トオル14
白竜へと変じた僕は、高所から彼女を見下ろす。
「竜……だと!? それもこれは……ッ!? ワ、ワイバーンではない!?」
驚いていた彼女は、はっと気づくと表情を引き締めた。
「くっ!? 一体どこから現れた!? まさか、……転移か!? ハービストン、来い!」
しかし彼女のワイバーンは呼びかけに応じない。ただ不思議そうに首を捻っている。
「……ギュア?」
「どうしたハービストン! こっちに来い!」
尚も呼びかけるも、やはり反応はない。むしろワイバーンは、僕に向かって「ギャアギャア」とご飯の魚をせっついてきた。
うわの空で彼女を眺めていた僕は、その鳴き声に意識を呼び戻される。
「ギィア! ギィアァ!」
「ぐるぉ……(あ、ちょっと急かすなって……)」
と、とにかくご飯あげなくちゃ……。
あれ? なんか優先順位間違えてる? ま、まあ、いいか。
鉤爪の先っちょで、魚籠から魚を取り出してハービストンに与える。
「ギュオ! ギュア!」
「ぐるぁー(わかってるってー)」
腰を落として構えたままの彼女は、僕たちのことを、不可解なもののように見つめていた。
すこしの時間が過ぎた。すでに彼女は、落ち着きを取り戻していた。
「……思い出したぞ。……お前は、私が気を失う直前にみた白竜か」
彼女はひとりで勝手に、納得し始めてくれた。
ひとまず逃げられたり、立ち向かってこられたりはしないみたい。ほっと胸を撫で下ろす。
「……まぼろし……では、……なかったの……だな」
呟くと同時に、彼女の膝がガクッと折れた。その場に片膝をつく。
「ぐ、ぐるぁ?(だ、大丈夫ですか?)」
彼女は右の手のひらで、額を押さえている。目眩でも起こしたのだろうか。
でもそれも無理はない。だってこのひとは、何日も意識を失っていて、ようやくさっき気が付いたばかりなんだから。
「ぎゅるぁ!(さぁ、ベッドに戻ってください!)」
摘み上げようと指を伸ばす。けれども鉤爪の先が届く前に、彼女はパタリと倒れてしまった。
「ぐ、ぐりぃ!?(ちょ、ちょっと!?)」
大丈夫だろうか。ツンツンしてみるも、反応はない。どうやら気絶してしまったようだ。
それを確認してから、竜化をといた。
「……あ!? うげぇ!?」
僕は素っ裸だった。所謂フルチンというやつである。ちょっとしたパニックになる。そういえばフルチンって、フルモンティ(英:隠語、すっぽんぽん)が語源だったりするんだろうか。
……ってそんなことはどうでもいい!
「ふ、服! で、でも彼女のほうが先に……」
キョロキョロと辺りを見回す。誰もいないのはわかっているけど、全裸の気恥ずかしさから、思わずそうしてしまう。
とにかく僕は急いで彼女を担ぎあげて、ベッドに寝かせてから、草と蔓の腰みのを巻いた。
翌朝。
ふたたび目覚めた彼女の様子を、窓の外から伺う。白竜の姿でなかを覗き込んでくる僕に、彼女が気付いた。ビクッと肩を震わせている。
どうやら驚かせてしまったらしい。ちょっと申し訳ない。
「……ぐる、るわぁ(……そこに、料理用意してますから)」
鉤爪でテーブルを、ちょいちょいと指差す。作っておいたのは、魚のスープだ。
病み上がりだし味は薄めにしてある。残念ながら川魚だから、あまりいい出汁は取れなかったけど……。
「……これは……。スープか……?」
テーブルの料理に、彼女が気付いた。
それで今更ながら、お腹が空いていることに気付いたらしい。じっとスープを眺めている。
「どりぃ。ぐらぁ(どうぞ食べてください。冷めちゃってますけど)」
彼女が僕をみた。目線や仕草で、なんとなく会話できている気分になってくる。
なんか不思議な感じ。
「……食べても、……よいのか?」
コクコクと何度も頷く。すると彼女はベッドから起き出してきて、スープを啜り始めた。
「…………うまい」
彼女はそう呟いたきり、あとは無言でスープを飲み干した。
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