第八話:いま明かされる事の真相!
風を避けて船番所の軒下で――
「まずいぞ、お前ら……」
駆け込んできたのは今まで樹葵の「睡眠薬返し」を食らって惰眠をむさぼっていた紫蘭である。
「おはよう、紫蘭ちゃん」
また場違いな雰囲気で、にこやかに挨拶する夕露は無視して、紫蘭が深刻な表情で尋ねた。
「お前らあの、子天狗だかクピドだかを海に沈めちまったろう?」
あたしは首を振って、
「分からない。探したけれど見つからなかったの」
「あれ実は――」
声をひそめる紫蘭に、あたしたち四人は額を寄せ合う。
「摩弥さまが溺愛してたヒト型ペットなんだよ」
『ええぇぇぇ!?』
四人の声が重なった。
「ちょっと紫蘭、摩弥は白草に帰ってきてまだ一月足らずじゃない。いつの間にヒト型ペットなんて怪しいもの手に入れたのよ?」
詰め寄るあたしに、
「手に入れたんじゃなくて、作ったというか……」
まさか、と口をはさんだのは凪留。「白草魔道学院に赴任した途端、研究室を勝手に使って怪しい実験を?」
「いや、あれを作ったのは学院に赴任する前だと思う」
と、紫蘭。こいつ本当に摩弥のこと詳しいな。なぜ止めないんだ!
樹葵は首をかしげながら、
「でも新たに生物を創り出せるような胚や細胞は、みな燃えちまったろ? 葦寸の屋敷が爆発してさ」
うんうんとうなずくあたしたち。
「いやそれが――」
紫蘭は言いにくそうに、耳のうしろを小指でかきながら、
「葦寸の洞窟に、指先サイズの小瓶に入った樹葵のクローン胎児が残っててな」
「んんん!?」
身を乗り出す樹葵から目をそらし、
「最後に摩弥さま、倫理にもとる研究成果はすべて燃やすと言って洞窟に入っただろ。そのとき、どおぉぉっしても樹葵のクローン胎児は燃やせなくて、こっそり懐に忍ばせて白草に連れて来ちゃったらしい」
「うわぁ……」
思わず乾いた声をもらす夕露。
「愛が暴走しちゃったのね」
とあたし。樹葵は無言で頭を抱えている。
「でも」
と、いまだ冷静な声を出せるのはさすが凪留。「懐に隠せるような小さなクローンなんですよね? あの空を飛んでいたのは、幼児くらいの大きさはありましたよ」
「樹葵の細胞から培養して胎児――正しくは胎芽と言うそうだが、その状態で不老の効能がある魔術液を満たした小瓶に入れてあったやつを、持って帰ってきたから確かに小さかった。だが摩弥さまはそのうちの一人を成長液に浸して、呪文を唱えた―― するってぇとあら不思議! 数日で二、三歳に成長しちまった!」
「あら不思議、じゃないわよ」
着物の袖でぴしゃりとやるあたし。
樹葵はちょっと涙目になって、上目遣いに紫蘭を見やる。「なんで俺自身がいるのに、摩弥はクローンなんて作るんだよ」
恨みがましい三白眼から目をそらして紫蘭は、
「出会ったときの、人の姿のままの樹葵を保存しておきたかったから、こっそり細胞を拝借したって言ってたよ」
と我が事のように切なげに言った。
すると凪留が経営会議でもしているかのように右手を挙げ、
「だからといって、いま白草で胎児だか胎芽だかを幼児まで成長させた理由は? そしてなぜ羽が生えているんです?」
「ああ、それは。樹葵」
と紫蘭は再び樹葵のほうへ向き直り、
「お前、翼が欲しいって摩弥さまに相談したろ?」
そういえば樹葵がそんな話をしていた。しかし、実際に空を飛べる羽を我々哺乳類につけるのは、骨格的に難しいということだったが――
「それで摩弥さまは、クローン胎芽をプロトタイプとして用い、ヒトに羽をつけられるか実験してみようと思ったんだな。胎児のままでは生命維持が難しいから、少し成長させたんだ」
「結果、羽をつける実験が成功したのか」
と納得する凪留。
クローン体の味覚も樹葵本人と同様で、海の幸が好物だったゆえの魚介泥棒と考えれば合点がいく。
「そうなんだけど――」
紫蘭は苦い顔をする。「予定外だったのは、摩弥さまが樹葵の幼い姿をしたクローンに夢中になっちまったことなんだよ」
「溺愛していたヒト型ペットとはそういうわけでしたか。なんとも面妖な」
凪留は相変わらず突き放すような物言い。
でもあたしは、恋人の幼児期の姿をいとおしく思う摩弥の気持ち、分かるけどなあ。
樹葵が心底疲れた顔をしているのは、あたしを荒波から救ったからばかりではあるまい。
