トオル20
カリカリと木片を削る。
「ふんふんふーん……」
ちょうど手のひらに収まるくらいの、小さな木切れだったそれは、鉤爪で丁寧に削り出されたいま、立派なこけし人形に変わっていた。
「ぃよし。……やっとこさ完成だ!」
床には作りかけで放棄したこけしが、いくつも転がっている。ちょっと全体バランスが悪かったり、顔なんかの造形がもうひとつの出来栄えだった失敗作である。
仕上がりを妥協するわけにはいかない。だってこの人形は、特別なのだ。
でも今度のは自分でも良く出来たと思う。納得の逸品と言えよう。
「じゃあさっそく並べて……」
うんうんと満足げに頷いてから、窓辺に置いた。これで人形はひとつ増えて、4体になった。端から順に、母さん、絵里、僕、それに今回加えたセルベシアである。
「セルベシアってば、今頃どうしてるかなぁ……」
彼女の顔を思い描く。
脳裏に浮かんだのは、キリリと引き締まった表情だ。けど今頃、くしゃみでもしているかもしれない。だってこうして僕が毎日、片時も忘れずに思い出してるんだし。
「うぉー。会いたいなぁ……」
お手製テーブルに座って頬杖をつく。僕は恋する乙女みたいに、深いため息をついた。
日付が変わって今日の僕は、ザクザクと大樹の内部を掘り進めていた。
やっているのは、家の拡張である。
「階段はこんなものかなぁ」
実は僕は、うろのお家を2階建てにしようと考えていた。目的は客室の増築である。
やっぱり部屋がひとつしかないと、誰か来たときに不便だしね。特にセルベシアが来たときなんか、……困るし。だって同じ部屋で寝泊まりするのは、さすがにまだ気恥ずかしい。女性経験なんて皆無の僕には、いきなり彼女と同衾なんてハードルが高すぎるのである。
階段はいい感じに出来上がった。次は客室本体である。
どんな風に作ろうかなぁ……。
「うーん。せっかくだし、ロフトなんかも作っちゃおうかな?」
頭のなかに完成予想図を浮かべた。いい感じの部屋になりそうな予感がする。
「……うへ。……うへへ」
思わず妄想に耽った。きっと僕は出来上がったその客室で、セルベシアと一緒にイチャコラしながら、のんびり過ごしたりするのだ。
「……ぃよし。それじゃあ、続きをやりますか!」
やる気は満々。
彼女と過ごす未来に想いを馳せながら、鉤爪で大樹を削り続けた。
今日はうろの家にコロナを招いた。一緒に昼ご飯を食べる約束なのだ。
「へえー、凄いわね。2階作ったんだ?」
ご飯ができるまでの待ち時間。彼女は出来たばかりの客室へと、上がっていた。
「うん! どうかなぁ? ここは来客用の部屋にしようかなって思ってるんだけど」
「なかなかいいんじゃない? 窓も大きくて明るいし、見晴らしもいいじゃない」
なかなか好評のようだ。丹精込めて作ったからなー。
「あ、でもコロナも、いつか泊まっていきなよ!」
「『でも』ってなによ? き、気が向いたらね!」
「あはは。楽しみだねぇ。じゃあご飯にしようか」
1階におりてテーブルにつく。今日の食事は、山菜きのこ鍋である。
竃を見ると、火にかけておいた石鍋が、ちょうどくつくつと沸き立ち始めていた。テーブルに持ってきて、鍋敷きの上に置く。
「それじゃあ、いただきまーす!」
ふたりで一緒にご飯を食べる。やっぱりお鍋は、誰かと一緒に食べたほうが美味しい。
クタクタになるまで火を通した山菜を、きのこと一緒くたに頬張った。きのこのコリッとした歯ざわりが、なんだか楽しい。
「んぐ、んぐ……。結構いけるわね、これ」
「だろー! コロナもどんどん食べてな!」
「あんがと。それはそうとあんた……」
コロナが僕をじっと眺めている。一体なんだろう?
「……その服、なんとかならないの?」
「はえ?」
彼女が見ていたのは、僕の服装だった。
いまの僕は、毛皮で作った服を着ている。頭からワンピースみたいに、成型した毛皮を被っているのだ。若干……というか、ぶっちゃけかなり原始人っぽい。腰みの野人スタイルよりはいくらかマシだと思うけど、まぁ推して知るべしではある。
「いつもの服はどうしたのよ?」
「あー……。あれなら、こないだ破いちゃって……」
僕は部屋の隅を指で指し示す。そこには、破れた村人服が放置されていた。
「……はぁ。またなの?」
竜化するときについ脱ぐのを忘れて、破いてしまうのである。実はもうすでに、こういうことが何度かあった。
「仕方ないわねぇ、トールは……」
「ご、ごめん」
「ほら、かしなさいよ。また縫ってきてあげるから」
彼女に破れた服を渡す。こうして裁縫をお願いするのは、もう何度目だろう。
いつも迷惑かけて申し訳ない。ほんと持つべきものは友だちだなぁ。
「いつもありがとう。……あ、そうだ! お礼をさせくれないかな?」
「い、いいわよ。礼なんて」
「そうはいかないって! いっつもコロナにはこうしてお世話になってるし、なにかお礼をさせてくれよ!」
力強く言い切ると、彼女は斜め下に目を伏せた。ちょっと顔が赤い。
顔をあげて、キョロキョロと視線を部屋中に彷徨わせている。そんな彼女の目に、窓際のこけし人形が映った。
「……ねえ。あれはなに?」
「あれは『こけし』っていうお人形さんだな。僕の大切なひとたちを、人形にして並べてるんだー」
「……大切な、ひと……」
話を聞いたコロナは、ちょっと考え込んでいる。
「それよりコロナ! お礼だよ、お礼! なにがいい?」
「そ、そう……? そこまでいうなら……」
彼女はコホンと咳払いをする。
もそもそと唇を動かして、消え入りそうな声で話し出した。
「……そ、それなら、あたしの人形も……、つ、作ってもらおうかしら?」
「ほえ……? そんなことでいいの?」
「い、いいの! 出来上がったらあたしの人形も、ちゃんと窓際に並べるのよ!」
思わず首をひねる。
そんなことが、お礼になるんだろうか? まったく変なコロナだ。でも彼女がそれで満足だというのなら、言う通りにしよう。
僕はそのお願いを、こころよく承った。
8時、12時、15時、18時、21時、0時の、一日6回更新になります。




