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トオル13

「ふぅ……。これで手当ては完了っと」


 脇腹に残る生々しい傷跡に、薬を塗って包帯を巻く。

 薬も包帯も、どちらもコロナがくれたものだ。

 なんだかまた必ず会いにこいと言っていたし、彼女には今度お礼がてら、川魚でも持って行ってあげよう。


「これで、治るといいんだけど……」


 荒かった呼吸こそ落ち着いてきたものの、依然として熱は高いままだ。ワイバーンも開け放った窓から、心配そうに彼女をみている。


「……しっかし、すっごい美人だなぁ」


 ベッドの縁にぽすんと腰を掛けて、繁々と女のひとを眺める。

 ハーフアップに結った、艶めく金糸のようなロングヘア。身長は僕より少し高いくらいかな? 多分170センチに少し届かないくらいだろう。


 スタイルだけではなく顔の造形も凄い。形のよいあご周りの輪郭と、整った眉。真っ直ぐに通った鼻筋に、キュッと結ばれた唇。

 全体的に可愛らしさよりも凛々しさが勝る。美女という言葉がぴったりだ。きっと瞳だって、開けば意思の強さを感じさせてくれるに違いない。

 もろに僕の好みのタイプである。完全にど真ん中だ。

 営業部の上司が夢中だった、田中……み、美穂ちゃんだっけ? そんななんとかいう可愛い系を気取った三十路とは、雲泥の差である。

 額に掛かった彼女の綺麗な前髪を、すっと指で払う。長いまつ毛が見えた。


「……どんな声をしてるんだろう」


 想像を膨らませる。

 きっとこの唇が紡ぎ出す音は、魅惑的なメゾソプラノボイスだぞ。セクシーだけど落ち着いた響きが、すっと胸に沁みいってきそうなやつ。そんな勝手な想像をして楽しむ。


「はぁ。話してみたいなぁ……」


 でもそれは無理だ。気後れしてしまう以前に、僕の容姿は黒髪黒瞳。このひとだって見たら驚いて、僕のことを魔女の手先だって罵るかもしれない。


「でも、熱が収まって、目を覚ましたあとはどうしよう……」


 考えてみても、良い対応の仕方は思い浮かばない。僕はそのことを、一旦棚上げすることにした。




 ドラゴンブレスで温めたお湯で、今日も彼女の体に浮いた汗を拭う。

 手拭いをギュッと絞って、丹念に。ようやく熱も引いてきた気がする。眉間に皺を寄せていた眉も、心なしか穏やかだ。


「ふんふんふーん。……さ、脇を拭きましょうねー」


 引き締まった二の腕をぐっと持ち上げた。脇から脇腹にかけてを拭いていく。反対サイドに回って、こっち側も丁寧に。


「おっとー! 指が滑っちゃったー!」


 ツンっと胸をついてみる。彼女が反応してピクッと動いた。なんか難しげに眉を歪めている。

 おお……。ちょっと可愛い反応。新鮮だ。


「おおっとぉ、また指が滑っちゃったなぁー!」


 楽しくてつい調子に乗ってしまう。僕がスケベ心丸出しでツンツンする度に、彼女はこそばゆそうに顔をしかめた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 静かにドラゴンイヤーを澄ませて、川魚を捕る。もう20匹近くも捕まえただろうか。鮎にニジマスにヤマメにイワナ。全部後ろに(?)がつくけれども、どれも美味しい魚である。


「さ、こんなものかなー」


 たくさん捕っているのには、理由がある。ワイバーンのあいつが、とっても大食らいなのだ。

 魚籠にとれた獲物をいれた。

 家に帰ると、ワイバーンが「ギャアギャア」と騒がしく鳴いて僕を迎える。賢いこの竜は、僕がたったいま、ご飯を持って帰ってきたことを理解しているのだ。


「はいはい、ただいまー。そんなに騒がなくても、ご飯はちゃんとあげるって」


 籠からイワナを一匹、取り出して与える。それを丸のみしたワイバーンは、次から次へとご飯を催促してくる。


「ははは。そんな慌てるなよ」


 苦笑しながら魚を与えていると、うろの家の扉が、ガタッと鳴った。


「はぅおわぁ!?」


 な、なんだ!?

 とっさにワイバーンの背中に隠れる。それと同時に扉が完全に開かれた。


「……ハービストン。良かった。お前も無事か……」


 彼女だ!? 家から彼女が出てきた!

 想像した通りの落ち着いた声。でもよく響いて通りが良い。眼差しだって、思った通り凛としている。でも捉えようによっては、少し気難しく見えるかも……。


「ここはどこなんだ……」


 彼女は辺りを見回している。

 まだ目が覚めたばかりなんだろう。ぼうっとした感じが伝わってくる。


「森のなか……。だが、ひとが住んでいるようだな。……私は、誰かに助けられたのか?」


 考え込む仕草を見せていた彼女が、こちらを向いた。まぁこちらと言っても僕ではなく、このワイバーンを見ているんだろうけど。


「……なぁハービストン。一体どうなっているんだろうな?」

「ギュア!」


 そうか。この竜の名前はハービストンって言うのか。

 悠長に構えていると、彼女がこちらに向けて歩きだした。力が入らないのだろうか。少し頼りなさげな足取りである。


(や、やばい! こここ、こっちこないで……!)


 彼女が近づいてくる。心臓がドキドキしてきた。でもこの鼓動は、僕が美女慣れしていないとか、そんなのが理由じゃない。


(見られてしまう! このままじゃ黒髪と黒瞳を、見られてしまう!)


 不安が脳裏を掠めた。彼女に魔女の手先と罵られる、一瞬先のそんな未来。


(いやだ、いやだ、いやだ! そんなのはもう、いやなんだ!)


 ワイバーンに隠れながら、頭を抱える。それと同時に僕の体が、白く、大きく膨れ上がっていく。気付けば僕は竜化してしまっていた。

 眼下に見下ろした彼女は、驚きの表情で僕の巨体を見上げていた。


8時、12時、15時、18時、21時、0時の、一日6回更新になります。

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