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最悪な休日に見た空の色(説教×自覚編)

「な、何でよっ?!」

「何でって……馬鹿だとしか言いようがないから。しかも大馬鹿」

 あー、ほんと信じられない、いまどきこんな大馬鹿いるんだー、と心の底から呆れた声で少年は言った。

 な、なんなの?! こいつ、わたしのことを慰めてくれるんじゃなかったの?!

 わたしは少年のその態度に唖然として、彼を見つめた。


「あー、もう、本当に面倒だけど、説明してあげるよ。順番にね。まず、お姉ちゃんの亡くなったお母さん……彩加さんだっけ? 彩加さんとお姉ちゃんは見た目はそっくりなんだ?」

「そ、そうだけど……」

 うん。お母さんとわたしは、顔立ちとか髪質とか、すごくよく似てる。前に、こっそりお母さんの学生時代の写真を見たことがあるけど、今のわたしとよく似ていた。


「……で、お姉ちゃんは、彩加さんをすごい美人で優しい素敵なお母さんって言ってるけど、それって遠回しに自分を褒めてるの?」

 一瞬、言われた意味がわからなかった。一拍おいて、意味を理解して――思わず、怒鳴っていた。

「な、何言ってるの?!」

「なんだ、違うの?」

「当たり前じゃない! わたしとお母さんが似てるのは外見だけよ!!」

 家事がとっても得意で、手作りのお菓子とか、お手製の洋服とかを作っていたお母さんと、手先が不器用なわたしとでは、比べ物にならない。

 でも、わたしの言葉に少年はつまらなそうな顔をして「ふうん」と言っただけだった。


「ってことはさぁ。お姉ちゃん、自分で自分のことを『すごい美人』だと思ってるんだ?」

「……そんなの、見たらわかるでしょ?」

 普通、こういう場合は謙遜するかもしれないけど、そんなのはかえって嫌味ってものだ。わたしがお母さん似の美人だって言うのは、写真を見ればわかるし、学校でも1番の美少女だって言われてるんだから。

「で、お姉ちゃんのお父さんも、かっこよくて、仕事ができるいい男なんだ?」

「そうよ。お父さんは、世界一かっこいいんだから!」

「あ、そう。よかったね」

 勢いよく肯定したわたしに、少年は天使のような笑顔で心底どうでもよさそうに頷いた。……む、むかつく…!!

「それで、彩加さんは6年前に亡くなって、それからお姉ちゃんはお父さんとずっと2人暮しだったけど、今日お父さんの再婚相手の母子と会食があった。それで、お父さんがわざわざ娘に勇気をもって紹介した再婚相手が気に喰わないからってお姉ちゃんが馬鹿した挙句、未来の弟に水ぶっかけられて、お父さんに叩かれて、お姉ちゃんは逆ギレして逃げ出した、と。……馬鹿じゃねぇの?」

 断定口調でもう一度「馬鹿じゃねぇの」という少年に、一気に怒りが湧いた。だからなんで、わたしが馬鹿なのよ?!


「馬鹿だから馬鹿だって言ってんだよ。とりあえず黙って俺の話を聞け。お姉ちゃんは俺に聞かれたことだけ答えろ」

 

 もう一回怒鳴ろうとした瞬間に、ぞっとするような冷たい目で言われて、思わず黙ってしまった。な、なんなの、その小学生らしからぬ迫力は?! こいつ、時々怖すぎる!


「あのね、お姉ちゃん。お姉ちゃんが美人だって言うのは、お姉ちゃんが自分でそう思ってて、周りもそう認めてるならいいんだよ、別に。俺もお姉ちゃんの顔を見て、ブスだとは思わないから。でも、それだけじゃん」

「は?」

 な、何? わたしのことを褒めた……? かと思ったら、それだけって?

「ああ、俺はお姉ちゃんのことを褒めたわけじゃないからね。お姉ちゃんの見た目に対するただの感想を言っただけ。で、『それだけ』の意味がわかってないだろうから言うけど、お姉ちゃんは見た目だけだよ」 

 ……? 言ってる意味が、全然わからない。


「だからね。俺は、こう言ってんの。――お前には見た目以上の価値なんかないんだよ、バーカ」

「……っ!!」

 声を低くして冷たく言われた言葉に、硬直した。言葉の意味を理解して、すぅっと体が芯から冷えていく。


「……って言ったら、ちょっと言いすぎだけど」

 にっこり笑って明るく言うと、少年は唐突にわたしの右手首を左手でぎゅっと掴んだ。

「お姉ちゃんさぁ、自分で自覚してないだろうけど、客観的に見たらただのワガママ自己中女だよ。言われたことない? 『ワガママ』とか『自己中』とか、『顔が可愛いからっていい気になってる』とか」

