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温もりの記憶(中編)

***********************************


 ――≪エリン≫、いたか?!

 ――いや、いない。奴は何処に行ったんだ?

 ――クソッ、逃がした!女の方は、確認取れたか?!

 ――ああ。【AR―30098】だった。後は【AR-43309】、奴だけだ。

 ――あいつが1番厄介だってのに! 4班の奴ら、油断しやがって!

 ――落ち着け。待っていれば、直に片が付く。  

 ――何を悠長なことを! ≪青い猫≫、わかってるのか?!

   今回の任務に失敗したら、俺たちの命が危ないんだぞ?!

 ――だからだ。≪黒い犬≫が【AR-43309】を追っている。

 ――何?!

 ――もともと、【AR-43309】は≪黒い犬≫がずっと追っていたんだ。大丈夫だ。

 ――俺たちは、連絡が来るまで待っていればいいんだな?

 ――そうだ。下手に追うな。殺されるぞ。【AR-43309】より、あいつの方がずっと危険だ。


***********************************


 

 大きな鞄を持っていたお姉さんは、その中からきれいな箱を取り出して、「お土産だよ」と言って、あーちゃんにおいしそうなシュークリームをくれた。


「ありがとう!」

「どういたしまして」


 あーちゃんは、さーちゃんが教えてくれた『お客さまが来たときの対応の仕方』を思い出して、お姉さんに紅茶を淹れてあげた。あーちゃんが飲む分は、オレンジジュースにした。あーちゃんはまだ紅茶が苦手で、まーくんやさーちゃんのようにおいしそうに飲めないのだ。

 そして、お皿にシュークリームを2つ載せて、お盆の上にそれらを置いた。

 あーちゃんは、お盆の上のものをこぼさないように、そろそろと歩いてお姉さんのいる部屋に行った。


 座布団の上にお行儀よく座っていたお姉さんは、お盆を持ったあーちゃんを少しびっくりしたような目で見て、それから「ありがとう」ときれいな笑顔で言った。


「君は偉いね。いつも家のお手伝いをしているの?」

「うん。さーちゃんがね、いっぱい教えてくれるの」


 お姉さんは、優しく笑ってあーちゃんの頭を撫でてくれた。あーちゃんは頭を撫でられるのが大好きだから、とっても嬉しかった。

 

 それから、あーちゃんはお姉さんと一緒にシュークリームを食べた。ふわふわした生地の中に、甘いカスタードクリームがたっぷり詰まっていて、とってもおいしかった。お姉さんは、あーちゃんが淹れた紅茶を飲んで、「とってもおいしいよ」と言って、またあーちゃんの頭を撫でてくれた。


「お姉さん、さーちゃんは死んじゃったの?」


 シュークリームを食べながら、あーちゃんはお姉さんに聞いた。

 お姉さんはきょとんとした顔をして、それから首を傾げて、あーちゃんに聞き返した。


「どうして、そう思うの?」

「あのね、まーくんのメモに書いてあったの」


 あーちゃんは、まーくんのメモをお姉さんに見せた。お姉さんはそれを読んで、なんだか面白そうに笑った。


「なるほどねぇ……」

「お姉さん、さーちゃん、死んじゃったの?」


 あーちゃんは、隣に座らせていたゆーちゃんを抱きしめて、お姉さんにもう一度聞いた。

 お姉さんはあーちゃんの目を覗き込むようにして、優しく笑った。


「ううん。死んでいないよ」

「そっかぁ。よかった……」

「『さーちゃん』が死んじゃったら、悲しい?」

「うん。さーちゃん、優しいし、あーちゃんに色んなことを教えてくれるんだよ」


 あーちゃんがそう言うと、お姉さんは「そうなんだ」と言って、何かを考えるように、視線を空中にさまよわせた。


「お姉さん。お姉さんが来たから、あーちゃんは逃げなくってもいいんだよね?」

「うん? ……ああ、そうだよ」

「そっか。よかったー」


 あーちゃんは、ゆーちゃんに「よかったねー」と言った。

 あーちゃんは、ゆーちゃんと一緒に家でまーくんを待っている方が好きなのだ。あんまり別の場所にはいたくない。だって、メモにはいつになったらまーくんがあーちゃんの所に来てくれるのか、ということが書かれていなかったから。まーくんとずっと会えなくなるのは、嫌なのだ。


