8話 ゴブリンの魔法使い
ゴブリンの集団は五匹。小道でフードの人物と向かい合っており、フードの人物の後ろには荷台と馬、そして、倒れた複数の人間が見えた。辺りは濡れており、水溜りがいくつかある。
「ギッ!?」
ゴブリン達は驚いてこちらをみる。フードの人物と俺達で挟み込んだ形になった。
フードの人物はこちらをちらりと確認する。顔は見えないが舌打の音が聞こえた。
「逃げろ!」
フードの人物が叫んだ。女性の声だ。
ギャーとこちら側にいた二匹のゴブリン達が威嚇の声をあげる。
チッとフードの女が再度舌打ちをし、目の前のゴブリン二匹に切りかかる。
鋭い剣筋は一閃、二匹を切り裂いたように見えたが、二匹の身体を浅く切っただけに終わった。
「グギャギャ!」
笑ったのか声を出しただけか、すかさず棍棒で殴りつけてくるが、フードの女はさらりとかわす。
動きから実力者なのは読み取れるが、攻めあぐねている。
五匹の内の一匹。中央にいるゴブリンは魔法使いのようで、木の杖を持ち首には羽飾りを掛けている。周囲の魔力の流れから、どうやら防御系の魔法を使っているようだ。
様々な本の世界には様々なモンスターがいる。特殊な見た目や設定のモンスターも本の数だけ、作家の数だけいる。しかしスライムやゴブリンのような所謂テンプレ的なモンスターは使いやすい為か色々な世界で採用されていた。設定は細かな違いもあるが、多くは緑色で耳と鼻が長い小さな人型モンスターである。人型とはいえ人間程の知性はなく、集団で人々を襲い、掠奪し、女性をさらう。という設定もあれば、それなりに知性があり、村を作りドワーフや龍人など亜人種と交流を持つ物もある。しかし人間とは基本的に敵対関係となっている。
この世界でも人間とは上手くやれていないようだ。しかし、魔法使いタイプのゴブリン──ゴブリンマジシャンと呼ぶ世界もある──がいるなら知性はそれなりにあるはずだ。
「早く!子供だけでも逃せ!」
フードの女が再度こちらに声をかける。この状況で他人の心配をするとは。
人格者だなぁ。
クルアは怯えて俺の脚の後ろに隠れ、ズボンを掴んで震えている。
「大丈夫だ。怖いことなんかないさ。お兄さんが丸く収めてみせよう。」
そう言ってクルアを少し離す。
さ、て、と。
「翻訳魔法×5!」
俺とゴブリン達の身体が少し光って消える。
「あー、あー、君達。残念。惜しかったが俺が来た時点で失敗だ。とっとと諦めて帰れ。今なら見逃してやるぞ?」
「!?」
ゴブリン達の表情に明らかな驚きが浮かぶ。
「人間が俺達の言葉を喋った!?」
「嘘だろ!」
「ありえねぇ!」
と口々に叫ぶ。フードの女とクルアにはギャーギャー言っているようにしか聞こえないだろうが。
「今まさにありえたろ。さあ、とっとと諦めて帰れ。3回目は無いぞ?」
再度警告する。
「ふざけんな!」
「たかが人間が二匹増えただけじゃねーか!」
「しかも一匹は子供だ!」
「お前らこそさっさと馬と荷馬車を置いて失せやがれ!」
ゴブリン達は驚きつつも怒りに燃えて言い返してくる。
「静まれ皆の者。」
とゴブリンマジシャンが仲間を制する。
こちらをじっと見るゴブリンマジシャンは僅かに息を吐いた。
「わしらの言葉を話すとはの。お主どこで言葉を覚えた?いや、話す前に不思議な流れの魔法を使ったのう?秘密はあれか?」
「駅前留学さ。結構苦労したな。」
冗談めかして返事をする。別にバレても問題ないだろうが、バラす必要もない。
「エキマエ?聞いたことのない国だの。そこではゴブリン語は普通なのかのう?」
あら?翻訳魔法は固有名詞に弱い。この世界には駅前という概念がないらしい。このままじゃ俺スベった感じになるな。
「普通だ。」
よし、困ったら嘘。大丈夫。バレたら謝るから!
