トオル10
「……こ、……これは!?」
凄いものを発見してしまった。場所はいつもの沢である。
「これって、どうみても……『わさび』だよなぁ?」
僕は手にしたそれを、じっくりと眺める。見た感じはそのまんまわさび。試しにくんくんと匂ってみた。
「……うぇ、土の匂いがする」
いましがた掘り返したばかりなのだから、当然だ。でもわさび(?)自体に匂いはない。
「た、食べられる……かなぁ……?」
わさびは綺麗な沢で採れると聞く。まさにここだ。
もしこれがわさびなら、是非とも今後の食生活に取り入れたい。
この森では色んな食材が取れる。けど今のところ、毒のある食べ物に当たったことはない。だからきっと、これも大丈夫なんじゃないかなぁ?
「……ぃよし。僕も男だ。覚悟を決めて……いただきます!」
水で洗って、ぽりっと齧った。もぐもぐする。
「んぐんぐ……。ふむ。……んん? んんんっ!?」
ツーンときた。鼻の奥が刺激されて、涙が出てくる。
「き、きたぁー! これわさびだ! ひゃっほう! いまツーンときたぁー!」
鼻を押さえて涙目になりながらも、僕は大喜びだ。
これはいいものが採れた。今度、川魚をお刺身にしてみよう。あ、でも川の魚って、寄生虫がいるんだっけ? ……まぁ大丈夫だろう。
「こうなると、俄然お醤油が欲しくなるねぇ!」
とはいえ、醤油は森で採れたりしない。あれは作らないとダメなやつだ。
たしか醤油って、味噌を発酵させる過程でできるんだっけ? いつか挑戦してみよう。
「いやぁ、いいもの見つけちゃったなぁ」
鼻歌を歌いながら、ルンルン気分で家に戻った。
日付けが変わって本日。僕は彫刻なんかをして、時間を潰していた。
この森は豊かでよいところだ。気候も穏やかで、空気も澄んでいる。少しジメジメするけれども、それはまぁ森だし仕方がない。水も食べ物もたくさん採れるし、雄大で美しい大自然の景観は、眺めているだけで心を癒してくれる。
おおむね不満のない暮らしができていると言えよう。ただ一点を除いては……。
「あー、今日も暇だなぁ……」
鉤爪で木片を掘りながら、ポツリとこぼした。
……そう。ここには娯楽が足りないのである。
「せめて話し相手でもいればなぁ」
いないものを愚痴ってもしょうがないけど、愚痴らずにはいられない。なにせ毎日が退屈なのだ。
「……ペットでも、飼おうかな?」
森には動物も多い。角の生えたうさぎなんかもいるし、ああいう可愛いのを1匹つかまえて、飼い慣らしてみるのもいいかもしれない。
「ぃよし。3体目出来上がりっと」
木片についた木屑を手で払う。仕上がったのは、こけし人形だ。
先に作っておいた2体と一緒に、窓際に並べた。左から順に、母さん、絵里、僕である。
「ふたりともどうしてるかなぁ……」
想いを馳せると、ひとりぼっちの寂しさも増してくる。
さっき考えたペットの件、ちょっと本気で考えてみようかな。
また数日が過ぎた。今日の僕はいつも通り、家事に勤しんでいる。
「んー。腐葉土は柔らかくて、いいクッションだと思ったんだけどなぁ……」
土台を腐葉土で固めたベッドには、よく虫がわく。小まめに掃除しないと、ちょっと気分的に安眠出来ない。これが結構な手間なのである。
「やっぱり多少硬くても、木製ベッドのほうがいいかも……」
時間はあるんだし、一度こさえてみようかな。
「掃除完了! じゃあ次は水汲みだー」
家から表に出る。頭上から陽の光が降り注いできた。
「今日もいい天気だなー」
家の周囲の木は、引っこ抜いてある。だからこの辺りは、結構拓けていて明るいのだ。
「ぅん、しょっと……」
ドラム缶サイズの木桶を抱えて、竜翼を広げる。パタパタと沢まで飛んでから水を汲んだ。
「ふんふんふーん」
桶を抱えて森をゆっくり飛んでいると、なにかの声が聞こえてきた。
「ん? なんだろ?」
耳をドラゴンイヤーにして、澄ましてみる。すると複数の獣が、激しく争う声が聞こえてきた。
野次馬根性で見に行ってみる。狼の群れが見えた。ただ狼といっても、1匹1匹がヒグマほどの大きさである。その群れを相手に奮闘しているのは、竜だ。
(……ほえー。僕以外の竜ってはじめて見た)
興味を惹かれてじっくりと眺める。
その竜は僕とは違って、細身の体に対して翼が異様に大きい。飛竜? 翼竜? ファンタジー風にいうとワイバーンになるのかな? ドラゴン型の僕とはシルエットがだいぶ違う。
ワイバーンはかなりの大きさだ。竜化した僕よりは随分小さいけど、ヒグマみたいな狼たちよりずっと大きい。体高6メートルくらいあるんじゃないかな?
「グルルゥ……ガウッ! ガウッ!」
「ギャア! ギャァア!」
狼の群れと竜は激しく争っている。でも竜は大怪我をしていた。翼は引き裂かれ、足の骨も折れているみたい。このままだと、あの竜、やられちゃうんじゃ……。
(――って、あ!? あれは!?)
激しい争いの拍子に、チラッと見えた。竜のうしろに誰かが倒れている!?
(も、もしかしてこの竜……!?)
あのひとを庇って戦っているのだろうか?
「た、大変だ! 助けなきゃ……!」
慌てて茂みから飛び出した。
「こらー! やめろ、狼たち!」
闖入者の登場に、争いが中断される。しばらくこちらを眺めていた狼が、牙を剥きはじめた。どうやら僕を獲物と定めたようだ。
「ま、そうなるよね。……だが、しかーし!」
いそいそと服を脱ぎ捨てる。念じると、途端に僕の体が膨らみはじめた。
「……ぐるぅおおおおおおおおおおっ!」
大咆哮が森に轟いた。辺り一帯の樹々が、ざわざわと枝を震わせる。
「きゃいん!? きゅ、きゅーん……!」
狼たちは竜化した僕に恐れをなして、尻尾を巻いて逃げていった。
ぃよし! ざっとこんなもんよ!
立ち上がってぐっと拳を握りこむ。握られた白い拳の先をみると、気絶していた誰かが薄く目を開いて、僕を見上げていた。
「ぐるぅ!? ぐ、ぐるぁ!?(はぅわぁ!? き、金髪美女!?)」
倒れていたのは女のひとだった。騎士の鎧を着ている。
なんだこの金髪碧眼のグラマーお姉さんは!? 凛とした雰囲気が完全に僕好みだ。ひとめで、ずきゅーんときた。
……やばい。これお付き合いしたいやつだ!
「…………白……竜……?」
僕を見上げた美女は、ポツリと呟いてから、ふたたび気を失った。
8時、12時、15時、18時、21時、0時の、一日6回更新になります。