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トオル12

 村へとやってきた。

 遠くの茂みに隠れて、開け放たれた窓から村長宅を盗み見る。

 こういうとき、望遠できるドラゴンアイは便利である。


「……ちっ、のんびりしてるなぁ」


 いまは午前だ。村の各所を眺めてみると、みんな汗水垂らしながら、あくせくと働いている。だというのに村長は、自宅でのんびりとお茶をすすっていた。


「さっさと働きに出ればいいのに……」


 口に出して毒づく。そしてはやく、家を留守にしてください。




「そういえば、コロナの姿が見えないな」


 この時間、いつもなら彼女は農作業をしている。


「ま、どうでもいいか」


 気を切り替えて、村長宅の見張りを続ける。太陽が空の天辺までのぼり、村のみんなは仕事の手を止めた。いまからお昼どきだ。

 村長も年配の女性と一緒にご飯を食べている。あのひとが奥さんだろうか。


「……結構いいもの食べてるなぁ」


 つやつやのお米(?)に、お肉と野菜の入ったスープ。

 午前中、のんびりしていただけの穀潰しの分際で、あんな美味しそうなの食べやがって。

 僕が村にいた頃は、一日中農作業をさせられていたのに、食事はお湯でふやかしたご飯にクズ野菜のスープだけだったんだぞ!

 ふつふつと怒りが湧いてくる。またひとつ、薬を無断で拝借することへの罪悪感が薄れた。




 お昼の食休みを終えて、ようやく村長が動き出した。

 まったく、いらっとくるほどゆったりとして優雅な1日だ。彼が家を空けるのを待つ。


「……ぃよし。……行ったな」


 気配を殺して、そろりそろりと近付いていく。抜き足、差し足、忍び足。村長宅の玄関にはりつき、扉越しに聞き耳を立てた。

 ……大丈夫だ。物音は聞こえない。慎重に扉をあけて、サッとなかに滑り込んだ。


「……誰も、いないようだな」


 手早く物色を開始する。とは言え探す場所はあまりない。

 村長のお宅とはいっても質素なものだ。ちょっとした棚と、いくつかある壺。あとは簡素なタンスを探せば、もうそれで全部である。


「……おかしい。……薬がないだと?」


 当てが外れたか? いやもしかすると、大事なものは床下なんかに隠しているのかもしれない。両手をドラゴンハンドに変えて、鉤爪を床板に引っ掛けた。

 そのとき――


「……なにやってんのよ、あんた?」


 声のほうに顔を向ける。

 コロナだ! またコロナに見つかってしまった。

 慌てて逃げようとする。でも玄関は彼女に塞がれているし、窓は飛び出すには小さ過ぎる。


(ど、どどど、どうしよう!?)


 仕方がない。ここは屋根を吹き飛ばして――


「落ち着きなさい! いいから落ち着け!」


 一喝された。背筋を伸ばしてピンとする。


「……ほら、深呼吸しなさいよ。吸ってー、吐いてー」


 コクコクと頷いた。彼女の声に合わせて大きく息をする毎に、気持ちが落ち着いてくる。


「落ち着いた? ならそこに座りなさい」


 僕は促されるまま、その場に正座した。




「……それで、なにをしていたのよ?」


 押し黙ったまま応えない。

 ちなみにドラゴンハンドはもう元に戻してある。まぁコロナには、バッチリ目撃されてしまったあとだけれど。ドラゴンウィングに続いて、これで2度目だ。

 しばらく黙っていると、彼女が深くため息を吐いた。


「はぁぁ……。前にも言ったでしょ。誰にも言いやしないわよ」

「…………本当に?」

「疑り深いわねぇ、あんた。……本当よ」


 そうは言っても怖いものは怖い。密告されて、騙し討ちみたいに兵隊がたくさんやってきたらどうしよう。そんなことを想像して、震えてしまう。


「……でも。……魔女の手先なんだろ、僕?」

「違うわよ」

「ど、どうして?」

「……あたし、本物の魔女を見たのよ。黒の魔女はなんというか……凄かったわ。あんたみたいなチンチクリンが、あの美しくて恐ろしい魔女の手先だなんて、到底思えない」


 チ、チンチクリン!? また酷いことを言われた。そりゃあ僕は、背だってそんなに高くはないけど……。


「それよりあんた。いまどこで暮らしてるの?」


 教えても大丈夫なんだろうか。

 びくびくしながら、上目遣いにコロナを見る。特に僕を騙そうとか、そんな雰囲気は感じない。というかむしろ、心配してくれているような……。


「も、森……。森に、住ん……でる」

「森って…………魔の森!?」


 なにやら驚かれた。でもそこは違うと思う。だって僕の暮らしている森は、自然の恵みが豊かな住みやすい森だ。おっきな獣はいるけど、精々その程度である。


「ち、違うと思うよ? 結構いい森だし」

「……そう? ならいいんだけど」


 そういえば……。

 午前中はコロナの姿が見えなかったことを思いだして、尋ねてみた。


「あたし? あたしは隣村と交易に行ってきたのよ。穀物を渡して毛皮なんかをもらうの。荷馬車に積んであるわよ?」

「へえ……。そうなんだ……」


 色んなことをやってるんだなぁ。

 聞けば隣村だけじゃなくて、城塞都市まで物資の買い付けに行くこともあるらしい。都市は王都ほどではないにしても、市も盛況で色んな屋台なんかも軒を連ねているらしい。この村にも季節ごとに、大陸各国を行商する商人なんかが立ち寄るんだとか。

 なんだか世界の広がりを感じてしまう。


「それよりも、あんたのことよ。……あんた、うちでなにをしてたの?」


 話しても大丈夫だろうか? 黙っていても仕方がない。いずれにせよ、薬は欲しい。


(それに……。もしかすると……)


 コロナを通じて僕も、この世界と繋がることが出来るかもしれない。


「……薬が欲しい」

「薬ね……。どういうこと? そういえば聞こうと思っていたんだけど、あんた、名前は?」

「……上坂、とおる……です。……実は――」


 彼女に説明をする。

 森で傷ついた女性を拾ったこと。その彼女の熱が引かないから、薬が欲しいのだということ。

 ひと通り話を聞いてから、コロナは頷いた。


「……わかったわ。薬は貯蔵庫にあるから、取ってきてあげる」

「ほ、本当に!? ありが――」

「ただし!」


 彼女が僕の言葉を遮った。見れば少し、顔を赤くしているように思える。


「ただし! 薬をあげる代わりに、……ト、トール、あんた。あたしの友だ……話し相手になりなさいよね!」


8時、12時、15時、18時、21時、0時の、一日6回更新になります。

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