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【番外編】ハロウィンな木崎家の人々(2)

 (1)に続いて、時間軸とか本編からの間の話などを完全無視した話です。

 温い目で見てやってください。

*********************

  ☆遠野真奈美&木崎純&遠野圭太編☆

*********************


「トリック・オア・トリート!」


 そんなことを言って見上げてくる可愛い弟――圭太に、わたし――遠野真奈美は満面の笑みを浮かべて、昨日の夜からせっせと準備したお菓子の数々が並んだテーブルを示した。

「さ、好きなだけ食べていいからね、圭太」

「うわっ、うまそう!! ありがとう、真奈美姉ちゃん!!」

 嬉しさを体中で表す可愛すぎる弟に、思わず顔がにやけてしまう。ああ、可愛いなぁ、圭太。兄弟って楽しい!!

 そんなことを思っていたら、背後から深い溜息が聞こえてきた。

 そして、

「……真奈美ちゃん。俺はいいけど、他の人間の前でそのふやけた表情をするの、やめとけよ? どう見ても良からぬことを企む変態女にしか見えないから」

 失礼すぎる、わたしを思いっきり見下した声。

 こ、このクソガキは……!!

 わたしはぐるっと振り向いて、圭太の生意気な同級生――木崎純を睨みつけた。

「うるさいわね! 人のことを変態呼ばわりしないでよ!!」

「じゃあ、真奈美ちゃんの圭太に対する気持ち悪い笑顔は何なんだよ」

「きもっ……?! し、失礼ね!! わたしは単に、弟思いなだけよ!」

「度が過ぎるとブラコンだよね、それ。あ、もう遅いか」

「誰がブラコンよ!!」

 こ、こいつは相変わらず、年上に対する口のきき方が全然なってない!!

 ギリギリ睨みつけるわたしを、純は鼻で笑う。奴の目が、「自覚ないの?ブラコン女」と言っている。

 むかつく、こいつは本当にむかつく!!

「純、真奈美姉ちゃん、食べないのー?」

「はーい! 今行くわ、圭太!」

 イスに座ってわたしたちを待っている圭太の呼び声に、わたしは即座に笑顔で言葉を返す。

 純が呆れたように見てきたけど、気にしない。今日は楽しいハロウィンだもの! わたしは、わたしは……!!

「真奈美姉ちゃん、お菓子作りすっごい上手だね!」

「そんなことないわよ。でも、褒めてくれてありがとう、圭太」

 へへへ、と照れる圭太の、可愛い可愛い狼男の仮装姿を堪能する。

 今日、この圭太の可愛い格好を見るのが、どれだけ楽しみだったことか!!

 もう、着ぐるみを着た圭太、ほんとに可愛い!! やっぱり、ハロウィンのメインは仮装よね!!

 そんなことを思っていると、わたしの向かい側の席に座った純が、心の底から呆れた声でボソッと一言。

「変態ブラコン女」

 うるさいわね! ちょっと弟を可愛がってるだけじゃないの!! 何なのよ、その哀れむような視線は!!


 10月31日、午後3時。

 わたしの家では、3人だけの小さなハロウィンパーティーが開かれていた。

 メンバーはお菓子準備担当のわたし、そして仮装した狼男な圭太と、黒猫な純。……可愛い。圭太は勿論だけど、流石に見た目がいいだけあって、純の黒猫姿はとっても可愛い。圭太みたいな着ぐるみではなく、真っ黒い猫耳を装着して黒い上下を着ているだけ、という手抜きだけど。うーん、尻尾がないのが残念よね。


 夏に再婚したわたしの家は、現在、お父さんとお母さん、それにわたしと圭太の4人暮らしだ。

 わたしとお父さんが元から住んでいた家に、圭太たち母子が引っ越してきたんだけど……それに伴って、圭太は転校することになってしまった。学区の制限があるから、仕方ないことではある。でも、仲の良い友達と別れることになって、圭太はすごく寂しそうだった。

