セルベシア02
ペルエール王国と魔国オイネ。
2国を隔てる国境のほど近くには、堅牢な城塞都市がある。そこは王国にとって、魔国との戦の最前線を支える重要な都市だ。
私はいま、その城塞都市までやってきていた。
「セルベシア団長! 報告致します!」
配下の騎士が戦況を伝えてくる。報告内容には、これといって変わったところはない。概ねいつも通りの小競り合いが続いている。
「……わかった。下がれ」
部下が一礼をして退室する。それを見送ってから私は、椅子に深く腰掛け直して、ため息を吐いた。
我が王国には、4つの精強なる騎士団がある。
ひとつ『黄金騎士団』。
ひとつ『聖銀騎士団』。
ひとつ『鋼鉄騎士団』。
そして最後のひとつが、この私の率いる『王竜騎士団』だ。
黄金騎士団は、王都防衛と王族近衛をその任としている。私の友人のあの優男、キルケニーのやつは、ここの副団長である。
主力の第一軍で最も規模の大きい聖銀騎士団は、現在その半数を魔国との戦に当てていて、この城塞都市を中心に軍を展開していた。残る半数は王都に残っている。
そして第二軍、実質的には予備軍である鋼鉄騎士団。これは近年王国に謀反を起こし、自らを皇帝などと僭称しはじめた、シャハリオン元辺境伯への対処に当たっている。
最後に王竜騎士団は、騎竜の機動力を生かした遊撃部隊だ。広く勇猛を馳せる我が騎士団は、戦況次第で、どの戦場にも駆けつける。
現在私は王竜騎士団を率い、聖銀騎士団の援軍として、この城塞都市までやってきていた。近々、魔国オイネから、大規模な侵攻があるとの情報をキャッチしたからだ。
だがどうやらそれは、流言の類いだったようである。こうしてここしばらく都市に詰めているが、魔国からの侵攻の気配はまるでない。先程の報告でも、それは同じであった。それ故に私はいま、少し手持ち無沙汰になっていた。
「……ふぅ。訓練でも行うか」
待機しているだけでは体が鈍ってしまう。椅子をぎしりと軋ませて立ち上がり、私は訓練場へと足を向けた。
ワイバーンに跨り、大空を自在に飛び回る。
この騎竜の名前はハービストン。
先代の王竜騎士団長たる我が父、ウェストマール現伯爵から譲り受けた大型の騎竜で、その体高は6メートルにもなる。一般的なワイバーンの体高が4メートルほどであることを考えても、こいつは随分と大きい。
「ハービストン! 地上左前方、目標に攻撃!」
鞍に跨り、ハミを通して騎竜に指示を出す。高所を優雅に旋回していた我が愛竜は、一転して急降下。訓練用の丸太で設えられた的を、強力な蹴りの一撃で粉砕した。
「……ふぅ」
訓練を終えて部屋に戻る。程なくしてドアがノックされ、ひとりの初老の男性が入ってきた。
「失礼する」
「これはローデンバッハ伯。どうされましたか? 言って頂ければ私からお伺いしたものを」
入室してきた偉丈夫は、ローデンバッハ伯爵。
聖銀騎士団の現団長を勤める、老獪な聖騎士殿である。
「いやなに。もののついでだ」
彼は鷹揚に手を振った。一体なんの御用だろうか。
「王竜騎士団の件だ。王都から指示があった。魔国との戦況にも変化はないし、近く王都に戻れとのお達しだ」
「……そうでしたか」
話を聞いた私は、少し落胆した。その様子を見ていたローデンバッハ伯が、柔らかく微笑みかけてくる。
「残念か? だがそう功を焦るでない」
「……ええ。見抜かれてしまいましたか」
私は王竜騎士団の現団長ではあるが、先代たる父から団長の座を受け継いでまだ間がなく、歳も若い。それに女の身だ。口さがないものたちは、そんな私のことを世襲団長だの令嬢団長だのと、裏であれこれと揶揄していると聞く。
「そのような顔をするものではない」
「……わかっては、いるのですが」
「そなたの父は、勇猛果敢な竜騎士であった。故にそなたが、先代の背を追いかける気持ちもわかる。それに、女だからと侮る輩を見返したい気持ちもな。……だが功を焦ってはいかんぞ。焦ってもろくな結果には、繋がらんからのう」
これまで功を急いて失敗してきた者を、多く見てきたのだろう。含蓄のある言葉だ。
伯は、少し厳しい表情をしていた。長年、父や他の団長たちと共に、第一線で戦い続けてきた彼の言葉に、重みを感じる。
「……そうそう。先程の訓練、見ていたぞ?」
伯が、ふっと表情を緩めた。
「まるで若き日の、そなたの父殿を見ているようであった」
「……そんな。自分などまだまだです」
謙遜するも、そう言われれば悪い気はしない。
「そなたはまだ若い。これから着実に歩んで……」
――トントン。
彼の言葉を遮るように、ドアがノックされた。
「失礼いたします! ああ、やはりローデンバッハ団長は、こちらにおいででしたか」
入室してきたのは、聖銀騎士団の斥候隊のものであった。伯が彼に向き直る。
「どうしたのだ? 火急の用件か?」
「は、はい! すぐにお耳にお届けしたき話にございます!」
「ならここで聞こう。申せ」
「はい! 国境の村から知らせが届きました!」
村からの知らせ? まさか……。
「……魔国の大規模侵攻か?」
つい口を挟んでしまう。こういうところが、私が若いと言われる由縁だろう。しかしどうしても、功を求めて気が逸ってしまう。
「いえ、そうではありません!」
違ったか。ならなんだというのだろう。
今度こそ黙って、彼の報告に耳を傾ける。椅子に腰掛け、気持ちを落ち着けた。
「村のものはこう申しております! 魔女が……、魔国を率いる『黒の魔女』が現れた、と!」
その報告を聞いた私は、ガタッと椅子を揺らして立ち上がった。
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