第三話:海の幸か、魔道学院卒業か
あたしたちが暮らす「あきつ島」は豊かな海に囲まれた島国で、豪族たちの協議制と、彼ら有力家系から選出された大王によって代々統治されている。近年、魔術の発達により生活は便利になり、経済も発展してきた。それを支えるのが全国に点在する「王立魔道学院」であり、第一過程から第三課程までが設置されている。
「王立」の名を冠しているように、一応国からの援助によって設立されるが、各地の有力者による経済的バックアップにより経営が成り立っている。あたしたちが通う白草学院は、実は夕露の実家に援助されていたりする。彼女のお父さんは代々続く裕福な廻船問屋の若旦那なのだ。だから夕露は、ほとんど魔術を覚えていなくても落第しない。
通常、学生は三回生終了時に卒業試験を受け、これに合格しないと卒業資格を得られない。
あたしと凪留は先月、第一過程卒業試験として師匠から言い渡された課題――葦寸の洞窟に封印された二本の魔術剣を獲得しに行った。しかし学院側の管理不行届により剣はなく、そこにいたのは二年前に失踪して世間を騒がせた天才魔道医・紅摩弥、そして過去の学院卒業予定生だった橘樹葵と柳紫蘭だった。
あたしたちは葦寸での事件を解決し今月始め、彼らとともに白草へ帰ってきた。詳しくは長篇『時之螺旋階段』を読んでね!
白草に戻ったあたしたちはすぐに魔道学院へ赴き、事の次第を報告した。学院側のミスで卒業試験失格となってはたまったもんじゃない。
高級そうな蒔絵の壺が飾られた院長室で、山水画の掛け軸を背にあたしたちの話を聞いていた白髪の学院長は、
「確かに君たちの責任ではない。だから落第にはしないよ。かといってこれで卒業試験に合格というわけにもいかないから、追試験を課すこととする。課題については追って君たちの魔術師匠から連絡させるから待機していたまえ」
と言った。
一ヶ月近く音沙汰がなかったがようやく昨日、あたしと凪留は師匠に呼ばれ、「港荒らし駆除依頼」を追試験にすると告げられたのだ。
「とはいえ優秀な玲萌さんと凪留さんには、ただ駆除するだけでは簡単すぎるでしょう?」
いつもの柔らかい調子で、師匠がのんびりと尋ねる。薄墨色の着物に身を包んだ学者風の師匠は、いつまでも書生のような雰囲気で年齢不詳だが、経歴から察すると四十に届くか届かないかというくらいだろう。とてもじゃないが強い魔術師には見えないものの、若くして大王の近衛組顧問を務めたほど優秀である。しかし策略渦巻く政の世界は性に合わず、故郷に帰って魔道学院の教師となってしまった。
「いやいや二度も卒業試験受けるだけでお腹いっぱいなんで、あたしたちは簡単な課題で全く問題ございません!」
ぱたぱたと手を振るあたしの言葉をあっさり無視し、
「学院長が言うには、正体不明の魔物をなるべく傷つけずに連れ帰って欲しいそうです」
と、面倒な注文をつけ足した。
「君たちが連れて帰ってきた紅摩弥さん、昔、都の魔道学院で学んでいた頃、うちの学院長の愛弟子だったそうですね」
まじか。
確かに白草の学院長は、うちの学院へ来る前は都の魔道学院で教鞭を取っていた。
「それで十日ほど前から、うちの学院で彼女を助手兼講師として雇用することにしたそうですよ」
あたしの隣で凪留が、あの問題児を、と師匠に聞こえないよう呟いた。
「学院長が、摩弥さんに新種の生物を研究させたいから慎重に連れ帰るようにとのお達しです」
表情ひとつ変えずに言ってくれる。柔和な笑顔のせいで、師匠自身が何を考えているのかはいつも通り分からない。あたしと凪留はため息をつきながら学院をあとにした。
「――てな経緯で、あたしと凪留は魔道学院から正式に派遣されたんです」
と、事情を説明するあたし。相手は夕露を救助してくれた漁師さんたちである。
「で、この子、夕露はお荷物――じゃなかった。見習いのため、えっと後学のためについてきたんだよね?」
何かってぇとくっついて来る夕露はかわいい後輩なのだが、他人には説明しようがないので、とりあえず本人に話を振る。
「高額!? 玲萌せんぱい、お金払ってさっきの子天狗、食べるんですか!?」
「なんの話してんのよ、あんたは」
かえって場が混乱した。こいつに話しかけるんじゃなかった。
「そうかぁ、魔道学院の学生さんが来てくれてるとは知らなかったなあ」
