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第四話:あらわる!新たな邪魔者

 青空を雲が流れてゆく。太陽はその身を隠したり、現れたり。

「今日は風が強いな」

 凪留(ナギル)が空飛ぶ召喚獣「天翔(あまが)け」の背を撫でる。「大丈夫か? 飛びづらくないか?」

「きゅこ」

 鳥が小さく返事した。あたしたち三人は今日も、鳥に乗って港町を見下ろしながら旋回中。夕露(ユーロ)はさっきから海面ばかり見下ろしている。波が高いせいか、昨日より船の数が少ない。

「今日はどの船にも樹葵(ジュキ)くんの姿がないよぉ」 

「探す化け物が違いますよ、夕露くん」

 と、凪留が本人のいないところで毒舌を発揮するが、夕露には通じていない。目を白黒させている夕露に、あたしが通訳する。

「下ばかり見てないで、空を飛んでるかも知れない子天狗を探してってさ」

 羽を生やしたあの白いヤツの正体はいまだ分からない。だがあたしたちの間では子天狗という呼び名が定着しつつあった。

 昨日は結局、樹葵(ジュキ)の説得に失敗し、凪留が「とにかく僕たちを攻撃するのだけはやめてくださいよ」と釘をさした。

 樹葵はまだ濡れたままの銀髪をかきあげながら、

「すまんすまん、今日のことは俺の不注意だった。謝るよ。もうニワトリには攻撃しねえって約束する!」

 と、ナチュラルに天翔けをニワトリ呼ばわりし、また凪留を不機嫌にさせた。

 あたしたちは昨日の午後も出撃したが、用心深い子天狗は危険を察知したのか姿を現すことはなかった。日が暮れては仕事にならないので、早々(そうそう)に湯屋へ行って海水でべたついた髪や体をさっぱりし、船番所へ帰って寝たのである。役人管轄の番所から王立の魔道学院への依頼という特権のおかげで、あたしたちは船番所の二階に宿泊させてもらっている。

 樹葵(ジュキ)は、浜に一番近い長屋に住む漁師Dさん宅に泊まっているとか。人懐(ひとなつ)っこい彼は、誰のふところにでもすぐ飛び込めるので、肩から角を生やした妙ちきりんな姿をしていても、そのへん心配ないんだろう。

