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旦那様の微笑み~形に残るもの~

「父さんと母さんって、なんで結婚したの?」


 可愛い可愛い次男坊の質問に、僕は笑顔で答えた。


「勿論、愛し合ってるからだよ」

「嘘だ! それはあり得ない!! 明らかに父さんからの一方通行の愛しかないだろ!!」 

 

 失礼な。なんでそんなに必死な表情で断言するのかな、この子は。



 僕の愛息子のひとりである次男坊の純は、3人の子どもたちの中で1番妻に似ている。性格とか、話し方とかが。

 だからついつい構ってしまうのだけれど、やっぱり純は男の子だ。成長するに従って、妻のような反応をしてくれなくなった。まぁ、それでも上2人よりは可愛い反応をしてくれるから、僕はこの子を1番構っているのだけれど。

  

「やっぱ母さんに聞かないと駄目か……。でも、母さんに結婚の話聞くと、いっつも挙動不審になるからなぁ」

「照れ屋さんなんだよ、梓は」

「うっさいこの馬鹿一目見りゃ違うのが分かるだろうが。父さん、あんた目が腐ってんのか?」

 口の悪い子だなぁ。何でこんな風に育ったんだろう。

 やっぱり、父親である僕が仕事にかまけてばかりで、ちゃんと可愛がってあげられなかったのが原因かな。

「……何考えてるのかは知らないけど、父さんが今考えてることは多分、間違ってるから」

 引き攣った顔の純にそんなことを言われてしまった。相変わらず、内心を見抜くのが上手い子だ。


「それで? いきなり結婚について聞いてくるなんて、どうしたの?」

「……分からないのなら、いいよ。別に」

「ふうん。そういえば、君の友達の十河圭太君、来月にはめでたく『遠野』圭太君になるんだってね?親御さんはお互い再婚になるけど、式は挙げるのかな?」

「………………父さんのそういうところ、すっごい性格悪いと思う」

「酷いなぁ」

 むっとしたように睨んでくる純に、笑顔を返す。心の底から鬱陶しそうな顔をされてしまった。

 仲の良い友達から内輪だけの結婚式に特別に招待されて嬉しがるなんて、可愛いじゃないか。それで自分の両親の結婚についての話を聞きたがるところも、発想が単純で本当に可愛い。口は悪いが、性格は素直な良い子だ。

「……今、俺のこと馬鹿にしただろ」

「え? してないよ? 僕が純を馬鹿にするはずないじゃないか」

「…………あ、そう」

 疲れきったような溜息をついて、純が僕から視線を逸らした。どうしたのだろうか。

 やっぱり、だんだん成長するにつれて、子どもは親に対して冷たくなっていくものなのかな。純の反応が以前よりも冷たくなった気がする。でも、妻には懐いているのになぁ。これは母親と父親の差なのか、それとも、僕が仕事であまり家にいないせいなのか。

 ……今度、あいつらに言って長期休暇でも取るか。

「父さん、ちゃんと仕事しろよ。間違っても長期休暇なんか取るなよ? 俺と母さんの平穏……じゃなくて、家族のためにしっかり金稼いでこいよ! 父さんはうちの大黒柱なんだからな」

 素晴らしいタイミングで純が慌てて僕の方を向いて、釘を刺してきた。鋭い子だ。子どもをだしにして仕事をサボろうとした父親に気がつくとは。

 

「……あのさ、父さん。真面目な話、何で母さんと結婚したの? それに、父さんたちってちゃんと結婚式を挙げたの? 何でうちには、父さんと母さんの結婚式の写真が1枚もないんだよ」

 訝しげな顔をしてそう尋ねてきた純に、僕は少し困ってしまった。

 僕と妻がどうして結婚したのかというと、それはお互いに愛し合っているから、としか言いようがないのだけれど。何でか純はそれを必死に否定するしなぁ。純はまだ小さいから、人を愛する、ということがよくわからないのかもしれない。

 結婚式だって、ちゃんとしたものを教会で挙げたんだけど。ただ、写真を撮ることができる状況ではなかったから、写真が1枚もないだけで。妻の可愛らしいウェディングドレス姿は、きちんと僕の記憶に焼き付いているのだけれど。