 いきなり掴まれた右手に動揺しながら、わたしは頷いた。

 小さい頃から、クラスの子や学校の先生に何度も言われた言葉。でも。

「で、その度にお姉ちゃんは言い返して、相手を黙らせるわけだ。『わたしに嫉妬してるだけでしょ?』とか言って」

 思わず、ぎょっとして彼の顔を見る。少年はにっこり笑顔で、しかし口調は相変わらずわたしを馬鹿にして見下したままだ。

 ……なんで、そんなことがわかるの?

 まじまじと見つめていたら、少年はちょっと首を傾げて「でもさぁ」と言った。

「中には途中で黙って、お姉ちゃんと話すのやめた子もいただろ?」

 いた。その言葉に、無言で頷く。

 途中で何もわたしに言い返せなくって、泣き出して、黙ってしまった弱虫な子たち。

「そういう子はさぁ、わかったんだよ。お姉ちゃんは自分が絶対に正しくて、他の子のことを自分より格下に見てるから、何を言ってもわかってもらえないってことが。全然話が通じないんだから、そりゃ泣きたくもなるよね。おまけにお姉ちゃんに嫉妬のせいでしょ、とか言い切られちゃったら、もう黙るしかないよねぇ。別に気にしなくていいのにね、そんなこと」

 少年の言っていることの意味がまた、わからない。

 だって……だって、あの子たちは、所詮、わたしに嫉妬してるだけだし。

 人に嫉妬するなんて恥ずかしくて醜いことをする子たちだもん。しかも、友達面して。

 性格が悪いのは、むしろあの子たちの方だ。

 しかし、少年はわたしを冷たい目で見たまま、言葉を続けた。

「お姉ちゃんは他人に鈍感だから、わかんないのかもね。いや、自分が最高に素晴らしい存在だと思ってるから、わかんないのか。あのね、どんなに仲が良い友達同士や家族でも、自分より優れている人間に嫉妬するのは当たり前のことなんだよ。

 ん? 何変な顔してるの、お姉ちゃん。よく考えてみろよ、別におかしいことじゃないだろ。自分より出来のいい人間に嫉妬するのは、プライドのある人間なら当たり前のことじゃん」

 …………言われてる意味が、また、よくわからない。

 だって、あの子たちより、わたしの方が可愛いもの。頭もいいし、運動もできるし。わたしはあの子達を格下に見てるつもりはないけど、実際には、見下していたのかもしれない。でも、それは仕方ないでしょ?


「あのね、お姉ちゃん。何考えてるのかは、その不思議そうな顔を見たら大体わかるけど。つまり、お姉ちゃんは、自分が思ってるほど素晴らしい人間じゃないんだよ。むしろ、他人に嫉妬を抱けないほど自分が最高で素晴らしいと思ってる、ただの周りが見えていない自分大好き人間なの」

 にっこりと笑って、少年は言った。つまりお姉ちゃんは、いわゆるナルシストってやつかな、と。

 その言葉に、わたしは驚いて、困惑した。だって、だって…!

「……わ、わたしは別に、自分のこと、素晴らしいとか、そんな風には」

「思ってない? ……嘘つき」

 冷たい目をして綺麗に笑った少年の、わたしの右手首を掴む左手の強さが強くなる。


「思ってるよね? お姉ちゃんは自分で自分は完璧だと思ってる。お父さんのこともね。

 ――でも、それは違うよね。素晴らしい人間っていうのは、むやみに他の人間のことを見下したりはしないよ。お姉ちゃんは自分のことしか見てないくて、周りが見えてないだけ。いや、見ようともしていないだけ。お姉ちゃんは自分の意見をちゃんと出して、それを貫いてるだけだ、とかなんとか、自分に都合のいいように解釈してるかもしれないけど、それは違うよ。お姉ちゃんは自分が最高で、他の人に言うとおりにしたくないだけだよ。だから、周りと協調しなくちゃ駄目なときにそうはしないで『ワガママ』を言うんだ。自分の都合しか考えてない『ワガママ』をね」


 違う。わたし、そんなこと思ってない!

