そんな……単騎で魔王を倒したり暗黒竜を黙らせたり帝国を壊滅させたりしただけで婚約破棄だなんて……
「アンティス家の公爵令嬢リーリア・アンティスよ! 今より私、シャルル・ベルソールは貴様との婚約を破棄し、メイザー家令嬢ソシア・メイザーとの婚約を宣言する!!」
私の名はリーリア。この国の筆頭貴族であるアンティス家の長女でございます。
そして今高らかに声を上げましたのが、この国を治める国王陛下の嫡男シャルル・ベルソール様。
私が生まれた時からの婚約者にして、次期国王の最有力候補でございます。
「そんな……シャルル様……! どう言うことですの!?」
お聞きの通り、私は学院の卒業式典の場でシャルル様から突然の婚約破棄を言い渡されました。
名家のみが集う学院の卒業式典と言う事で名のある貴族の令息令嬢やその侍従たちも多く参加しておりますが、あまりに突然の出来事ですので場内も騒然としております。
シャルル様の左腕には、先程名前を口にされましたメイザー家の令嬢ソシアが怯えたような表情でしがみついておりますが、私には理解できませぬ。
なぜ……なぜ貴女がシャルル様のその逞しくも美しい腕の中に……。
「これより、貴様の罪状を一々詳らかにして行く! 覚悟するがよい!」
このリーリア、次期国王陛下の妃となる身として清廉潔白に生きて参りました。
シャルル様のおっしゃるような罪など、一つもないと言い切れます。
「色々あるがまず一点! 西方の魔の地に魔王がいただろう!?」
「はい、おりました」
西方の魔の地は人に仇なす魔族の棲む地でございます。
魔族は人と見れば襲い掛かりその肉を喰らうと言う、なんとも野蛮な種族と聞き及んでおります。
魔王とはその魔族を束ねる王なのです。
「あれを倒したの貴様で間違いなかろうな!?」
「はい、人間の脅威になると思いましたので、サクっと一捻りに」
首の辺りからコキっと。
「それだよ! 強すぎるのお前!!」
それ……!? どう言うことなのですか!?
人に仇なす魔族の王を倒し、この地に平和をもたらしましたのに!?
「人の歴史が始まり数百年、歴戦の勇者や大規模に編成された軍が多大な犠牲を払いながら倒しては復活してきた魔王を、一人であっさり完膚なきまでに叩きのめすとかどうなっているんだよ!? なんなの!? スーパーゴリラかよ!」
「そんなゴリラだなんて……私フォークよりも重い物すら持ったことのない淑女だと言いますのに……シャルル様、酷いです……」
「貴様の言うフォークって衛兵が持ってるトライデントだろ!? 三又の武器だろ!?」
「あと、魔王城の結界壊すときはなんか城ほどもあるハンマー振り回してたよね!?」
ハンマー……? ああ、あれのことですわね。
「地母神様よりお借りした『大地の槌』でございますか。確かにカトラリーよりは多少重かったですわね……でも、流石にそれは揚げ足取りと言うものですわ」
「フォークと大地の槌の間にある差は多少じゃ済まされないから! 焼き鳥とフェニックスくらい差があるから!!」
ああ……高貴なるシャルル様が焼き鳥などと言う庶民の食べ物を言葉にするなんて……。
どうにかなってしまいそうです……。
「それだけではない! 北の山に棲まうと言う暗黒竜の噂は聞いた事があるな!?」
「はい、とても恐ろしき竜だと聞き及んでおりました」
「あれは人の里に降りては村々を焼き尽くし去っていく。ところがここ数年そのような被害にあった話を聞かないが、貴様は暗黒竜に何をした!?」
「村の方が怯えておりましたので、少々お灸を据えさえて差し上げただけですわ! 命までは取っておりませぬ!」
その背に生える三対の翼を落とし、両の目を使えなくしただけです! 信じてくださいませ!
「それーーー! 暗黒竜って千年以上生きてるの!! 人よりもよっぽど強いのーーー!!! それをいとも容易く分からせるってなんなの!? 王子、超怖い!!」
シャルル様、お言葉が少々怪しくなっております。
次期国王として、お気を付け下さいませ。
「はぁはぁ……。多少取り乱したが百歩……いや、二億兆歩くらい譲って魔王と暗黒竜については人類の敵であるので良しとしよう……。だがしかし! 海を挟んだ隣国『ガスト帝国』を滅ぼしたのも貴様で間違いないな!? しかも己の拳だけで!!」
「確かにガスト帝国は幕引きさせて頂きました。覇権主義を唱え周辺国に対して武力介入をしておりましたので、我が国へと火の粉が降りかかる前に、徹底して殲滅いたしました」
皇帝はもちろんの事その子女や正妻側女、軍閥の構成員に至るまで徹底的にお潰しさせて頂きましたわ。
だからシャルル様、ご安心ください。
「もうやだ……この女怖い……」
ああ……泣き顔すら美しいシャルル様……。でもシャルル様、そのお顔をソシアの胸にうずめる事は断じて許される事ではございませぬ……おやめくださいませ……。
「と、言う訳でだ……まだまだ貴様の悪行は並べ足りぬが、私は貴様との婚約を破棄する……。いやほんと無理です勘弁してください……」
「シャルル様! そんなご無体なことをおっしゃらないでください!! 私はシャルル様の妻として、必ずやシャルル様の盾となり剣となってみせます!」
「い、いやだ! 私はお淑やかで守りたくなるような女性が好きなの!! 一人で数万の軍事力に匹敵するような奴を妃になど持ちたくない!!」
そんな……私はシャルル様をお守りしたい一心で強くなりましたのに……!
