コロナ01
「……じゃあ村長。行ってくる」
「うむ。騎士様に粗相のないようにな。くれぐれも注意するのだぞ」
「わかってるって。しっかりと魔女の件を、報告してくるから」
城塞都市に、村人が送り出された。あいつのことを告げ口するためだ。あたしは反対したのに、村長である父さんと村のみんなが勝手に決めてしまった。
「これ、コロナ。いい加減に機嫌を治しなさい」
「ふん! 知らないわよ!」
「……仕方がないだろう? あの者はやはり、黒の魔女の手先だったんだぞ?」
「だからあの子は、そんなのじゃないって言ってるでしょ!」
真っ白な翼を生やした、黒髪黒瞳のあいつ。そういえば名前も聞いていなかったことを、今更ながらに思い出す。
「あの子は……、あたしの弟分なんだから……」
あたしには同年代の友人がいない。ちょうどあたしが生まれた年の前後に、飢饉が続いたからだ。当時は食糧を求めて危険な魔の森に入り、命を落とした村人もいたと聞いている。長く続く食糧難に、みんな新しく子を儲けることができず、まれに生まれた幼子も最後には死んでしまった。
結局その頃に生まれた子どもで無事生き残ることが出来たのは、曲がりなりにも村長の娘である、あたしだけだったのだ。
おかげであたしは生まれてこのかた20年。幼少期からずっとさみしい思いをしてきた。そんなところに現れたのが、あいつだったという訳である。
「騎士様たちは、いつ頃村に来られるだろうな?」
「さぁ? 都市までは片道半日だから、明日か明後日には来るんじゃないか?」
「だなぁ。その前に俺たちのほうで、少しあの小僧の行方を捜してみるか?」
村のみんながガヤガヤと騒がしい。
あたしはいま余計なことを提案した村人を、キッと睨みつけた。
「捜すなんて、やめなさいよ!」
「……そうだなぁ。あいつが飛んで行ったのって、魔の森のほうだもんなぁ」
「あの森はだめだ。恐ろしい獣や魔獣が多過ぎる」
「ああ。コロナが心配してくれた通りだ」
誰もあんたの心配なんてしていない。心のなかで、そう毒づく。
「さぁさ、魔女の手下のことは騎士様にお任せして、わしらはいつも通り働くとするぞ」
父さんに促されて、みんな仕事に戻っていく。
「……ふん!」
あたしもひとつ鼻を鳴らしてから、農作業に戻った。
一夜明けた今日。
あたしは晴天の下で、本日も黙々と農作業を続けていた。早ければ今日にも、村に騎士団がやって来るだろう。額から流れた汗が、頬からあごを伝ってぽとりと落ちる。
「あー、やってらんないわねぇ……」
思い出すのはやっぱり彼のことだ。結局最後まで、ふたりでゆっくりと話せなかったことを、残念に思う。
あいつのいたしばらくの間は、農作業も楽だった。というか、あたしは踏ん反り返って指示を出しているだけで良かった。あいつもぶつくさと文句は言うけれども、結局は大人しく従っていた。
「……やっぱり、あんなヘタレが、魔女の手下なはずないわよ……」
魔女の手下、魔人っていうのは、もっと恐ろしい存在だと思う。魔女なんてきっと、出会ったら食べられてしまうくらい怖いのだ。
作業を続けていると、ふいに頭上から伸びてきた影に覆われた。額の汗を拭って、天を仰ぎみる。
「…………え?」
見上げた空に……。
――魔女がいた。
黒髪黒瞳に裾の長い黒のドレス。艶めく黒髪は腰まで届きそうな長さだ。温かみのあるあいつの眼差しと違って、怜悧な黒い瞳があたしを射抜く。
「……あ、……あぁ……」
思わず口をパクパクとさせながら、さっき考えたことが誤りだったことを思い知る。魔女とは恐ろしいだけじゃなくて、こんなに妖艶で美しい存在だったんだ……。
「……そこの貴様。この村に、黒髪黒瞳の者がいるだろう?」
惚けたように魅入っていると、魔女が声を掛けてきた。綺麗な声が、透き通るように響く。
「……ぁ、……ぁ。……魔国の……魔女……」
あたしを眺める魔女の目が、すっと細まる。
「……魔国だ、魔女だと、相変わらず好き放題いいよって」
顔をあげたまま固まっていると、魔女が「ふぅ」と小さくため息をついた。
「余は『解放国家オイネ』が女王イネディット。……村娘よ、黒髪の者を連れてまいれ」
ようやく頭が回り始める。この魔女は、あいつを探しているんだ。
「……あ、あいつを……! ど、どうするつもり……っ!」
「……悪いようにはせぬ」
信用出来ない。なんたって相手は本物の魔女だ。
あたしはどうやってこの場を切り抜けるか、必死に考えを巡らせた。そのとき――
「……ぬ?」
魔女が遠くに視線を移した。つられてあたしも、そちらの空に顔を向ける。
「あ、あれは……!?」
城塞都市のある方角。まだ少し遠いその空の先には、編成を組んで飛んでくる竜騎士様たちの姿が見えた。
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