。昂胤は、敬意を表した。おそらくアメリカ政府はこの情報をまだつかんでいないだろう。

 昂胤は、はじけるような笑顔でアンダーソンに報告した。

「教官、ダンの潜伏場所がわかりました」

「何!? アオイから連絡があったか!」

「はいっ!」

 さっそくアンダーソンはコンピュータを開いた。北緯○○度、東経△△度を調べた。ダンは、意外と近くにいた。

「すぐに行きましょう!」

 昂胤が言った。アドレナリンが(あふ)れている。

「ああ。準備できしだい出発する。その間、私はCIA長官に報せる」

「報せたりして、また、前みたいになりませんか」

 不安を隠さずに昂胤が素直に言った。

「いや、さすがに二度と繰り返さんだろう」

 教官がそう言うならと、昂胤はそれ以上追求しなかった。

 昂胤は、皆を集めた。

「潜伏地がわかった。コロラドだ。すぐ出発する」

「イェッサー!」

「ボス、聞かせてもらいてえ」

 ゴードンが言った。

「何だ」

「この作戦にグリーンベレーが投入されることは?」

「ない。他には?」

 誰も何も言わない。

「よし!」

 出発準備はすでにできている。昂胤たちは五分後に出発した。

 ロッキー山脈は南北に四千八百キロメートルもの長さを持っているが、ダンは、コロラド州の標高四千四百メートルのエルバート山に潜伏していることが判明した。今回のオプションだけは、絶対に成功させなければならない。

 一つだけ有利な点がある。

 潜伏地を発見したことをダンがまだ知らないだろうということだ。

 ヘリコプターは低空飛行を続けていた。乗っているのは、ゴードン、ロシドニー、ニック、周、パク、昂胤、それにアンダーソンの七人。ダンのほうも、増やしてなければ七人のはずだ。

 七人対七人。

 精鋭中の精鋭同士の闘いとなる。これまで戦ってきた中で最強の敵だ。相手にとって不足はない。

 だが、今回だけは、負けては生きて帰れない。

 ヘリコプターが着地した。

 二十三時三分。

 潜伏地まで直線距離で四キロメートルの地点だ。ここからは徒歩で行く。漆黒の闇夜だ。ノストコープだけの行進は難渋するものだが、この山脈は岩場が多く樹木が少ないのでまだましだった。

 先頭を歩くのは昂胤とアンダーソン、しんがりがゴードンとロドニー。

 山深い道なき道を四十分ほど歩いたところに、ロッジ風の山小屋が現れた。

 ここにダンがいるのだ。

 まずは様子を見なければならない。小屋のすぐそばの木陰に潜んで闇と化した。

 物音ひとつしない。

 四十分経過。

 それまでまったく動きがなかったが、男が一人出てきた。タバコを一本だけ吸って、また入って行った。それを見て昂胤は、ダンは油断していると思った。

 昂胤は、クーデターを起こすと決まったときから、チームメートに酒とタバコを絶たせていた。傭兵時代からの昂胤のやり方だ。変わらない。

 かつて、ジャングルに潜んでいた敵のほんのわずかなタバコの臭いを嗅いで、待ち伏せを察知し、逆に敵を殲滅(せんめつ)したことがある。もしこちらもタバコを吸っていたら、その臭いに気づかずそのまま進んでいたはずだ。そうなれば、昂胤たちが全滅していた。動物のように五感を研ぎ澄ましていなければ生き残れない世界に、昂胤は十年いたのだ。

 また、時が止まったようだ。

 五十分経過。

 話の内容はわからないが、大声が聞こえた。何か言い合っている。しばらく口論していたが、今度は女の声がした。女が口論を止めているようだ。しばらくしたら声が聞こえなくなって、小屋から一人の男が出てきた。口論していて女に止められた男だろうか。

