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ダブルソウル  作者: 夏みかん
第1章 邂逅する魂
9/27

興味

完全に回復した健司の姿を見た京也たちも喜び、昼食を取るために駅前のファミレスに入った。未来や凛は苺や春香と打ち解けたこともあって仲良く座り、女性に受けのいい来武もまた女性に挟まれる形になっていた。隅っこに座る司の横に座る明人は黙ったまま水を飲む。


「じゃ、ちょっと整理しようか」


注文を終えたことで頃合だと思った来武がそう言い、みんなが来武に注目する。いや、司はストローをくわえて窓の外を見、明人はじっとジュースの入ったコップを見つめている。


「まず廃村の件だが・・・・」


そう言い、来武は司を見た。だが司は窓の外を見たままだそんな来武に気づかない。


「司君!」


凛の言葉にようやく窓から視線を外すが、何故みんなが自分を見ているかがわからない。


「廃村の説明、お願い」


わざと可愛くそう言った凛の言葉に激しく赤面した司を見た春香と健司が冷やかしの声を上げる。ますます固まる司だが、明人の鋭い視線を受けた健司たちが黙ったところで冷静になり説明を開始した。


「廃村で死んだ南秋穂って人の死因は不明。一応、表面上は心臓発作らしい。で、そこで俺は彼女から久保善行を止めてほしいと言われた」


その言葉をさっき買ったノートに書いていくのは書記に任命された歩の役目だ。


「他の4人の男たちは手足と首をすんげー力で引きちぎられて死んだらしいが、詳しくはわかってない」


食べる前にする会話ではないが。あっさり言う司の話術もあってそう気にすることもなかった。明日、笹山から詳しい情報が得られるとした司の言葉に納得し、廃村での話はそれで終わる。そして通り魔だが、これに関しては謎が増えるばかりだ。


「通り魔は久保善行、と思ってたけど、違うみたい」


その言葉に健司が頷く。たしかに容姿は人でないほどに変わっていたが、見間違えることはない。そう言ったことであれが誰なのかが不明となった。


「しかも中身は南秋穂の霊圧・・・わけがわからん」

「で、その南秋穂は久保を探している・・・」

「だな」


来武の言葉に頷くが、どれもこれもおかしな情報ばかりだ。何故、廃村にいた秋穂は司に久保を止めてと行ったのか。通り魔の中の秋穂は何者なのか。そして通り魔自体が誰なのか、謎ばかりしかない。


「しかもあの通り魔は霊と肉体が融合した変なものだ・・・あれ自体も理解できないね」


司の言葉に来武も難しい顔をする。間違いなく人の体でありながら霊のごとく消えたりするなどありえないからだ。


「明日、笹山さんと会って進展を期待するしかないな」


明人の言葉に全員が頷くが、司は渋い顔をした。


「お前さ、この事件に首つっこむの?」

「そのつもりだ」

「相手は霊だぜ?霊圧のないお前に何ができんの?」


ストローをくわえたままぷらぷら動かしつつそう言う司を横目でじっと睨むようにする明人。薄く微笑む司と鋭い目つきで睨む明人の間に緊張が走った。


「霊だろうが何だろうが、健司が狙われている以上、何もしないわけにはいかない」

「死ぬかもね」

「死なない」

「あっそ」


そう言いながらも口元の笑みは消さず、司はジュースの入ったコップを持ってくわえたままのストローを挿し、それを飲む。明人は腕組みをしたまま目を伏せるようにしていた。


「来週の火曜日から夏休みだなぁ」


しんと静まり返る中での司の陽気な発言に明人を含めた全員が司を見た。


「この中で部活してるの、誰?」


その言葉に歩と春香が黙ったまま小さく手を挙げる。それを見た司は満足そうに頷くと次の質問を投げた。


「夏期講習とかある人は?」


誰も手をあげない。


「受験勉強しないわけ?」

「そう言うお前は?」


目だけを司に向けた明人の鋭い言葉に微笑む司はテーブルに肘をついてあごを手に乗せた。


「俺は宮司の養成所に行くから関係なし」


にんまり笑う司の言葉に苺や春香は興味深そうな顔をするが、凛だけはやや暗い顔をしてみせる。養成所は地方にあって司とは2年間遠距離恋愛になる。もちろん、司の心は壊れたままであり、そういう面で心配はしていないものの、やはり離れるのは寂しかった。


