セルベシア01
――はっ! ――せい!
そこかしこで気合いの入った声が飛び交っている。
ここは王国騎士団の訓練所。私は素振りをする団員の合間を縫って歩いている。訓練に精を出す騎士たちは男ばかり。女は私だけだった。
「……なぁ、聞いたか? 国境の話」
「元辺境伯軍との戦線のことか?」
「ちげえよ。そっちは割と安定してるだろ。……魔国との国境の話だよ」
稽古を見て回る私の耳が、ひそひそと話す声を捉えた。
「なんでもまた出たらしいぜ。……『黒の魔女』」
話し込む団員の背後に歩み寄る。肺に大きく息を吸い込んで、怒声とともに吐き出した。
「お前! 稽古の最中に無駄話とは、何事か!」
「――ひぃ!? だ、団長!?」
叱られた団員が竦みあがる。もう一人のほうは、我関せずとの態度で稽古を再開した。
「気が抜けているようだな。……ひとつ私が稽古をつけてやろう」
木剣を構える。すると彼はぶんぶんと首を横に振った。
「め、滅相もない! セルベシア団長に稽古をつけて頂くなんて畏れ多いですよ!」
口ではこう言っているが、この団員は私を恐れているだけだろう。必死の形相がそれを裏打ちしている。先日も、気の抜けた騎士を、この手で叩きのめしてやったばかりなのだ。
「……ふん。なら真面目に稽古を続けろ」
鼻を鳴らして木剣を下げる。彼はほっと息を吐いてから稽古へと戻った。
「ひぇぇ……。美人なのに相変わらずおっかねえ」
「しっ! 団長に聞こえたらどうする!」
無駄口を叩いた別の団員を、ジロリと睨む。すると彼らは慌てて目を逸らした。
(まったく……。戦時中だというのに、弛んでいるな)
現在我らがペルエール王国は、ふたつの方面と交戦状態にあった。
一方の相手は王国南西方面のシャハリオン元辺境伯軍。
もう一方は王国北東方面の魔国オイネである。
我らが王国は精強である。両方面を同時に相手取っても、揺るぎはしない。しかし前線を支える騎士団員の練度は、高いにこしたことはない。
――トントントン。
物思いに耽っていると、団員たちの掛け声に混じって、訓練所の壁を叩く音が聞こえてきた。音のしたほうに意識を向ける。するとそこには銀髪の優男の姿があった。
いつの間に入ってきたのか、彼は訓練所の壁にもたれて腕組みをしている。
「やあ、セルベシア。また団員をいじめているのかい?」
「……人聞きの悪いことを言うな。稽古を見回っているだけだ」
のっけから難癖をつけてきたこいつは、キルケニー。
私のひとつ年上で24歳。騎士訓練校以来の腐れ縁である。
「もうお昼どきだよ? よければ食事でも一緒しないかい?」
言われて気付いた。もうそんな時間になっていたとは……。
「わかった。少し待っていろ」
午前の稽古の終了を告げる。わいわいと騒ぎ出した団員たちを残し、彼と連れ立って訓練所をあとにした。
食堂についた。簡素なテーブルに、キルケニーと向かい合って座る。
「はぁ……。いつも通り質素な食事だねぇ」
昼食の内容は、白パンに肉入りスープにサラダ。
私としては不満のないメニューなのだが、こいつにとってはどうやら違うらしい。
「実家の食事が恋しいよ……」
「お前な……。騎士寄宿舎と公爵家の食事を比べてどうするんだ?」
こいつのフルネームは『キルケニー・ビーミッシュ』という。こう見えてビーミッシュ公爵家の次男坊だ。
髪は艶めく銀色で長髪。線が細く美形で、女と見紛うような優男なのである。
「爵位がどうこうの話なら、君だってそうだろう? ウェストマール伯爵家ご令嬢の『セルベシア・ウェストマール』くん?」
「……ご令嬢はよせ。それに私もお前も、いまは一介の騎士だろう? 第一、私はお前と違って、ここの食事に満足している」
「一介の騎士ねぇ」
キルケニーが意味ありげな視線を投げてきた。
「……なんだ?」
「いやなに。ペルエール王国が誇る王竜騎士団。その勇猛果敢な精鋭集団たる竜騎士たちを纏め上げる、若く美しき女団長殿が、単なる一介の騎士とは、俺にはどうにも思えなくてね」
まったく、勿体つけた言い回しだ。
こいつのこういうところは、少し苦手である。
「……それをいうならお前だってそうだろう? 王国近衛を司る黄金騎士団。その副団長だ」
「いやだってほら。俺は『副』団長だからさ」
なにが「だって」なのだろうか。相変わらず煮え切らない男だと思う。
私はどちらかと言えば、寡黙で無愛想だ。
鍛え込んだ体も筋肉質で、同年代の令嬢に比べて背も高い。金色の長い髪も、動作の邪魔にならないよう、ハーフアップにして結っている。
目つきもきっと悪いのだろう。キルケニーとは対極的と言っていい。
けれどもなぜか私は、締まりのない性格のこの男と馬があった。……あくまで『友人として』ではあるが。
そういえば以前、こいつからは求愛を受けたこともある。なんでも強い女性が好みなんだそうだ。だが私はその求愛を即座に断った。馬は合ってもこいつは私の好みの男とは程遠い。
ふと思ったが私の好みとはどういうものなのであろう。少し考えてみたが、思い浮かばない。
「どうしたんだい、セルベシア? そんな風に何かを考え込んで」
「……なんでもない」
思考を中断して言葉を濁す。まさか自分の男の好みを考えていたなどとは、口が裂けても言わない。柄でもないしな。
「ともかく食事にしようか。きみも午前の稽古でお腹が空いているだろうしね」
「ああ。そうだな」
食事をしながら何の気なしに会話を始める。
「そういえばお前は、午前はどうしていたんだ?」
「俺? 俺は宣教師さまの、ありがたい説法を聞いていたよ」
キルケニーがウィンクをしてみせる。それで私は察した。宣教師とは、このあいだ聖教会から派遣されてきたあの女宣教師のことだろう。
「……ほどほどにしておけ」
「わかってるって。ちょっと伝承のお話を聞いてきただけだよ」
「伝承ってまたあれか?」
聖教会に伝わる竜伝承。これは王国と魔国に関わる教会のお告げだ。宣教師が好んでする話である。たしか『災厄の黒き竜』と『救いの御手たる白き竜』、だったか。
「ま。お話のあとは、しっかりと楽しませてもらったんだけどねー」
「お前なぁ……」
まったくこいつときたら……。私はこれ見よがしにため息を吐いた。
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