「ねぇ。まーくんとさーちゃんは、君のことを『あーちゃん』って呼んでるの?」


 お姉さんに聞かれて、あーちゃんはこっくりと頷いた。


「うん。まーくんもさーちゃんも、あーちゃんのこと、『あーちゃん』って呼ぶよ。ゆーちゃんも、『あーちゃん』って呼ぶんだよ」

 

 ゆーちゃんの手をぴこぴこと動かしながら、あーちゃんは答えた。ゆーちゃんは、あーちゃんと2人きりのときは、とってもおしゃべりなのだ。

 あーちゃんの答えに、お姉さんは優しく笑った。その時になってようやく、あーちゃんはまだ、お姉さんに名前を聞いていないことに気がついた。


「あのね、あのね。お姉さんも、あーちゃんのこと『あーちゃん』って呼んでいいよ。だから、お姉さんのお名前、教えて?」

「ん? ああ、そうだね……。お姉さんの名前は、『ミレイ』っていうんだよ」

「みれい?」

「うん」

「えっと、じゃあ、『みーちゃん』って呼んでいい?」

「うん。いいよ」


 みーちゃん、みーちゃん。

 ゆーちゃんと一緒に、あーちゃんはお姉さんの名前を繰り返した。お姉さんは、それを優しく見ていた。


「あーちゃん。君は、まーくんとずっと一緒にいるの?」

「うん。そうだよ。ゆーちゃんはね、あーちゃんが5歳のときから一緒にいるんだよ」

「そう……。じゃあ、あーちゃんは、まーくんのこと、好き?」

「うん! まーくん、大好き!」

「さーちゃんより?」

「うん! さーちゃんより好き!」

「ゆーちゃんよりも?」

「うん! あーちゃんはね、まーくんのことが、世界で1番大好きなんだよ!!」


 あーちゃんの言葉に、お姉さん――みーちゃんはきょとんとした顔をして、それから一拍置いて、大きな声で笑い出した。

 あーちゃんはびっくりしてみーちゃんを見た。

 みーちゃんは、お腹を抱えて笑いながら、なんだかとっても羨ましそうな目であーちゃんを見た。


「みーちゃん、大丈夫?」

「あー、うん……。ご、ごめんね、こんなに笑ったのは久しぶりで……」

「ジュース飲む?」

 

 笑いすぎて苦しそうなみーちゃんに、あーちゃんは飲みかけのオレンジジュースのコップを渡した。

 みーちゃんは「あ、ありがと……」と涙目で言いながら、コップを受け取ってジュースをごくごくと飲んだ。


「そうかぁ……。あーちゃんは、まーくんのことが『世界で1番大好き』なのかぁ」

「うん。まーくんもね、あーちゃんのこと、大好きだよって言ってくれるの」

「ふうん。……いいなぁ」

 