「よし」


そう言うと司は全員を見た。


「夏休み開始と同時に来れるものはうちに来い。ウチっても人数が多ければ神社の小さな拝殿があるし、寝泊りはできる」

「でも、そんな場所使っていいわけ?」


未来の疑問ももっともだ。基本的に正面にある大きな拝殿は使用できないが、その脇にあるほとんど使っていない近代的な建屋が外拝殿という司が言った施設だ。基本的に神様を祀っているものの、形だけでしかない。一番奥にある神殿にこそその神社の神や土地の神が祭られているのだ。


「問題ない」

「確かにいい案かもしれんが、通り魔は二見を中心に出ているんだぞ」


来武の言葉に明人も頷く。電車でいえば駅が4つとはいえ、移動が困難だ。即座に対応すべき事態だけにロスタイムが大きすぎる。


「だが霊能者はこっちにしかいない。狙われているのはそいつ。他に案がある?」


そう言ってにんまり笑う司に反論できず、全員が沈黙した。


「で、でもさ、それって・・・俺が囮になるわけ?」


怯えたようにそう言う健司に対しても笑うだけの司が怖い。確かに司の傍にいれば安心なのだろうが、今の状態からして不安と恐怖は半端ではなかった。


「相手のターゲットはあんただからな。ま、好きにしたらいいけど」


来武と未来が顔を見合わせ、苺と歩がひそひそと話をする。春香は心配そうに健司を見つめ、青い顔をした健司は顔を伏せた。凛は黙ったまま司を見つめている。そんな凛を見た京也は明人を見やる。その明人が健司の方に顔を向けた。


「健司が囮でいい。神手の家に行くのは俺と健司だ」

「えぇぇぇ!」


有無を言わせぬ鋼鉄の声に悲鳴を上げる健司だが、明人は鋭く睨むだけだ。囮は嫌だが安全圏にはいたい。健司は頭の中で葛藤しつつ、渋々ながらに頷いた。


「私も、行こうかな・・・・」


苺の言葉に明人が反応するが何も言わなかった。司も頷き、これで参加は3人となる。


「俺は歩や今井さんのことがあるから残るよ。バイトもあるし。でも、すぐに動けるようにはしておく」


京也の言葉に歩は微笑み、春香も頷いた。相手が霊であることを除けば、京也の存在は心強い。


「よし。じゃぁ飯食ったら神社へ移動だ」

「なんで?」


司は空になったコップを持って立ち上がると、疑問を投げた苺を見てにんまりと笑った。


「火曜日まで、あいつからこいつを守る必要があるから」


笑いながら指を差した先にいたのはあの通り魔だ。離れた位置からじっと健司を見ている。ゾッとなった健司が思わず隣に座る春香にしがみつき、苺と歩が悲鳴を上げた。それに気づいた店員もまた声を上げるが、次の瞬間には男は消えていた。


「霊的に防御してやるよ」


にんまり笑ってそう言い、司はドリンクバーの機械の方に行ってしまった。


「大丈夫。司君がああ言ったからには、きっと大丈夫」


凛の言葉に健司も頷くが、それでもやはり怖い。だがそう思う健司の顔が緩むのを見逃さない春香はしがみつく健司を振りほどくようにしてみせる。苺も歩も可愛い顔をし、よくスカウトされているのも確かだ。だが、そんな苺たちを上回る美女である凛に照れた顔をした健司の反応も理解できる。理解できるがやはりそこは許せなかった。あの浅見紀子すら超える美女との同居に頭を痛める春香は前の大会で勝ち、全国大会に出場した自分の身を呪った。県大会で敗退していれば今頃は引退して健司と一緒に司の家に行っていただろう。7月末の大会が終わればと考えるが、果たしてそこまでこの事件が長引いていいものかとも思えた。そんな風に思う春香を見た健司はそっと春香の耳元に顔を寄せた。