それならばもう一つ、私だって言いたいことがございますわ。
「では何故ソシアなどを選ぶのです!? ソシアは人を嘲笑うために王宮に入り込んだ邪神ですのに!」
私の言葉に一同が更に騒然となりました。
え? まさか誰も気付いておられなかったとか、そう言う事はないですよね?
「そ、そんなわけあるか! ソシアは名家の一人娘なのだぞ!?」
『ふはははは、ばれてしまっては仕方がない! 流石、魔王殺しのリーリアよ!!』
そう言うとソシアはメイザー家令嬢の仮面を剥ぎ取り、煙と共におぞましき悪魔へと姿を変えました。
「え、ええー!?……ソシアが邪神!?」
巧妙に姿形を人に似せておりましたが、その禍々しきオーラの一端は隠し切れぬものなのです。
それにしても周りの皆様方も一様にどよめいておりますが、本当にお気付きになられていなかったのでしょうか。
『あと、儂は本気で王子と結婚することはしないしお前と王子の結婚は心から祝福するから許して滅さないで』
「それでシャルル様を誑かそうとした罪が消えるとでも?」
その罪は決して許すことはできませんわ邪神よ。
『今ならお詫びの印として、新婚旅行に使えるお得な旅先クーポン券を付けちゃう』
そう言う事なら仕方ないですわね……。許して差し上げますわ。
『ふはははは、と言う訳で人間達よさらばだ! その娘は絶対に怒らせない方がいいぞ! 儂が言うのだから間違いない!』
そう言いながら邪神は天窓の方から飛び去って行ってしまわれました。
全く、人騒がせな輩ですこと。
「……」
「あー……ええと、その、話の腰を折られてしまったが、その、婚約破棄の意思は変わらないから……」
どうして……そうまでして頑ななのですかシャルル様……。
「その婚約破棄、私は認めぬぞ」
「な……父上、それにレオル!?」
重厚な声と共にこの場に現れましたのは、シャルル様の父君でいらっしゃる国王陛下と、シャルル様の二つ下の弟レオル様でした。
「まずリーリアは我が国の筆頭貴族たるアンティス家の公爵令嬢。この婚姻は国家安寧の礎であると共に、未来への布石なのだ。お前の一存でどうにかなるものではない」
「加えてリーリア本人の資質である。数万の軍隊や伝説の勇者に匹敵する程の軍事力を野に放り捨てるような愚かな真似など決してしてはならぬと、聡明なお前なら分かっていよう?」
色々とあり騒然としておりましたこの場ですが、陛下のお言葉に皆、冷静を取り戻しました。
「兄様、落ち着いて下さい。リーリア殿は人の道を外れた力を除けば、妃に相応しい淑女です。兄様の結婚相手としてこれ以上の方はおりませぬ」
レオル様も若年ながら非常に優秀なお方です。
冷静にこの場を治められる力を持っておられます。
「シャルルよ……。仮にお前がリーリアとの婚約を破棄すると言うならば……」
「私はお前を廃嫡し、レオルを次期国王とする」
陛下のこの御言葉でなら、シャルル様は道を間違えないでしょう……。
感謝の念が尽きませぬ、陛下……。
「ならば……ならばだ……」
「むしろ廃嫡してくれよ! そもそも俺は王様とか向かなかったんだ! 日々政争の予感に怯え暗殺に怯え他国からの侵略に怯えているのに、最恐の嫁なんか貰ってしまったら、そっちにも怯えなきゃいけないじゃないか!!」
え? シャルル様??
「もう厭なのこんな生活! 庶民の方がよっぽどマシだよほんと! 廃嫡でもなんでもしてくれ!! お前が次期国王でいいな!? レオルよ! とーちゃんもそう言う手続きとっといて!!」
ええ???
「え、あ、そうなの?」
「あ、はい。兄様がそうまでおっしゃるなら、異論はありません……」
*****************************
と言う事で、私は今、第二王子であるレオル王子の伴侶となり、この国の政の手助けしております。
レオル様は非常に優秀な方であり、また私のような者を心から愛して下さっております。
レオル様がおられる限り、この国は安泰と言えるでしょう。
一方廃嫡されたシャルル様ですが、現在は人里外れた地で畑を耕しながら、平和で悠々自適なスローライフを送っておられます。
この間は非常に美味なメロンを送って頂きました。
流石、国王最有力候補だっただけあって優秀な方ですので、農業の方でも才能を開花されているようです。
……時折、シャルル様の横顔を思い出すことはありますが、今の私はレオル様の妻です。
レオル王太子妃として、そしてこの国の母として、頑張って参ります。
余談ですが近頃は東方の荒神が不穏な動きを見せておりますので、物見遊山がてら潰して参りたいと思います。
おでんの方も宜しくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n8618gu/