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セルベシア06、トオル18

 沢を覗き見た日から、私は白竜が気になっている。その正体は黒髪黒瞳のあの青年だ。

 コロナに見せていた、彼のあどけなく可愛らしい笑顔が、脳裏から離れない。その笑顔を私にも向けて欲しくなる。いったい私はどうしてしまったのだろうか。


 いつだったか、私は自分の男の好みを考えたことがある。あの時は答えがでなかったが、今ならわかる。恐らく私は、あの笑顔のようなあどけなさを好むのだ。

 よもや自分に、このような性癖があろうとは。……こんなこと誰にも言えんな。



 

 先日、白竜と焚き木を囲もうとしていたときのことだ。

 その日は明け方に小雨が降ったから、組んだ薪が湿気ってしまっていた。


「ぎぎるるー」


 火を起こすのに手こずる私に、白竜が声を掛けてきた。おそらく代わりに火をつけてくれるつもりなのだろう。なぜか私は言葉にならずとも、この竜の言わんとすることが理解できた。

 白竜が炎を細く吹き出し、薪に火を灯す。

 私はぼうっと惚けたようにその横顔を眺める。

 頬が火照ってきた。これは燃え始めた焚き木のせいであろうか? それとも……。

 無意識に手が伸びた。竜の頬を撫でる。


「ぎゅるり!?」


 竜がびくりと震えた。しかしそれは私も同じこと。内心ではいきなりの自分の行動に、驚いてしまう。以前にもこうして、無意識にこいつを撫でてしまったことがあった。最近どうにも、私は自分を制御できていない気がする。


「……すまないな。ありがとう」


 胸の高鳴りを隠しながら、竜の頬を撫でる。ひんやりと冷たい感触。頬ずりしたくなる衝動を抑えながら、撫でる手をあごへと移動させていく。


「……きゅるふぅ」


 白竜が可愛らしく鳴いた。

 胸がきゅんとする。頬が赤くなっていくのが分かる。……なんと愛いのであろうか。

 唐突に黒髪黒瞳の青年が思い起こされた。あのあどけなさを残した表情……。もう一度、今度は真っ直ぐに見つめてみたい。そんな事を考えていると、ますます私は赤面してしまった。こんな赤くなった顔は誰にも見せられない。

 私は白竜を優しく撫で続けながら、隠すように顔を背けた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 最近、セルベシアのことばかり考えている。

 お風呂に入るときも、ひとりで魚獲りをするときも、ずっとだ。もちろん、夢にだって出てくる。ほかにも森へ散策に行く彼女を見送っては、少しも経ってないうちから「早く帰ってこないかなぁ」なんて思ってしまうし、この間なんて、セルベシアが眠ったことを確認してから竜化をといて、ベッド脇で彼女の寝顔をひと晩中眺めたりしてしまった。


 一事が万事、こんな調子なのである。

 ……もしかしたら僕には、少しストーカーの気質があるのかも知れない。

 今日も僕は彼女を眺めて、ついぼんやりとしてしまう。彼女は騎竜ハービストンの世話をしている。


「……ん? どうした白竜よ」

「ぐるぇ?(はぇ?)」

「ず、ずっと私のことを、見ていただろう。なにかあるのではないか?」

「ぐり!? が、がりゅるる!(あ!? な、なんでもないよ!)」


 思わず顔を背けた。


「……ふふ。おかしなやつだな」


 彼女は僕を振り返り、不思議そうに首を傾げている。だんだんと頬に血が集まってきた。


(……ぅ。……ぅう)


 白竜姿だと元が白いから、赤面すると目立つはず。バレてしまわないように、体ごと後ろを向いた。

 うー、なんというかもう、恥ずかしいなぁ……。




 これは参った。このままでは、彼女の顔を真っ直ぐに見ることすらままならない。

 僕はコロナに相談してみることにした。


「これってさ、……こここ、こ、恋じゃないかと、おも、お、思うんだよな!」


 自分で言っておいてなんだけど、とても恥ずかしい。

 だって僕は、もう26歳の社会人だ。いっちゃえば、そろそろアラサーの領域である。

 そんな僕が、少年みたいに恋だのなんだの言い出すなんて!

 ああ……。顔から火が出そうだ……。


「いいから落ち着け! くねくねするな!」

「あぃたあ!?」


 脳天にチョップを落とされる。どうやら僕はまた、ひとりでテンパっていたらしい。別に痛くはないんだけど、気分的に頭をさすりながら、改めてコロナに話してみた。


「……ふーん。じゃあ多分、恋なんじゃないの?」

「じゃあって、なんだよ。もっと真剣に考えてくれてもいいじゃないか!」

「知らないわよそんなことは! あたしなんて同世代の異性に知り合いすらいなかったわよ! ぼっちの村娘なめんな!」


 コロナが真面目に取り合ってくれない。酷い話だ。


「……ぅう。……どうしよう」


 いじけていると彼女がため息をついた。


「……あんたさ。騎士さまに正体を明かしたほうが、いいんじゃないの?」

「で、出来ないって、そんなこと!?」


 秘密を打ち明けるには、親しくなり過ぎた。もしセルベシアに魔女の手先だのって蔑まれたら、きっといまの僕は立ち直れない。


「あの女騎士さまだって、いつまでもここにいられる訳じゃないんでしょ?」

「そ、それは……」

「別れはくるわよ? そのときあんたは、隠し事をしたままでいいの?」


 押し黙ってしまう。コロナのいうことは正論だ。

 恋だの愛だの以前に、僕は自分が何者かすら、彼女に明かしてはいないのだ。


(……けど、怖いんだ)


 黒髪黒瞳以前に、僕は容姿も十人並みだ。きっと彼女とは釣り合わない。


「……でも、……だって」


 うじうじする僕に、彼女はまた小さくため息をついて、立ち上がった。

 もうそんな時間か。そろそろ村に、送っていかないと。


「騎士さまも随分回復したんでしょ? もうあまり時間はないと思うわよ?」

「…………うん」


 コロナが僕に背を向けた。とぼとぼと歩いて離れていく。


「……あーあ。ホントあたしって、損な役回り」

「どうしたんだよ、コロナ?」

「……ふん! バッカじゃないの? どうもしないわよ!」


 いきなり罵倒された。なんか理不尽だ。

 振り向いたコロナは、少し目を赤くしていた。彼女を送り届ける道中、いつになく僕たちの口数は少なかった。


8時、12時、15時、18時、21時、0時の、一日6回更新になります。

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