 コップを机の上において、みーちゃんはあーちゃんのすぐ横へと近づいてくると、目を細めてあーちゃんを見つめた。


「みーちゃん?」

「いいなぁ。まーくんが羨ましいよ」

「みーちゃんも、まーくんのこと、好き?」

「…………」


 みーちゃんは少し考え込むようにして、あーちゃんを見た。それから小さく笑って、「好きだよ」と言った。


「なら、あーちゃんもみーちゃんのこと、好きだよ!」

「え?」

「まーくんのことが好きな人は、あーちゃんの仲間だもん。おいしいシュークリームくれたし、ゆーちゃんもみーちゃんのこと、好きだって!」

「……そう」

「あのね、でもね。あーちゃんの1番はまーくんで、2番はゆーちゃんで、3番はさーちゃんだから、みーちゃんは4番目ね!」

「……4番かぁ……」


 みーちゃんは苦笑いして、あーちゃんの頭を優しく撫でた。そしてそのまま、ゆーちゃんを抱きかかえたあーちゃんをすっぽりと抱きしめた。


「みーちゃん?」

「うーん。4番かぁ……。微妙だなぁ……」

「えっと……えっとね。でもね、もしかしたら、2番くらいになれるかもよ?」

「うん?」


 あーちゃんは、自分がみーちゃんに言った「4番目」という言葉に傷ついているのだと思って、慌ててみーちゃんの顔を見上げた。

 みーちゃんは、何かを期待するような目で、あーちゃんを見つめていた。


「あのね。もし、ゆーちゃんとさーちゃんがいなくなったら、みーちゃんはあーちゃんの2番目だよ!」

「…………まーくんは?」

「え?」

「まーくんがいなくなったら?」

「えっと……」


 あーちゃんは、困ってしまった。あーちゃんにとって、まーくんは世界で1番大好きな、大事な人なのだ。まーくんがいなくなってしまうなんて、あーちゃんには考えられない。そんなことになったら、あーちゃんは悲しくて悲しくて、きっとたくさん泣いて、そのまま溶けて消えてしまう。

 でも、みーちゃんは怖いくらい真剣な目で、何かを期待するようにあーちゃんを見つめている。少しだけ、悲しそうな顔で。

 あーちゃんはなんだか、みーちゃんが可哀相になってしまった。みーちゃんは、今日会ったばっかりのあーちゃんのことが、とっても好きみたいだ。もしかしたら、みーちゃんにはお友だちが少ないのかもしれない。

 

 あーちゃんはまーくんが世界で1番大好きで、まーくんがいなくなるなんて考えられなかったけれど、みーちゃんにそのことを伝えたら、みーちゃんは泣いてしまうかもしれない。

 みーちゃんは、今まであーちゃんが会ったことのある人の中で、1番きれいな人だ。すごくきれいだから、そのせいでお友だちが少ないのかもしれないし、誰かに1番好きになってもらえないのかもしれない。そんなのは、可哀相だ。

 

 だから、あーちゃんはちょっとだけ、嘘をついた。


「まーくんがいなくなったら、みーちゃんがあーちゃんの1番だよ」


 まーくんが、あーちゃんの前からいなくなることなんて絶対にないから、そんなことはありえないけど。


 あーちゃんの言葉に、みーちゃんはとっても嬉しそうな顔をして、あーちゃんのことをぎゅうっと強く抱きしめた。あーちゃんとみーちゃんの間で、ゆーちゃんの白いふわふわな体が潰れてしまった。


「ありがとう、あーちゃん」

「みーちゃん、苦しいよ……」

「うん。大丈夫、すぐに楽になるからね」


 あーちゃんが苦しくてみーちゃんの顔を見上げると、みーちゃんは天使みたいにきれいな顔で笑って、あーちゃんのほっぺたに顔を寄せて、ちゅっとした。

 あーちゃんがびっくりしていると、みーちゃんは笑ったまま、あーちゃんのほっぺたに頬擦りした。

 

 あーちゃんは、なんだかよくわからないけど、みーちゃんが喜んでくれたから安心した。みーちゃんみたいにきれいな人が、あーちゃんのせいで悲しい顔をするのは、嫌だったから。

 

 そして、あーちゃんはなんだか、ふわふわな気持ちになってきた。

 ふわふわ、ふわふわ。

 目がとろんとしてきて、体に力が入らない。

 

 ぼんやりしたまま、あーちゃんはみーちゃんを見た。

 みーちゃんは微笑んだまま、もう一度、あーちゃんのほっぺたにちゅっとした。

 それから、座布団の上に、だらっとしたあーちゃんの体を横たえた。


 みーちゃん?