 そう言うべきなのに、何故だか口が動かなくて、少年の顔をただ見つめることしかできない。

 彼は綺麗な顔で笑ったまま、馬鹿にした口調で続けた。


「お姉ちゃんさ。俺のこと、何回も『顔は綺麗なのに口が悪い』とか、思っただろ?」

 

 うん。ついでに性格も悪いと思う。

 この質問には、はっきりと頷いた。その瞬間、ピクリと少年の形のいい眉が不愉快そうに動いたけれど……こ、心の中、読んでないでしょうね?! なんでちょっと視線が怖くなってるの?! ちょっとあんたの性格が悪いって思っただけじゃない!


「俺はいいんだよ、自分でわかっててやってるんだから。でも、お姉ちゃんは駄目だよな。自覚なしにやって、そのせいで周りの人間に『見た目はいいのに口と性格が悪い』って思われてるんだから。お姉ちゃん、どうせ仲の良い友達もいないだろ?当たり前だよな、俺だって心の中じゃ『わたしとあんたじゃ釣り合わないわー』とか思ってるような女と仲良くはしたくない。お姉ちゃんのことだから、友達といるよりお父さんといる方が楽しい、とか思ってるんだろ?」

 

 ぐっとつまる。その通りだ。

 友達といるより、お父さんといる方がいい。だって、他の子は、わたしに釣り合わないんだもの。

 ……あ、あれ? でも、これって……。


「でも、そういうのって、相手にもちゃんと伝わってるんだよね。お姉ちゃん、良い意味でも悪い意味でも素直だから、すぐに態度に出しちゃうし。そもそも隠す気、ないだろ? そうだよな、相手は常に自分より劣ってるんだから。いくらでも偉そうな態度を取れるよな。基本的にお姉ちゃんの側にいるのは、お姉ちゃんに甘い父親だから、ろくに注意もされないし」


 お父さんは、わたしのことを大事なお姫様って言う。

 わたしが、お母さん似の美人で、頭もよくて、優秀だから。

 お父さんの、自慢の娘だから。


「お姉ちゃん、分かりやすいからね。だからまぁ、お姉ちゃんが『友達にしてあげている』友達も、お姉ちゃんのことはそんなに好きではないだろうね。というか、むしろ相手の方がお姉ちゃんの『友達をしてあげている』んじゃないのかな? お姉ちゃん、学校でも目立ってそうだし。見栄えのいいハリボテ扱いされてるんじゃないのかな」


 友達は、「真奈美って可愛いよね」っていつも言う。

 だって、わたし、モテるから。学校とか、街とかで、男の子が声をかけてくるのは、わたしがいるから。わたしは勉強だって、できるから。テスト前は、仕方なくノートを貸してあげる。友達は、わたしよりも頭が悪い子ばっかりだから。

 

「あのさぁ、お姉ちゃん。自分が普通に日常会話で人を見下す態度を取ってんの、気づいてた?俺の言動にだいぶん苛ついてたみたいだけどさ、お姉ちゃんも同じことを俺にしてたよ。俺だけじゃないね。今日会ったっていう、お父さんの再婚相手の人たち。学校の友達。色んな人に、してるよね。俺と違って、当然のように、さ。俺はわざとお姉ちゃんを怒らせようとしてやった部分もあるけど、お姉ちゃんは全部、自分が正しいって思ってやってただろ?」


 そう、こいつの言葉とか、態度とか。今もだけど、すごく……癇にさわるっていうか、イライラする。むかつく。見下されて、馬鹿にされて。

 でも、それに言い返せない自分が、もっとむかつく。

 だって、わかったから。…………わたし、もしかしなくても、すごく、嫌な性格の子だったのかも。


「俺もさぁ、外見であれ能力であれ、自分に自信を持つのはいいことだと思うよ。それに、プライドって大事だからね。自分をより高めるためには、さ。でも、お姉ちゃんは自分を高める必要はないって思ってるだろ? 極端に人を見下すことに思考が片寄りすぎてるから。自分自身が最高なんだよ、お姉ちゃんは」

 

 冷たい声と馬鹿にしたような口調で、少年は冷静にそう言った。


 わたしは。


 わたしは、何か言い返さなきゃ、と思ったけど、何も言葉が頭に浮かんでこなかった。

 

 だって、彼の言う通りだったから。

 

 だって――だって。お母さんも、お父さんも、綺麗で、頭がよくて、人気があって……2人の娘のわたしも、同じくらい優秀じゃなきゃ。お父さんと、お母さんにふさわしい、『カリスマ家族』にふさわしい子どもでいなくちゃ、いけなかった。

