セルベシア07
「……シア。……セルベシアってば」
気がつくとキルケニーのやつが、不満顔でこちらを眺めていた。
どうやら私は上の空だったらしい。
「あ、ああ、悪い。どうした?」
「……珍しいじゃないか。君が食事中に、そんな風に惚けるなんて」
「……すまんな。少し考え事をしていた」
「ふーん。考え事ねぇ」
時刻は正午過ぎ。
私はくされ縁の友人であるキルケニーと一緒に、騎士寄宿舎の食堂で昼食を摂っていた。
「俺を無視して、一体なにを考えていたんだい?」
彼は面白くなさそうに、フォークで腸詰肉を突いている。
尋ねられて思い出した。想いを馳せていたのは、トールについてだ。
彼は今頃、どうしているだろうか。元気にしているだろうか。
あの森を離れて王都に帰還し、まだそれほど経ってもいないというのに、最近そんなことをよく考える。
「ほらまた。いったいどうしたんだい、セルベシア?」
「……お前に言う必要はない」
こいつのことだ。詳しく話したところで揶揄われるだけだろう。ひと言で切って捨て、食事を再開する。するとキルケニーのやつは、これ見よがしに深くため息をついてみせた。
「まったく、噂なんてアテにならないものだね。やっぱり、いつもの君じゃないか」
「……噂? なんの話だ?」
「騎士たちが噂してるんだよ。『セルベシア団長は戻ってきてからというもの、少し柔らかくなった』ってね」
ふむ。そんなことを噂されているのか。自分では取り立てて自覚はないが……。
視線をあげるとキルケニーと目があった。
なにが楽しいのか、こいつはニヤニヤとしている。
「……なんだ、その顔は?」
「ねえ、セルベシア。もしかして君……」
彼がわざとらしく言葉を区切った。
なにを言うつもりだ? といってもどうせまた、ろくなことではないのだろうが。
「……想い人とか、出来ちゃった?」
「――ッ!?」
思わず言葉に詰まる。こいつ、なぜわかったのだろう。
「……へ、へえ、その反応……」
目の前で銀髪の優男が、目をぱちくりさせている。キルケニーのこんな顔は珍しい。
「もしかして当たりだったんだ!? 自分で言っておいてなんだけど、これは意外だなぁ……」
「……うるさい。黙って食事にしろ」
「あはは。君がぼうっとしている間に、俺はもう食べちゃったよ」
たしかに彼の食器は空になっていた。こいつが私より早く食べ終えるとは、珍しいこともあるものだ。
……いや違うな。私が遅いだけか。
私もさっさと食べてしまおう。食事を再開した。
「ねえ、どんな相手なんだい? 行方知れずだった間に出会ったんだろう? 俺の求愛は相手にもせず袖にしたくせに。ねえ――」
面倒臭いやつだ。
溜め息をついて答えない私を、キルケニーは一向に気にした様子がない。愉快げにこちらを眺めながら、いつまでもなにかを話し掛けてきていた。
昼下がり。食事を終えた私は、訓練所で剣を振っていた。
「……ふっ! ……せぃ!」
振るった剣の軌跡が、流麗な弧を描きだす。
いつになく調子が良い。森から戻ってきてからというもの、どうにも私の剣は、心なしか鋭さを増しているような気がする。
普通であれば、怪我からの復帰後しばらくは、どうしても剣は鈍る。
だが、これは一体どうしたことだろうか。調子がよいのはいい事なのだが、不可思議な現象に思わず首を捻ってしまった。
訓練もひと段落し、私は執務室で事務仕事を行なっていた。
しばらく行方知れずとなっていたのだ。この類いの仕事は山と積まれてしまっている。
「……ふぅ。やはり事務作業は好かんな」
書類に目を通し、認可のサインを書いていく。だがどうにも、こういう作業は肩が凝る。個人的には、体を動かしているほうが断然楽だ。
小さな文字の詰まった書類は、どうしても目が滑ってしまう。注意して読まないと、内容が頭に入ってこない。平たく言えば、集中力がいるのだ。
とはいえ団長として、流し読みする訳にもいかず、疲れてしまうのである。
「……トールは今頃、どうしているだろうか……」
ふと気付けば、また彼のことを考えていた。
こんなことではいかん。仕事に集中しなければ……。
――トントントン。
気を取り直して執務に掛かったところで、ドアがノックされた。誰だろう。
返事をして入室を促す。
「……失礼する」
「これは、ローデンバッハ伯。ようこそおいで下さいました」
姿を見せたのは、白髪混じりの初老の偉丈夫。
聖銀騎士団団長、聖騎士ローデンバッハ伯爵だった。
普段の伯は、対魔国最前線の城塞都市に詰めていらっしゃるのに、どうされたのだろうか。
「王都にいらしていたのですね」
「シャハリオンとの戦線絡みで、少し用があってな。それより無事で良かった……」
伯は、行方がわからなくなっていた私のことを、心配してくれていたのだそうだ。
優しい心遣いに感謝する。
「そういえば、先のそなたの訓練、通り掛かりに眺めていたのだが……」
「ああ、見られていましたか」
「うむ。迷いのない綺麗な太刀筋であった。……どうやら、肩の力は抜けたようじゃの?」
言われてようやく気が付いた。
なぜここのところ、あんなに剣の調子が良いのか。不思議に思っていたが……そうか。
今までの私の太刀筋は、力任せで乱暴だったのだ。
「なんでも行方知れずとなっていた間は、魔の森に身を潜めていたそうじゃが。……そこで、なにかあったか?」
「……はい。……良い、出会いがありました」
ローデンバッハ伯がフッと笑った。悪戯っぽい表情だ。伯でもこんな顔を見せるのだな、と意外に思う。
「……おとこか?」
「…………ええ」
ふふっと彼に微笑み返す。以前までの私であれば、口を噤んでいるところだ。だがなんとなく、こう返したくなったのだ。自分でも肩の力が抜けたことを実感する。
伯は私の態度に、虚を突かれたように目を丸くしていた。
「カカ……。そうか、そうか! カッカッカ……!」
執務室に楽しげな笑い声が響く。
それにつられて、なんだか私も愉快な気持ちになった。
8時、12時、15時、18時、21時、0時の、一日6回更新になります。