 あーちゃんは、みーちゃんの方に視線を向けた。体に力が入らなくて、うまく動かない。それに、とってもふわふわして、気持ちいい。

 でも、なんだか、不安になった。

 みーちゃんをこのままにしてはいけない、という、不安。


 みーちゃんは、ゆーちゃんを片手でつかんで、そのまま勢いよく壁にぶつけた。みーちゃんがつかんでいたゆーちゃんの頭がおかしな音を立てた。

 ふわふわなゆーちゃんに似合わない、何か固い物が壊れる音。

 みーちゃんはポケットから、何か、小さな細長いものを取り出した。それがシャキン、と音を立てて、ナイフになった。

 みーちゃんは、空いている手でナイフを握って、ゆーちゃんの頭にそれを突き刺した。


 ゆーちゃん!


 あーちゃんは悲鳴をあげたけど、声は出なかった。ただ、喉の奥からひゅうっと空気が押し出される音だけがした。

 

 みーちゃんは一瞬だけあーちゃんの方を向いて、困ったように笑った。

 それから、すぐにゆーちゃんに向き直ると、ゆーちゃんの頭をナイフで引き裂いた。可愛いゆーちゃんの顔が真っ二つに割れて、たくさんの真っ白な綿と、小さな銀色の固まりが出てきた。銀色の固まりは、変な形に歪んでいた。

 みーちゃんはゆーちゃんの体をぽいっと投げ捨てて、銀色の固まりを摘み上げて、それを色々な角度から眺めていた。

 

 みーちゃん、ひどい。ゆーちゃんに、何をするの。


 あーちゃんはとっても悲しくなった。それに、みーちゃんがすごく怖かった。

 涙がぽろぽろ溢れてきて、それに気がついたみーちゃんが、どうしてだか嬉しそうに笑った。


「泣いた顔も可愛いね、あーちゃん」


 それから、みーちゃんはあーちゃんに背中を向けた。 

 あーちゃんには、もう、みーちゃんの顔は見えない。

 

 みーちゃん、ひどい、ひどいよ。ゆーちゃんに、ひどいことしないでよ。ゆーちゃんが死んじゃうよ。みーちゃん、あーちゃんのことが嫌いなの?

 

 ぽろぽろと涙をこぼしながら、あーちゃんはみーちゃんの背中をにらみつけた。

 そして、いつの間にか、みーちゃんと向かい合っている人影に気がついた。

 

 いつから、そこにいたのか。

 みーちゃんは、あーちゃんたちがいる部屋の扉の方を向いていた。

 あーちゃんが紅茶などを持ってきたときに、きちんと閉めたはずの扉が、開いていた。

 そして、まーくんが、みーちゃんと向かい合って立っていた。

 

 まーくん! まーくん、助けて!


 あーちゃんは、まーくんにそう叫ぼうとしたけど、やっぱり声は出なかった。それに、とってもふわふわな気持ちが強くなって、どんどん眠くなっていった。目が開けていられず、瞼がゆっくり落ちていく。


 あーちゃんは、まーくんとみーちゃんが、何か言い争っている声を聞いた。でも、何を言っているのかまでは、わからなかった。


 まーくん、まーくん……。


 あーちゃんは、本当なら、まーくんの名前を呼んで、飛びつきたかった。まーくんの、大きくて温かい体に抱きしめてほしかった。

 

 でも、もう、無理だ。もう、あーちゃんはまーくんには会えない。次にあーちゃんが目を覚ましたとき、きっと、まーくんはあーちゃんの前から、永遠に消えていなくなっている。

 

 どうしてだか、そんな予感がして、あーちゃんはまた一粒、涙をこぼした。悲しくて、苦しくて、悔しかった。

 真っ暗になっていく意識の中で、あーちゃんは最後に、いつものようにまーくんに「あーちゃん」と名前を呼ばれて、そしてぎゅっと抱きしめてもらえなかったのが、ひどく寂しい、と思った。


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