 お母さんが死んだからって、いつまでもぐずぐず泣いているばかりの子どもじゃ、駄目だった。

 お父さんは、泣いてたから。それでもわたしのために、頑張って笑顔でいてくれたから。

 だから、わたしはいい子じゃなきゃいけなかった。綺麗で、頭がよくて、運動神経も抜群で、自分の意見をしっかりもって。

 「母親がいないから」って、他の人に言われるような子じゃ、駄目だから。死んでしまったお母さんと、仕事で疲れてるのに、わたしを1人で育ててくれたお父さんに、悲しい思いをさせたくないから。

 他の子なんて、わたしよりも格下の存在だった。馬鹿な子ばっかり。でも、絶対に負けるわけにはいかなかった。お父さんを失望させたくなかった。

 お父さんに、嫌われたくなかった。

 お母さんが死んでから、わたしはお父さんの重荷でしかなかったから。

 夜になると悲しくて、お父さんに泣きついていた。お母さんの料理が食べたいって言って、困らせた。授業参観に来てもらえなくて、泣き喚いた。

 それでも、お父さんに「大事なお姫様」って言ってもらうためには、わたしは……わたしは、「素晴らしい子」でなければならなかった。そう、思い込んでた。わたしは、凄いんだって。お父さんと、わたしは、凄いんだって。そう、思い込んでた。


 お父さんに、嫌われたくなかった。

 1人っきりに、なりたくなかった。

 それだけ、だった。

 

 呆然としているわたしに、少年は小さく笑った。馬鹿にしたような、呆れたような、優しいような。不思議な笑みだった。


「お姉ちゃんってさぁ、ほんと、甘やかされて育てられた世間知らずって感じ」

 少年は、実に嫌みな口調でそう言った。

 わたしは、何も答えられなかった。


「あのさ。俺が言うのもなんだけど、そりゃ、片親しかいないっていうのは、世間一般的に、理由もなく差別されることもあるよね。馬鹿馬鹿しいことだけど、父親しかいないとか、母親しかいないとか、そういうだけで、色眼鏡でみてくる人間は、いるよね。お姉ちゃんが、そういうのが嫌で、頑張って生きてきて、そのせいで自分大好き人間になっちゃったのは、仕方ないかもね」

 わたしの手首を掴んでいる手の力を弱めて、びっくりするほど優しい声で、少年が言った。

 わたしは黙って、彼を見た。

 長い睫に縁取られた、彼の綺麗な、茶色い瞳。不思議な強さがある瞳。


「でもね。お姉ちゃん、お父さんが大好きすぎるあまりに、ちょっと勘違いしてるよ。お姉ちゃんのお父さんは、お姉ちゃんが母親似で、頭がよくて、優秀な子だからお姉ちゃんのことが大事なわけじゃないんだよ。お姉ちゃんが、自分の娘だから大事なんだ。完璧な人間を求めてるわけじゃない。お姉ちゃんが、お姉ちゃんであることが大事なんだ。でなきゃ、自意識過剰で傲慢で我儘で甘えったれで泣き虫の口の悪い世間知らずで協調性皆無な鈍感人間のお姉ちゃんを『お姫様』呼ばわりなんてしないよ」


 ………………なんだろう、この気持ち。

 天使のように優しくて慈悲深い声音と表情で慰められていたはずなのに、そしてそれにわたしもちょっと感動してたのに、最後にその顔と声のまま、物凄い暴言を吐かれた気がする。いや。暴言、思いっきり、吐かれた。ぼろくそに言われた。

 殴りたい。

 今までで1番、こいつを殴りたい。

 というか、いい加減わたしのことを慰めたいのか怒らせたいのか、はっきりしてほしい………。


「だからさ、もっと落ち着いて周りをよく見てみなよ。まぁ、外見で人を判断するのは、原始的な自己防衛本能に基づく判断としては間違いではないけどね? 人間、実際に話をして、付き合ってみなくちゃわからないこともいっぱいあるんだから。今日お姉ちゃんが会った、再婚相手の人たちも、ね。お姉ちゃんのお父さんだって、会ってすぐにお姉ちゃんが打ち解けてくれるとは思ってないよ。再婚に反対するかもしれない、くらいはそりゃ、考えてるだろうよ。でも、その人たちはお姉ちゃんのお父さんが家族になりたいって思った人たちなんだろ? ろくに話もしないで嫌がるべきじゃないよ。お姉ちゃんのとった態度に1番傷ついたのは、多分、お姉ちゃんのお父さんだと思うよ?」

 