 闇の中から昂胤が飛び出した。すばやく男の後ろに回りこみ、片手で男の口をふさぎ、もう一方の手はナイフを男の喉に押し当てた。そのまま男を闇の中に引っ張り込んだ。

「声を出そうとしたら、その前に喉をかき斬る」

 昂胤が男に言った。男がうなずいた。昂胤は、男の口を(ふさ)いでいた手を離し後ろから羽交い締めにした。ナイフは喉に当てたままだ。

「名前を言え」

 昂胤が押し殺した声で言った。

「ジョッシュだ」

「おまえがセオとダウを殺したのか」

 昂胤が言った。

「俺が殺ったのはセオだけだ」

 覚悟したのか、質問に素直に答えている。

「ダウは!」

「マイトがやった」

「中に何人いる!」

「六人」

「ダンは!」

「いる」

「核ミサイルは!」

「ある」

「どこだ?」

「ボスが持っている」

「ダンはどこにいる」

「奥の部屋だ」

「おまえ、先ほどもめていたな」

「ふん!」

「何をもめていた!」

「俺を小物扱いしやがるからよ」

 昂胤は、喉に当てたナイフを横に引いた。ジョッシュは、声を出すことなく息絶えた。

「ボス。突入しますか」

 ゴードンが訊いた。

「いや、まだだ。ほうっておけば、誰か出てくるはずだ」

 ジョッシュが戻らなければ、誰かが見に来る。それを待つ。

 六十分経過した。

 物音ひとつしない。

 男が一人出てきた。

「ジョッシュ!」

 男は、ジョッシュを探しているようだ。

「ジョッシュっ!」

 小屋の回りを探し始めた。

「ジョッシュっ! いねえのか! ジョッシュっ!」

 男が木陰のほうに廻ってきたとき、昂胤が(つぶて)を放った。

「パク、周」

 昂胤が二人に小さく言った。パクと周が走って行って、男を担いで戻った。昂胤が当て身をした。男が目を覚ました。

「声を出したら(のど)をかき斬る」

 喉元にナイフをつきつけて昂胤が言った。

「何人いる!」

 昂胤が男に訊いた。

「な、何だと?」

「二度言わせるな」

 昂胤が目圧をかけた。

「お、俺を入れて七人だ」

「ダンは?」

「自分の部屋にいるはずだ」

「どこだ?」

「一番奥だ」

「核ミサイルは?」

「ダンが持っている」

 ジョッシュに聞いた内容と一致した。

 昂胤は、ナイフを横に引いた。男は声も出さずに息絶えた。

「あと五人だ」

 昂胤が言った。

「突入しますか」

 ゴードンが言った。二人が戻らないのだ。遅かれ早かれ、敵は異変を察知する。その前に突入するのが得策だ。

「突入する! 全員抹殺。ダンは俺に任せろ。核ミサイルは教官、お願いします! ゴードン、パク、周。表から。ロドニー、ニック。援護。全員時計を合わせろ。俺はきっちり二分後突入! 配置につけ!」

