2(仕切り直し)
「記憶素子です」キットは答える。保安官助手の学生時代の知人は、亜生物学を修めた非常勤の中学講師。心優しき〝聖人〟。「生体ガラスの一種ですね。単体では、ただのガラスですが」
云い淀む講師に、ジェーンは続きを促す。
「神経の近いところに埋められているでしょう。信号が途絶えたら記憶情報も壊れます」
「つまり?」
「生存兆候の喪失で、情報は揮発する。手間の割に有用とは云い難い」
ジェーンは開示の範囲に迷う。キットが触れ廻ることはないが、知ったことで巻き込まれることもあろう。彼には妻と子供がいる。
クリストファー・〝キット〟・ロックウッドは、しかつめらしい顔になる。「埋め込まれていたのは写真の子だけ?」
助手は迷う。だが、首を横に振る。
講師は首肯する。「おそらく情報を分散させている。どこか別に中継か、復元するためのものがある」
「なんのために?」
「〈ビッグ・ブラザー〉の目を欺くため」
助手は眉をひそめる。講師は苦笑する。「既存の通信網に覗き見されないようにするのに、暗号文の手渡しは有用だね」
つまり子供たちは。
誰かに知られたくない何かを持っていた/持たされた。
百乗タケシは、〝三下〟コージを許す。保安官の憂さ晴らし。殴られ、歯を失い、それでも口を割らずにいた。怪我の治療に手を廻す気前の良さ。どうあれコージは、便利な手駒。
百条タケシは顧客に詫びる。ゲームの不首尾を心から。賭け金の払い戻しを提案。同時に次の日程を告知──更なる狂乱と興奮をお約束! 駒数は据え置き乍らも、狼に加えて鬼も参戦・刮目せよ!!
関心は次に移る。商品は学校に納入する備品の中に紛れている。非合法の亜生物の取り引きに、子飼いの学者崩れを利用する。講師の給与でローンを払い切れない。足枷の鎖は太い。彼の妻の浪費が原因。子供の学費も嵩むばかり。支出と収入/釣り合わない。
会計士を斡旋する。選択しろ。カネを洗うか、足を洗うか。後者は血と肉と骨の暗喩。〝賢人〟キットは前者を選ぶ。
「よう」講師に幼馴染のケヴィンからの連絡。キットを相手に、これと云った用はない。彼がパトロール警官であったとしても。彼が行政警察の関係者だとしても。
近況を交換し、とりとめのない話をし、「近々、会おう」約束をする。
講師は眠れない。教壇に立ち、板書のあいだに生徒たちがくすくす笑い、自分の背中を指さす夢。隣で妻が鼻を鳴らし、寝返りを打つ。キットの中で憎悪が膨らむ。
保安官:新治キララからの呼び出し。指定:真夜中の埠頭。積まれたコンテナ。外国の文字。なのにキララはやって来ない。
「こんばんは」少女が闇から現れる。真っ赤な唇、尖った鬼歯。深紅色のドレスに、玄の色のケープを纏う。
狼は権利を手に入れ、鬼は土地を手に入れた。野良鬼がうろつく道理はない。
「わたし、江戸川キヌコ」少女は、膝を曲げておじぎする。「吸血鬼なの」ドレスの裾がふわりと膨らむ。
素性を明かされ、保安官は呻く。鬼が鬼と認めるのは、確証あってのことだから。獲物を逃さぬ意味だから。鬼は、だから鬼なのだ。
江戸川キヌコは、メレンゲのように微笑む。「キララにお願いしたの」
「私に? 何の用で?」
鬼は、指先を可愛らしく自分の顎に当て、「邪魔をしないで欲しいの」
保安官は打てば響く。「子供たちのことか」
「札よ」歩きながら少女は訂正する。「ゲームの一組は廿陸」
つまり、分かっているだけで、残り二十人余りが、街の何処かに潜んでいる計算。保安官は少女の後をついて歩く。
「まずはじめに」少女が云う。「無作為にひとり選ぶ。その子に繋いで行方を見護る。他の子は、ただ逃げるだけ」少女の指が宙を踊る。「捕まったら脱落。どぼん。期限最後まで残った子を引き当てられたら──」ぱちん、と〝鬼〟が指を弾く。「大当たり!」
つまり子供たちは賭けの対象。
そして、誰かが匿う八百長も。
「ここへあなたを呼んだのは」少女はひとつのコンテナへ導く。「諦めてもらうか」
「無理だ」
「仲間になるか」
「無理だ」
少女はコンテナの戸を開ける。「あたしの食材」
保安官を襲う嫌な予感。
「琥珀の檻に沈めてる」
送り状には生鮮食品。アボカドからズッキーニまで。これには菜食主義者もにっこり。実態は人道主義者以外も噴飯もの。信じられないご禁制の品。
「素敵でしょう?」
少女ご自慢の同じ顔の子供たち。コンテナにみっしり全裸で琥珀に封じられている。
鬼は血を飲み、狼は肉を食む。子供たちはどこかで作られ、貨物として持ち込まれた。
「ゲームは不成立」少女が次々とスイッチをひねる。「仕切り直しね。札の配り直し」
ハム音。琥珀が震える。どろりと溶け出し、コンテナから溢れる。




