トオル08
「ちょ、ちょっとあんた……。その羽は……」
「あっ!?」
まずい! コロナに竜翼を見られてしまった。また魔女がどうこう疑われてしまうかも……。もう村にはいられない! 慌てて踵を返す。
「ま、待ちなさい! 話を聞かせなさいよ! 誰にも言わないから!」
「……はえ?」
困惑して足を止めた。振り返って彼女の顔を眺める。
「……つ、捕まえて、王国に突き出さないの?」
「……どうしてよ?」
「だ、だって僕! 翼が生えてるんだよ?! 黒髪だし黒瞳だし、……魔女の手先だーって言わないの?」
コロナはブスッとした表情で、僕の言葉を聞いていた。腕組みをして盛大にため息を吐く。
「あんたが魔女の手先じゃないことくらい、わかってるわよ。……いえ、本当はそうなのかも知れないけど」
「ち、違うよ! 手先なんかじゃないよ!」
「だからわかってるってば!」
意味がわからない。彼女はなにを考えているんだろう?
「じゃ、じゃあどうして……?」
「……だってほら。あんたって、ヘタレじゃない」
「……ヘ、ヘタレ!?」
酷い言われようだ。しかもなんだか睨まれているみたい。
そりゃあコロナには何日もこき使われ続けても、逆らいもしなかったけど、だからってヘタレ呼ばわりはあんまりだよ!
(でも……)
でも、話を聞いてくれるつもりはあるんだ……。
少しだけ安心する。彼女に向けて口を開こうとした。
そのとき――
「おーい! まだかぁ? もう午後の仕事……が……始まる……ぞぉ……」
村人たちが入ってきた。
3人連れの男たちだ。彼らはあばら家に入ってくるなり、翼を生やしたままの僕の姿を認めて、目をぱちくりとさせた。
「……ま、……魔女の手下……だ……」
「やっぱり……、やっぱり、魔人だったのかお前!?」
男たちが騒ぎ出した。その内のひとりが、泡を食って逃げ出していく。
「ひゃぁあ!? お、お助けぇ!」
「あ……。ま、待って! これは、これは違うんだ!」
室内に残った男たちも、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てている。家屋の外が、ガヤガヤと騒がしくなってきた。さっき走って逃げた男が、騒ぎを広めているのかもしれない。
「ど、どうしよう……。どうすれば……?」
オロオロとしてしまう。冷静になろうとしてもなれない。
でも仕方ないじゃないか! いままでの人生で、こんな風に差し迫った判断を求められることなんてなかったんだ。
「魔人め! やっぱり俺たちを騙していたんだな!」
「な、なにが狙いだ! 思い通りになると思うな!」
男たちが口汚く罵ってくる。
それに気が動転してしまった僕は、逃げることさえ忘れてその場に立ち竦んだ。
――ドンッ!
呆けていると、背中を押された。
緩慢な動作で振り返ると、コロナがキツい表情で僕を見つめていた。眉を吊り上げて、唇をへの字に結んでいる。彼女にも、酷いことを言われるのだろうか。
「なにぼさっとしてるの! はやく行きなさい! 逃げるのよ!」
「……はえ?」
「『はえ?』じゃないでしょ! バッカじゃないのあんた! いいから行けって言ってるの! 捕まって王国に突き出されたいの!?」
あ、そうだ……。逃げないといけない。ようやく頭が回転してきた。
「ほら! はやく!」
「う、うん……」
頷いてあばら家を出る。すでに家は何人もの村人たちに囲まれていた。
「で、出てきたぞ!」
「ほ、ホントだ!? 羽が生えている!」
「魔女……。魔女の手下だ!」
叫ぶ彼らを放って、大空へと高く舞い上がる。必死で飛んで逃げると、あっという間に村は見えなくなった。
森へと逃げ込んだ僕は、翼をしまって地に降り立つ。
途端に力が抜けて、がくりと膝が崩れた。湿った地面に手をついて、四つん這いになる。思い出すのは先ほどの村人たちの顔だ。
少しの間とはいえ同じ農作業に従事して、顔も見知った彼ら。その彼らが怯えを含んだ表情で罵ってきた。そのときの顔が、声が、頭から離れない。
「なんだか……、疲れた……」
思わず呟いた。
「少しだけ、眠りたいな……」
顔を上げる。辺りを見回すと大木のなかでも一際目を引く、巨大な樹が目に映った。その大樹の根のあたりには、ちょうど人間がひとりすっぽりと収まるくらいのうろがあった。
立ち上がって、のろのろとそのスペースに向かう。隠れるように体を収めた。
「母さん……。絵里……」
日本で暮らす母と妹に思いを馳せる。ひとの温もりが恋しい。ふたりは元気にしているだろうか? いなくなった僕を、探していたりはしないだろうか?
「……帰りたい……な……」
小さく漏らしてから目を瞑る。
頬を伝う涙の雫を感じながら、そのまま僕は、落ちていくように意識を失った。
8時、12時、15時、18時、21時、0時の、一日6回更新になります。