 わたしは、殴りたいのを堪えつつ、黙って少年の優しい顔を見つめた。

 じわり、と涙が滲んできそうになるのを、必死で堪える。

 そうだ。お父さんは、前々から、何度もわたしに十河由里のことを紹介しようとしていた。 

 それを曖昧な態度で避けていたのは、わたしの方だ。そのくせ、「お父さんには幸せになって欲しい」なんて思ってた。お父さんが再婚しないことに安心しながら、お父さんに恋人ができてもかまわない、とも思っていた。お母さんに先立たれて悲しんでいるお父さんを支えてくれる人が、わたし以外にもほしかった。


 十河母子に、暴言――あのときはそうは思わなかったけど、今なら分かる――を吐いたわたしを、初めて叩いたお父さん。

 すごく怖い顔をしていたけど……傷ついたのかな。わたしの態度に。だから、あんな風に怒ったのかな。 


「それに、お姉ちゃんのお父さん、きっと今ごろ後悔してるよ」

「え」

「え、じゃなくてさ。だって、お姉ちゃんをこれだけ我儘自己中女に育てるような人だろ? 絶対娘を溺愛するタイプの父親じゃないか。そんな人が、いくらお姉ちゃんが悪いからって、娘を叩いて後悔しないわけないだろ?」

「……そ、そうかな……」

 我儘自己中女、というのには言い返したかったけど、ぐっと堪える。それよりも、お父さんが後悔してるっていう言葉が気になった。

「そうだよ。大体、お姉ちゃんくらいの年齢の女の子って、普通は父親とは距離を置くだろ? それをしないで自分を慕ってくれてる娘のことを叩いて、平気なわけないよ」

「……そうかな」

「そうだって」

 自信満々に言い切る少年は、わたしを見て、馬鹿にしたように笑った。

 その綺麗な笑顔が、憎たらしいけど、なんだか安心する。

 

 わたしって、すごく嫌な子、だったのかな。 

 そうなんだろうな。

 そもそも、十河由里とお父さんが、どうして付き合いだして、再婚するまで愛し合うようになったのか、それも知らないんだ。 

 ぱっと見は、ただのおばさんだったけど。でも、離婚したって言っていたから、圭太を抱えて、1人で仕事をしながら子育てしてるんだ。うちの家みたいに死に別れたわけでもないから、周りに嫌なことを言われたこともあるんじゃないかな。……あ、いや、わたしも言っちゃったけど。すごく、失礼なこと。

 

 馬鹿だなぁ、わたし。

 「お母さんがいなくて可哀相」って言われるのが嫌なのは、わかるのに。なんで、十河由里たちのこと、あんなに馬鹿にしちゃったんだろう。

 別れた夫とよりを戻せ、なんて、すごく失礼なことを言った。他にも、鏡を見ろ、とかさ。圭太が怒るのも、当たり前かもしれない。

 わたしだって、お父さんのこと、馬鹿にされたら怒るもの。

 ……わたしとお父さんは、「普通」の家族なのに。父と娘だけの家庭だけど、お母さんが死んじゃったけど。特別なことなんて、何もないのに。

 十河母子だって、母子家庭だけど、「普通」の家族なのに。何も、悪いことも、変なこともないのに。

 わたしが偉そうに言えることなんて、何もなかったのに。

 

 馬鹿だなぁ、わたし。ほんと。

 ちゃんと、お父さんたちと向き合ったらよかった。周りの友達と、もっとまともに付き合えばよかった。

 

 まだ、間に合うのかな、わたし。

 

「大丈夫。まだ間に合うよ」


 少年は、わたしを見て、優しく笑う。ほんとうに心の中の声が聞こえているみたいに。


「……ほんとに?」

「うん。お姉ちゃんが、お父さんと、再婚相手の人たちに、真剣に、心から謝ったらいいんだよ。一回で許してもらえなかったら、何回でもね」

「……わたし、実は、人に謝ったこと、あんまりないの」 

「あー、だろうねぇ。見たらわかるよ。でも、できないことじゃないだろ? ここから地上に飛び降りるよりかは簡単だ」

「当たり前でしょうが!」

 

 楽しそうに言う彼に、つられて笑う。

 ああ、いやだなぁ。

 結局、こいつに慰められるどころか、説教までされてしまった。こんな、年下のクソガキに。

 でも、こいつに事情を話す前より、ずっと心の中が軽くなっている自分に気がついて、わたしは苦笑した。

 ああ、どうしよう。

 顔は綺麗だけど、口も性格も悪いのに。

 こんな年下のクソガキに、わたし、ちょっと惹かれている。

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