5(世間は廻る)
「ぼくに子供ができるはずがない。検査をした。自分でも確認した。それでも不安で精管を結紮した」
言葉は沈黙の闇に溶ける。四本空けてお開きになる。帰り際、カンジは黙って余りのひとつを持ち帰り。ケヴィンは亜生物管理局への移動を静かに告げる。キットは、ひとりになって、もう一本。半分飲んで、残りを捨てる。カンジは鬼を相手に売血〝供給車〟をやりながら、キットが育てる亜生物の株を街路で売る。どちらも違法。キットは亜生物飼育の免状を利用し、たまたま余剰を持っている。余剰は、たまたま記録に載らない。
亜生物の株は、ヒトを倖せにする。一時の夢を与えてくれる。ヒトは夢現つに世話を怠り、株を死なせる。そしてまた株を求める循環。カンジとキットの懐は、互いの糸を引っ張り合う。
幼なじみが手を廻したか。あるいは売ったか。どちらであっても変らない。キットは電話線を引き抜き、ベッドに入る。安定剤を多めに飲む。明日以降の予定は、一切合切無期限延期。
「いい仕事があるけれども」女からの伝言。「興味があれば」時間と場所を指定される。
歯のない男が案内する。入り組んだ路を抜け、〝地下〟診療所に連れられる。
「ようこそ、〝人狼〟キット」
抑制剤が切れる。視界が濁った黄に染まる。爪が伸びる。骨が組み変る。牙が尖る。
血のにおい。女の股から血のにおい。
膨れた憎悪の矛先は、〝ヤブ医者〟エリコに向けられる。けれども、〝ヤブ医者〟エリコの診療所は守られている。いろんな種族の患者相手に、〝ヤブ医者〟エリコは準備を怠らない。
それで、メンスに狂った人狼ごときに手が出せるはずもなく。胸に真っ直ぐ刺さった矢。ニードル。シリンジ。押し込まれるプランジャー。薬液が廻る。暗転/明転。拘束衣の中で目覚める。
「おはよ」
ヤブ医者が挨拶。水槽メアリを紹介される。
「この子の里親になって欲しいのだけれども」
不意に、ひらめき。「これが、子供たちの基幹か」
「そうかしら」ヤブ医者は不見識に首を傾げる。
再び、ひらめき。「ガラスは、狩りの獲物の管理札か」
「そうかしら」ヤブ医者は微笑む。「市場は、おヘソのない養殖物よりも、天然物がお好きなようでね」
キットは水槽メアリを見遣る。灰色の脳髄が溶液の中に浮いている。
エリコは云う。「今回のゲームは横槍が入って不成立。だから、この子もお払い箱」なので、「引き取って?」
「誰の提案だ?」
さぁて。エリコは肩を竦める。「あたしは頼まれただけなので」
キットは追求しない。でも、ヤブ医者の提案は蹴る。
「気が変わったら、またおいで」
キットは去る。行き場を無くした元講師。いずれ戻るのを、キットもエリコも知っている。
水槽メアリを引き取って、用意された山小屋で、〝聖人〟キットは静かに暮らす。
里親になったのが知られても、何一つお咎めなし。そういう風にできている。そういう風に世間は廻る。
いつしか〝聖人〟キットは、脳髄少女に慈愛を感じる。憐憫と依存が交じり合う。互いに誰にも気にかけられない。
〝聖人〟は小さな希望を胸に抱く。とどのつまり、彼が最後に手にしたものは、少女の小さな脳髄タンク。
水槽メアリは、寂しさで、人知れず紅涙を絞る。ほどなく彼女の神経は、何も伝えなくなる。
里子の死に、〝聖人〟キットも涙する。とどのつまり、自分の為に。
坂本コージは、新しい歯に満足する。どこかの子供の物だった。白くて小粒で、形が良い。仕事はさんざんだったけれども、お蔭で新しい歯が並ぶ。
もう誰にも折らせはしない。でも、必要なら折らせてやってもいい。
坂本コージは気分が良い。
ヤブ医者から「ご祝儀」のおすそ分け。どこかの誰かの尻馬に乗る。どこかの誰かはしこたま儲ける。エリコの懐も温まる。だから治療は、「オマケだよ」。評判に障るから、「ヒミツだよ」。チンピラに否やはない。
坂本コージは街のネオンに溶け消える。新しい歯を試したい。新しい歯で女を咬む。新しい歯で子供を咬む。
坂本コージは咬みつき魔。鬼と狼を出し抜いて、今夜は誰を咬んでやろう。
了
1911, 2002, 28.
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