 そんな圭太も、すぐに新しい学校に馴染めたようだった。圭太は素直で良い子だからね! ……それに、何故か圭太の親友であるらしい、見た目は超麗しい美少年、中身は性悪毒舌少年の木崎純が頻繁に我が家に遊びに来るおかげで、前の学校の友達とも相変わらず仲良くしているみたい。

 まぁ、純が我が家によく来るのは、あいつがわたしの新しいお母さんとも知り合いだから、っていうのもあるのだろうけど。


「真奈美ちゃん、よくこれだけ作ったね……」

 カボチャプリンを口に入れつつ、純が感心したような、呆れたような声を出した。

 ダイニングにあるテーブルには、わたしがせっせと作ったカボチャプリンや各種のクッキー、ケーキにマフィン、シュークリームなどが所狭しと並べられている。……まぁ、明らかに、3人で食べきれる量ではない。

 料理は苦手だけど、お菓子作りは好きなのよね。甘いもの、好きだし。不器用だから、そんなに凝ったものは作れないけどね。

「余ったらどうするの? これ」

「お母さんとお父さんにあげるから大丈夫よ。お父さんは5時には帰ってくるって言ってたし、お母さんも明日の朝にはこっちに帰ってくるらしいから」

 純の疑問に答えてあげると、純は「ふうん」と呟いた。それから、右隣に座っている圭太と何やら会話しつつお菓子を食べている。


 お父さんは休日出勤、お母さんは一昨日から北海道に出張中。だから、今日は家にいるのは、わたしと圭太と純の3人だけだ。

 圭太にハロウィン用のお菓子を作ってあげようと最初に思い立ったのはわたしだ。で、それを圭太に提案したら、「じゃあ、狼になる!」と言われてしまったのだ。つまり仮装するってことかなぁ、と思っていたわたしは、圭太に学芸会で使ったという狼男の着ぐるみを見せられて――――今日のパーティー開催とあいなった。 

 だって、圭太のふわふわした灰色の毛に覆われた着ぐるみ、可愛いんだもん! 耳も尻尾もふわふわで、絶対圭太に似合うんだもん!! あれ着てわたしの作ったお菓子を食べる圭太、どうしても見たかったんだもん!! お母さんに相談したら、「是非、写メってね!」って言われたんだもん!

 ……でも、圭太が純を誘うことは予想していなかった。更に言うなら、純も仮装するとは思ってもいなかった。すごい嫌がりそうなのに……。

 まぁ、猫耳つけただけだから、仮装とはいえないかもしれないけど。男が猫耳つけても気持ち悪いだけだけど、このくらいの年齢の美少年がつけたら違うわね……。女の子がつけるのとは、また違った良さがあるって言うか……。奥が深いわ……。  

 

 黒猫な純と狼男な圭太、という眼福な構図を前に、とりあえずお母さんから頼まれていた写メを送ろうと、ケータイを取り出して構えた。

「圭太、純、ちょっといい?」

 きょとん、とわたしの方を向いた圭太。狼男なのに、口元についたクリームが可愛い!! ……と思ったわたしを冷めた目で見る、黒猫な純。「馬鹿だ……馬鹿がここにいる……」と、純の目がわたしを罵倒している。む、むかつくなぁっ……!!

 気を取り直して、わたしは優しい笑顔を作り、圭太と純に向かって「写真を撮っていい?」と尋ねた。

「お母さんが圭太の狼男、見たいって言ってたから」

「うん、いいよ!」

 にっこり笑顔の圭太。可愛い。ついでに、客観的に見たら、見た目だけは圭太よりも抜群に可愛い(でも中身がマイナス過ぎる)純も入れば、かなりいい画になるんじゃない? そう思って純を見ると、

「俺が撮ってあげるから、圭は真奈美ちゃんと一緒に写りなよ」

 天使のように輝かしい笑顔で、そんなことを言われた。……はぁ?

