表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/40

トオル23

 その日、僕はコロナと一緒に、食事の準備をしていた。


「お皿、ここに並べておくわよー」

「うん。ありがとうー」


 作っているのは、川魚の天ぷらだ。

 小麦粉(?)や揚げ油なんかは、コロナが調達してくれたものを使っている。

 揚げ物ができると、料理の幅が広がっていい。


「うーん。セルベシアにはニジマスで、なにか一品サービスしちゃおうかなぁ?」

「ミュキスねぇ……。あんた、セルベシア様にはいっつもそれだけど、いい加減もう、飽きられてるんじゃないの?」

「ええー? そんなことないって」


 だって彼女は、川魚だとこれが一番好きって呟いてたんだから。


「ふんふんふ、ふーん」


 僕たちは次々と料理を作っていく。

 場所はうろの家だ。窓際に5体のこけし人形が並んでいる。

 端から順に、母さん、絵里、僕、セルベシア、コロナ、である。


「それであとのふたりは……。セルベシア様とイネディット様は、いつ来るの?」

「セルベシアはそろそろじゃないかな? イネディットさんは、わかんないよ」


 雑談しながら準備を進めていく。

 今日はみんなでパーティーなのだ。




 黒竜事件から、はや数ヶ月――

 ペルエール王国とオイネ国は、和平に向けて動き出していた。

 とはいえ長年争い続けてきた両国だ。小さな火種はたくさん燻ったままだし、前途は多難らしい。それでも着実に、一歩ずつ、互いの国は手を取り合える未来に向けて、舵を切り始めていた。


 セルベシアの話によると、なんでもキルケニーが、ことのほか張り切っているらしい。きっとイネディットに、良いところを見せたいんだと思う。


『美しき女王の傷ついた心を、俺がこの手で癒してあげたいんだ……』


 いっつもそんなことを言っているみたい。ちょっと自己陶酔が激しいタイプなのかも?

 でも当のイネディットは、あんまり彼には興味がないっぽい。

 この間一緒にお茶をした時なんて、こんなことを言っていた。


『余の男の好みだと? ふむ……。あまり斯様なことは考えたこともなかったが、そうだな……。やはり一本芯の通った、骨太な者がよい。ああ。男だの女だの、性別はどうでもよいな』


 骨太と言われてパッと思いつくのは、やはりセルベシアだ。

 というかイネディットはバイセクシャルなのか? まさかとは思うけど、僕のセルベシアを狙っていないだろうな? もしそうなら戦争だぞ?

 それはともかくキルケニーも論外だろう。骨太とは程遠いという意味で。

 ともかくそういう訳で、両国の先行きだけではなく、キルケニーの恋路のほうも道のりはまだまだ険しいのである。




「さ、料理のほうは、このくらいでいいかしらね」

「うん! いっぱい作ったよなー」


 テーブルには所狭しと料理が並べられていた。

 川魚の天ぷらに、ビーフ(?)シチューに、海老(?)チリ……。和洋折衷である。まぁ、こっちの世界で和も洋もないんだけどな。


 そうこうしていると、うろの家の前庭に、一頭のワイバーンが降りたった。

 セルベシアの到着だ。

 今日は、鎧姿ではない。彼女は騎竜のハービストンから降りて、こっちにやってくる。


「いらっしゃい、セルベシア!」

「…………」


 セルベシアはなにも言わずに、真っ直ぐに僕を見つめてきた。力強い眼差しに、ドギマギしてしまう。


「……決意は、変わらぬのだな?」


 彼女がゆっくりと唇を動かした。僕はそれに、こくりと頷き返す。


「……そうか。ならばもう、なにも言わん」


 セルベシアが僕の体に腕を回して、ギュッと抱き寄せてきた。心臓がとくとくと鳴っている。


「……絶対に。……僕は絶対に、帰ってくるから」

「ああ。信じている」


 抱かれた胸から、暖かな体温が伝わってきた。




 戦いが終わって数日後、イネディットがうろの家にやってきた。

 そして彼女が、教えてくれたこと。

 なんでも僕は、元の世界に戻ることができるらしい。


 ――『望郷の鏡』。

 そういうものがあるのだそうだ。

 なんでもその鏡は、僕の元の世界に繋がっているもので、その昔、オイネが生涯をかけて探し出したものなんだとか。その話を聞いた僕は、たしかこっちの世界に渡ってくるときも、うちの玄関で見覚えのない鏡を覗き込んだことを思い出した。