「後で、話しような?」

「当たり前!」


小さく様子を伺うようにそう聞いてきた健司にそっぽを向けつつも、喧嘩の仲直りだけはしておこうと思う春香を見つめる明人の口元が緩んでいることを知る者はいなかった。



昼食後、10人は神咲神社に向かった。幸いというか、通り魔は現れずに健司はホッとしていたが、それは司が霊的な結界を張っているからだと知る者は来武だけだ。やはり自分とはレベルが違うことを思い知らされるが、それでも霊圧のコントロールの仕方や封神十七式を伝授してくれていることには感謝している。十七式といっても、来武がまともに使えるのはまだ5つだけ。残りはどうも霊圧のコントロールが上手く行かずにいたのだ。それでも使えないよりはましだった。お祓いの現場にはいつも未来が同伴し、危なそうな場所には司も同行する。そうして経験を積み、最近ではようやく1人で複数の霊を相手にできるほどにまでなっていた。


「あの通り魔、魔封剣でなんとかできないのか?」


来武の言葉を聞いていた未来も頷く。


「何その、魔封剣って」


未来の隣を歩いていた春香の言葉に来武が答える。魔封剣とは大昔に術者、俗に言う霊能者が鍛えた太刀のことだ。持ち手を選ぶが、使用者の術を反映して効力を増大させて霊体を斬ることができる特殊な剣だった。もちろん、太刀として肉体を斬ることもできるが、肉体内部に取り憑いた霊のみを斬ることが可能でもある。


「魔を封じ、神をも斬る剣ってとこだね」


その説明に感心しつつ、春香は前を行く司を見た。凛と何やら話しながら歩いている司の動きはどこかぎこちない。


「桜園さん相手だと、なんでああなるわけ?」


その疑問に苦笑した未来だが、全てを話していいものかを悩む。心が壊れた原因を話す必要もあり、悩む未来を見た来武はそれはおいおいにと助け舟を出した。春香もとりあえず納得してそれ以上何も言わなかった。そうしていると神社に到着する。司は健司だけを神殿に招き、残るメンバーを凛に任せて社務所に向かった。凛は外拝殿と呼ばれる横長の椅子が並んだ部屋にみんなを通してエアコンをつける。熱がこもっていたせいでかなり暑いが、それでもエアコンのおかげで幾分かはましになってくる。


「ここは七五三とかお宮参りの時、夏と冬にだけ開放してお参りをするときに使う場所だよ」


未来の説明に頷き、椅子に座った面々が頷いた。凛は飲み物を取りに社務所に向かい、春香は健司が心配なのか少しそわそわした様子を見せていた。


「あ、明人君・・・ちょっと、いい?」


苺にそう言われた明人は黙ったまま立ち上がり、そのまま建屋を出た。木が多い神社とあって、日陰に入った2人は向かい合わせで立つものの、苺はうつむいた状態だった。


「なんだ?」

「あのさ・・・その・・・」

「解禁にはしてやる。が、規制は続ける」


明人の言葉に苺はハッとした顔を向けた。2週間も寝込んだせいで苺は少し痩せていた。ヤケ食いをしていた分も含めて脂肪は減っており、すっきりした顔になっているものの、筋肉も落ちているのが心配だった。それを考えての規制でもあるが。


「うん・・・週末だけ、とかでいい・・・ゴメンね」


謝る苺を黙って見ていただけの明人が不意に苺を抱きしめた。動揺しつつも嬉しい苺はそっと明人の背中に手を回す。日陰とはいえ暑い中、重なる2人の体温はどこか心地よかった。