漁師のおっちゃんAが腕組みしながら、あたしと凪留を交互に見る。
「でも生きたまま連れて帰るたぁ、手間のかかる話だ。あの魔物、結構ここが働いてな」
と、別のおっちゃん――Bとしよう――が、自分のこめかみを指さす。「俺たちの罠にもたんとかからねえのよ」
「研究のためにどうこういう話は、番所と魔道学院の院長さんで決まったんだろうな」
おっちゃんCはやや不服そう。「大体、正式に依頼してるなんてぇ話も、俺らの耳にはまったく入らねえし」
「網元の旦那が船番所に、このままじゃあ税金払えねぇって言ったんだろう」
「まあ確かにこう連日、陸揚げした魚を持っていかれちゃあ商売あがったりだ」
わいわい話す漁師さんたちに、
「俺ならすぐにぶちのめしてやるぜ」
と割って入ったのは樹葵である。
「――と言ってくれたんで、俺たちはこの子に頼んだんでさあ」
と最初のおっちゃんAが説明する。「あの鳥みてえなのを打ち落としてくれたら、礼にいくらでも海の幸を食わしてやらぁってな」
うんうんとうなずく樹葵に、
「そもそもなぜ、きみがここに?」
と尋ねたのは凪留。港町は白草から遠くないものの、用もなく通りかかるところではない。
「ほらここ最近、魚とか海藻とかアサリやサザエまで値が上がってたろ? 俺は毎日、生でイワシ食ってたし死活問題だからさ、いっちょ自分で取ってくらあと思い立って、今朝ここに着いたんだ」
そうしたところ水揚げに従事している若い衆から、
――人面鳥だか白天狗だかが出てな、釣った魚を全部盗んじまう。
と事情を聞いたそうだ。樹葵の目立つ外見にわらわらと漁師さんたちが集まってきて、
――おめえさん海ン中から来たみてぇな姿してんな。え、魔術が使えるって? ならちょうどいい、あの鳥を落としてくんねえ。
と頼まれ、魚介類食べ放題の報酬で依頼を受けたという。
「なるほど事情は分かりました」
と凪留。それから有無を言わせぬ調子で、「でも今回は船番所から魔道学院を通じて、僕らが正式に依頼を受けたんです。卒業がかかっているので手出ししないでもらえませんか?」
「なんでだよぉ、そもそもあんたらだけ追試なんてずるいじゃんかよ。俺と紫蘭だって、復学願出したんだぜ」
実は、学院長のもとへは四人で話しに行った。学院長によると、樹葵と紫蘭の学籍はすでにはく奪されており、彼らは退学扱いになっているとのこと。二年前に卒業試験の旅に出たきり学院に連絡もなく、その後の学費も納めていないのだから常識的な処理だろう。
――ただし君たちが当学院を卒業したいなら、二年前の日付にさかのぼって休学届を出し、さらに復学願を出すことで、再度卒業試験を受ける権利が得られる。
というのが学院長の説明だった。
「樹葵、魚介食べ放題だよ」
漁師Bがにこやかに告げる。
「イワシなんてけちくせえこと言わねえ、マグロもウニも食い放題だ」
と漁師C。さらにDさんが、
「ワカメも昆布も貝類もなんでもあらぁ!」
樹葵は目を輝かせて、
「分かったか、凪留。俺はあんたの卒業より海の幸を取る」
「ちょっと待ってよ樹葵」
と止めたのはあたし。「今回あたしたちがちゃんと卒業試験に合格できたら、次はきみたちの番よ。試験が受けられるよう成績優秀な玲萌ちゃんが、学院長にかけあってあげようじゃないの!」
「うっ……」
ちょっとぐらつく樹葵。
「樹葵くん、ホタテ」
とC氏。
「鯵」
「イサキ」
「海老」
みんな口々に樹葵を懐柔しだす。さらにAさんが大げさな声で、
「俺たちゃあみんな困ってるんだ。あの化けもんが出てもう七日か八日になる。一刻も早く落ち着いた仕事に戻りてぇ」
「そうだよな!」
樹葵はAさんの両手を握って、瞳をうるませながら言った。「俺、やっぱりやるよ。みんなのために一肌脱ぐぜ! 待ってろみんな――ウニもイサキもハマグリも!!」
廻船問屋とは
水運が流通を支えていた時代、積荷の引取・売買や保管・管理など、運送に関わる実務全般を幅広く扱っていた会社組織。
網元とは
漁船の所有者。漁師たちの雇い主。
船番所とは
入港税などを徴収する役所。
現代のように冷蔵技術が発達していない玲萌たちの世界では、生きたまま輸送可能な貝類や、イワシなど小魚しか生食できないため、生魚好きな樹葵の主食はほぼイワシ。
今回の短編(10分割程度で完結予定)は、極楽魔道記シリーズ最初の長篇『時之螺旋階段』に続く物語になっています。




