トオル09
一晩が経過した。太陽はもう空の天辺まで昇っている。どうやら僕は、泥のように眠ってしまっていたみたいだ。
いつまでも落ち込んではいられない。大樹のうろから出て、胸の前でこぶしを握る。
「ぃよし。元気出さなきゃ!」
村には戻れないし、王国はもってのほか。魔国だって行けばどうなるかわからない。行くあてもないし、しばらくこの森で暮らそう。
そうと決まれば衣食住の確保だ。
ひとまず『衣』についてはいいだろう。村でもらったこの地味な村人服がある。
「そういえば、トレンチコート置いてきちゃったなぁ……」
まぁ仕方あるまい。僕はもう、露出狂スタイルは卒業したのだ。
次は『食』だ。これについても、ひとまずは問題ない。木ノ実や川魚で十分食べていける。でも塩なんかは、どうにかして調達する必要がある。どこかで岩塩でも手に入ればいいのだけど……。
最後に『住』。差し迫って必要なのはこれである。……さて、どうしたものか。
「あ、そうだ。いいこと考えた!」
思いついたら即実行。住居を確保すべく、僕は行動を開始した。
「ぃよし! こんなところかな!」
少し離れて、出来たばかりの我が家を眺める。
うん。結構いいんじゃないか?
僕は、昨夜ひと晩寝泊まりした大樹のうろを、拡張することにした。
鉤爪で木の内側をほじほじ、ほじほじ。8畳分くらいのスペースを作った。それでもこの大樹からしたら、ちょっとした穴が空いた程度のものである。
しかし僕のこの鉤爪は便利だ。木どころか、岩だってサクサクと削れる。
ぃよし。これは『ドラゴンクロー』と名付けよう。
うろの家には出入り口のほかに、窓穴も作った。これで採光もばっちりである。
出入り口と窓穴には各々、枝とか葉っぱを蔓で編んだ扉や窓をくっ付けた。正直隙間は少し空いたままだけれども、元々この森はあまり風が吹かないから、隙間風も入ってこない。なかなかに快適な空間の出来上がりだ。
家の周りには柵もたてた。なんか柵があると安心するんだよねー。これって小市民的な感覚なのかなぁ?
「ぃよし。結構かたちにはなってきたよね。もうひと頑張りするぞー!」
気合いをいれて、腕捲りをする。さぁ、作業の再開だ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
数日が経過した。
あれから色々な生活道具を拵えた。木をくり抜いた食器や水桶。木製テーブルと椅子なんかも作った。
ベッドだってある。腐葉土を固めた土台に、寝藁がわりの枯れ草を敷き詰めて、その上に自作のすだれを敷いた簡易ベッド。すだれを編むのには時間がかかったけれども、手間をかけて作ったおかげで、寝心地はそれなりに快適だ。
「……ふんふんふーん。今日はお風呂に入っちゃおうかなぁー」
そうお風呂。日本人の憩い、お風呂である。
僕は岩をドラゴンクローでくり抜いて、バスタブを作った。このバスタブは素材が岩だけあって耐火性が高い。水を張ってから、加減した炎を吹きかければ、あっという間に快適なお風呂に早変わりである。
残り湯で洗濯だって出来る。まぁ服は1枚しかないから、乾かしている間の僕は、細長い葉っぱを蔓で編んだ腰みのを巻いてるんだけどね。
自分でいうのもなんだけど、野人みたいだよこれ……。未確認生物的なやつ。
「まだかな、ご飯焼けるのまだかな?」
お風呂あがり。野人に扮した僕は、鼻歌まりで上機嫌。
岩のかまどで熱した石のプレートが、じゅうじゅうと鳴っている。ふんわりと漂いだした香りに、否応なく食欲が刺激される。音を立てているのは、ニジマス(?)の香草焼きだ。
この石プレートも、もちろんお手製である。フライパンがわりに使えて、とっても便利。
これを作ってからというもの、随分と料理の幅が広がった。長い一人暮らしで鍛えた料理スキルを、いかんなく発揮できるというものだ。
両面にしっかりと熱を通してから、焼きあがったニジマスらしき魚をお皿にうつす。
「それじゃ、いっただっきまーす!」
お箸で身をほぐしてパクッとひと口。程よい塩気と、爽やかな香草の香りが鼻を抜けていく。
「んー! おいっしー!」
そうそう。塩もしっかりと手に入れた。沢のそばの、こじんまりとした洞穴で、岩塩が採取できたのだ。
……やはり塩はよい。鉤爪でカリカリと岩塩を引っ掻いてお塩をふりかければ、味気なかった料理が途端に美味しくなる。実は塩以外にも、香草や胡椒や辛子に似た味の木ノ実も見つけてある。調味料もけっこう揃いつつあるのだ。
「……ご馳走さまです! あー、満腹だぁー!」
ドサッとベッドに倒れこむ。お腹いっぱいで眠たい。
「ふぃー。最初は不安だったけど、案外なんとかなるもんだねぇー」
まぶたがトロンと落ちてきた。ご飯の後片付けは、もう明日にしちゃおうかな。
「……おやすみ、……なさい?……」
心地よい微睡みに身をまかせる。
こうして今日も、ゆったりとしたスローライフな一日が過ぎていくのであった。
8時、12時、15時、18時、21時、0時の、一日6回更新になります。