 やっぱり、結婚式の写真が1枚もないのは、不自然なのかな。

 でも、あのときあれ以上教会にいたら、絶対に爆破に巻き込まれていたからなぁ。

 僕はせめて1枚くらいは妻と写真を撮ろうとしたのだけれど、当の妻本人が「死ぬ!! これもう死ぬ!! もうやだこんな結婚式あり得ない!! っていうか結婚式って何?! 何でわたしは今結婚式を挙げてるの?! そもそもここは何処の国よ?! 何でわたしは今ウェディングドレスなんか着てるの?! ああもう、時間よ戻れぇー!!」などと嬉しさのあまり壊れかけていたため、仕方なしに彼女を抱えて教会から退避したのだ。でも、そういう複雑な事情を説明して、果たして純が納得してくれるだろうか。


 困ってしまった僕の顔を見て、純はとても冷たい目をした。なんで僕を責めるような顔をするのかな、この子は。

「まぁ、事情を話せば長くなるんだけれどね」

「ならいい」

 何で? 自分から聞いてきたのに。

「……よく考えたら、母さんと父さんが結婚してるのは事実なんだから、結婚の動機なんて些細なもん、別にどうでもいいよな。それに、普通は花婿側よりも花嫁側の方が結婚式には思い入れがありそうなのに、母さんがあんなに結婚式を思い出したくなさそうってことは、ろくな式じゃなかったんだろ。写真が1枚も撮れないくらい、慌しかったとか」

 おや、鋭い。

 でも、式自体は本当に立派なものだったんだけどなぁ。

「つーか、母さんが言い淀むのは仕方がないとして、父さんが上手く説明できない結婚式って、どんだけ悲惨な式だったんだよ。逆に知りたくなくなったよ。知ったら俺、凄い後悔しそう」

 失礼な。


 疲れきった顔の純を眺めつつ、僕はふむ、と考え込んだ。

 確かに、慌しい結婚式ではあった。そもそも結婚自体、ギリギリまで妻の親は許してくれなかったし。おかげで今でも妻の実家とは疎遠になってしまっている。このことは、妻と子どもたちには申し訳ないと思っているのだ。

 でも、あの人、最初に僕が妻と結婚したいって言ったときは笑って許可してくれたのに、なんで10年近く経ってから再度結婚の許可を貰いに行ったら、あんなに反対したんだろう。今でも妻とはごく偶に手紙で連絡を取り合っているくせに、僕とは会っても絶対に会話すらしてくれない。

 まぁ、便利な『道具』だった存在に、愛娘を取られたとでも思っているんだろうな。それにあの人、どうも最初は僕のことを女だと思っていたようだしなぁ。ああ、でも、妻も最初は勘違いしていたな。初めて会ったとき、僕のことを『お姉さん』って呼んでいたし。まぁ、あの頃は自分が男でも女でも、別にどっちでも良かったから気にはしていなかったんだけど。

 うーん。妻はあんまりロマンチストではないにしろ、それなりには結婚式に色々と夢と希望を持っていたのかもしれない。

 当時は結婚願望なんて欠片もなさそうだったから気にしなかったものの、よく考えたら、彼女の希望をあまり聞かなかった気がする。申し訳ないことをしたなぁ。一生に1度きりのものなのに、写真が1枚もないのは、確かに不自然、というよりも妻がかわいそうかもしれない。

 ……もう1回、結婚式、挙げ直そうかな? 今度はちゃんと、妻の希望を聞いて。別に式は1回しか挙げてはいけない、なんて決まりはないんだし。ふむ。


「……父さん、また、何かろくでもないこと企んでるだろ」

「ええ? どうしてそうなるのかな。ただ、もう1回くらい結婚式を挙げ直してもいいかなぁ、と思っただけだよ」

「……別に止めはしないけど。母さんにまず許可を貰ってから行動しろよ、それ」

 父さんが1人で行動したら、恐ろしいことになる……などと酷いことを言う純の頭を撫でてやりながら、どうしてこの子はこんなにお母さんっ子になってしまったのだろうか、と考える。

