コロナ02
トントンと腰を叩きながら、体を起こす。
「……ん、……んんー」
伸びをしながら、あたしは空を見上げた。
今日はどんよりとした曇り空だ。天気が悪いと気持ちがあがらない。ここ最近は、晴れの日が続いていたから尚更である。
「はぁ……。もうひと踏ん張りね……」
来る日も来る日も農作業。仕方がないこととはいえ、代わり映えのしない毎日に、さすがに飽き飽きしてしまう。
とはいえ最近は、前と比べると随分と楽しい。トールと話していると、盛り上がっちゃって時間を忘れてしまうこともある。今頃あいつは、なにをしてるのかなぁ。
約束したこけし人形は、もう出来た頃だろうか。
「……なんだぁ、あれ?」
物思いに耽っていたあたしは、村人のその言葉で意識を引き戻された。
彼は不思議そうな表情で遠くを眺めている。
魔国の方角だ。あたしもつられて、そちらに視線をやった。
「……え? あれ、……なに?」
遠くに黒いなにかが見える。ゆっくりと空を飛びながら、こちらへ向かってくる。
「お、おい……。村にくるぞ……」
誰かが呟いた。それは徐々に近づいてきている。
しばらくすると、全容がはっきりと見えてきた。
「な、なんだぁ!? ありゃあ、竜じゃねえか!?」
「しかも、ただの竜じゃない!?」
「あんなのは、初めてみるぞ!?」
村人たちが仕事の手を止めた。集まってきて、ガヤガヤと騒ぎ出す。
「あ、あの竜は……? そんな……。あれじゃあまるで、あいつみたいじゃない!?」
見えてきた竜のシルエットは、まるで白竜のトールみたいだった。
でも色がまるで違う。
トールは陽光にキラキラ輝く白竜なのに対して、こっちのは全身に漆黒の闇を溶かし込んだみたいな黒竜だ。
「お、おい……こいつぁ……」
「な、なんか……やべえんじゃねえか?」
黒竜は周囲に、破壊を撒き散らしていた。
荒れ狂う暴風。猛り躍る業火。竜が通ったあとの大地は、激しく捲れ上がって隆起し、所々が凍り付いていた。
目を凝らせば、黒竜の周りに6色の球が浮かんでいるのが分かる。
「に、逃げろ! 逃げろぉおおおお!!」
村人たちが泡を食って逃げ始めた。
「あ、あたしも、逃げなきゃ……!」
この竜はやばい。あいつと違って、危険極まりないものだ。
そう判断したあたしは、みんなに混じってその場から逃げ出した。
少し離れた小高い丘から、みんなと一緒に村を見下ろす。
ちょうど今、黒竜の進路が村と重なった。
「そ、そんな……儂の家が……」
「俺の……畑だって……」
竜はただゆっくりと飛んでいるだけである。なんら暴れてはいない。
だというのに纏う暴風で家は吹き飛ばされ、ひび割れた大地が畑を飲み込んでいく。ただそこにあるだけで破滅を振りまく。その黒竜はまさしく、破壊の権化であった。
――憎い……――
いま、なにか聞こえてきた。
「お、おい? いま話したのは誰だ?」
「俺じゃねえぞ……!」
みんなにも聞こえたみたいだ。いまのは、黒竜の声……?
――憎い……。余は、王国を許さぬ……――
声はどんどん大きくなる。離れていてもはっきりと聞こえてくる。まるで脳に直接流し込まれるような声。耳を塞いでも、頭のなかで声が響き続ける。
――王国へ、滅びを……――
黒竜の進行方向には、王国の城塞都市がある。さらに進めば王都だ。
「この竜……。王都に向かっているの?」
きっとそうだ。こいつは王都に、……王国に、滅亡をもたらそうとしている。
大丈夫だろうか? こんな怪物を相手にしたら、さしもの騎士様たちもタダでは済まないんじゃ……。
「……あっ!?」
そのときふと気付いた。
王竜騎士団団長のセルベシア・ウェストマール様。
あいつの想いびとのあの女騎士様は、いま王都に戻っているはず……!
「た、大変よッ!」
いくらセルベシア様がお強くても、こんな竜に敵うはずがない。
「ト、トールに……知らせなきゃ……!」
事は一刻を争う。早く知らせなければならない。
あいつが村へと顔を出すのを悠長に待っていては、手遅れになり兼ねないのだ。
あたしは焦って走り出した。
けれどもすぐに、はたと気付いて足を止めた。
あいつが暮らしているのは魔の森。ここからあの大樹のうろの家まで、おおよそ半日を要するだろう。しかし無事にたどり着けるとは限らない。
途中で魔獣に遭遇すれば、あたしみたいな小娘ひとり、どうなることか……。
「や、やめておこうかしら……」
弱気が頭をよぎる。
(でも……、それでも……)
知らないうちに、全部が手遅れになってしまっていたら……。そのときトールは、どんな悲しい顔をするんだろう。想像したら胸が締め付けられた。
「い、行ってやろうじゃない……。上等よ!」
パンと頬を叩く。
気合いを入れ直したあたしは、覚悟を決めてあいつのもとへと、駆け出していった。
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