「イェッサー!」

 六人は散った。

「教官、行きましょう!」

「待て。私もダンに当たる。ダンは二人でやろう」

 アンダーソンが提案した。ダンには二人で当たってちょうどいいかもしれない。ダンさえ仕留めれば、核ミサイルは確保できる。

「イェッサー!」

 昂胤が短く返事した。


 ゴードン、パク、周が表のドアに張り付いた。ロックされていないのはわかっている。三人が侵入した。

 二分後、昂胤とアンダーソンが中に滑り込んだ。

 廊下を曲がろうとしたとき、奥から声が聞こえた。

「動いたら、体に穴が開くよ」

 壁に隠れてそっと様子を見る。口が渇いていた。

 迷彩服のロムの後ろ姿。その先に、ゴードン、パク、周が、背中に銃をつきつけられた状態で固まっていた。ロムが拳銃を取り上げようとしたそのときだ。

「穴が開くのはおまえが先だぜ」

 ロムの頭に銃口を押しつけて、昂胤が言った。

 ロムは、動きを止めて、ゆっくり手を上げた。

「まだ、いやがったのか。油断したぜ」

 荒い息を吐き、冷たく険しい目を見開いて、ロムが昂胤を(にら)みつけた。

「ボス、すんません。油断しました」

 ゴードンが、ロムの銃を取り上げながら昂胤に言った。

「ジョッシュとコブラは?」

 ロムが訊いた。

「外で仲良くお寝んねしてるぜ」

「ふん! よくここがわかったな」

 ロムが歯をむき出して昂胤を睨んだ。

「ロム。声を出したら喉をかき斬るぜ」

 ロドニー。

「行くぞ」

 昂胤が促した。

 慎重に、時間をかけて数センチだけ、ドアを開けた。中に四人の男がいた。誰も気づいてはいない。一気に飛び込んだ。

「動くなっ!」

 銃を向けてゴードンが一喝した。昴胤たち全員が銃を構えている。七対四だ。

 中に居た男たちの動きが止まった。

「両手を挙げろ! そのままゆっくり床に伏せるんだ!」

 男たちが手を挙げて腰を落とし始めた。

「遅いじゃないかコーイン。待ちくたびれたぜ」

 昂胤を見てダンが言った。他の者は床に伏せたが、ダンだけは立ったままだった。

「待たせたな、ダン。招待状が届かなかったものでね」

「招待状もないのによくここがわかったな。さすがだぜ、コーイン」

「ところで、核ミサイルはどこにあるんだい」

 昂胤が訊いた。

「そんなにあせるなよ。今来たとこじゃないか」

「遊んでいる暇がないんでね」

「核ミサイルを渡してもいいんだが、そうなるとユーダイの命はないぜ」

 昂胤に衝撃が走った。一瞬凍り付いたように体が動かなくなった。

 ダンは今、何を言ったのか。

 たしか雄大と言わなかったか。

「どういうことだ! 今、何て言った」

 昂胤は、大きな声を出してダンを睨みつけた。

「ユーダイだよ。一人で寂しがってるぜ」

 ダンが言った。

 昂胤は、信じられないというように、ゆっくりと頭を振った。

「雄大が……生きているのか」

 両眉を上げ、雄大が生きているのかともう一度言った。アドレナリンが急上昇している。一瞬、他のことを全部忘れてしまって思考がまとまらなかった。

「ああ。今のとこな」

 ――雄大が生きていた。だが、なぜ雄大とダンが一緒にいるのだ?  どういうことだ……?

「メキシコの基地が総攻撃を受けたのは知っていると思うが……」

 昂胤の疑問に答えるかのように、ダンが話し始めた。

 メキシコ軍隊跡地で猛攻撃を受けたダンは、一瞬で敗けを悟った。傭兵たちには迎撃命令を出しておいて自分は逃げ出した。あらかじめ準備しておいた逃走経路まで一目散に走ったが、逃走経路に誰か倒れていた。雄大だった。右肩を撃たれていたが、幸い弾は貫通していた。自然に体が動いていた。雄大を背負っての逃亡は容易ではなかったが、必死で逃げた。