 マザー・コンプレックス――通称マザコン、などという極端なものではないし、別に「僕は将来お母さんをお嫁にする!」などと、思わず生きたまま瓶詰めにして地中深くに埋めてしまいたくなるような戯言を言う子ではないんだけれど。

 こんなにも僕に冷たくて、妻に優しいのは何故だろう。いや、理由もなく純が妻に冷たくしたら怒るけど。でもなぁ。


「……父さんが今、何を考えているのか、なんとなく分かる気がする」

 大人しく頭を撫でられたまま、純が僕を見上げて、冷たい表情で言ってきた。

 昔は泣き喚いて僕から逃げていたのに、最近では上手くあしらわれている気がして、父親としては子どもの成長が嬉しい反面、何だか少し寂しくもある。

「ふうん。何を考えていると思う?」

「どうせ、俺が父さんより母さんに優しいのは何でだろう、とか考えてるんだろう」

 おや。さすがは、純。よく分かっている。

「……理由、教えてやろうか?」

 純は冷たい目をしたまま、そんなことを言ってきた。

「うん。知りたいな」

「……なんで父さんが分かってくれないのか、俺にはそっちの方が分からないんだけどね?」

 いったん口をつぐんで目を閉じた純は、次の瞬間、カッと目を見開いて、いきなり僕に掴みかかってきた。こらこら。


「あのなぁ! 母さんは、俺をこんな謎の部屋に閉じ込めたりしないの!! まともなの!! あんたよか優しくしたくもなるっての!! ここ、何処なんだよ?! 朝だと思って目が覚めたら、全然見覚えのない真っ暗な場所に寝巻き姿で転がってた俺の気持ちが分かるか?! どうせ分からないんだろうが、この馬鹿親父!!」

「ああ、なんだ。純、やっぱり怖かったの? 悲鳴もあげないから、てっきり平気なのかと」

「悲鳴をあげなかったんじゃなくてあげられなかったんだよ!! 絶句してたの!! 驚きすぎて声もあげられなかったの!! それくらい分かれよ、馬鹿!!」

「そうなの? それにしてはやけに冷静に部屋を調べてたから」

「十分混乱してたよ!! パニックだったっての!! 俺は姉ちゃんや兄ちゃんじゃないんだから、夜目は利かないんだよ!! 目が慣れるまで全然何も見えなくて困ったんだよ!! つーか今でもぼんやりとしか認識できてないんだよ!!」

「そうなの? でも、ここには危険なものは何もないから、大丈夫だよ」

「あんたの大丈夫は一般的に言って十分危険なんだよ!! あてになるか!!」

「本当に大丈夫なんだって。

 それに、純をびっくりさせようと思って気配を殺して目が覚めるのを待って、それから背後から近づいて声をかけたのに、純、全然驚かなかったじゃないか。むしろ、第一声が悲鳴でもなく朝の挨拶でもなく、『父さんと母さんって、なんで結婚したの?』だった僕の方がびっくりしたよ。そんなに十河圭太君に心を奪われてるの?」

「気持ち悪い言い方するな、この変態が!! 確かに圭には結婚式に招待されたけど、それよりあんたの顔を見た瞬間に、俺みたいな小学生をこんな場所に放り込んで様子を伺うような根性悪の鬼畜外道な男と、あんな常識的な母さんが何で結婚したのか疑問に思ったんだよ!! ついでにあんたと俺が血が繋がっていることが、本気で信じられないんだよ!! 今日、平日だぞ?! 俺、普通に学校あるんだぞ?!」

「あ、それは大丈夫。病欠の電話、学校に入れておいたから」

「てめぇ義務教育舐めてんじゃねぇー!!」

「ちなみに今、朝の10時半ね。純、よく寝てたねぇ。ちょっと薬に対する耐性、つけた方がいいね。駄目だよ、僕の作った料理とかお菓子とか僕が淹れたお茶とか、油断して飲み食いしたら」

「息子に薬盛ってんじゃねぇよ!! というか、父親の作ったものを安心して口にできない家庭って何なんだよ!!」

「とても温かい家庭だよね」

「てめぇ1回地獄に堕ちろ!! むしろ宇宙人にでも浚われろ!! それで頭かち割って脳みそを宇宙人のものと交換してもらえ!! 今のてめぇの脳みそより宇宙人の脳みその方がよっぽどまともだよ!!」

