セルベシア10、キルケニー01
四方八方から襲い来る炎を掻い潜る。
「はぁぁ……ッ!」
私はひとりで突出し、黒竜へと攻撃を仕掛けていた。
しかし体重の乗った騎竜の蹴りも、突き出した鋭い剣の切っ先も、分厚い漆黒の竜鱗に阻まれて有効なダメージを与えることが出来ない。
「くそっ! どうすれば良いのだ!?」
思わず毒づく。なんとかして状況を打破しなければいけない。
しかしかの竜の鱗は硬すぎる!
「セルベシア団長! 私たちもやります!」
「俺もだ!」
「もう団長ばかりに無茶はさせん!」
叫んだのは王竜騎士団の団員たちだ。黒竜の纏う暴風に恐れをなし、近づきあぐねていた彼ら。だが既に表情には、微塵も怯えを感じさせない。
「いままで団長ひとりに任せてしまって、すみませんでした!」
「俺だって、もう、尻込みはせん!」
こいつら……。
そうだ。私たちはペルエール王国が誇る王竜騎士団。私は決してひとりではない!
「よく言った、お前たち! 一斉に仕掛けるぞ!」
「はい!」
大きく息を吸い込んだ。肺に溜まった空気をひと息で吐き出す。
「ここが正念場だ! 誉れ高き竜騎士たちよ! 突撃ぃいいいいいいいい?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
空では竜騎士たちが、畳み掛けるような連続攻撃を仕掛けている。
竜騎士たちの駆るワイバーンの体躯は、黒竜の半分にも満たない。
しかし群れとなって怒涛の如く押し寄せる騎竜の勢いに、さしもの黒竜もその場に足を縫い止められている。
「キルケニー副団長! アレが届きました!」
「やっと来たか!」
俺としたことが、思わず声を張り上げてしまった。もはや普段の飄々とした態度を、取り繕う余裕すらない。
でも仕方ないだろう。待ちに待った対黒竜の切り札が、ようやく到着したのだから。
「早急に準備を進めてくれ!」
「もう準備は整っております!」
「よし! ではいくぞ!」
なんとか活路が見えてきたかもしれない。空で奮戦する竜騎士たちに向けて、俺は大声で呼び掛けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……退避ぃ……! ……退避しろぉ……!」
死に物狂いで戦う。
乱戦の最中、地上で奮闘する黄金騎士団が、何かを叫んでいることに気付いた。
「……竜騎士たちよぉ……! 空をあけろぉ……!」
(キルケニーのやつか?)
眼下を眺めて気が付いた。
(……あ、あれは!?)
ようやく準備が整ったか!
希望が……。どうにかこれで、希望が見えてきた。
「皆よ! 黒竜から離れるのだ!」
私は間断なく攻撃を仕掛け続ける竜騎士たちに、退避命令をだす。団員たちも状況に気付いて、その場を離れた。
――ヒュン。
その瞬間、風を切る音がした。飛んできたものは弩弓だ。ひとの背丈ほどもある大きな弓が、黒竜の鱗を穿つ。
――ヒュン、ヒュン、ヒュンヒュンヒュン……。
弩は一射だけではない。
放たれた巨大な矢が空をうめつくし、次から次へと雨のように降り注ぐ。
「グルゥォォ……」
黒竜が呻く。だが弩弓の大半は、分厚い竜鱗を貫くことは叶っていない。しかし竜の鱗を叩くのは弓だけではなかった。
何かが破裂する爆音がする。飛来した大岩が、猛スピードで竜にぶつかったのだ。それは砕け散りながらも内部に衝撃を伝える。
「……バリスタ、第二射……。放てぇ……!」
「……カタパルト、射出準備……!」
攻撃の手は止まらない。
「……破城槌! 構ええええ……!」
地上では金色騎士たちが、槌から伸びた縄を大きく引っ張っていた。
「……せーのっ……!」
車輪付きの台車ごと突撃を開始し、その重量ごと巨大な槌を黒竜へと叩き込む。
「グルゥオオオオオオオオオオッ!」
堪らず竜が咆哮した。
バリスタ、カタパルト、破城槌……。
これらの攻城兵器こそが、黄金騎士団が用意した、対黒竜用の決戦兵器であった。
空からは王竜騎士団。地上からは黄金騎士団。
絶え間ない波状攻撃に、さしもの黒竜も怯み始めた。しかしこれだけの攻撃を仕掛けても、いまだ竜に有効打を与えかねている。
この竜は硬すぎる。私たちでは決定打を与えられないのだ。しかし逆に黒竜は決定的な力を持っている。
……破壊のブレス。
あれを喰らえば、一気に形勢は逆転してしまう。
「いけぇ……! ここで押し切れぇ……!」
キルケニーもそれが分かっているのだろう。必死に号令を下し、自ら陣頭に立って戦っている。
「……グルルゥ……」
竜が呻いた。その喉元が、赤く、赤く、色づき始める。
(……不味い!)
黒竜の視線は、地表の攻城兵器に向いていた。それはこの場で、唯一竜にダメージを通し得るものだ。破壊されては、もう私たちに竜の進撃を止める手立てはなくなってしまう。
竜の喉が赤々と輝きはじめた。
私は瞬時に覚悟を決めて、騎竜ハービストンを駆る。
「うおおおおおおおお! させるかぁああああ!」
ブレスが放たれる刹那。私は騎竜ごと、赤熱する黒竜の喉に体当たりを仕掛けた。
竜の顎が跳ね上がる。
放たれたブレスはあらぬ方向へと飛んでいった。
(ま、間に合った……!)
ホッと息を吐いて、額の汗を拭う。
その瞬間。私の体を凄まじい衝撃が襲った。
「――ッ!? かはっ……」
息ができない。騎竜から空中へと投げ出された私は、竜を眺める。
黒竜は左腕を振り抜いていた。
(あれに……弾き飛ばされた、のか……?)
頭がくらくらする。脳が揺らされてしまったのかも知れない。
宙へと放り出された私に、黒竜が目を向けた。縦長に切れた瞳孔が、この身を捉える。
竜の右手が振り上げられた。凶悪な鉤爪が、ギラリと陽の光を反射する。一連の動作が、まるでスローモーションのようだ。
辺りの景色が、粘度の高い液体のように流れ出し、全ての音が消えた。
(……ああ。……そうか……)
悟る。もはやここに至っては、どうしようもない。
(……私は、ここまでか……)
静かにそっと、瞳を閉じた。
(キルケニー……。あとは頼んだ……)
まぶたの裏に、腐れ縁の友人が浮かぶ。ついで母の顔、父の顔。
最後に浮かんだ顔は…………。
(……トール……。すまない……)
耳元で轟音がなった。振るわれた黒竜の鉤爪が、私を引き裂かんと迫り来る。
「ぐるぅおおおおおおおおおおおおお?」
――!?
聞き慣れた声に意識が引き戻される。
いまの咆哮は……。まさか……!?
「ぐらぁあああああああああああああ!(えやあああああああああああ!)」
ゆっくりと目を見開く。
すると、そこには――
陽光に煌めく、美しき純白の鱗に包まれた、一頭の竜がいた。
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