「だから俺、あのチビくせぇ魔物がすごーく気に入らなかったんだな」
複雑な表情でため息をつく。
「だから玲萌せんぱいは気に入ってたんですね」
訳分からないことを言う夕露。
「なんでよ」
にらみつけて頭を小突いてやった。
「あいたっ」
思わず声をあげたのはあたしのほう。
「どしたんですか、玲萌せんぱい? だいじょぶ?」
ちっ、この石頭め。
ふと横を見ると、うつむいた樹葵の尖った耳が赤く染まっている。まぎらわしい反応しないでほしい。こいつもはたいてやろうかと、彼の銀髪めがけて手を振り上げたとき、あたしはふと疑問に思い至った。「でも樹葵、昔は髪色赤じゃなかった?」
クピドの髪は薄い金色だったはずだ。
樹葵もかつて白草魔道学院に通っていたから、あたしは一回生のころ三回生だった樹葵を見かけている。クローンの髪色はオリジナルと同じはず。
「いや、ガキの頃はあんな色だったんじゃねーか? ま、あの子天狗くらい色が薄かったのは幼児の頃だけだけどな」
それから、ぽんっと手をたたいて、
「玲萌が覚えてる二年前の俺はさ、確か緋色に染めてた頃だよ」
「こいつ、お洒落さんだからコロコロ髪色変えてたんだぜー」
と、紫蘭がからかう。
「あんたも髪染めてるじゃん」
樹葵の言う通り、紫蘭は黒髪を金色に染め分けている。まあ本人もお洒落さん(笑)だから、人の髪色が気になるのだろう。
「それで摩弥は、そのクローンを不注意から逃がしてしまったのですか?」
またもやそれた話を正しい軌道に戻すのは凪留の役目。毎度ごくろーさま。
「そうなんだ」
と紫蘭はうなずいて、
「秘密裏に探し回ってたところ、一週間くらいして学院長が摩弥さまに、正体不明の未確認飛行生物の話をしてさ。もしや逃げた愛しき幼子じゃないかってんで、こっそりあたしが頼まれて港まで確認しに行った」
「紫蘭ちゃんってば、いっつも摩弥ちゃんの犬」
夕露の正直な感想に、あたしと凪留が吹き出す。紫蘭はバツの悪そうな顔して、
「それで、えーっと、さきおとといになるのか。白草に帰って摩弥さまに多分、逃げちゃった羽付きクローンだって報告したら、学院長にバレたら困るから、玲萌たちより早く連れ帰って来いって言われたんだ」
それから声を低くして、怪談でも語るかのように、
「それがお前ら海に落としちまって―― 摩弥さまに知れたら大変だぞぉ」
「知れたら、じゃなくて報告しに行くんですよ、今すぐに」
凪留が毅然と立ち上がる。紫蘭はあぐらをかいたまま凪留を見上げて、
「勇気あるなあ、お前」
と他人事のように感心する。
「紫蘭くん、きみも一緒に行くんですよ?」
「えっ」
紫蘭が息をのんだ。
「その生物は野に放つわけにいかないから、学院長は回収を望むでしょうね。ただしこの風ではもはや僕たちの手に負えない。学院長の判断をあおぐため一刻も早く白草に戻るべきです。そして摩弥に関する証言は、すべて紫蘭くん、きみが今の話を学院長の前でするんですよ」
滔々(とうとう)と並べたてられて、紫蘭はぐうの音も出ない。
「そうね、少しでも早いほうが、クピドの生存率も上がるかも」
疲れた体にむち打って立ち上がろうとするあたしを、凪留が押しとどめた。
「玲萌くんは無理をしないで、体力が回復してから帰ってきてください。きみが最後までクピドを探して海に入ったことも学院長に報告します。僕たちは精一杯やった。これ以上、きみが命を危険にさらすことはないと師匠たちも判断するでしょう」
「凪留が報告してくれるなら助かるけど――」
言いかけたあたしに夕露が、
「玲萌せんぱい、こんな風の中、白草まで歩くの心配だからもうちょっとここで休んでて」
あたしの袖に追いすがる。
「俺もまだまだ魔力、分けられるぜ」
ウインクした樹葵に紫蘭が、
「おい知ってるか、樹葵。一番効果的な魔力の受け渡しかたって口移しなんだってよ~。接吻、接吻♪」
子供のようにウキウキしだす。未経験なのかしら。
「玲萌にそんなことできないよ」
まじめな顔で答える樹葵。こっちこそ、危険な天才魔道医の恋人となんて御免である。誤解を受けたら、ペット海に落としちゃった♥くらいでは済まないかもしれない。
「つまらない話をしていないで、さっさと歩く!」
後ろから凪留に追い立てられて、紫蘭は船番所の敷地からぶつぶつ文句を言いながら出ていった。