「酷いなぁ。ほらほら、落ち着いて。宇宙人なんて何処にもいないからね。いい子、いい子」

「この状況で落ち着いてられる奴は姉ちゃんと兄ちゃんくらいだよ!! それに、てめぇみたいな非常識な人間がいるくらいなら宇宙人くらいいるはずだろうが!! 大体、母さんはなんでてめぇを止めなかったんだよ!!」

「こらこら、お父さんのことを『てめぇ』なんて呼ばないの。まだ『あんた』の方がましだよ。

 ……梓は、朝、起きれなかったんだよ」

 

 子犬のように可愛らしくきゃんきゃん喚く純を宥める。よしよし、ちょっと落ち着いてきたね。


「……母さんに、なんかした?」

「別に、何も? 疲れてたみたいだよ」

 まぁ、僕が疲れさせたんだけど。

 でも、特別なことは何もしなかったしな。妻は元から、僕より全然、体力ないからね。

「……………………」

「本当だって。疑いの目で見ないでよ。僕が梓に薬を盛るわけないじゃないか」

「息子には盛るくせに……」

「僕の血を引いてるから大丈夫だよ。あ、ちなみに、僕が純を抱えて家を出るのを止めなかったのは優吾だからね? 『一緒に行く?』って聞いたら、無言で目を逸らされてしまって」

「兄ちゃんの薄情者ー!! せめて俺か母さんを起こせよー!!」

「アレは昨日、義之君と和之君の家に泊まってたしね。義之君、アレみたいな娘でも息子の嫁にぜひって言ってくれるんだから、いい人だよね。和之君もいい子だし」

「姉ちゃんのアホー!! もうさっさと嫁に行っちまえー!!」 

「ほらほら、純、落ち着いて。いい子、いい子」

 

 また興奮してしまった。困ったな、いつもは姉と兄の悪口なんて言わない子なのに。

 

 とりあえず適当に宥めながら純の頭を撫でまくっていたら、純もだんだんと落ち着いてきた。

 叫びすぎて肩でぜーはー言っている純は、疲れたような顔で僕から視線を逸らしたまま、「それで?」と聞いてきた。

「結局ここ、何処なの?」

「地下室だよ。家からはちょっと離れた所にある街の、普通のビルの地下8階の一室」

「普通のビルに地下8階なんて存在しねぇよ!! 空調管理とかどうなってんだよ!! 意味分かんないっての!!」

「まぁまぁ、落ち着いて。そういう細かい設備については、後で説明してあげるから。とりあえず、純にはここにある『鍵』を外してもらいたくてね。それで、連れてきたんだ」

 喚く純の手を取って、部屋の東側の壁の方へ連れて行く。僕は別に灯りなんて必要ないのだけれど、純には必要なようだからポケットからペンライトを取り出して、スイッチを入れて純に『鍵』を見せてやる。純は軽く目を見開いて、それから怪訝そうな顔をして僕を見上げた。

「……これが、『鍵』? 俺には普通のノートパソコンに見えるんだけど。父さんが俺に頼むってことは、違うんだろ?」

 賢い子だな。いい子、いい子。

 僕は壁際の床に無造作に置かれている、一見普通のノートパソコンを開き、電源を入れた。

 パソコンもどきのモニター部分には通常の起動画面ではなく、真っ白い空間がただ広がっている。

「……何かに繋がってるの? これ」

「うん。無線だけどね。他に8個の『鍵』があって、それは全部僕が外した。でも、これは僕では外せないようになってるんだよ」

「父さんでも無理なの?」

「僕≪でも≫無理なんじゃなくて、僕≪では≫無理なんだよ。だから、純に頼むんだ。これ、外してくれないかな?」 

 僕の言葉に、純は少しだけ目を細めて僕を見つめた。

 ああ、この顔。純のこういう顔は、本当に妻にそっくりだ。

 妻は僕のことをいつも否定するくせに、それでもいつだって、僕を見極めようとする。

「……わかった。ちょっと、時間がかかるかもしれないけど」

「いいよ。待ってるから」

 電源以外には全部で60個しかない正方形の無印のキーを、床に座り込んだ純がリズミカルに叩く。画面に映る真っ白な空間には、たくさんの平仮名と数字の羅列が螺旋状にびっしりと並び、点滅しては消えていく。


