休憩地点
『何を思うのだろう』
まるで自分を遠くで見ているような、どことなく他人事のような趣のある言葉を声にしそうになる。希望が揺らめいているような、いやもしかしたら見えているかも知れないような『今』、心の中で思っていることが何でか分からないけれど頼りないのかもなと感じてしまう。
自信のなさだけではないと思うのだ。今日も今日の生活があり、スーパーにちょっとした買出しに出掛けて、欲しいと思うものを選ぶ。心模様を反映するように唐突に恋しくなってしまった味噌ラーメンとその具材が詰まったエコバッグを見て「ふっ」と何となく笑ってしまいそうになっている自分が居る。歩きながら周りを見ると、自分とそんなに変わらないような様子でやりたいようにやっているというか、或いはやるべき事をやっていると、そんな人がそれぞれのペースで進んでゆく。
何となく季節に似合わないひんやりした風と天気と同調しているかのように見えてしまうのはあまり良くない傾向だなと、少し強引に気持ちが盛り上がるような事を浮かべてみる。楽しみにしているネット動画の新作の配信とかその他諸々。
<それで、、、どう、、いや…>
一瞬、その自分の心を否定するかのような冷め切った何かがやってきそうになるのをすんでのところで断ち切る。誰に言われたわけではないけれど、この何とか保たれている『温度』を失ってはならないのだと『何か』が言っている。そしておそらくそれは正しい。
気を取り直すようにやや強引に首を左右に振って、その勢いでそこにある何かに視線を移してみる。その何かは飲食店らしい店先に置いてあったチョークボードであった。
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こんな世の中です、『心が求めている』一杯いかがですか?
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『心が求めている』という文言は今の自分にとってはどうしても見逃すことが出来ないらしい。何を売っているのか分からないままに店の中に誘われる。中に入ると何処か異国の情緒が漂っている空間で店の至る所に不思議な模様が散りばめられている、どうやら何かの飲み物を提供する店らしかった。時間帯の関係だろうか店には客の姿はない。
「いらっしゃいませ~」
妙に陽気な声が響いてきたと思ったら、まるで占い師のような出で立ちの女性がカウンター越しに声を掛けていた。
「あ…私何の店なのか分からないまま入ってきちゃったんですけど…」
「あら~。そうですか~、まあお掛けになってくださ~い」
何か独特のゆったりしたテンポでカウンターの椅子に座るように案内され、荷物を適当な所に置いて腰掛ける。するとその比較的若く見える女性は、
「ここはですね、私が独自に開発した飲み物を提供する店でございます。それは温かい飲み物でして、疲れた心と身体を癒すような塩梅に色んな薬草を調合して…つまりはハーブティーでございます」
「ハーブティーですか…」
油断していたのもあるが、完全に女性のペースに飲み込まれてしまって完全にそのハーブティーを注文する流れになっていた。その一因としてその女性の澄んだ癒しボイスが耳朶を心地よく撫でていったからという事もあったと白状しておこう。ゆったりとはしているが滑らかで淀みのない動きでハーブティーを作っている姿がなんだか現実離れしているように感じられたのは何だったんだろうかと思うが、それも心地よかったのは確かである。その途中で彼女は世間話的なトーンでこんなことを話し始めた。
「ここに来るお客さまは不思議と皆さん一生懸命な人でね、知らず知らずに休息を求めているんです。この店はそんな人の為の『休憩地点』になったらいいなぁとこの頃では思っています」
「なるほど…」
妙に説得力のある話で、確かに一見すると奇妙な模様もそれが醸し出す雰囲気が一瞬世界の事を忘れさせてくれているみたいだし、店主の独特のスタイルも喋り方も所作も、言われていると意味があるもののように思えてくる。ただ、この時の自分の脳裏に少し奇妙な事が浮かんできた。
「そしたら貴女にも休憩地点が必要じゃないんですか?」
それを口にした瞬間「まずったな…」と思ったが言ってしまったから取り返しがつかない。
「…、…、」
店主はこちらの方を不思議そうに見て何かを言おうとして、やめた、後に少し意味深なほほえみの表情でそのまま作業を続けている。気まずさで少し下を向いて苦笑いをしていると、
「お客様、お待たせしました。こちらが特製ハーブティーでございます」
どうやら完成したようである。透明なグラスに注がれたその淡い青みがかった緑色のハーブティーからは湯気が立ち上っていて、ほのかにこれまで嗅いだことのない匂いが漂っている。少し息を吹きかけつつ一口目を味わうと、これまた何か異国の情緒を感じるような味だった。すっきりしていて美味しいのは確かである。
「これは何というハーブティーなんですか?」
その何気ない問いに、彼女はまた世間話をするようなトーンで話し始めた。
「わたしね、こう見えて英国の『Oasis』っていうバンドのファンで学生の頃は趣味でギターなんかもやってたんです。大人になって社会人になって、会社勤めをしていた時になんとなくだけれど、『Oasis』の曲がそのまま心のオアシスだなって思うようになったんです。その時ね、いつか出す店の名前を『オアシス』にしようと思ったの」
「オアシス。そっか…なるほど休憩地点ですね」
「貴方の先ほどの質問の答えも『オアシス』です。そのハーブティーも『オアシス』なんです」
「おお…」
この時、『コンセプトが良く考えられているな』という理由で感心してしまった。バンドの名前と曲が一致する位にはそのバンドは有名だし、自分も数曲再生リストに入っていたりするから、
「『Oasis』良いですよね…」
と言うと、店主は嬉しそうに目を細めていた。『オアシス』を飲み終わって、何か心が回復してきた感じがする。会計を済ませ、カウンターに置いてあった店の名刺を一枚いただき、外に出ようとした時、
「お客様」
と再び声を掛けられた。
「はい?」
「買い物袋をお忘れですよ」
「あ…しまった…」
少し離れた場所に置かせてもらっていたからか失念していた荷物を回収して、再び店を出ようとすると、店主がこんなことを言った。
「これは独り言なんですけど、わたしに『休憩地点』があるとしたら…」
「あるとしたら?」
「…、ふふふ」
何故かその先は微笑んで教えてくれなかった店主。その微笑みが妙に気になってしまったからなのか週一くらいで店に通うようになったが、まだ休憩地点が何なのか教えてもらっていない。