夕露(ユーロ)、あれ子天狗じゃない?」

 あたしは、沖の空ばかり見上げている夕露をつついて陸の方を指さす。石積みの上に立つ常夜燈(じょうやとう)のてっぺんに、ふわりと白い影が舞い降りるのが見えた。

「あっ、あれだよ! いま帰ってきた船のお魚をねらってるのかも!」

「よしっ」

 凪留が掛け声ひとつ、天翔けを陸の方へ向かわせる。

 理由は分からないが樹葵のいない今日は、邪魔されずに働けるチャンス! 港を荒らす子天狗め、しっかり首根っこつかまえて、白草(シラクサ)まで連れ帰ってあげよう。

翠薫颯旋嵐(すいくんそうせんらん)、ほそく(すだ)(ほだし)となりて――」

 あたしは昨日と同様、風の術を構築してゆく。

 天翔けが滑空し、常夜燈の屋根に立つ子天狗と目があった――ような気がした。子天狗が大きく翼を広げ、空へと舞い上がる。

「気付かれたか!」

 凪留が舌打ちし、天翔けの首を空へ向ける。と同時に、突然かくんっと後ろに引かれるように天翔けの上昇が止まった。

玲萌(レモ)くん、風の術がどこかに引っ掛かって――」

「なわけないでしょ! まだ発動さえしてないわよ!」

 羽をばたつかせる天翔けにつかまりながら、言い返すあたし。

「あっ、紫蘭(シラン)ちゃん!」

「なにっ!?」

 夕露が見下ろすほうを振り返れば、海へと長く伸びた波止(はと)の中ほどに、見覚えある長身の女が立っている。こちらを見上げて、

「お前らーっ そこ邪魔だぞーっ あいつ逃げちゃったじゃないか!」

 いつものハスキーボイスで叫んだ。

「どっちが邪魔よ!」

 あたしも負けじと言い返す。

 紫蘭は、凛とした黒い瞳とすらりと伸びた手足が美しく、女だてらに裾をからげた着こなしも彼女に限っては粋に見え、同性からモテそーな美人である。

 凪留は鳥を操り、紫蘭の前へ着地させた。


 屋台で名物・浜前(はままえ)寿司(ずし)を頬張りながら――

「なんで紫蘭までここにいるのよ」

 せっかく今日は樹葵(ジュキ)がいないと思ったのに。

 昨日と同様、あたしたちが魔道学院から正式に派遣されたことは話した。

 紫蘭はたった一言、

「あたしは摩弥(マヤ)さまから頼まれてな」

「それって変じゃない? 魔道学院の院長が研究のため摩弥に引き渡すって言ってるのに、なんで個人的に紫蘭に頼むのよ」

「さあなあ?」

 紫蘭はあさっての方向を向いたまま、穴子の握りを口に放り込む。

 ――怪しい。絶対に何か隠し事をしている様子である。根が正直者だから目を合わせようとしないのだ。

「紫蘭ちゃんは摩弥ちゃんからなんの報酬もらえるの?」

 謎な質問をするのはもちろん夕露である。「樹葵(ジュキ)くんは海の幸って言ってた!」

 屋台の木枠に寄りかかったまま、紫蘭は苦笑する。

「あたしは何も受け取らないよ」

「ええ~、じゃあなんで言うこと訊くの?」

 夕露の純粋な疑問に、

「あんな美女に頼まれたら断れないだろう」

「ほーはほ?」

 玉子を頬張る夕露。何を言っているのか誰にも分からない。ごっくんしてから、

「凪留せんぱい、眼鏡はずして!」

「えっ、なぜです?」

 眉をひそめながらも、言われた通りにする凪留。

「ほらほら紫蘭ちゃん、イケメンですよ! このイケメンが卒業試験に通りたいから、子天狗をゆずって欲しいと頼んでますっ」

 あーなるほど。夕露はじめ後輩女子たちが、凪留実はイケメン説をとなえているのは、あたしの耳にも届いている。でもなあ…… 夕露は気付いていないようだが、紫蘭にとって摩弥は特別なのだ。紫蘭と樹葵、全然タイプの違う二人が摩弥に夢中になったことを思うと、摩弥にはなにか人を惹きつける魅力があるのだろう。

 凪留は真っ赤になって、やめてくださいよもう、などとぶつぶつ言いながら眼鏡をかけた。

「あれのこと、子天狗って呼んでるの?」

 紫蘭はまったく興味ないようで、全然別のことを尋ねた。

「だって、ちっちゃくて羽が生えてるから!」

 なるほどなあ、と呟く横顔が明らかに正体を知っている(ふう)だ。

(くれない)摩弥は、学院長から聞いているんですよね? 僕たちがあれを連れて帰ること」

 凪留もなにか腑に落ちないようで、探りを入れる。

「もちろん知ってるさ」

 あっけらかんと答える紫蘭。じゃあなぜ、と凪留に問いつめられ、

「摩弥さまには摩弥さまの事情があるんだよ」

 とはぐらかした。

 しっとりとしたコハダの旨味を味わいつつあたしは考える。おそらく摩弥は、かつての恩師である学院長を通さずに子天狗を手に入れたいのだ。なにか知られたくないことがあるのか? いずれにせよ今回の事件もまた、天才魔道医・(くれない)摩弥(マヤ)がからんでいるのは疑いなさそうである。

常夜燈とは

灯台の役割を果たす大きな石灯籠。


波止(はと)とは

文字通り港に寄せる波を小さくする目的で造られた堤。陸から長く延びており、荷の上げ下ろしにも用いられる。

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