トオルとセルベシア
白竜トールと、黒竜イネディットが激しく戦っている。
それを私は片時も目を逸らさずに見つめる。押しているのは黒竜のほうだ。
「ああ……。あいつが、やられちゃう……!」
コロナが必死にトールを応援している。
たしかに一見すると、白竜の彼は防戦一方である。激しい攻撃に手も足も出ていない。
だがむしろ私には、苦しそうなのは黒竜のほうに見えた。
「……はわぁ、危ない! トール!」
黒竜の喉元が赤く輝きだした。破壊のブレスだ。しかしブレスは放たれることなく、赤熱していた喉は元に戻っていく。
(……黒竜は……消耗している……!)
もうブレスを吐く力も残されていないのだろう。
私たちの……。王国騎士たちの奮闘は、決して無駄ではなかったのだ!
黒竜の猛攻は最後の足掻きだ。これを凌ぎ切れば、トールの勝ちである。だが彼は繰り出される攻撃を、ひとつもまともに防御することが出来ず、全てクリーンヒットさせられていた。
(……まずい。……このままでは……!)
イネディットの強烈な一撃が、彼に突き刺さった。トールが地に膝をつく。
「ああ!? トール!?」
どうすればいい? どうすれば私は、彼の力になれる?
白竜トールが立ち上がった。フラフラしながらも、なお黒竜イネディットに立ちはだかる。
「……もういい! もういいから逃げなさい、トールゥ!」
考えろ……! 考えろ、私よ……!
好いた男が、目の前で死に物狂いで戦っている。私の為に戦っているのだ。
それをこんな安全な場所で、ただ見ているわけにいくか!
「……そう、だ」
ふと気付いた。
私なら……。私ならばトールと共に、戦うことが出来るはずだ。
なぜなら私は、王竜騎士団団長、セルベシア・ウェストマール。
――王国最高の『竜の騎士』なのだから!
「ハービストン! いくぞ!」
騎竜に跨り、大空へと舞い上がった。
「待っていろトール! 私は決して、お前をひとりで戦わせなどしない!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
もうだめだ……。何度もそんな風に考えては立ち上がる。
意識がはっきりしない。けど、わかっていることがある。僕がここで倒されてしまうと、たくさんの人の命が奪われる。
セルベシアが……死んでしまう。
「グルァアアアアアアアアアアアアアアッ!」
また攻撃された。今度は体当たりだ。
跳ね飛ばされた僕は、無様にごろごろと大地を転がる。
「ぐ、ぐるぉ……(ま、まだだ……)」
膝が笑っている。それを無理やり押さえ込んで立ち上がった。
でもそろそろ、本当に限界がきている。
「ギュルゥ……」
黒い竜がゆっくりと近づいてきた。僕にとどめを刺すつもりかもしれない。
「……逃げなさいぃ……、トールゥ……!」
いまのはコロナの声だ。
そうは言われても、ここで僕が逃げ出せば、彼女だってどうなるかわからない。
(家で、待っていて貰えばよかったなぁ……)
まぁついてきたのは、コロナなんだけどね。彼女はいつも、強引なのだ。
「フシュルゥ……」
息を吐く音がした。顔を上げると、黒竜が目の前まで来ていた。
「……グルゥア……!」
竜は鉤爪を振り上げている。
ああ……。また叩かれるのかぁ。もう痛いのは嫌だなぁ。でもいくら叩かれても、耐えてやるんだ! 覚悟を決めて目を閉じた。
そのとき――
「……トー……! ……こちら…見……!」
いまの声は!?
頭の上から響く声に、天を見上げる、
「ぐ、ぐるぇ!?(は、はぇえ!?)」
わけがわからない!
空からセルベシアが――
太陽を背にして、空からセルベシアが『降ってきた』!
なんだ!? どうなってるんだこれ!?
「トール! 背中を向けろおおおー?」
「ぎ、ぎゅりぃ!(は、はぃい!)」
相変わらずセクシーな声だ。命令されるとゾクゾクしてしまう。反射的に返事をしてから、僕は彼女に背中を向けた。
ドンッと鱗に衝撃が伝わってくる。ちょうどそれと同じタイミングで、黒竜の鉤爪が振るわれた。でも僕は無意識に手を振り上げて、竜の爪を弾き飛ばす。
「ぐらぁ!?(いまのは!?)」
はじめて攻撃を防御できた!
でもどうして!? なんか、無意識に手が動いたんだ!
「ギィガアアアアアアアアアアアアッ!」
黒竜が怒涛の攻撃を仕掛けてくる。
すごい迫力だ。これはまずい。いまはセルベシアが、背中に乗っているのに!
「……トール! 私を信じろ!」
「ぎ、ぎゅらぁ!?(い、いきなり、なんだ!?)」
「すべてを私に委ねろ! お前はずっと、私だけを想っていればいい!」
なんだ、この台詞!?
ププ、プロ、プロポーズか!? 逆プロポーズか!?
