イネディット02
王国の騎士どもが、余に向けて攻撃を仕掛けてくる。
「黒の魔女め! セルベシア団長をどうした!」
いま突撃してきたのは王竜騎士団の竜騎士だ。
「うおおおおおおっ!」
「……勇猛と無謀を、履き違えるな」
血気盛んなだけの突撃など、余にすれば児戯に等しい。
赤の魔力球に魔力を灯した。顕現せしめた業火を操り、竜騎士を迎え撃つ。
「皆の者! 一斉に矢を射かけろ!」
声につられて眼下を見下ろす。地上では聖銀騎士団の聖騎士どもが、弓を構えていた。弦に矢を番えて、ギリギリと引き絞る。
「第一射……放て!」
息を合わせて矢を射かけてきた。
だがこの程度で余は乱されぬ。慌てず、緑の魔力球に魔力を灯した。すると暴風が宙に浮く余を包み込み、飛来する矢を撃ち落としていく。
「く……。第二射、用意ぃー!」
「させぬわ」
今度は茶褐色の魔力球に魔力を灯す。途端に大地が激しく隆起し、蜘蛛の子を散らすように地上の騎士どもを壊滅させた。
「……おのれ、魔女め! ……仕方あるまい。撤退だ!」
騎士どもが敗走していく。ようやく彼我の戦力差を理解したらしい。
だが余も少々、魔力を使いすぎた。刺すような痛みを、頭に感じる。
「……ふん」
鼻をひとつ鳴らしてから、余は戦場を後にした。
宮殿に戻ると、爺がやってきた。どうせまた小言の類いだろう。
「陛下、無事のお戻り、なによりですじゃ」
「ああ」
「……ですが陛下――」
そらきた。余にはわかっておった。いつものことだ。
「いやまて。騎士どもが国境をうろついておるらしいから、少し様子を見てきただけだ」
小言を遮った。そのまま物思いに耽る。おそらくあの騎士どもは、行方をくらませたセルベシアなる若き竜騎士を捜していたのであろう。
「……ほんに、陛下は……」
爺はまだ、ブツクサとなにかを言っていた。
まったく歳をとるのも考えものだ。誰しもがこう、この爺のようになるのだ。老人とはかくも小煩きものかと、さしもの余もいささか辟易としてしまう。
「……いつも申しておりましょう。御身はこの上なく大切なお方。開祖オイネの悲願を果たすのは、陛下しかおられぬのですぞ!」
「わかった、わかった」
小言を切り上げる。そんなことよりも、余には確かめたいことがある。
苦言を無碍にされて、爺が眉を顰めた。だが此奴の気分など、余は知らん。というか此奴のほうが、余に気遣うべきであろう。
「儀式の準備は、どうなっておる?」
爺が察して、表情を引き締めた。
「……まだ、少しかかるかと」
「……そうか」
急いても仕方はあるまいが、そうはいっても気は逸る。
肺の空気を、細く吐き出した。気持ちを落ち着ける。
「霊廟に、いってくる……」
ひと言伝え置いて、余はそろりと歩き出した。
霊廟についた。
宮殿の最奥に作られたこの場所には、余のほかには元老院の者らと一部の限られた者しか、足を踏み入れることが許されていない。
ここは解放国家オイネにとって、最も神聖なる場所。
開祖オイネの御魂が祀られた聖域だ。
余は時折ここに足を運んでは、胸のなかで猛り続ける憎しみの炎に、誓いの薪をくべる。
余は、ペルエール王国が憎い。
「……オイネよ。貴女の無念は、必ずこの余が……」
開祖オイネ。
黒髪黒瞳の彼女は百五十年ほど前に、彼方の世界よりこちらに迷い込んできた。世界を渡る際、彼女は黒竜へと変じる力を授かった。
ここでいう竜とはワイバーンの類ではなく、御伽のドラゴンを指す。
此方に迷い込んできたオイネは、まず王国へと身を寄せたらしい。現ペルエール王国のことではない。その前身となった、いまや亡国となった王国だ。
その王国は、国としてはもう末期だった。
王侯貴族は腐敗し尽くし、街や村では犯罪が多発。特に人攫いや奴隷売買が盛んであった。
国が民を国外へと売り飛ばすのだ。時の王も、それを許していた。余にとって、俄かには信じがたい話である。
民こそは国の礎。その民を守りこそすれ、売り飛ばすなど、言語道断。
思うだけでも憤懣やるかたない。甚だ由々しき事態である。
だがその腐りゆく国を嘆き、憂いた者がいた。それがオイネだ。
彼女は民を救わんと立ち上がった。
竜には元々、強力な感応能力が備わっている。その精神感応の力で竜は人と心を共有し、交わらせ、意思を通じ合う。
そしてオイネに備わった感応能力は、周囲一帯を巻き込むほどに
凄まじいものだったらしい。
彼女はその力で、虐げられる民の苦しみを知った。一方の民も、感応の力を通じて彼女と心を繋ぎ合わせ、ひとつに纏まった。亡国の民は、オイネを旗印に蜂起したのだ。
オイネたちと王国の争いは激化の一途を辿った。
末期とはいえ、相手は一国。黒竜の圧倒的な力こそあれど、それはあくまで局地的な話だ。多方面に展開される戦に、さしものオイネも手を焼いたらしい。
だが最終的に、彼女は王国を打ち倒した。
激しき戦乱を、民を想う一心で戦い抜いたのだ。そのときオイネの隣に立っていた男こそが、忌むべき現ペルエール王国が建国王。英雄ペルエールなのである。
この者はオイネと恋仲にあったらしい。だが男は戦後復興の隙をつき、オイネを追い落としてその座を奪い取った。信頼を寄せていた男に裏切られ、散々な仕打ちを受けた彼女は、一部の仲間を連れて北東の枯れた地に逃げ込んだ。
それこそが、解放国家オイネの始まりである。
ペルエール王国の者らは、オイネを追い出しただけでは飽き足らず、魔女の烙印すら押した。そして余の愛すこの国を魔国などと蔑み、侵略を始めたのだ。
「……余は、ペルエール王国を、決して許さぬ」
新たな誓いを胸に、余は霊廟を後にした。
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