「そんな事よりも、どうするんだ?引くか?戦うか?俺はゴブリン語が話せるってだけじゃないぞ?」
話を戻して誤魔化す。誰だ余計なことを言ったのは。
「ふーむ、言葉の通じる人間とは珍しい。出来れば戦いたくは無いが─しかしのう、わしらも事情があるからの。はいそうですかとは引けんな。」
ゴブリンマジシャンの目が細まる。戦いの気配がじわじわと強まっていく。
「事情?なんだ?ゴブリンが金に困ることでもあったか?それともそのフードの女に仲間をやられたか?」
「どちらも違うわい。お前さんには興味があるが、わしらも今は時間がない。お喋りは終わりにしようぞ。」
「そうか?仕方ないな。それじゃ──。」
ゴブリンマジシャンは戦う選択をしたようだ。杖を構え他のゴブリン達に魔法を掛けると、次に小さい水の塊を生み出し周りに浮かべる。
「気をつけろ!そのゴブリンは水の魔法を使うぞ!」
フードの女が警告してくる。いや、見たらわかるし!言うの遅いし!でもなるほど、辺りが水浸しなのは水魔法のせいだったか。でもあの程度の水球ならダメージも大したことはないし、戦いに問題はないだろう。
ゴブリンは事情があると言っていたな。気になるなぁ。
よし。
「──じゃあ、俺が勝ったら事情とやらを聞かせてもらうぞ。」
そう言って口の端を片側だけ上げて笑ってみせる。
「なにを──」
ゴブリンマジシャンが何か言おとするが、無視して身体魔法1/100を使うと目の前のゴブリンに殴りかかる。
ごん。とゴブリンの意識を刈り取るつもりで殴ったパンチは、防御魔法に阻まれゴブリンをよろけさせるだけにとどまった。
意外と硬い。あのゴブリンマジシャンはそれなりに使える魔法使いなのかもしれない。と思った瞬間浮かべていた小水球を一つに束ね撃ってきた。
「集束水流弾!」
小さい水球で油断させておいて束ねて威力を上げるとは。なかなか戦い慣れもしているのか。
流石に今あれを食らうのは痛い。更に他のゴブリンも棍棒で殴りかかってくる。
ふむ、ならば。
「身体強化魔法20/100!」
ぐんと周囲の動きが遅くなる。水球をアッパーで粉砕し、再度近くのゴブリンを殴る。
ドゴン!と防御魔法ごと顔の真ん中を凹ませてゴブリンが鼻血とヨダレを撒き散らす。
それらがゆっくりと地面に落ちる前に、一気にゴブリンマジシャンに近づくと杖を奪いへし折る。折った所で魔法の効果が切れた。
パァン!ギャギャァ!!ベキィ!
ゆっくりだった時間が急速に元に戻る。
クルアにはワタリが一瞬でゴブリンの杖をへし折ったように見えた。
ゴブリンマジシャンには、ワタリが恐ろしい速さで動き始めた事はわかったのだが。それを目で追い切れず、動くこともできなかった。
「ほれ、俺の勝ちだな?」
カランと折れた杖を放り投げると、ゴブリンマジシャンはグウ、と唸り睨みつけてくる。
殴り飛ばしたゴブリンは鼻を押さえて地面でのたうちまわっている。痛すぎるのか声も出ていない。
「ムムググ!馬鹿な!お主!何を!?」
ゴブリンマジシャンは悔しげに叫ぶ。
「力の差は歴然。逆立ちしても勝てないのはわかったはずだ。な、事情ってやつを聞かせてくれよ。」
「聞いてどうしようというのじゃ。神獣グロが山を降りてきた。お主といえどアレには──いや、此奴が金石級ならばあるいは──?」
ゴブリンマジシャンが答える。最後の呟きはよくわからなかったが。原因は神獣グロ?あのトラみたいなモンスターか。
「ああ、あいつならもう──」
「グロは目に付いた生き物すべてを食い尽くす。アレが現れたのだ、もうこの森には住めん。森の魔物も逃げ回って荒れ放題じゃ。」
「ん?、いやあの──」
「じゃからわしらはその荷馬車と馬が必要なんじゃ。仲間の家族を連れて逃げなければならんしの。」
「ちょっとまてって──」
「いいやまたん!このままではあの怪物に妻や子供が食われてしまう!ここで諦めたらわしらは結局全滅じゃ!」
そう言ってこちらを睨むと、なお水球を浮かべて戦おうとするゴブリンマジシャン。他のゴブリンもフードの女の相手をやめこちらに向く。
「待て待て待て!!話を聞けって!!早まるな!お前らと戦う必要は無い!!」
慌てて両手を上げて声を張り上げると、ゴブリン達は怪訝な表情でこちらをみる。
「あー、その、なんだ。グロってのはトラみたいなでかいモンスターの事だよな?」
「そうじゃ。神山からは滅多に降りん。こんな場所まで来ることは無かったのう。現れる前に凄まじい魔力爆発があった、おそらくあれに惹かれてきたんじゃろ。」
「へぁ!?」
思わぬ話に変な声がでる。グロが現れる前の魔力爆発ってまさかライトの魔法か。あれ?じゃ今の状況全部俺の所為?ま、マズイ!
