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木崎君の秘密の事情(前編)

「………………ええっと。何してるの? 木崎君」

「…………修行?」


 なぜに疑問系。

 

 というか、木崎君にとっては、直径30センチサイズのホールケーキを切らずにそのまま直接フォークでほじくりつつ食べるのは修行になるんだ……。

 

 まぁ、確かに、広いテーブルの上に所狭しと並べられている木崎君が現在食べているものとよく似た、真っ白いクリームと新鮮なフルーツがたっぷり載った全部で10個弱のホールケーキと、完食済と思われる、木崎君の横に重ねられた大きな皿の数を見るに、確かに彼は現在、果物と生クリームとスポンジケーキに対する胃袋の修行をしているのかもしれない……。


「……あぁ、野中さん」

「はい?」


 黙々とケーキを食べ続けていた木崎君が、ふと後ろに立っているあたしを振り返って、ひょいっと生クリームのかかった真っ赤な苺を突き刺したフォークを差し出した。


「今、暇なら、一緒にケーキ食べない?」


 やっぱり修行じゃなくって単にケーキ食べてただけなんじゃないっすか、とか。

 食べ物が突き刺さったフォークで人を指差すなよ、とか。

 今の木崎君のポーズ、「はい、あーんして☆」な感じでたまりません、とか。


 色々な言葉(主にツッコミと妄想)があたしの頭の中を一瞬にして駆け巡り、あたしは気づいたら木崎君の横に座って大きく頷いていたのだった。


「喜んでご相伴に預かります」


 その日の夕飯と翌日の朝ごはんが胸焼けのせいで全く喉を通らなかったのは、言うまでもない。


**************************************


 あたしのクラスの木崎君は、とっても変わっている。

 

 見た目はすごくかっこいい。髪の毛も目の色も真っ黒だけど、顔立ちはハーフっぽい感じ。で、飛びぬけて背が高いわけじゃないけど、なんていうか……スタイルがいい。すらっとしてて、姿勢がよくて、立っている姿がすっごく綺麗。クラスの男子が、ぐだっとた姿勢で制服を着崩してるのに対して、木崎君はいつもきちんと制服を着ていて、それがすごく似合っている。

 

 ……それなのに、木崎君はいっつもぼーっとしているのだ。


 歩く姿勢も、立っている姿勢もすごく綺麗なのに、どこかに座った途端に、ぼーっと上の空状態になる。座って聞く授業はどれもそんな感じで、机に頬杖をついたりして、ぼけーっと窓の外を眺めたりしている。

 うちの中学の生徒はほとんどが近くの小学校からの持ち上がりで、先生の間でも生徒の情報が共有されているらしく、入学当初から問題児のチェックが入っている。授業に全く真剣に取り組まない木崎君は、勿論問題児だ。


 でも、木崎君は物凄く頭がいい。運動神経も抜群だ。

 

 宿題はちゃんとしてくるし、テストはいつも満点かそれに近い数字。体力テストも1年生の時から校内順位1位で、運動会やクラスマッチの時には大活躍だ。話しかけにくいタイプ(見た目が綺麗な子がぼーっしてるから、なんか怖いんだよね)だから、特定の仲のいい友達はいないみたいだけど、皆に密やかに慕われている。

 

 性格だって物静かで、授業中にぼーっとする以外に先生を困らせることはしない。だから、先生達にしても、木崎君のことは嫌いじゃないんだと思う。

 今ではもう、木崎君が授業中にぼけーっとしてるのは、もうしょうがないって諦めて、どの先生も注意しなくなった。厳しいので有名な教師暦35年という生徒指導の橋岡ジジイも、「いるんだよなぁ、たまに。ああいう天才型の生徒は……」って笑ってたし。

 木崎君の3歳年上のお姉さんも変わった人だったらしく(小学校は一緒だったけど、どんな人なのかはよく知らないんだよな、あたし)、「まあ姉よりは、ましですよね……」というのが先生達の共通の認識らしい。どんなお姉さんなんだ、一体。色々噂は聞くけど、なんか嘘っぽいしなあ…。


 そんな木崎君とあたし、野中夕子は、小学校1年生のときから、ずっと同じクラスだ。これはなかなか凄いことだと思う。小学校の時は2年ごとにクラス替えがあったし、中学は毎年クラス替えがある。でも、あたしと木崎君はいつも同じクラスだった。これは密かな自慢でもある。

 

 かと言って、あたしと木崎君が仲良しかというと、全然そんなことはない。

 

 小学生の頃から、基本的に昼休みも教室の中でぼんやりと過ごしている木崎君に対して、男兄弟の中で育ったあたしは、雨の日以外はいつも外で男子に混じって遊んでいた。

 木崎君は、家が市の郊外に近い辺鄙な場所にあるため、学校が終わったら居残ったりせずに、さっさと帰宅していた。中学にあがった今でも、木崎君は部活に入らず(うちの中学は部活が強制されてない楽な学校だからね)、授業が終わったらさっさと帰宅している。それに対して、あたしは家が学校に近いから、放課後も暗くなるまで遊んで帰ったし、中学にあがった今では女子バレーボール部に入って毎日遅くまで部活をしている。

 だから、あたしと木崎君は一緒に遊んだこともなければ、教室の中でも親しく話をしたこともない。


 いや、正しくは、「なかった」のだ。

 

 先週の日曜日、お母さんに頼まれてお使いに行った先で、ホールケーキの山に囲まれた木崎君、という謎の空間に遭遇するまでは。

  

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