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トオル16

 朝早く。僕は沢の大岩にコロナと並んで腰掛けていた。


「……それであんた。こんな朝っぱらからあたしを連れ出して、いったいなんの用なのよ?」


 コロナは少し不満顔をしている。昨日、あれからすぐ彼女のもとへと飛んだ僕は、朝になってから出直してこいと追い払われた。

 農作業が忙しかったらしい。だから今日は、日の出すぐコロナを迎えに出向いた。彼女は少し迷惑そうだったけれど、文句も言わずについて来てくれた。

 そのとき初めて僕の白竜姿を見た彼女は、腰を抜かすほど驚いていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「……はぁ!? き、騎士さまを引き止めろ!?」


 僕はコクコクと頷く。


「む、無理よ! それ、王国の竜騎士さまじゃないの!? あたしなんかが話し掛けるなんて、恐れ多いわよ! 村娘なめんな!」

「そ、そんなぁ……。こんなこと頼めるひと、コロナしかいないんだよぉ……」


 嫌がる彼女に縋り付く。


「……あ、あたしだけ……?」


 コロナはなんか頬っぺたをピクピクさせている。

 どうしたんだろう。もしかして、ニヤついてるのかもしれない。


「そ、そこまで言うなら、仕方ないわね……」

「ほ、ほんと!?」

「ふん……! ただし! ちゃんとお礼はしてもらうわよ!」

「するする! すっごいお礼してやるって!」


 話は纏まった。さっそく彼女をうろのお家に連れていこう。

 ぴょんと大岩を飛び降りて、河原へと降り立つ。


「あ、あれは……」


 ふいにわさびの葉が、目に飛び込んできた。ついでに採っていくかな。茎を握って引っこ抜くと、凄い音がした。相変わらず、わさびはうるさい。

 少しして、ようやくコロナが岩から降りてきた。


「い、いまの叫び声はなによ!? ……というか、なにしてるの、トール?」

「わさびを採ってるんだよ。こういうの」


 採れたてのそれを、彼女に見せる。見た目はわさびだけあって、少々グロい。


「ひ、ひぅぃ!? あ、あんた!? それを一体どうするつもり!?」

「……んえ? どした? どうするもなにも、食べるんだけど」

「た、食べるの!?」

「うん。ツーンとして美味しいよ?」


 なぜかコロナはドン引きしている。

 そんなにおかしなことを言ったかな? わさび、美味しいのに。


「……や、やっぱり魔の森は恐ろしいわね。……それ、猛毒のマンドラゴラだから、他のひとには、食べさせないようにね……」


 僕ははじめて、わさびの正体を知った。




 家に戻ると、もう彼女は起きていた。


「は、はじめまして、ききき、騎士さま!」

「……きみは?」

「ひゃ、ひゃい! あたしはコロナっていいます! く、国境の村に住んでまぶひゅ! あと、ここの家主です!」


 ひと息に捲し立てたコロナは、噛みっかみだ。白竜になった僕は、ハラハラしながら部屋の様子を伺う。彼女はコロナが落ち着くまで待ってから、しっかりと頭を下げた。


「私はペルエール王国、ウェストマール伯爵家が長女セルベシア・ウェストマールだ。王竜騎士団の団長をしている」

「ひぅ!? は、伯爵……!? だ、団長……!?」


 コロナは口をパクパクさせている。というか彼女の名前は『セルベシア』って言うのか。綺麗な響きだ。凛々しい彼女にとてもよく似合っている。

 気づくとコロナが僕を振り返っていた。青ざめた顔をしている。カクカクした動作で、声にならない声を呟きながら、なにかを訴えかけてきた。


(むむむ、無理よ……!? もうほんと無理……ッ!?)

(順調だぞ! その調子だコロナ! がんばって!)


 僕たちは目と目で通じ合う。


「……瀕死の所を介抱してくれた上、体を癒すために家まで使わせてもらった。……感謝する。私は決して、この恩は忘れない」

「ほほ……おほほほ……。気になされなっしゃらないで、よろしくてございますのよ?」


 なにを言ってるんだコイツは。テンパっているんだろうか?

 コロナはもう涙目になっている。


「コロナと言ったな。ところできみと白竜はどういう関係なんだ?」

「そ、それは、村に迷い込んできたこいつを……」

「村に迷い込んだ……? ……白竜が、か?」

「そ、それは……!?」


 セルベシアが眉を動かした。訝しんでいるのだろうか。


(がんばってコロナ! なんとか煙に巻いて押し切るんだ!)


 強く念じる。きっとこの声援が、彼女を後押しすると信じて。


「コロナ。きみは見たところただの村娘のようだが、一体どうやってこんな場所に家を……」


 コロナの顔はもう真っ赤だ。ぐるぐると目を回して、頭から湯気が立っている。


「と、とにかくですね! 体がちゃんと癒えるまで、ずっとこの家に居てくれて大丈夫ですから! そ、それでは、失礼します!」


 彼女はそれだけ言ってから、一目散に走り去った。


「お、おい……!? 待ってくれ……!」


 セルベシアは手を伸ばして、その背中を見送っていた。




 合流した僕たちは、沢で先程のやり取りについて話し合う。


「ばっちりだったよ、コロナ!」

「や、やっぱり? ……ふふん。あたしに掛かれば、ざっとこんなもんよ!」


 僕は空気の読める男である。本当は、てんでダメダメだったことは言わない。

 とはいえ、きっとこれでセルベシアを引き止めることは出来たと思うし、成果としては十分だ。


「と、ところでトール……」

「どうしたの?」

「お礼の約束、覚えてるわよね? ……今度ご飯食べさせなさいよ! あたしが、い、一緒に、たた食べてあげるから!」


 なんだ、そんなことか。別に友だちとご飯を一緒するくらい、お礼じゃなくてもいいのに。


「うん! じゃあ美味しいのご馳走してあげるよ!」


 そう応えると、コロナは満面の笑みを浮かべた。


8時、12時、15時、18時、21時、0時の、一日6回更新になります。

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