「安心しな、ユーダイはここにいるぜ。傷も塞がって今は元気にしている」

 ダンが話し終えた。

「そうだったのか……。雄大に代わって礼を言うぜ」

 昂胤が、長く息を吐いた。ダンに感謝しなければならない。

「じゃ、引き取らせてもらおうか」

「そうはいかねえなあ。俺たちを解放してくれたら、ユーダイを渡してもいいんだが」

 ダンが、鼻先で笑いながら言った。

「それじゃロムと雄大を交換しようじゃないか」

「やっぱり甘いなコーイン。ロムはお前の好きにしていいぜ」

 ダンがそう言ったとたんにロムがまくし立てた。

「ダン、どういうことだよ! あたしを見捨てるつもりかい!」

 怒鳴って、ロドニーの腕の中でロムが暴れだした。

「静かにしねえか!」

 ロドニーがロムを締め上げた。

「悪いなロム。今はユーダイのほうが価値があるんだよ」

 ダンが冷笑してロムに言った。ロムが恐ろしい顔でダンを睨んだ。

「どうするんだコーイン」

 ダンが昂胤に迫った。

「雄大はどこだ!」

 昂胤が鋭く言い返した。

「ユーダイを連れてこい」

 ダンが部下に言った。

 雄大が連れてこられた。だが、しぼんだ感じがして雄大には見えなかった。鼻の下から顎にかけて無精ヒゲで埋まっていて、頬がこけて、目だけがギョロっと光っていた。

「雄大っ!」

 昂胤が大声を出した。

「あっ、昂胤さんっ!」

 昂胤を見るや否やパッと目を輝かし、昂胤のほうに手を差し出した。マイトがその手を掴んで引き戻した。

「大丈夫かっ!」

「オッス! 大丈夫っす!」

 雄大が、鼻で深く息を吸いこんで、大きく息を吐き出した。昂胤は雄大から目を離せなかった。

「ダン。わかった。行っていいぜ。雄大をもらおう」

 昂胤は、ゆっくりと呼吸を整え、低い声で言った。

「いや、まだダメだ。ヘリまでつきあってもらう。ユーダイはヘリポートに置いておく。ロムっ、来るんだっ!」

 ロムがダンにかけよって、ダンに抱きついた。昂胤は、その瞬間を見逃さなかった。昂胤の拳銃が火を吹いた。同時にゴードンたちも発砲した。ダンの仲間も撃ち返したが、その何倍も被弾した。激しい乱戦はすぐ終わった。ロムやマイトが死体となって転がっていた。だが、そこにダンの姿はなかった。

「ヘリポートだっ! 追えっ!」

 アンダーソンが叫んだ。皆が走った。昂胤は雄大を探した。柱の影に倒れていた。

「雄大、大丈夫か」

 雄大は左足に銃弾を食らっていた。幸いかすり傷だ。

「兄貴っ!」

 そう言うなり、雄大が昂胤にしがみついた。

「よく生きていた」

 昂胤は、雄大の肩をポンポンと叩いた。雄大の頬が光っていた。

「おいおい、あばれ牛が泣いてちゃ、さまになんねえぜ。その顔、夕実に見せてやりたいな。ところで、俺はいつおまえの兄貴になったんだ?」

「えへへ。今っす」

 泣き笑いの雄大の頭をコツンと叩いて昂胤が言った。

「歩けるか」

「オッス!」

「先に行く。おまえは後から来い!」

 昂胤はダンを追った。

 ヘリポートで皆に追い付いた。

「ダンはどこです?」

 昂胤がアンダーソンに訊いた。

「ヘリ庫に隠れている。入れば銃撃されるので、うかつに踏み込めない」

 追い詰めたものの膠着(こうちゃく)状態になっていた。

「ダンっ!」

 昂胤が呼び掛けた。

「いいかげんに観念しろ!」

 昂胤が怒鳴った。

「昂胤! 俺の仲間になれよ。一千億ドルだぜ。二人で山分けしようじゃないか」

 ダンの声が返ってきた。

「ダンっ! 往生際が悪いぜ。俺とサシで勝負しよう! 寸鉄帯びずにだ。皆には手出しをさせない」

 昂胤が言った。このままではらちがあかない。ダンがやけを起こせば核ミサイルの発射スイッチを押しかねない。なんとかダンを核ミサイルから引き離すことだ。

「どうなんだ、ダン! 俺とサシで勝負する勇気がないのか! 伝説の男、ダニエル・カーンはその程度の男だったのか!」

 昂胤は、ダンのプライドを刺激した。

「ダンっ!」

 昂胤が一喝した。

 沈黙。

 一分。

「わかったぜコーイン。相手はお前だけだぜ。 俺が勝てば、このまま行かせてもらう」

 無言だったダンが、大きく両手を広げて出てきた。昂胤も、銃を置いて出た。

「みんな、絶対に手を出すなよ」

 昂胤は、そう言いながらヘリポート中央に歩み寄った。ダンも、歩みを進めた。ヘリ庫前の四十メートル四方の空き地が、ヘリポートになっている。ヘリは中央に駐めてある。



 10.決戦


 雄大は見た。

 雄大がヘリポート場にたどり着いたときは、昂胤とダンがヘリポートで五メートルほど離れてファイティングポーズをとって睨み合っていた。

 互いに相手を睨みつけたまま、動かない。どちらもしかけない。空気がぴーんと張りつめている。そのまま数分経過した。

 まだ動かない。

 雄大は、こんなすさまじい立ち合いを見るのは初めてだ。雄大たちが束でかかっても簡単に倒してしまう昂胤が、手が出せないでいる。隙がまるで見えないのだ。どこから攻めても逆襲されそうだ。さすがダンだ。

 昂胤の額に、一筋の汗が流れた。

 あえいでいた。

 雄大は息苦しかった。

 手に汗。

 雄大は、痛いほどこぶしを握りしめていた。

 ダンがゆっくりと息を吐いた。

 ダンの爪先に力が入ったのを見た。

 昂胤もつま先に力が入った。

 次の瞬間、二人同時に地面を蹴った。

 中央で擦れ違って立ち位置が入れ替わった。

 すれ違いざま、打ち合ったのかどうか雄大には見えなかった。

 額に汗があふれている。

 対峙は続いている。

 ダンの両肩が大きく上下していた。昂胤も肩が動いていた。

 さきほどから少しずつ間合いが詰まっている。肌がビリビリしてきた。

 潮時。

 ダンがススッと間合いをつめた。

 押し寄せる圧力に体が震えた。

 来る!