「だ、大丈夫だ。グロはもう居ない。」
若干声がうわずる。落ち着け俺。
「何?なぜお主にそんな事がわかる。」
わかるよ!だってぶっ飛ばしたもん!
「!まさか、お主!」
ビックーッ!バレたかー!?何でだよ!どこでわかった!?速すぎるだろ!ゴブリン探偵かよ!
「お主、まさか既にグロと戦ったのか?」
あ、そっちね!よし!大丈夫!バレてない!完全犯罪!
「そ、そうだ。グロは空の彼方にぶっ飛ばした。さっきの身体強化魔法でな。」
「な、なんと!神獣を生身で!?身体強化魔法でそこまで動けるようになるものなのか!?お、お主、やはり金石級じゃったか?」
「金石?よくわからんが、俺はただの村人Aだよ。ちょっと経験豊富なな。」
「ちょ、ちょっと魔晶石をみせてくれんか!」
胸の石を見せてやるとゴブリンマジシャンは困惑の境地といった顔をしていた。
「ま、よくわからんが避難しなくても良くなったなら、ここで争う必要も無くなったってことでいいか?」
そう言ってにまりと笑うとゴブリンマジシャンは片眉を下げてじっと見つめてきたが、フッと表情を緩ませた。
すっかり戦いの空気も無くなり、ポカンとしているクルアと、剣を収めているが警戒を解かないフードの女に声をかけた。
「ワタリさん!僕もう頭が追い付かないですよ!ゴブリンとは話をしていたんですか!?しかもなんか親しげになってましたけど!ワタリさん実は魔王が化けてるんじゃないですよね!?」
「魔王?そんな設定もあるのか?結構王道ファンタジーだなぁ。」
「ワタリさん!聞いてるんですか!?」
「あー、また後でな!後で!」
興奮するクルアはほっといてフードの女に顔を向ける。
「で?そちらさんはそろそろお顔を見せてもらえないのかな?」
「・・・」
返事はなかったが少し間をおいて女はフードを外す。
フードの下から現れたのは、深い青色の髪、白く美しい肌、髪の色よりも更に深い青の瞳に切れ長のクールな目元の美人だった。
「・・・助かった。」
「いやいや、礼を言われるようなことはしていない。」
「・・・ふん。強者を求めて冒険者になったが、まさかこんなにも早く出会えるとはな。」
「いや、きっと君の勘違いだ。」
「先ほどの動きをどう勘違いしろというんだ?」
なんかバトルジャンキーな匂いがするな。めんどくさ!
「あー・・・それより、倒れてるお仲間はほっといていいのか?」
「!」
あ!という顔であわてて倒れた仲間たちらしき人たちを見る。こいつ・・・忘れてたな?
「ど、どうしよう・・・初依頼なのに行商人さんたち全部やられちゃったよ・・・ゴ、ゴブリンのくせに魔法なんか使うから・・・!あぁ、依頼料がもらえない・・・せっかく田舎から出てきたのに・・・!」
何か小声でつぶやいてて聞こえないが、先ほどまでのクールビューティー感は消えている。
「とりあえず生きてるみたいだから治すぞ。」
「ふぇっ?・・・ゴホン、な、治せるのか?」
これぐらいならな、と言いながら回復魔法を行商人達にかける。ついでに鼻を潰したゴブリンにもかけておく。ちょっとだけ心の荷が下りた気がする。
「回復魔法・・・しかもただのヒールでここまでの回復力・・・」
「よし、全員無事!争いも解決したし丸く収まったな。どうだクルア!お兄さんはすごいだろう!」
クルアにサムズアップでキラーんと笑顔を見せると、クルアはがっくりうなだれてそうですねと答えるだけだった。つまらん。
ゴブリンたちの事情を話して聞かせると、クルアも女も一応うなずいていた。クルアは何か察したようでジト目で俺を責めてくるのだった。せっかく丸く収めたのになんかいたたまれない気持ちになった。
キャラを増やせば展開が楽になる。そう考えていた時期が俺にもありました・・・。