「俺もまぁ、限界、だったし」

「へ?」

「・・・・・なんでもない」


いまいちよく聞き取れなかった苺に感謝した。司が除霊をした際に見た苺の胸を見て少し欲情したのは自分でも驚きだった。それもあっての言葉だったが、苺は明人の胸に顔を埋めていたので聞こえなかったのだ。明人は表情を緩め、久しぶりの苺の感触に精神を集中させるのだった。



2時間ほどして戻ってきた健司は少し疲れを見せながらも笑顔だった。両手には茶色い数珠が巻かれ、さらにはお守りも持たされている。


「これであいつは遠山を認識できない。数珠によって霊圧を感知できず、お札によって肉体的にも感知できないってわけ。とりあえず火曜日まではもつだろう」

「ありがとう」


お礼を言い、とりあえずまた明日集まることを決める。笹山にはここで会うように先ほど連絡をいれ、その際、電話を替わった明人に笹山はかなり驚いていた。思わぬ接点に苦笑しつつも明日を楽しみにしていると言ったその言葉に明人も珍しく微笑んでいた。そうして6人は神社を後にする。


「もし何かあればすぐに連絡くれ。数珠を通してなんとかはするから」


その言葉を信じて頷く健司は火曜日まで何も起こらないことを祈るしかなかった。久しぶりに6人になったこともあってファミレスで夕食を取り、京也が歩を送り、先に帰っていった。その背中を見送りつつ、健司は明人に向き直る。


「俺、後で帰るから・・・先に帰っててくれ」

「わかった」


健司の意図を読んだ明人は小さく微笑むとぽんと優しく健司の肩を叩く。そんな明人に微笑み、健司もまた頷く。苺も春香に笑みを見せ、春香は苦笑を返す。そうして明人と苺が改札に消えた後、2人は噴水のある公園のベンチに腰掛けた。数分の沈黙の後、ゆっくりした口調で健司が口を開く。


「まず最初に謝りたい・・・ゴメン」


その言葉を聞いた春香はバツが悪そうな顔をしつつ前を向いたままだった。


「お前が全国大会に出ることが決まって・・・邪魔したくないって思って・・・でもどうしたらいいかわかんなくてさ」

「それで他の子と?」


自分でも意地悪で素直じゃないと思う。だが、そんな春香を前にしても健司は動揺せずにしっかりと春香を見つめていた。


「あれは軽率だったと思う・・・友達だからいいかなって・・・ゴメン」

「なんでもかんでも謝るな!」


そう言い、春香は健司に抱きついた。怒られた上でのこの行動に健司は硬直し、思考が停止する。何がどうなっているのか分からず、ただただ動揺するだけだった。それでも春香の髪からいい香りがし、徐々に落ち着きを取り戻してきていた。


「私も悪かったんだよね・・・勝手に嫉妬してさ・・・素直じゃないから、突き放すことしか出来ないし」


その言葉に何も言えず。健司はただ春香の背に手を回して力を込めた。


「会いたくても会えなかったし、今は大会に集中したくて・・・でも、あんたは他の子と仲良くて、どうしていいかわかんなくて」

「いや・・・ゴメン」

「謝るな!謝らせろ!」

「あ、いや・・・」

「ゴメンね」

「うん」


そのまま言葉もなく、ただ抱きしめ合う。それだけで心が満たされる感じがしていた。


「大会には応援に行くからな」

「それまで生きていられたら、でしょ?」

「怖いこと言うなよなぁ」


そう言って笑い合い、2人はそっと離れた。だが、しばらく見詰め合った後でまた2人の影が重なった。夏のせいかまだ薄明るいが、月光の光を浴びる2人の間にもうわだかまりはなかった。



自室のベッドに寝転ぶ司は電気も点けずに天井を見上げていた。廃村で消えた巨大な霊圧、そして秋穂の言葉。通り魔の中身がその秋穂であり、久保善行という男との関係もわからないが秋穂は久保を止めようとしている。久保が何をしようとしているかも不明であり、点ばかりで線にならないでいた。つまりはわからないことだらけだ。健司が狙われている理由もわからず、司は眉間にしわを寄せて目を閉じた。そんな時、ドアがノックされる。適当な返事をした司だが、目は閉じたままだった。


