1(いない子)
a_fix_game_28+00
Natural Girl(pilot)
うすのろバーニーが消えて、坂本コージの尻に火が付く。狩られた痕跡はない。駒の管理はコージの仕事。いたずらが知られたら余計に厄介。百乗タケシからの圧力。コージは対抗できない。新治キララが受け取る手筈。バーニーの最後を知る女。ゲームに下げはない。コージに手繰る伝手はない。
「それは具合が悪いね」ヤブの〝闇医者〟川崎エリコが口先だけの同情を示す。「この子の代金、どうしよう?」
エリコの叩く繊維強化樹脂の水槽に、少女がひとり浮いている。薄く緑に濁った塩化ナトリウム溶液。のぞき窓から灰色の脳髄が見える。目玉がぎょろりと向いても、少女の目には映らない。水槽メアリはパリティ分散の要。進行具合を覗き見る。
重さ千グラムちょっとの水槽メアリは、ゲームを下りない/下りられない。タケシが持ち掛け、キララが乗った。少女は自分で自分を下ろせない。
「ツケだ」コージの懇願。
「空っケツだよ」エリコは欠伸。「殺してあげたら?」
「そんな問題じゃない」
「そうだね」エリコは素直に認めて、しかし、「あたしの新作に詰め直していい?」
「論外」コージは言下に断る。「どれだけ人形を集めたいンだ」
「ありったけ」エリコに迷いはない。「好きなだけ。すぐ壊れるからね」
エリコはいたずらに少女を壊す。子供たちを切り刻む。高密度セラミックスのメスと、アスクレピオスの杖で遊ぶ。
コージはエリコに血肉を卸す。エリコの値切りにコージは勝てない。お蔭でコージはいつでも手元不如意。
保安官の〝ビック〟・アップル・ジョーは、深夜の街で少女を保護する。擦り切れたゴミ袋のAライン・ワンピース。腕に咬まれた傷の痕。
「違いますよ」保安官助手のジェーン・狭間が携帯端末を片手に答える。「少年です」
「なにか分かったかい?」
「いない子ですね」
なんてこった。保安官は顔を覆う。迷子のことを、ジョーはいらない子だと思っている。ここではそんな子どもがいる。ちっとも保護が間に合わない。どこからか現れ、どこかへと消えて行く。
「男の子?」保安官は自分の据置端末へ転送された情報を読み上げる。「バービー? ボニー? 個人番号なし、……性器なし?」眉を寄せる。「ヘソがあるのに?」
「バーニーですね」
「分かったのか?」保安官が訊ねる。
「わずかに反応を見せたので」助手は応える。
「手がかりにならないな」保安官は椅子の背もたれに身を預け、不作法に鼻を鳴らす。
助手は続ける。「腕の咬傷は鬼でも狼でもありません。ヒトのものです」小さく溜め息。「左耳の後ろです、保安官」彼女は真っ直ぐ上司に目を向け、「ガラスが埋め込まれています。四人目です」
「何だって?」保安官は視線を向ける。
「郡全体で。分かっているだけで」
なんてこった。保安官は溜め息をつく。「食事は?」
保安官助手は、首を振る。どこの誰か分からないまま、少年は衰弱する。そして死ぬ。身体の一部をガラスに置換した三人の子供たちは、枯れ木の手足を投げ出して、身元不明のまま退院できない。迎えは役所の葬儀屋だけ。公営墓地に埋められる。
直径3.2ミリの丸いガラスの切片。ちっぽけな手がかり。中央に問い合せても、返答は届かない。
誰かが彼らにいたずらをした。
保安官は気に入らない。
「照会、きたよ」エリコが云う。「ガラスの出所。石英の」
コージは虚ろな目を向ける。
ぴんと立てた人差し指を唇に当て、「秘密だよ」エリコは微笑む。
もちろんコージは口を噤む。石英ガラス/記録素子。手配もコージの仕事のひとつ。
水槽メアリは夢を見る。記憶と記録は曖昧に。水槽メアリはほどけていく。塩化ナトリウムの溶液の中。あたかも櫛の歯が欠けるように、日々夜々と兄弟姉妹の信号が途絶えていく。
保安官助手はリストを手に入れる。アリスからゼルダ。上から弐番目、名前を見つける。
ボニー・バーニー・ボニカリス。
持っていたのはカシワザキ・真理。タレコミ屋。情報屋。カネに転がる街の牝狐。
「拾参は?」助手が抜けを指摘する。
「Mは今度のゲームの要」つまり、不参加。
夜の街、小糠雨のけぶるネオン。助手の顔がまだらに染まる。無線を取って、また戻す。見逃しの見返りを、助手は保安官に云い出せない。
保安官、〝ビック〟・アップル・ジョーはチンピラを殴りつける。街の噂を追い掛ける。クズの価値は歯の本数。ジョーの機嫌は折った数。アップル・ジョーはカネを巻き上げ、袖の下を受け取る。カネを使って情報を買う。買ったネタで強請り集る。カネが膨らむ。新治キララが伝言を残す。保安官・個人宛て。