『トールよ。……彼方の世界に、戻るか?』


 そうイネディットに問われてから、ずっと僕は考え続けた。

 母さんに、絵里に会いたい……。

 こっちの世界で暮らしていくにしても、せめてふたりの家族には、僕が元気でやっていることを伝えたかったのだ。

 それにオイネだって、一度日本に帰ってから、またこの異世界に戻ってきたクチらしい。だったら僕だって、同じように戻ってこられるだろう。

 セルベシアやコロナと、今生の別れになるわけではないのだ。


『……はい。……僕は、帰ります』


 僕は、日本に帰ることを決意した。




 イネディットが到着した。

 ふわふわと空に浮いていた彼女が、着地する。


「皆、揃っているようだな。待たせたか?」

「そんなことないですよー」


 彼女は手に、大きな鏡を持っていた。これが例の鏡か……。

 鏡にかけられていた厚手の布を、彼女が取り払った。


「ちょ、イネディット様!? ここ、こっちに向けないでください!」


 コロナが慌て出した。

 異世界に飛ばされるのを怖がっているのだ。それをイネディットが静める。


「慌てるな。この鏡は素養のあるものしか通さぬ」


 彼女が手本を見せるように、鏡を覗き込んだ。けれども特になにも起きない。


「これこのようにな。この鏡で世界を渡ることの出来る人間は、そう滅多にはおらぬ。安心するがいい」


 コロナがホッと胸を撫で下ろした。安全となると俄然興味が出てきたらしい。彼女は鏡を覗き込んで、コンコンと叩いたりしている。


「あたし、鏡ってもの自体、こんなにしっかりと見るの初めてかも……」

「女王よ。その鏡の繋がる先は、どのような場所なのだ?」

「なんでも『フジの樹海』なる場所だそうだ。そして彼方の世界の鏡は、此方の世界では『魔の森』に繋がっておる」


 ふーん。行き先固定なんだ。

 ランダムで飛ばされたりしないのはありがたいけど、富士の樹海って……。ちょっと不安になってきたぞ? これはしっかりと準備してから行かないと!


「そうか。しかし一見すると、なんの変哲もない鏡のようだが……」


 セルベシアが身を乗り出した。そのまま鏡を覗き込む。

 その瞬間、彼女の姿が掻き消えた。


「――はぉわぁ!?」


 な、なんだぁ!? なにがどうなってる!?


「ほぅ……」

「あわ、あわわわ……。セルベシア様がぁ!?」

「え!? なに!? どういうことなんだ!?」

「くく……。くはは。これはこれは……」


 イネディットが楽しげに目を細めている。


「ちょ……!? まっ……!? ええええ!?」

「案ずるなトール。彼奴にも、世界を渡る素養があっただけの話。まぁ珍しくはあるがな。ふふ……」


 なんだってこのひとは、こんなに落ち着いてるんだろう。僕なんてもうパニックだ! イネディットも、少しはコロナを見習って慌てて欲しい。


「ト、ト、トール! どどど、どうするの!? ど、どうすれば……っ!?」


 これだよ、この反応!

 やっぱり、こういうのが普通だよな? ちょっと落ち着いてきた……。

 いやいや、落ち着いちゃダメだろう!

 でもコロナの言う通り、一体どうすればいいんだ!?


「ど、どどど、どうしようーっ!?」

「すぐに追いかけるがよい。さすれば世界を渡った先で落ちあえるだろう」

「そ、そうかっ! そうですよねっ!」


 用意してあった荷物を、手繰り寄せるみたいにして引っ掴む。


「じゃ、じゃあ早速……」


 鏡に向かって一歩を踏み出したところで、背中に声を掛けられた。


「ト、トール! ちょっと待ちなさいよ!」


 振り返ってコロナを見る。


「……絶対に。……絶対に帰ってくるのよ!?」


 心細そうな表情。

 まったくなんて顔をするんだろう……。


 彼女から視線を外して、住み慣れた部屋を見渡した。

 テーブルには沢山の料理。 僕の送別会だったのに、結局バタバタしてパーティーは出来なかったなぁ。

 イネディットは超然としている。このひとはいつも変わらない。

 なんだかそれが、ちょっとおかしい。


「……ねぇ、トール。……なんとか言いなさいよぉ」


 彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「うん。絶対に……。絶対に戻ってくるから……」


 コロナは何度も何度も頷いている。


「彼方の世界でも、鏡を探すのだぞ?」

「はい! 多分すぐに、見つかります」


 玄関にあった鏡。さすがに割られたり、捨てられたりはしていないだろう。

 ……してないよな?

 僕はコロナに向き直った。彼女はちょっと目が赤くなっている。


「じゃあね、コロナ……」

「うん……。トール……」


 僕はコロナを安心させるように、満面の笑みを浮かべる。大きく息を吸ってから、ひと息に吐き出した。


「それじゃあ、いってきます!」


おしまい。

もしよろしければ、下記のフォームから評価やブックマーク、ご感想などを頂けますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