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最悪な休日に見た空の色(激昂×逃亡編)

 黄色、赤色、橙色。

 色んな暖かい色が混ざり合ってできた綺麗な光が、わたし達を照らしていた。


「綺麗だね」

「うん……」


 夕日が赤いって言うのは、嘘だ。

 こんなにたくさんの色が混ざってるのに、ただ赤いだけに見えるなんて、皆、目が悪いんだ。


「夕日が全部沈む前に、帰ろうね」

「……うん」


 わたしの返事に、少年は微笑んだ。

 わたしの右手を握るでもなく、ただ掴んでいるだけの彼は、眩しそうに目を細めて夕日を見つめた。

 

 あと少し。

 あと少しで、奇跡みたいに楽しかったこの時間と、お別れだ。


*************************************


 神様は不公平だ。

 

「真奈美、この人が真奈美の新しいお母さんと、真奈美の弟だよ」

「真奈美ちゃん、初めまして。私は十河由里っていうの。こっちは息子の圭太。小学校3年生なの。ほら、圭太、この子が圭太の新しいお姉ちゃんよ」


 何が楽しいのか、にこにこ笑っているお父さん。一張羅のダークグレーのスーツがぱりっと決まっていて、かっこいい。

 お父さんはもう40歳だけど、ずっと若く見える。きりっとしてて、モデルみたい。でも、わたしとはあんまり似ていない。


 わたしはお母さん似だ。

 お父さんとお似合いの、すっごく綺麗なお母さん。真っ直ぐな黒い髪、白い肌、綺麗な黒い瞳。スタイルだって抜群だった。

 お父さんとお母さん、それにお母さん似のわたしが一緒に歩いてたら、まるで芸能人の親子みたいだって、色んな人に言われた。「美形カリスマ家族」って、地元じゃ有名だったんだから。


 それなのに、お母さんは6年前に急に倒れて、そのまま死んでしまった。それ以来、わたしとお父さんはずっと2人暮らしだった。

 おじいちゃんもおばあちゃんも、何回もお父さんにお見合いを勧めていたけど、お父さんは毎回断っていた。当たり前だ、お父さんはお母さんとラブラブだったんだから。お父さんは、一生お母さんのことが大好きなんだから、再婚なんかするはずがない。


 ――そう、思っていたのに。


 お父さんの40回目の誕生日のお祝いに連れてこられた、たっぷりのボリュームと温かくて優しい味が人気のレストラン。

 実は、結婚を考えている女性がいるんだ、と告げられたときから、嫌な予感はしていた。

 4人席に案内されたときから、わたしはずっと黙って顔を俯けていたのに。


「……真奈美?」

 わたし以外の人間の紹介が終わったのに、黙ったままのわたしを不審に思ったのか、お父さんが声をかけてきた。

 でも、答えたくなかった。

 だって、最悪だった。

 お父さんが「付き合っている人がいる」って言ったときも、「実は結婚を考えている人がいる」って言ったときも、全部冗談だと思ってた。だから、「じゃあ今度ちゃんと紹介してね」って、おどけて言ったのに。

 本当に、連れてくるなんて。


 わたしは顔を上げて、正面に座る十河母子を睨む。

 

 十河由里は、ただのおばさんだった。

 16歳のわたしからしてみれば、いくら綺麗に化粧してても、肌の艶のなさや小皺は隠せるものではない。太ってはいないけど、胸もない。お母さんに比べたら、本当に普通のおばさんだった。

 その息子の圭太は、頭の悪そうなガキだった。

 真っ黒に日焼けした肌、細い手足。無理矢理綺麗な服を着せられてるっていうのがよくわかる。

 短く刈り込んだ髪の毛に、太い眉。このくらいのガキの顔の良し悪しなんてわかんないけど、十河由里には似ていない。じゃあ、こいつは十河由里の元夫似なんだ。


 最悪。


「……ねぇ、なんで母子家庭なの? 前の旦那はどうしたのよ」

 低い声で問いかけたら、十河由里の顔が強張った。圭太は不愉快そうに顔を歪めてた。お父さんがわたしの隣で息を飲んだのがわかったけど、顔を向けてなんかやらなかった。


「……前の、夫とはね、離婚したのよ」

 取り繕うように優しげに微笑みながら言った十河由里に、苛立ちのゲージがMAXになった。何、それ。


「わたしのお母さんは、わたしが10歳の時に死んじゃったのよ」

 斬りつけるように言ってやると、十河由里の顔がまた強張った。


「なのに、なんであんたなんかがわたしの新しいお母さんになれるのよ。わたしのお母さんは1人だけよ。あんた、鏡で自分の顔、見たことある? あんたとお父さんじゃ全然釣り合わないわ、もちろんわたしともね。それなのに家族になる? バカじゃないの? ひと目見りゃ分かるわよ、わたしとお父さんとあんたら2人が他人だって。あんたみたいなブスからわたしが生まれるわけないでしょ?」

 そんなに家族がほしけりゃ、そのバカみたいなガキの父親に戻ってきてくださいって頭下げりゃいいでしょ、どうやったのかは知らないけど、うちのお父さんを誑かさないでよ!