「いいの? 純」

「俺と一緒に写ってるのより、真奈美ちゃんと写ってる写真の方が、由里さんもいいだろ。俺、写真ってそんなに好きじゃないし」

 軽く肩をすくめると、純はイスから下りてわたしの方にやって来た。

「え、ちょ、ちょっと!」

「ほら、さっさと圭の横に行きなよ」

 そして、純はあろうことか、自分の頭につけていた猫耳のカチューシャをわたしの頭にがしっと取り付けて、わたしの手からケータイを取り上げた。

 ちょっと、猫耳なんて恥ずかしいもの、つけないでよ!! あんた一体、何考えてんの?!

 真っ赤になったわたしは、すぐに純に文句を言おうとしたんだけど、

「可愛いよ、真奈美ちゃん」

「真奈美姉ちゃん、可愛い!!」

 破壊力満点の2人の笑顔に、何も言えなくなってしまった。

 ……駄目だ。可愛さと笑顔のキラキラ度では、女子高生は小学生には勝てないわ……!! 何かが負けてる……!!

 純にぐいっと腕を引っ張られて、イスから立ち上がらされた。そのまま背中を押されて、わたしはよろけつつも圭太の横へと向かった。

 にこにこしている圭太を見ていると、まぁ、写メくらいはいいか、と思ってしまう。さっきまで純が座っていたイスに座って、圭太と肩を寄せ合い、2人でケータイについているカメラに向かって微笑みかける。

「はい、撮るよー」

 ピロリン、という間抜けな電子音がして、ほっとする。圭太と一緒に写メを撮るのは楽しいけど、猫耳は、なんていうか……恥ずかしい。早く純に返したい。

 純がわたしのケータイを持って、圭太の方にやって来た。今撮った画像を圭太に見せ、それからわたしにケータイを返した。

 画面の中には、肩を寄せ合って笑う狼男な圭太と猫耳をつけたわたしがいた。顔は全然似ていないけど、これを見たら、誰だってわたしと圭太のことを『家族』だって思うはずだわ。血は繋がっていないけど、わたしと圭太はもう、本当の姉弟だもの。 

 胸の中が温かくなる画像を見ていたら、不意に頭を撫でられた。

 な、何?

 顔を上げると、純がにっこり笑顔でわたしの頭を撫でていた。

「……何よ?」

「ん? ……真奈美ちゃんも、お姉ちゃんらしくなったなぁ、と思ってね」

 いい子いい子と頭を撫でられても、正直複雑だ。

 何なのよ、こいつは……。褒めてるのか、貶してるのか、よくわからないわ……。

 そのまま暫く頭を撫でられていたわたしは、圭太の一言で我に返った。

「純、その猫の耳、真奈美姉ちゃんにくれるの?」

「うん。真奈美ちゃんにあげる」

「ぇええっ?! い、いらないわよっ!!」

 な、何馬鹿なこと言ってるのよ! 猫耳なんて、持ってても使い道ないでしょうが!!

 慌てて頭から猫耳を外して、無理矢理純に押し付ける。「え~」という残念そうな圭太の声が聞こえたけど、気にしない。だって、日常生活の中で猫耳なんか使わないでしょ?! いらないってば、こんなの!

「真奈美姉ちゃん、似合ってたのに……」

「いいの! 別にいらないから! ……大体、どうしてあんた、猫耳なんか持ってるのよ?」

 わたしは半眼になって純を睨みつけた。圭太も純も、パーティー前までは普段着で、圭太の部屋で着替えてきたのだ。黒い毛の猫耳は、純の持参。……まさか、わざわざ買いに行ったとか? 

「まさか、俺がこんなもんをわざわざ買いに行ったとか、そんなふざけた事を考えてはないよね? 真奈美ちゃん」

 こ、心読まれたー!!

