トオル21
白竜になった僕は、コロナを背中に乗せて飛んでいた。森で普段通りのスローライフを楽しんでいた僕に、彼女が知らせてくれたのである。
事は急を要する。セルベシアの一大事なのだと。
「ぐるぉ……(これはすごいな……)」
眼下で大地が抉れている。それがずっと先まで、見渡した地平線の向こうまで続いていた。この破壊跡を辿ったその先に……危険な竜がいる。
僕はかなりの速度で飛んでいた。胸騒ぎがするのだ。
「……っ! 速い、速すぎるわよぉ!」
コロナが背に乗っている。彼女は必死で鱗にしがみ付いていた。その姿はボロボロだ。
彼女は危険な目にあうのを覚悟して、森を突っ切ってきてくれたのだ。実際うろのお家に着くまでに獣に追いかけられて、大変だったらしい。その想いに深く感謝する。
「……ッ、ぐらぁ!(……ッ、見えた!)」
僕のドラゴンアイが捉えた。あとほんの少し飛んだあたりで、黒い竜と大勢の騎士たちが戦い合っている。
かなりの乱戦だ。大っきな弓や大岩が乱れ飛び、その隙間からワイバーンたちが黒竜へと果敢に攻撃を仕掛けていた。
(……あ!? いた!)
セルベシアだ! セルベシアがハービストンに乗って戦っている。
(――ッ!?)
黒竜へと体当たりを仕掛けた彼女が、薙ぎ払われて空中へ放り出された。
(やばいやばいやばいやばいやばいやばい――)
竜はセルベシアを狙っている。いま、凶悪な鉤爪を振り上げた。
ダメだ……。
そんなことはさせない。
そんなことをしたら、セルベシアが死んでしまう。
僕は絶対に、彼女を殺させやしない!
「ぐるぅおおおおおおおおおおおおお?」
咆哮する。
翼を広げ、全速力で空を駆ける。
「ぐらぁあああああああああああああ!(えやあああああああああああ!)」
一直線に飛んだ僕は、鉤爪が振るわれるよりも早く、黒竜に体当たりを仕掛けた。
「きゃああああああ……! あんた、無茶しすぎよおおおお……!」
「ぐるぇ!?(はえっ!?)」
体当たりの衝撃で、コロナが宙に投げ出された。
必死になり過ぎて、彼女のことを忘れていた。
(あわ、あわわわわわわ!?)
ど、どうしよう。助けたいけど、全力で突撃した僕は黒竜と揉みくちゃになって、すぐに立ち上がれそうにない。
「……ハービストン! こい……!」
セルベシアが空中でハービストンに乗り直した。そのまま空を舞い、コロナをキャッチする。
「トールか!?」
「ぐらぁ!(セルベシア!)」
いまが戦闘中なんてことも忘れて、僕たちは見つめ合う。
彼女が無事で、本当に良かった。
「……白竜だ……。白竜が現れた……」
金ピカの鎧を着た騎士さまたちが、足下で僕を見上げている。
彼らはみんな呆然とした様子だ。白竜だ、白竜だって口々に呟いている。僕みたいな白い竜を、見たことがないんだろうか?
「……伝承の……。救いの御手たる、白き竜……」
はえぇ!? お、拝み始めたぞ!? なんだこの人たち。泣いてる人もいるし、正直ちょっと怖い……。
(あ!? そんなことより!)
セルベシアとコロナだ。キョロキョロと首を回してふたりを探す。
すると彼女らは、戦いの場から少し離れた場所に、無事着地していた。
あそこなら安全だろう。騎竜から降りたセルベシアが、苦しげに片膝をついている。コロナは心配そうにオロオロしている。
彼女が辛そうなのは、きっとこの黒い竜に叩かれたからに違いない。
「ぐるぉ……(許さない……)」
セルベシアに手をあげるなんて。
キッと竜を睨んだ。すると黒竜はギンっと血走った目で、僕を睨み返してきた。
こ、怖っ……!? ちょっとこの竜、目つき悪すぎないか!?