 黙々と作業をしながら、純が突然ぼそりと呟いた。

「父さんって、俺と母さんに、嘘ついたことある?」

 僕は少しだけ驚いて、『鍵』を外すのに専念しているはずの純の背中を見つめた。

 突然、どうしたんだろう。

「純にも梓にも、嘘なんてついたことないけど?」

 当たり前じゃないか。


「……じゃあ、俺と母さんに黙ってることは?」


 僕は、キーを一定のリズムで叩き続ける純の、小さな背中を見つめた。

 子どもたちの中で、1番妻に似ている子ども。1番、僕の血が薄い子ども。

 鋭い子ではあるけれど、それはいいことなのか、悪いことなのか。

 優吾は体質だから仕方がないとはいえ、純はなぁ。


「そうだねぇ。梓や純から直接聞かれない限り、話すつもりがないことは、いくつかあるけどね」

 一応、正直に答えておく。

 僕は基本的に、嘘はつかない。ばれたとき、嫌われてしまうのが怖いから。

「ふうん。……母さんと俺が何かを『誤解』してても、俺たちが父さんに確かめない限りは、父さんはその『誤解』を『真実』のままにしておくんだ?」


 卑怯者。


 そう言われた気がした。

 本当に口が悪い子だ、と思わず苦笑する。でも、素直な良い子だ。自分と母親のことではなく、僕のことを心配してそう言ってくれている。純はともかく、確かにいくつかの事実については、黙っていたことが妻にばれたら、離婚される恐れがあるからねぇ。

 でも、僕からは言わないよ。ごめんね、純。『誤解』のままの方が、いいこともあるんだよ。

 例えば、妻が初めて僕に会ったときのこととか、ね。

「……まぁ、いいけどさ。何にしろ、父さんが変態鬼畜外道ろくでなしの最低男なのは変わらないし」

「酷いよ、純」

 優しさの欠片もない評価だ。

 どうしてそこまで僕に冷たく出来るんだろう、この子は。こんなに可愛がっているのに。


 それから20分ほどかかって、突然ピーッという電子音がして、画面が真っ暗になった。

 純はいつもと変わらない表情で僕の方を向いて、「多分、外れたと思う」と言った。

 僕は上着のポケットに仕舞い込んでいた、金属製の小さなケースを取り出した。切れ目が全くない、ただの直方体だったそれを軽く振ると、上部の平面部分が音もなく外れて、中から奇妙な形にひしゃげてしまった銀色の金属片が出てきた。

「……何、それ?」

 不思議そうな純に、にっこりと笑顔を返す。途端に心底嫌そうな顔をされた。

 おかしいな……。この子はなんで、僕が笑いかけただけで嫌がるんだろう。 

「これはね、思い出の品なんだよ」

 銀色だが、銀で出来ているわけではない。元々はサイコロ状の物体だったものの一部だ。

 本当は僕がずっと持っているつもりだったのに、以前、手癖の悪いネズミに取られてしまったのだ。慌てて取り返したのはいいんだけれど、その時には既に、こんな面倒な『鍵』をかけられてしまっていた。 

「何の思い出なの?」

「僕と梓が初めて会ったときの思い出。でも、梓には内緒だよ」

 優しく言うと、純は一瞬だけ嫌そうな顔をして、それでも素直に頷いてくれた。よしよし。


「……母さん、ほんとに、なんでこんな変態鬼畜外道ろくでなしの最低最悪非常識男と結婚したんだか」

 あれ。なんか僕の悪口、さっきより増えてない?