 動揺して引き攣ったわたしの顔を鼻で笑って見下すと、純は猫耳カチューシャを持ってくるくる回しながら、「これは姉ちゃんのだよ」と言った。

「昨日の夜、大量に荷物が送られてきてさ。その中に、これが入ってたの」

「……ってことは、それ、勝手にわたしが貰っていいものじゃないでしょう?」

 何、人様のものを勝手にわたしに押し付けようとしてんのよ、こいつは! 

 わたしの怒りを、純はあっさり受け流して、「だって、なんかさぁ……」と嫌そうに呟いた。

「姉ちゃん、どう考えてもコレを碌な使い方しない気がしてさぁ」

「……は?」

「母さんも兄ちゃんも同じ意見だったから、適当に処理していいって言ってたし」

「……処理?」

「なーんか、姉ちゃんの手製っぽい魔女の服一式と一緒に入ってたから……。不吉っていうか、ほっとくと悲惨な目に遭う人間が出そうって言うか……」

「……猫耳のせいで?」

「うん。猫耳のせいで」

 何よ、それ。意味分かんないわよ。

 というか、わたしは関係ないじゃない! そういうのは、家族間で解決しなさいよね!

 むっとしたわたしは、「とにかく、絶対にいらないからね!」と念を押して猫耳の受け取りを拒否した。使い道ないわよ、そんなもの。

 圭太の残念そうな溜息にはちょっと心がぐらついたけど、でも、いらないわ。わたし、人が仮装するのを見るのはいいけど、自分がするのは嫌なのよね。

 純は少し考えるようにして、それから猫耳を再び自分の頭に取り付けた。「あげるって言ってんだから、大人しく貰っておけばいいのに」などという失礼な呟きが聞こえたけど、気にしない! どうしてこいつは、こうも偉そうなのよ?!


「でも、残念だなぁ」

 純はわたしにだけ聞こえる音量で、そっと囁いた。


「黒猫な真奈美ちゃん、飼育したかったのに。俺が飼い主なら、すっごく可愛がってお世話してあげるのに」


 ……………………し、飼育? お世話? か、可愛がる?

 どういう意味よそれ。なんなのよそのキラッキラした笑顔は。 

 …………どうしてわたしの心臓は、こんなにドキドキバクバク言ってるのよ?! 今の発言をした相手は物凄い美少年だけど、まだ小学生だから!! ここは真っ赤になるところじゃなくて、怒るところだから!!

 

 真っ赤になって絶句するわたしを不思議そうに見る狼男な圭太、面白そうにわたしを眺める黒猫な純。

 わたしは思った。

 …………純みたいな黒猫を飼うくらいなら、たとえ肉食であっても、わたしは圭太みたいな狼を飼う方を選ぶ!! でないと、心臓がもたない!!

 

 天気のいい10月最後の日、わたしの内心の滅茶苦茶な叫びにツッコミを入れてくれる人間は、この家には誰もいなかった。




*************

  ☆木崎梓&木崎要編☆ 

*************

 

「Trick or Treat」

 

 背後からそっと耳元で囁かれた言葉に、わたしは思わず、その場に崩れ落ちた。

 刃物のような鋭さのある、それでいて甘くて耳心地のいいバリトンによる、奇襲だった。

 こ、腰にきた……!! 背筋がぞわぞわする……!!

 涙目になって顔をあげると、夫がにこやかな顔でわたしを見下ろしていた。


「か、要……」

「ただいま、梓」

 あんた一体、いつの間に帰って来たの?! 当分、帰ってこないんじゃなかったの?!

 奇襲によるショックで半泣きになりつつ、わたしは殺意すら抱ける美しい夫に対して、知り合って以来常々口にしているにも関わらず、いっこうに守られた試しのない注意をした。

「気配を消して、背後から、急に話しかけるな!!」

「これ、職業病だから。癖なんだよね。いい加減、諦めて?」

 嘘つけ!! 貴様、絶対にわざとやってるだろうが!! 

