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トオル01

「はぁ……。もう仕事、やめちゃおうかなぁ……」


 コンビニのレジ袋を片手にぶら下げて、仕事帰りの家路をとぼとぼと歩く。

 時刻は20時を少し回った頃。季節は冬である。

 街灯の少ないこの辺りは、この時間になるともう真っ暗闇だ。手のひらが寒さにかじかむ。はぁ、と吐息を吹きかけながら、寒空の下を歩いていく。


 僕の名前は上坂(かみさか)とおる。26歳のどこにでもいる会社員である。

 大学卒業後、地方都市である地元で中小企業の営業部門に就職。それから数年、まじめにコツコツと働いてきた。

 けれどもここ最近、勤め先でとあるトラブルが発生して気が滅入っている。能天気なんて評さることも多い僕だけど、悩むことだってあるのだ。

 悩みの種は人間関係のトラブルだった。


 僕の職場は営業なものだから男性が多い。とはいえ女性社員がいないわけではなく、少ないながらいるその女性を奪い合って水面下の争いが起きたりすることも、ままある。そして僕の抱えるトラブルも、御多分に洩れずその類のものであった。


『おい上坂。お前最近、美穂ちゃん――こほん。……田中くんに対して、態度が馴れ馴れし過ぎるんじゃないのか?』


 とは、先日営業部直属の上司から頂戴した、ありがたいお言葉である。


 でも僕には一切そんな覚えはない。むしろその美穂ちゃんとかいう、世間一般では可愛い系なんて呼ばれるだろう雰囲気の女のひとが、甘ったるい声を鼻にかけながら僕に粉をかけてきた、というのが実際の話なのだ。別に僕なんて、取り立てて格好いいわけでもないのに、どうして声を掛けてくるのだろう。


「うーん。もう、堪ったもんじゃないなぁ……」


 僕としてはそんな、ふりふりの恰好をして喜んでいる30代女子なんて、正直なところ御免被りたい。まぁ年齢については年上でもいいのだけど、もっと僕はこう、一本芯の通ったきりりとした女性が好みなのである。


 とは言っても中学、高校と男子校に通い、大学でもアルバイト三昧。卒業後はすぐに営業職に就職した僕には、いままでろくな出会いなんてあろうはずもなく……。つまりは年齢=彼女いない歴だった。


「なんだか疲れちゃったなぁ。……ぃよし。帰ったらビール飲むぞ!」


 レジ袋のなかには、今しがた買ってきた缶ビール2本とコンビニ弁当が入っている。

 なんだかちょっと侘しい。

 けれどもワンルームマンションにひとり暮らしの会社員の晩御飯なんて、こんなものだ。


「うぅ。寒い寒い……。早く帰ろ」


 吹き付ける風にぶるっと身震いした。

 コートの前を握りしめて、寒さに震えながら帰路を急ぐ。角を曲がるともう僕の暮らすマンション。そこは狭いながらも、心安らぐ我が家なのである。


「ただいまー」


 誰もいないとわかっていても、つい声に出してしまう。これはもう性分だろうね……。


「あれ?」


 玄関に鞄を置いて、靴を脱ごうとしたときに気が付いた。

 壁に見たことのない鏡が立て掛けられている。


「……んんー? なんだろこれ?」


 顔をよせて覗き込んだ――




「……は?」


 気付くと森だった。

 自分の目を疑う。とっさに辺りを見回すも、もうそこは見慣れた我が家ではない。

 どこからどう見ても森のなかだ。


「…………はぁ?」


 今度はおのれの正気を疑った。

 けれども何度瞼をこすっても、目の前の景色は変わらない。夜の森である。

 僕はレジ袋を提げたまま、呆然と立ち尽くす。樹々の切れ間から月明かりが差し込んできた。どうやらここは森のなかでも、ちょうど拓けた場所らしい。


「……えっと。……なに?」


 やっぱりわけがわからない。

 見上げた夜空には、煌々と輝く金と銀のふたつの月が浮かんでいた。


8時、12時、15時、18時、21時、0時の、一日6回更新になります。

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