 二人が跳んだ。

 激しくぶつかった。

 昂胤がはじき跳ばされた。

 倒れたまま動かない。

 ダンが振り返った。昂胤のほうに歩きだした。

 雄大は飛び出して間に入ろうとした。

 だが、体が硬直して動けなかった。

 声すら出なかった。

 雄大だけじゃなく、他の誰も動かない。

 ダンは、二三歩歩いたあたりで口から大量の血を吹き出した。

 ダンが膝をついて、ゆっくりそのまま前向きにくずおれた。

 二人とも、まったく動かない。

「コーインっ!」

 アンダーソンが昂胤の元に駆け寄った。皆も走った。

 アンダーソンが昂胤を抱き起こした。昂胤が咳き込み、口から血を吐いた。大きく息を吸い込んだ。胸が動き出した。

「しっかりしろ! コーインっ!」

 意識のない昂胤にアンダーソンが大声で言った。その声で雄大の緊張が解けた。

「兄貴―っ!」

 片足を引きずりながら走って行って昂胤にとりすがった。昂胤がピクリとも動かない。

 雄大はうろたえて半泣きだった。

 昂胤は、息をしている。

 死んではいない。

「ニックっ、背中を出せ」

 アンダーソンがニックの背中に昂胤を乗せた。

「ヘリに乗せろっ。病院に運ぶ! ゴードンはダンを見てこいっ! 他の者は核ミサイルと発信装置を探せっ! 雄大、肩につかまれ!」

 矢継ぎ早にアンダーソンが指示を出した。

「イェッサー!」

 皆が迅速に動いた。

「教官、ダンは死んでます!」

 ゴードンが報告しに来た。

「わかった。お前も、核ミサイルを探せ! 私は昂胤と雄大を病院に運ぶ」

 昂胤と雄大を乗せ、ヘリが夜空へ飛び立った。



 11.ウォンジャポクタン


  十日後。

 東京。

 葵翔子のレストラン。

 打ち上げが始まろうとしていた。

 ゴードン、ロドニー、ニック、周、パク、雄大、昂胤の海外組。重次郎、葵、佐々木、そして翔子、夕実の留守居組。

 翔子の配慮で貸し切りだ。

 昂胤は、ダンとの対決後、アンダーソンの手配で軍用病院に収容されたが、医者が止めるのも聞かず翌日退院してしまった。雄大は、脚を四針縫い、三百グラムのステーキを二枚平らげ、それで復活した。

 核ミサイルとその発射装置を回収し事件を無事解決した昂胤一行は、三日後、全員引き連れて帰国した。アンダーソンもいっしょに日本に来たがったが、大統領に核ミサイル捜索隊長に任命されたので、米国に残った。

 合衆国政府は、次のように発表した。


『今回の悪魔のテログループは特別部隊によって殲滅した。二度と核ミサイルを使用されることはない。アメリカ合衆国は、今後も卑劣なテロには絶対に屈しない。断固として闘う。必ず正義は勝つ。今回犠牲となったニューオリンズの人々にはあらためて心からお悔やみを申し上げる。政府は復活に全力をあげる』


 核ミサイルを渡すよう大統領にしつこく迫られたが、隠し場所を言わないままダンが死亡したので所在がわからない、とつっぱねてある。今ごろ必死で捜しているだろう。捜索隊長がアンダーソンである間は、絶対に見つかることはない。核ミサイルは、重次郎の指示で、解体したうえ溶鉱炉に流し込み、あとかたもなくしてしまっている。そして、米国との政治交渉時の保険に使えと日本の総理に委ねてある。だが重次郎は、今の総理ではうまく使いこなせないだろうと言っていた。宝の持ち腐れだと。