 睨みつけるわたしを、夫は優しい笑顔で見つめる。

 不吉だ。

 不吉すぎる笑顔だ。

 何か、危険だ。逃げた方がいい気がする。

 わたしはへたり込んだまま、それでもジリジリと後ずさりしつつ、夫に向かって声をかけた。

「な、何で急に帰ってきたの……?」 

「仕事がひと段落ついたからね。ああでも、明日の朝には、またすぐに日本を発つよ。今度は1か月くらいかかるかなぁ」

「明奈はもう飛行機に乗ってるけど……」

「アレの担当とは別口なんだよ。――ところで、梓」

「な、何……?」

 とん、と背中にあたる、柔らかい感触。しまった、出口じゃなくて行き止まりの方向に後退していた!!

「今日は、10月31日だよね」

「う、うん……?」

「ハロウィンだよね」

「そ、そうね」

 明奈が昨日の夜、大量に荷物を送りつけてきたからね……。

 あの子、魔女の仮装、確かに似合ってたけど……。どうして行きにはあった猫耳が帰りにはなかったんだろう。まさか、和之君にあげたとか? そんな意味不明な真似……しそうだな、明奈は。猫耳をつけた和之君を見て、嬉しそうに「可愛い」とか言いそうだ。和之君……ごめんね、止められなくて……。


 ――――待て。ハロウィンだと?


 わたしは恐る恐る、壁にかかっている時計の時刻を確認した。

 現在、午後11時24分。

 まだギリギリ、10月31日ではある。

 ……して、夫は最初、わたしに何と囁きかけてきた?

 何か、恐ろしい単語の羅列だった気がする。

 そう、確か――――


「さて、梓。梓がお菓子をくれないから、僕は君に悪戯しないとね」


 いーやーだー!! こっちに来るな馬鹿ー!!


   

 10月31日、午後11時30分。

 寝室にて、わたしはソファに座り、ほっと安堵していた。なんとか夫からの悪戯を回避できたからだ。

 危うくベッドの側まで後退していたものの、サイドテーブルの上に置きっ放しにしていたお菓子を、夫の手に押し付けたのだ。

 これが貰い物のお菓子だったり既製品だったりしたなら、夫が受け取らない可能性があった。しかし幸いなことに、このお菓子はわたしが作ったものだった。大人しく受け取った夫は、残念そうにしつつも悪戯を諦めてくれた。よかった……!! 神はわたしを見捨てていなかった……!!


「ふぅん……。梓がこんなものを作るの、珍しいねぇ」

 わたしの右隣に座った夫が片手で摘み上げている『こんなもの』とは、すなわち、チョコレート。

 市販のものを溶かして型に流し込んで、ついでに好みのトッピングをぶち込んで固めただけの、安易なお菓子だ。

 『手作り』などとは呼べないような代物だが、構いやしない。どうせ食べるのはわたしと純くらいだ。優吾は、チョコレートがあまり好きじゃないから。  

「スーパーの福引で当たっちゃったの。新製品の板チョコばっかり、30枚。まさか板チョコをお裾分けするわけにもいかないじゃない?」

 だから、さっさと纏めて消費しようと思ったのだ。板チョコだけを置いていても、我が家の子どもたちは食べてくれない。

 まったく、どうしてあのスーパーは福引の景品に板チョコとか用意しているんだ。しかも3等がそれとか、おかしいだろう。わたしは4等のティッシュ箱6箱組みを狙っていたのに……!! 新製品だかなんだか知らないが、一口齧ってみたけど他のメーカーのチョコとの違いなぞ、わたしには全然わからなかった。どこがどう違うんだか。

「へぇ。……でも、夜にチョコレートを食べるのは、肌に悪いんじゃなかったっけ?」

 そんなことを言いながら、夫は口の中に1つ、チョコレートを放り込む。にっこり笑って「美味しいよ」と言ってくれるこの夫は、優しいのか、何なのか。わたしは別に、トッピング以外に味に手は加えていないのだが。美味しいのなら、それは多分、材料の板チョコが美味しいのだ。

