イネディット01
竜騎士どもとの小競り合いを終えて、余は国境から、ちょうど国へと戻ってきていた。
宮殿への道すがら、上空より国を眺める。枯れた大地に痩せ細った民たち。彼らには笑顔が絶えて久しい。その貧しい暮らしぶりに、胸が痛くなる。
民の不幸はすべて、余の力が及ばぬがゆえ……。己の不甲斐なさを恥じる。
(……いずれ……必ず……!)
彼らの働くさまを眺めながら、余は新たな決意を胸に固めた。
宮殿へと帰ってきた。
余の帰還を認めた老人が、ホッと息を吐いて近寄ってくる。真っ白な頭で、顎には髭をたくわえた老人だ。
「無事のお戻り、なによりでございますじゃ」
「……少し出ていただけであろう」
この男は、幼い頃よりの余の世話係だ。そして、女王たる余への助言機関である、元老院の一員でもある。
「して陛下。やはり、件の人間は『迷い人』でしたかな?」
「……わからん。見つける前に邪魔が入った」
「はて? 邪魔、でございますか?」
「ああ。憎き王国の、竜騎士どもだ……」
昨日、国境警備を担う兵より知らせが届いた。『王国側国境付近の村にて、我ら黒髪黒瞳の娘を目撃せり』との報だ。
知らせを受けた余は、その娘を保護すべく単身村まで足を運んだ。だが王国の竜騎士に邪魔をされて、こうして空振りに終わったという訳である。腹立たしいことだ。
「まったく……。いつもながら陛下は、無茶が過ぎますぞ。人ひとりの保護であれば、斥候隊にでも命じればよろしいものを」
「……そなたも知っておろう。かの国では黒髪黒瞳の人間は、魔の者として裁かれるのだぞ? 悠長なことは言っておられぬ。余が出向くのが、一番はやい」
爺はまだ反論を続けている。
「そうは申されましても、女王たる陛下御自ら――」
相変わらず小言が多いやつ。
余はもうその言葉には耳を傾けず、意識の外に追い出してしまうことにした。
この世界には、稀に黒髪黒瞳の人間が現れる。その者らは迷い人と、先祖返りに大別される。
ここ解放国家オイネの建国者で、最初の女王たる『開祖オイネ』も、黒髪黒瞳の迷い人だったそうだ。
『迷い人』とは、彼方の世界より此方の世界へと迷い込んできた者をいう。
そして迷い人は世界を渡る際に、例外なく不思議な力を授かるのだ。開祖オイネの場合は、黒竜へと変じる力を授かったと伝え聞く。
一方の『先祖返り』は、その名の通り、迷い人への先祖返りである。
この世界に居着いた迷い人も、当然子を成す。その多くは茶や金の髪、緑や青の瞳といった普通の容姿で生まれてくるのだが、稀に黒髪黒瞳で生まれてくる子がいる。その者らは迷い人の先祖返りとして、何かしらの強い力を授かって生まれてくるのである。
そして余は、開祖オイネの先祖返りだ。余が授かった力は、6つの魔力球の創造である。
「では陛下。『望郷の鏡』は、仕舞っておいてよろしいですかな?」
「……なんの話だ?」
爺が深くため息を吐く。
「陛下が飛び出すときに、申し置いていかれたでしょう? 『迷い人であれば、送り返すやもしれぬ。鏡を用意しておけ』と……」
「……そうだったか?」
どうだろう? そうだったかもしれないが、一々そのような些事は覚えておられぬ。
爺は再びため息を吐いた。
さっきよりも、深く長い吐息。なんとも、これ見よがしなことである。
「それよりも余は、自室に戻る。少し疲れた故、火急の用以外は、誰も通すな」
「畏まりました。……しかし珍しいですな? 陛下がお疲れになったなどと申されますとは」
「ああ……。久しぶりに、手応えのある戦いをしたからな」
あの竜騎士……。たしか名をセルベシア・ウェストマールと言ったか。
余の巻き起こす暴風にも、飛び交う業火にも怯まず、勇猛果敢に剣を打ち込んできた、若き女竜騎士を思い出す。
「……まぁ、あの真っ直ぐな瞳は、余も好むところではあった」
「なにか申されましたかな?」
「…………なんでもない」
手酷い傷を負わせてやったことを思い出す。だがあの者が、あれで死んだとは到底思えん。
(……生きていれば、また相見えることもあろう)
余は考えることをやめ、自室に戻って、ベッドに身を投げ出した。
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