「皆さん、グラスは持ちましたかな」

 重次郎がグラスを持って立った。

 開会あいさつが始まった。

「昂胤くんをはじめ皆の衆の大活躍によって、極悪非道なダンを成敗することができ、第二のニューオリンズを未然に防ぐことができたことが、なによりじゃった」

 アメリカ大統領と日本の総理に貸しを作ったことで、重次郎は上機嫌だった。

 重次郎があいさつをするとたいてい長くなるが、今日も長くなりそうな気配が濃厚だ。

「ワシも、ダンがここまで悪魔の所業をなすとは思わなんだ。ダンを逃がしておれば、ヤツのことじゃ。ニューヨークは火の海じゃったろうて。ほんまにようやってくれはったわ」

「ソンヒョンは、自決するんじゃないでしょうね」

 突然、周が言った。

「おお、それだ。ソンヒョンよりヨンスが自決するんじゃねえか」

 ロドニーが言った。

「いや、それはないだろう。二人には、しなければならないことが今は山積みだ」

 昂胤が静かに言った。二人は、ニューオリンズの核被害者に対して生きてはおれないほどの強烈な責任を感じているはずだ。しかし、本当に悪いのは、核爆弾を作らせた首領だ。そして、それを使用したダンだ。だが、ソンヒョンとヨンスには重い責務があるのは事実だ。まずはそれを全うすることこそが、彼らの責任のとりかたに違いない。昂胤は、落ちつけば訪ねてみるつもりだった。

 重次郎の挨拶が続いている。

「ニューオリンズの犠牲者には、心から冥福を祈りたい。ここで黙とうをささげる。黙とう!」

 重次郎の音頭で全員黙とうした。

 黙とうが終わって、昂胤は雄大と目が合った。

 雄大の目が、早めに終わらせてください、と言っていた。

「ワシが初めてお目にかかる御仁がおられるが、初来日じゃと昂胤くんから話を聞いておるとよ。ワシの島に全員招待するよって、そこでゆっくりと戦の疲れをとるとよかよ」

 江戸っ子の重次郎がチャンポン方言を使うのは、機嫌が良い証拠だ。つまり、話しは延々と続く。

「爺さん。腹へったよ」

 昂胤が小声で重次郎に言った。声をかけるタイミングが難しい。遅すぎてはいけない。だが、早すぎてはもっといけない。適度な頃合いが大事だ。

「え~、今、昂胤くんが腹へったと、すこぶる行儀の悪い言葉をぬかしてきよってからに、はしたない!」

 声をかけるのが早すぎたか。

「あ~、えへん! ま、たしかに、うまそうなごちそうを前に長々としゃべると言うのもいかがなものかと、ワシも常日頃から思っておるわけでござるからして、ここらで乾杯にうつるとするのもよかろうもん。えへん! 皆の衆、グラスをたかだかとかかげてくだっせえ」