「しかも、ワインなんか開けて。どうしたの? 眠れない?」

 目敏い夫は、サイドテーブルに置かれた飲みかけのワインを横目で見る。

 ……わたしが偶々チョコレートをつまみにワインを一杯やっていただけで、何をそんなに気にする必要があるのか。奴の考えはよくわからん。

「別に、特に理由はないけど……。なんとなく、飲みたくなっただけ」

 夜中にチョコレートを食べてニキビが出来ようが、関係ない。無性にアルコールと甘いものが欲しくなるときもあるのだ。

 これといった理由はないので、夫にそう伝えると、奴は「ふぅん」と納得したのかしていないのか、よく分からない反応を返してきた。なんなんだ、一体。


 しかし、まさか夫が帰ってくるとは……。明奈もそうだが、何で今回に限って、2人とも事前に連絡を入れてくれないんだ。わたしは心底、驚いたのに。心の準備くらい、させてくれ。

 小さなガラスの皿に載せられた6個のチョコレートを、1つ摘んでは口に入れている夫を見やる。 

 仕事や長距離の移動の疲れが全く見えない、憎らしいほどに整った横顔。わたしは夫が疲れている姿というものを、未だに見たことがない。

 夫はいつも、マイペースだ。堂々としていて、何も恐れていないように見える。

 そんな夫が完璧な人間なのかといえば、人として大切な何か――常識とか良識とかを完全に無視している点で、まるで駄目なのだが……どうなのだろう。

 『完璧な人間』とは、何をもって『完璧』と言うのだろうか。

 ロボットではあるまいし、『完璧』という言葉が当てはまる人間など、果たして存在しているのだろうか。評価をするのが人間であるのなら、好き嫌いというのは誰にでもあるのだし、誰かにとって『完璧』な存在であっても、それと同じ人物が別の誰かにとっては『完璧』ではないかもしれない。

 ならば、『完璧な人間』なんて、どこにもいないのではないだろうか。 

 1人の人間の頭の中という、狭い世界の中の限られた範囲内――――小さな箱庭の中にしか、存在しないのではないだろうか。

 夫はわたしからすれば、全くもって完璧ではないが、別の誰かからすれば完璧な存在なのかもしれない。


 『誰かに好かれるということは、別の誰かに嫌われるということだ』――――かつて、そんなことを言われたことがある。その人に好かれるから別の人に嫌われる、という意味ではなく、誰かが自分を好きになる理由と同じ理由で、別の誰かが自分を嫌うこともあるのだと、そう言われた。

 同じ価値観を共有することができる人間というのはごく僅かで、皆で同じ物を見て、その評価が分かれるのは当然のことなのだそうだ。それは不条理なことではなく、自我をもって生きる人間の集まりであれば、当たり前のことらしい。

 だから、双方向の愛情というのは大切で素晴らしいものなのだと、そう教えられた。愛を秤にかけることも、その性質を判断することも難しいが、たくさんの人間がひしめく中で、偶々出会った2人が互いに愛し合うのは、とても尊いことだそうだ。

 まぁ、確かにそうなのだろう。それは、納得できる。

 …………しかし、最後に『だから、いい加減諦めて素直になって、木崎と結婚しちゃえば? あれだけアンタのことを、好き好き言ってくれてるんだから』と言われたことは、記憶の彼方に無理矢理追いやった。割といい話をしてくれていたはずなのに、どうして締めがあの台詞だったのだろう。

 

 型に流し込んで固めたはずなのに、何故か歪な形のチョコレートを摘んでは口に入れている夫。

 奴の空いている左手を、そっと右手で握り締めてみる。夫は元々体温が低いので、触った瞬間に掌がヒヤリとした。

 不思議そうにわたしを見てきた夫を無視して、そのまま奴の肩にもたれかかる。

 ――夫が指摘した「眠れない」というのは、あながち間違いではないのかもしれない。 

 昔は夫にはなるべく家にいて欲しくなかったのだが(色々な意味で、子どもに悪影響が出そうだったから)、最近は少しだけ、夫がいないことが寂しい…………ような気も、僅かながら、しないでもない。 