「大体、なんでいきなり、俺にこんなことさせるんだよ。ちゃんと説明してくれたら、俺だって素直に手伝うよ。まだ幼い息子に薬を盛って眠ってる間に拉致して謎の部屋に放り込んだりするから、人間として全然駄目なんだよ、父さんは」

「だって、そっちの方が面白そうだったし」

「息子で遊ぶんじゃねぇよ!! この馬鹿親父!!」

「ああもう、怒らない、怒らない。ほら、そろそろ帰るよ。でないと、すぐに面倒くさいのがここに来るからね」

 というか、今、この部屋に何体か向かって来てるな。面倒なのが。

「……聞きたくないけど、一応聞いとく。それ、人間?」

 残念。人間がよかったのか、純は。

「いや、犬だね。一般的な大型犬より少し大きくて、かなり賢くて、とっても獰猛な奴」

 見た目、ちょっと化け物みたいな犬だ。あんまり可愛くない。

「俺みたいな無力な小学生をそういう危険なのがいる場所に連れてくるなよ!!」

「だって、ねぇ。ここに『鍵』があったからさ」

「だってとか言うな、いい年したおっさんが!! とっとと家に連れて帰れ!! 大体、俺まだ寝巻き姿でおまけに裸足だろうが!!」

「ごめんよー。そんなに怒らないで。じゃあ、行くよ」

 純を右腕で抱えあげると、これ以上ないというくらい嫌そうな顔をされた。

 無言だったが、純は目で「変態に抱き上げられてしまった……。何という屈辱」と言っていた。酷い。

 上着のポケットに思い出の品をそっと仕舞い、『鍵』だったパソコンもどきを蹴り潰して、さっさと部屋を出る。

 部屋の中と同程度の暗さの地下通路を見て、純が「何も見えない……」と小さく溜息をついたのがわかった。そうか、純には見えないのか。よしよし、それは好都合。実はあんまり綺麗じゃないんだよね、ここ。臭いはしないけど、色々と青少年の健やかな成長には相応しくないモノが、壁に沿って多数展示されているのだ。


 足音を立てずにさっさか歩きながらも、下の階から全部で15体の犬が来るのが分かった。

 歩みを止めずに、僕はとりあえず、今の時点での最大の懸案事項について、純に伺いを立ててみた。

「ねぇ、純」

「なんだよ、最低親父」

 酷い。『馬鹿親父』の方が言い方がましに思えるのは何故だろう。

「もう1回結婚式を挙げるとしたら、梓には白無垢がいいと思う? それとも、やっぱりウェディングドレス? 梓の衣装で神前か教会かが決まるんだけど」

「…………母さん、どっちも本気で嫌がると思う。『この年で、しかも子持ちで今更そんなもん着れるか』とか言いそう」

「そうかな?」

「そうだよ……」

 本気でもう1回式挙げる気かよ……と力なく呟く純に、僕は頷いた。

 最初の結婚式も十分立派で印象深い式ではあったんだけど、やはり何か、形に残る思い出がほしい。

 妻が頷いてくれれば、すぐにでも準備しよう。今度は最初の時のように海外ではなく、国内での式がいいかな。 

 内輪で盛り上がるだけの、些細なものでいい。最初の式のときのように、爆破とか崩壊とか大乱闘とかが起きたら、それはそれで思い出深くはなるけれど、また写真が撮れなかったら困る。そういえば結婚後、妻は感激のあまり1週間ほど放心状態だったしなぁ。

 妻の誕生日は勿論、結婚記念日にも絶対に仕事を入れない僕だけれど、次の結婚記念日に長期休暇をとって、もう1度式を挙げ直すのもいいかもしれない。


 僕は妻の喜ぶ顔が大好きだが、彼女の迷惑そうな顔も絶望した顔も大好きだ。

 『もう1回結婚式を挙げたくないかい?』という僕の言葉を聞いた瞬間の、妻の引き攣った顔を見ること。そして、その後の彼女の絶叫やパニック状態を見ること。

 それが実は、1番の楽しみだったりする。

 でも、さすがにこれは純には内緒だ。知られてしまったら、また貶されてしまうから。

 僕は微笑んで、あまり可愛くない犬共に追いつかれないように走り出した。 

 

 木崎家の旦那様はこんな人です。考え方は割と普通の人です。

 彼が言っていた『義之君』とは、明奈の恋人・和之の父親で木崎家夫婦の友人です。明奈は三条家にお泊り(超健全)する際には、家事を完璧にこなして感謝されています。

 純は父親といると年相応の常識人です。事なかれ主義の優吾はこの後1週間、弟に無視され続けました。

 

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