イネディット03
再び余は、国境の村へとやってきていた。
空から村を俯瞰する。此度の目的は、またも黒髪黒瞳の者の捜索である。
「……おらぬな」
いまの時間は昼過ぎ。村人たちはみな、畑に出るなりしてあくせくと働いている。
「…………ふむ」
こうして見ると、やはりペルエール王国の土地は肥えている。作物の実りもよい。オイネの枯れた土地とは雲泥の差だ。飢えに苦しむ余の民を思い、気持ちを暗くする。
それはそうと、迷い人と思わしき者だ。
一考する。恐らく目的の者は、魔に連なる者としての扱いを受けているはずだ。
ならば建屋内に囚われているのやもしれぬ。もしそうだとするなら、こうして空から眺めるだけでは見つけようがない。
「るんらららー。……よし、できたわー!」
声につられて視線を向けた。
(あの娘は……)
栗色の髪をした年若い女だ。たしか前に来たとき、声を掛けた娘である。
彼女は家屋の前庭で、切り株に腰掛けている。どうやら裁縫をしているらしい。
「あいつったらもう、いったい何度破けば気が済むのかしらねぇ」
あれは……服か?
どうやら娘は、服を縫い繕っているようだ。
「ほんっと、あたしがいないと、てんでダメなんだから!」
村娘は上機嫌に微笑んでいる。もう一度、あの娘に接触してみようか。
(……いや、やめておくか)
前の反応に鑑みれば、まともな応えが返ってくるとは思えない。きっとまたぞろ、王国の騎士どもを呼ばれてしまうだけだろう。
ならば、夜闇に紛れて探ってみるか。
漆黒の魔力球に魔力を灯した余であれば、闇と同化することも可能である。
「……いずれにせよ、出直しだな」
この場での捜索は諦め、余は国へと戻った。
宮殿に帰り着いた。
余のもとに、爺がしずしずと寄ってくる。
「陛下。シャハリオン帝国からの使者が、参っております」
シャハリオン帝国。
それは王国に反乱を起こし、自らを皇帝などと僭称しだした、シャハリオン元辺境伯の領地のことである。
だが実のところ、この謀反には裏がある。余の解放国家オイネが、その糸を引いているのだ。
我がオイネは王国北東方面にある。そしてシャハリオン元辺境伯領は、王国南西側に位置していた。協調すれば、両方面で王国を挟撃する形が出来上がる。
それゆえ余は、王国からの独立を目論むかの辺境伯に目をつけた。余にとって実に都合が良く、与し易い相手だったのである。
今のところ彼奴は、傀儡とも知らずに、よく踊ってくれている。
「お会いになられますか?」
「会わずともわかる。どうせ、追加の兵の無心であろう?」
「仰られます通りかと存じまする」
「……なら、応じるしかあるまい。そうだな、『魔導士』を送れ」
魔導士とは、我がオイネでも特に優秀な魔法使いに与えられる称号だ。王国の者どもは魔人などと呼んで蔑んでいる。
これまでシャハリオンには、随分と力を貸してきた。ひとえにこれから余が起こす、王国への大侵攻作戦のためだ。かの辺境伯は愚物とは言え、手塩にかけて育てた反王国戦力。ここで倒れられるわけにはいかぬ。
「しかし陛下。それでは我が方の兵が薄くなりますぞ?」
「……わかっている」
我らとて決して、潤沢に兵があるわけではない。むしろ余裕などないと言えよう。
「何度も言っておろう。足りぬ分は、余が前線に出て補う」
「……やはり、爺は賛同しかねますじゃ」
「くどい。これは女王たる余の決定だ。口を挟むな」
「……陛下。……出過ぎた真似をお許しくだされ」
余は爺に、鷹揚に頷いてみせた。
もう間も無くだ……。
もう間も無く、憎きペルエール王国めに、正義の鉄槌を下すことができる。
「陛下。もうひとつよろしいですかな?」
「まだあるのか? 申してみよ」
「……儀式の件に御座います。宮廷魔術師たちが御身にご足労願いたいと。なんでも陛下の魔力にあわせた調整が、いまだ難航しているそうです」
「またか……」
これで何度めだ。
やはり生半な儀式でないだけあって、魔術師どもも苦労しているのであろう。
「どうなさいますか?」
「一刻の後に向かう。伝えておけ」
この儀式は、侵攻作戦の要だ。疎かにするわけにはいかない。
しかし、儀式がなった暁には……。
余は黒の瞳に、暗い炎を灯した。
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