 でも、夫はなんだかんだ言って、いつも堂々としている。長期の仕事が終わったあと、久しぶりに家に帰ってきたときも、夫はいつも変わらない。

 だから時々、わたしって必要なのかな、と思う。およそ弱点が見当たらない夫にとって、わたしは何なのかな、と思ってしまうのだ。

 まぁ、多分「妻だよ」などと答えられる気がするので、敢えて夫にそのことを尋ねたりはしないが。

 ……年月を重ねた分、分かるようになったことと、分からなくなったことがある。

 何でも分かり合える夫婦というのは理想だが、わたしと夫には、恐らく永遠に当てはまらないだろう。

 夫が本当に人間なのかどうか、子どもを3人産んだ現在ですら疑問なのだ。奴の考えなど、理解できないことの方が多い。

 しかし、昔は夫の帰りなど待っていなかったはずなのに、今のわたしは夫の帰りを…………待っているような、いないような。

 微妙だが、隣に夫がいてくれるのは嬉しい……気がする。

 昔と変わらず、夫のことはわたしなりに愛しているし、世界で1番好きなのだが、これは愛情が深まったのか、それとも単に、わたしが弱くなっただけなのか。

 わたしに疲れを見せてくれない夫を、少しだけ――ほんの少しだけ、寂しく思う。

 昔は、こんなことはなかったのになぁ。


「梓? 眠いの?」

 肩にもたれかかったまま目を閉じたわたしに、夫が優しく声をかける。

 いい声だ。わたしの大好きな声。

 答えないでいると、夫が苦笑する気配がした。

「……僕の方が、梓に悪戯された気分だなぁ」

 なんだ、それ。どういう意味だ。

 内心むっとしつつも表情を変えないでいると、額に冷たい感触がした。

 夫の唇が、そっと触れた感触だった。


「もっと、甘えていいから」


 わたしの耳元で、夫が小さく囁いた。

 優しくて、嬉しそうな口調だった。


 偶にこうやって甘えられるのも、不意打ちみたいで楽しいけどね――と言う夫に、あぁ、こいつはそう言えばこういう変態だったなぁ、と思った。

 昔から、わたしのことを甘やかすのが好きな奴だった。わたしに頼られるのも、甘えられるのも好きな様子だった。

 ……そのために、わたしを精神的に追い詰めることも……何回もあったな。わたしが泣こうが喚こうが、嬉しそうにしていたし。駄目だ、客観的に考えたらこの夫、最低の変態じゃないか。

 ……その最低の変態の夫に甘やかされるのが好きなわたしって、実は物凄く駄目人間なんじゃ……。

    

 そうは思ったが、まぁ、自分の気持ちを取り繕っても仕方がない。

 わたしは夫の心地いい体温を感じながら、そのまま眠ることにした。

 明日の朝、目が覚めて夫が隣にいなくても、今夜の温もりがあれば大丈夫だろう。

 

 そう思って、夫がわたしの髪の毛を優しく撫でるのを感じながら、わたしは穏やかな気持ちで眠りに落ちたのだった。


 季節モノ、ハロウィン編終了です。ハロウィンになってないハロウィンものですね。すみません。

 真奈美&純&圭太⇒真奈美、着実にブラコン化。

          圭太に彼女とかできたら、すごいことになりそうです。

          純は……嫌な小学生ですね。猫耳は、純たちの危惧通りの使い方をされました。


 梓&要⇒ハロウィン関係ねぇ!! ……すみません。

     旦那様の悪戯は、奥様にとって生き地獄なので、何とか回避しました。

     相思相愛夫婦です。           

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