トオル02
朝になった。
木陰に身を隠したまま、僕はじっとしている。ほとんど眠っていない。
コートを着ていたのが良かった。ここがどこだかわからないけれども、気温は冬の日本よりずっと暖かい。丸くなってコートにすっぽりと包まれば、十分に暖はとれた。
「……ここって、……異世界なんだよね」
いまは朝陽にすっかり薄くなってしまったけれども、空にはふたつの月が浮かんでいる。混乱していた頭が、一晩経ってようやく落ち着いてきた。
少し状況を整理しよう。
仕事帰りにコンビニに寄って、家に帰り着いたら、異世界の森にいた。
……うん。さっぱりわからない!
もしかすると神隠しとか、そういうのにあってしまったのだろうか?
「……あ、そうだ。……コンビニ弁当」
お腹も空いているし、とにかくご飯を食べよう。すっかり冷えてしまったお弁当を、レジ袋から取り出して食べる。
「うぅ……。レンジでチンしたいなぁ……」
もそもそと三色そぼろ弁当をつつく。正直な所、味はよくわからなかった。
「よ、よし……。とにかく、歩いてみよう……」
いつまでもこうしていても仕方がない。ご飯を食べ終えてから立ち上がる。お尻をパンパンと叩いてから、僕は森を歩き始めた。
「しかし、すごい森だなぁ……」
のんきに呟いてしまう。なんだか現実感が湧かないのだ。
ひとの手の入っていない深い森。見上げるほどに大きな樹々に、苔生した大岩。日本の風景に例えると、屋久島なんかが近いのかもしれない。といっても、僕も屋久島なんて写真でしかみたことがないのだけど。
「これ、帰る方法あるのかな……」
急に心配になってきた。日本にいる母と妹、ふたりの家族に思いを馳せる。
(母さん……。絵里……)
頭を振って不安を振り払った。それはいま考えても仕方のないことだ。こんな状況なのだ。まずは自分のことである。僕は現状の優先順位を、頭のなかで整理する。
ひとつ、安全の確保。
ふたつ、食糧の確保。
みっつ、水場の確保。
とにかくまず、このみっつを優先して行動しよう。あとのことを考えるのはそれからだ。
「えっと……。食糧の確保は……」
先ほどから木ノ実やキノコは、ちらほらと見つけている。結構豊かな森らしい。でも果たしてこれらは食べられるのだろうか?
安全についてはいまのところ大丈夫だ。歩き始めてしばらく経ったが、差し迫る危険は感じない。
「……取り敢えず、水場を探そう」
レジ袋には空になったコンビニ弁当の容器と、缶ビールが2本。ビールでは水分補給にならない。どこかに小川なんかがあればいいのだけれど。
しばらく歩き回っていると、ちょろちょろと水の流れる音が聞こえてきた。どうやら無事に水場を発見できたようだ。
ほっとしながら音のする方向に進んでいく。草木を掻き分けて顔を出すと、そこには川というほどではないけれども、十分な水が流れる沢があった。
「あった! 綺麗な、さ……わ……」
そこには大きな猪が佇んでいた。水場を見つけて緩んだ表情が、急速に真顔になっていく。
「ぶるる……」
猪がこちらを見ている。距離としては30メートルほど先だろうか。でもすぐ目の前にいるように錯覚してしまう。なぜならこの猪は、象のように大きかったからだ。
巨大猪は瞳を逸らさずにこちらを見ている。僕も呆然としながらその怪物を見つめ返した。口元が濡れている。いまのいままで、沢の水を飲んでいたのかもしれない。
「……あ。……にげ、なきゃ……」
1歩後ずさる。それに合わせて猪が1歩踏み出した。ズンと重たい足音が地響きみたいに響く。それを聞いた僕は、背を向けて脱兎のように逃げ出した。
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