睨み負けて、思わず目をそらす。
「……グルゥアアアアアアアアアアアアアア!」
組み敷いていた竜が叫んだ。あまりの迫力に、肝が冷える。
――……滅びを……。王国に、滅びを……!――
竜が僕を跳ね除けて立ち上がった。白い巨躯が、土煙をあげてズズンと倒れる。
「……退避ぃ……! 巻き込まれるぞぉ……!」
騎士や兵たちが、わらわらと逃げていく。
黒竜が手を振り上げた。勢いよくその手を振り下げて、僕の顔をガツンと叩く。
「ぐりゅあ!?(あいたぁ!?)」
痛い! いまのは痛かった。ほっぺに引っ掻き傷が出来ている。なんて凶暴なヤツなんだ!
竜は次々と攻撃してくる。何度も何度も僕を叩いてくる。
「ぎゅ、ぎゅるり!(やめ、やめろ!)」
僕は堪らず頭を抱えた。背中を丸めて、全力で尻尾を振るう。その竜の尾が、黒竜にクリーンヒットした。
「グギィアアアアアアアアア!?」
跳ね飛ばされた黒竜が、大地にぶつかってバウンドした。地震みたいな地揺れが起きる。僕と黒竜の間に少しの距離ができた。これで仕切り直しである。
ドラゴンテイルの強烈な一撃を受けた竜は、なんとも苦しそうだ。でもフラフラしながらも、立ち上がってくる。
――許さぬ……! 余は、決して許さぬ……!――
黒竜がなにか言っている。
許さない? はん……! それはこっちのセリフだ!
横目でチラッとセルベシアを見た。ボロボロになっている彼女の姿……。
僕の、か、かか、彼女を、あんな酷い目にあわせるなんて! 年齢=彼女いない歴の僕に初めてできた、とんでもなく大切な彼女なんだぞ!
「グルゥオオオオオオオオオオオ!」
「ぎゅ、ぎゅるわあああああああ!?(な、なんだよおおおおおおおお!?)」
再び僕たちの取っ組みあいが始まった。
(……やばい)
勝てそうにない。
というかこの竜、強すぎる。
左右の鉤爪のコンビネーションから、尻尾の叩きつけ。上空に舞い上がってからの急降下攻撃。回転尻尾攻撃、エトセトラ、エトセトラ……。
こんな大きな図体のくせして、何気にフットワークが軽いのだ。
(ぅう……。こいつめぇ……)
殴られ過ぎてもう僕はフラフラだ。
この竜は、戦い慣れしている。対する僕なんて精々、鉤爪パンチと体当たりくらいしかできない。よくよく考えれば、僕は今まで殴り合いの喧嘩なんてしたことがないのだ。
「ぐ、ぐるぃ!?(あ、熱い!?)」
いまの攻撃も厄介極まりない。どうやってるのか知らないけど、炎や氷や風なんかで攻撃してくる。こんなこと、僕には出来ない。
どうすれば……。いっそ噛み付いてやろうか?
そんなことを考えていると、竜の姿が掻き消えた。
(はえ!? ど、どこに……)
瞬間、脳天に凄まじい衝撃が走った。
「ぐりゅぉ!?(ぐほぉ!?)」
ど、胴回し蹴り!? いまのって、胴回し回転蹴りだよな!? 空手家か!
竜のくせになんて攻撃を仕掛けてくるんだ!? 目の前がチカチカする。
(……あ、……だめかも……)
意識が遠くなり始めた。けれども黒竜の猛攻は止まらない。
「ギュリイイイイイイイイイイイ!!」
咆哮と同時に強烈な尻尾の一撃が、僕のお腹に突き刺さった。
「……ぐるぉ!?(……ぐはぁ!?)」
脚がガクガクする。もう立っていられない。ここまで頑張って、猛攻を耐え忍んでいた僕は、遂には胃液をはき散らしながら膝を屈した。
8時、12時、15時、18時、21時、0時の、一日6回更新になります。