 声かけのタイミングが早すぎたと思って重次郎の顔をちらっと見たが、怒ってはいないようだ。重次郎がすねると、後で難儀するのだ。

「かんぱ~い!」

 皆の目が、ホッとしていた。

 にぎやかな宴が始まった。

 料理は、翔子自慢のシェフたちが腕によりをかけていた。どれを食べても、目が大きくなるほどおいしかった。

「こんなうまい料理を食うと、思い出すよなあ」

 ロドニーが言った。

「ああ。俺も思い出していたぜ」

 ゴードンが言った。

「何の話をしてるんだい?」

 ニックが口をはさんだ。

「わからねえのかよ。セオだよ」

 ロドニーが言った。

「あ、俺も思い出してたさ」

 ニックが言った。もちろん今食べているほどではないのだが、ジャングルで食べる料理ということでは、セオの料理は絶品だった。

「しかし、ボスとダンの闘いは、ほんとにすごかったなあ」

 気を変えるようにロドニーが言った。

「ボスはもちろんすげえんだがよ。敵ながら、ダンもすげえよな」

 ニックが言った。

「あんな闘い、見たことねえっす」

 雄大が言った。

「俺も見たことありません。体が震えました」

 続けて周が言った。

「武術家のおまえが見たことねえなら、俺たちが知らねえのはあたりまえだよな」

 ゴードンが言った。

「二回擦れ違っただけで、あとは長いこと睨みあってただけのように見えたんだが、思いきり迫力あったよな」

 ロドニーが言った。

「ただ睨みあってたんじゃなく、気と気が激しくぶつかってたんすよ」

 雄大が言った。

「二人から、すごいエネルギーが出ていましたよ」

 周がつけ加えた。

「ボス、最初擦れ違ったとき、一手は見えたのですが、あれは一手だったのですか。違いますよね」

 周が昂胤に訊いた。

「ダンも俺も、二手づつ出してる」

 昂胤が答えた。

「え~っ!? 擦れ違っただけじゃねえのかよ!」

 ニックが大きな声を出した。

「驚いたなあ」

 ゴードン、ロドニー、ニックの三人とも、目をまるくした。武術の心得のある周と雄大とパクは、目に畏敬の念がこもっていた。

「ところで昂胤さん、大統領はまだウォンジャポクタンをさがしているんですかね?」

 パクが昂胤に訊いた。

「パクさん、何だよソレ?」

 雄大が割り込んできた。

「何がだ?」

「そのウォンなんとかっての」

「あ、ウォンジャポクタンか。核爆弾のことを韓国語でそう言うのさ」

「韓国語で言われたって誰にもわかんねっすよ」

「ボスは、わかってるっつうの」

「ちよっと、ちょっと何よ~っ! さっきから自分たちばっか盛り上がっちゃって~!」

と言って夕実がふくれた。

「いやぁ夕実ちゃん、悪い悪い!」

 雄大が頭をかいた。

「そうだぜ。俺たちだけで盛り上がってちゃいけないよな」

 パクが続けた。

 昂胤は、夕実が泣いていたと打ち上げが始まる前に重次郎から聞いた。世界を騒がせたテロ事件を解決したのは昂胤たちだと重次郎が夕実に言ったとき、テロ犯を追って昂胤たちが死闘を繰り広げているとき、何も知らなかったとはいえ、その間日本で連絡をくれない昂胤にやきもきしていた自分が情けなくて腹立たしいと言って夕実が泣いたというのだ。

「夕実、心配かけたな。夕実がしっかり留守番してくれたおかげで、俺たち、がんばれたんだ。ありがとうな」

 昂胤が、夕実を見て目に感謝を込めて言った。

 その会話を聞いていた佐々木が、グラスを持って立った。

「そうさ、俺たち留守番組もよくがんばった。さ、もう一度乾杯しよう。みんな、グラスを持ってくれ!」

 佐々木が、声を張って言った。昂胤の言葉に夕実が泣き出しそうな顔をしたので、あわてた佐々木が先手を打ったようだ。

「おお、乾杯だ~!」

 そんなことを知ってか知らずか雄大が立ち上がって大きな声で言ったので、皆がグラスをたかだかとかがげた。

「かんぱ~い!」

 それから昂胤たちは、和気あいあいと大いに盛り上がっていった。

 雄大が昂胤のことを兄貴と連呼しているので夕実がその理由を訊ねたが、雄大はがんとして言わなかった。昂胤に訊いても他の誰に訊いても知らないと言う。業を煮やした夕実は、『教えるまで雄大と口を聞かない宣言』をしてしまった。

「あんときの雄大の顔を見せたかったぜ」

 昂胤がそう言うと、雄大があわてた。

「あーっ、兄貴~っ! 何言ってるんすか!」

「え~、何なに~?」

 さっそく夕実が喰いついた。


      【 ー 完 ー 】


※最後までお読みいただきありがとうございました。

 すべてフィクションです。実際の団体とはまったく関係ございません。

 読後感想をお寄せいただければ幸甚です。



《参考文献》

「北朝鮮ではなぜ軍事クーデターが起きないのか?」

著 者 宮本 悟 氏

発行者 高城直一 氏

発行所 (株)潮書房光人社

二〇一三年十月七日発行


「金王朝<御用詩人>の告白

―――――わが謀略の日々」

著 者 張 真晟 氏 (ちゃん/じんそん)

訳 者 川村 亜子 氏

発行者 飯窪 成幸 氏

発行所 (株)文藝春秋

二〇一三年十月十日発行


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― 新着の感想 ―
[良い点]  迫力の第三章でした。  クーデターのお話は、ほんの序章だったのですね。  昂胤とダンの死闘は、お見事でした。息を呑んで一気に読みました。  この物語はフィクションですが、現実に起こる可能…
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