 

 そこまで言ったところで、バシャっと冷たい水を被せられた。十河由里は真っ青になって震えている。

 その隣に座っていた圭太が、テーブルに足を乗っけて身を乗り出して、自分の席に置いてあったグラスを掴んで、そこに入っていた水をわたしにふっかけてきたのだ。

 それを理解して、水のせいでいったんは冷えた頭が再びカァッと熱くなった。


「何すんのよ!」

「うるせぇっ、黙れよ、ブス!!」

「なっ、誰がブスよ! このクソガキ!」

「――黙りなさい、真奈美!!」

 

 空気が震えるほど鋭い怒声に、わたしと圭太は同時にビクッと身震わせて、声を出した人を見た。

 お父さんが、十河由里と同じような真っ青な顔色をして、硬い表情でわたしを見た。

 

 ……お父さんが、わたしを怒鳴った。

 信じられない。

 だって、お父さんはいつも、絶対にわたしの味方なのに。お母さんがいたときも、お母さんに叱られたわたしを、いっつも庇ってくれたのに。「真奈美はお父さんのお姫様だよ」って、言ってくれてたのに。


 お父さんは、初めて見る怖い顔で、わたしを見ていた。


「由里さんと圭太君に謝りなさい、真奈美」

 いつもより低くて冷たい声で、お父さんはそう言った。

 なんで?なんでわたしが謝るの?

「真奈美」

 お父さんの怖い顔と厳しい声に、体が震えた。

 

 お父さん、怒ってる。わたしに怒ってるんだ。

 なんで? 本当のことを言っただけじゃない。こんなおばさんとクソガキが家族になるなんて、皆に笑われるだけだよ。こんなおばさんより、お母さんの方が綺麗で優しいよ。この2人は、お父さんの収入当てにしてるだけだよ。


 そう思うのに、お父さんが怖くて一言も喋れなくなってしまった。

 鼻の奥がツンとして、視界が徐々に潤んでくる。

 泣きそうなのに、お父さんはわたしを睨むのをやめてくれない。

 酷い、どうして。


「……いいのよ、隆司さん。真奈美ちゃん、急なことでびっくりしてしまったのよ」

 かすかに震える声で、青ざめた表情のまま、十河由里がそんなことを言った。青ざめた顔をぎこちなく笑顔にして、わたしに笑いかけてきた。


「ほら、圭太もお行儀が悪いから、テーブルから早く降りなさい」

 意外なことに、圭太は十河由里の言うことに素直に従った。わたしの方を睨んだまま、大人しく元の席に着いた。

「由里さん、でも」

「しょうがないわよ。彩加さん、綺麗な方だったもの。それなのに、いきなりこんなおばさんが新しい母親になりますって言っても、信じられないわ」

 何よ、わかってるんなら、さっさと身を引きなさいよ。

 そう思って滲む視界で十河由里を睨んだら、十河由里は青ざめた顔のまま、それでもわたしを真っ直ぐに見返してきた。


「でもね、真奈美ちゃん。今すぐじゃなくていいの。少しずつでいいから、私たちと家族になってほしいのよ」

 その言葉に、わたしは大声で「嫌っ、絶対嫌っ!!」と怒鳴って、


 ――パンッ!!


 鋭い音と、一瞬遅れてやってきた熱い痛みに、呆然となった。


 お父さんが、今までで一番怖い顔をして、わたしを見ていた。


 ――お父さんに、ほっぺた、叩かれたんだ。

 そう理解した瞬間に、わたしは膝の上に乗せていた、お父さんに誕生日に買ってもらったお気に入りのバッグを掴んで、その場から逃げ出していた。


 

 滅茶苦茶に走りながら、思った。

 神様は、不公平だ。

 お母さんを早く死なせてしまうくらいなら、十河由里と圭太を殺せばよかったんだ。

 そしてその分、お母さんが長生きすればよかったのに。

 神様は、不公平だ。

 あんな、ブスで何の価値もない奴らに、わたしとお父さんと家族になるチャンスを与えるなんて。


 神様は、不公平だ。



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