顔が赤くなる。童貞にはハードル高すぎるだろ、こんな展開! 心臓がドキドキしてきた。
でも嬉しい……。
嬉しいけどでも、なんだってこんなときに!
(はわ……。はわわわわわ……)
焦っている間にも、僕は攻撃され続けていた。けれどもさっきまでとは違う。なんにも考えていないのに、体が勝手に動いて、僕は黒い竜と戦っていた。
「グラァアアアアアアアアアアアアア!」
「これ以上、私の男に手は上げさせん!」
襲いくる尻尾をステップバックで躱して、距離を詰め直す。黒竜の懐に潜り込んで、掌底で相手のアゴを跳ね上げた。
「グルゥガァアアアア!?」
竜が悲鳴をあげる。――って、なにこれ!? いまの僕がやったのか!?
実は僕は格闘技の天才だったとか? ピンチで眠っていた才能が覚醒したとか?
そんなわけない!
よくよく自分の内側に意識を向けてみる。すると、これからどう体を動かせばいいのかが、手に取るようにわかった。
(……そうか。……もしかして、これは……)
これはセルベシアだ。彼女が僕を動かしている。
いま僕は、セルベシアと感応している!
気付いた瞬間、繋がりがさらに深まった。まるで彼女と一体化したかのような、不思議な感覚。きっとセルベシアも同じ感覚を共有してくれている。僕には、それがわかる!
(……これが)
これが竜と竜騎士……。
僕とセルベシアなんだ――
僕たちは相手を圧倒しはじめた。
黒竜はどんな攻撃を仕掛けても、僕たちにそれを躱され、弾かれ、逸らされ、逆に反撃を受けてしまう。
「ギィラアアアアアアアアアアア?」
それでも尚も、竜は激しく攻撃をしてくる。軽く飛び上がって、上から激しく尻尾を叩きつけてきた。でも僕たちは、頭上からのその攻撃を防いで、黒竜の尻尾をギュッと掴んでやった。
「ぐるぇ!(くらえ!)」
そのまま勢いよく大地に叩きつける。轟音とともに地揺れが起きた。
「グルゥオオオオオオオオオオオ!」
堪らず叫んで、黒い竜が空へと逃げた。
でも僕たちはそれを許さない。白く輝く竜翼を広げ、続いて空へと舞い上がる。
追撃を恐れた黒竜が、業火を放ってきた。けれども僕たちは構わず炎を突っ切って、赤い魔力球に鉤爪を叩きつけた。
パリンと球が割れた。周囲から、灼熱の炎が掻き消える。
「ギュラァアアアアアアアアアッ!」
黒竜が今度は巨大な氷の塊を飛ばしてきた。体当たりでその氷を割って、そのままの勢いで青の魔力球を叩き割る。辺りを凍て付かせていた吹雪が消え失せた。
黒竜は次々と魔力球で攻撃を仕掛けてくる。だがどんな攻撃も、私たちには通用しない。
白の魔力球を叩き割ると、目も眩むほどの光の洪水が止んだ。
黒の魔力球を叩き割ると、黒竜を護っていた闇色の靄が霧散した。
茶褐色の魔力球を叩き割ると、大地の震えが収まった。
そして最後に、緑の魔力球を叩き割ると、付近一帯を覆っていた暴風が掻き消え、全ての音が鳴り止んだ。
天高く舞い上がった黒竜は、呆然と私たちを見下ろしている。
もうこの嘆きの竜には……。
黒竜となったイネディットには、成す術はない。
(……いけるか、トール?)
(……ああ、もちろん! セルベシア!)
白竜と変じた僕の喉元に、赤い光が灯った。それは徐々に輝きをましていく。
赤熱した喉を、上げてみせた。
黒竜に見せつけるように……。
「……グルォ」
竜は、イネディットは、観念したかのように最後に小さく呟いた。
「ぐるぅああああああああああああっ?」
トールから放たれたブレスが、彼女を包み込む。それだけにとどまらないエネルギーが、イネディットを巻き込みながら、分厚い雲を貫いた。
ぱぁっと雲が霧散していく。
切れた雲の裂け目から、明るい陽の光が射し込んでくる。
力を失った黒竜が、落下していく。
地に堕ちた竜は、轟音とともに辺り一面に激しい土煙を舞い上らせた。
「黒竜が……倒れた……」
「お、俺は、夢でも見ているのか……」
騎士たちの声が聞こえる。なんとか黒竜の暴走を鎮めてみせたものの、こちらもフラフラだ。
「……やったぁ! やったわよ、トール……!」
いまの声はコロナだな?
彼女の言葉を皮切りに、ワッと周囲がわき立った。
「見たか!? 見たか、いまの戦いを!?」
「ぅう、ぅぉお! 白竜万歳! セルベシア団長ばんざぁい!」
「王国は……、王国は、救われた!」
声を聞きながら、その場でペタンと尻餅をついた。
そんな僕と私を、王国騎士たちの大喝采が包み込んだ。
8時、12時、15時、18時、21時、0時の、一日6回更新になります。