「電気点けてないけど、寝てるの?」

「うんにゃ」


凛の言葉にそう言うが、やはり目は開けない。そんな司を見た凛は苦笑し、ベッドに腰掛けた。


「かなり複雑になっちゃったね」

「ああ」

「めんどくさい?」

「そりゃね」


ここでようやく目を開いたが、いつもの笑顔はない。


「危険が大きいからな、めんどくさいし、しんどい」

「そっか」


理解できない分野だけに、珍しくしんどいと言った司の言葉から今回の事件の複雑さがより一層浮き彫りとなった。


「ま、どうにかするけどね」


そう言ってにんまり笑ったその顔はいつもの司だった。凛も微笑み、ゆっくりした動きで倒れこむようにして司に抱きついた。司は顔を赤くして体を硬直させるが、それでも以前よりは力の入り具合がましになっている。


「危険なことしないでって言っても無理だし、死なないでって約束しても破るし」

「あ、あれは・・・悪かった」

「本当にそう思ってる?」

「お、思ってる」

「なら・・・・・・・」


そこで凛は両手を突っ張るようにして司を見下ろすようにした。さらさらの髪が流れるように落ち、司の頬をくすぐった。眼鏡の向こうの瞳が若干潤んでいるようにも見える。


「もう一度約束して。絶対に死なないって」

「わかった、約束する」

「絶対?」

「絶対」


緊張気味の言葉だったが、凛は満足し、そっと瞳を閉じて司の唇に自分の唇を重ねた。相変わらず硬直した司だが、キスをしているうちに少しずつそれも解けていく。そんな司に満足した凛は顔を離し、司の横に寝転んだ。今の司の状態からして体を重ねる関係はまだまだ早い。それに凛は今の状態でも満足していた。無理に迫って司に負担をかけるような真似もしたくないし、今はただこうして添い寝をするだけでいいと思っていた。


「この事件に関してはずっと引っ付いていくから」

「わかった」

「だから今日はここで寝ます」


その言葉に何も言えず顔を真っ赤にした司は大きく唾を飲み込んだ。


「大丈夫?」

「大丈夫じゃない・・・寝れないって」

「じゃぁ、寝ないでいい」

「・・・・鬼」


そう言った司に再度抱きつき、凛は微笑んだ。司は心臓の音を早め、顔を赤くして体を固まらせる。こんな状態では絶対に寝られないと思う司だったが、緊張と疲れから深夜には深い眠りに落ちるのだった。



苺の強い希望もあって家に泊まることになった明人は彼女が入浴中に今日あったことを整理していた。付き合ってからこうしてお互いの家に泊まることは両家の親も公認であり、なんの問題もなかった。幼馴染の特権だと思う反面、親がそれでいいのかとも思う。それはさておき、今は通り魔のことや健司のこと、そして司のこを考えた。人として決定的に何かが足りない司のことを詳しく知りたいと思っている自分がいる。他人に興味など沸かない自分にしては珍しいと思うが、それほどまでに司は興味の対象になっていた。心が壊れた詳しい原因も知りたい。それ故、あの合宿のような計画にも乗ったのだ。


「明人君、はい、ジュース」


そう言いながら部屋に入ってきた苺からペットボトルのジュースを受け取った明人はいやに胸が強調されたTシャツを見て平静を装いながらも激しく動揺していた。


「ありがとう」


濡れた髪をバスタオルで拭きつつ微笑む苺を見れず、座ったままでジュースを飲んで心を落ち着ける。


「健司君、大丈夫かな?」


持ってきていたドライヤーをセットしながらそう言う苺を見た明人が小さなため息をついた。通り魔が健司を狙う理由もわからず、司がいろいろ処置してくれたとはいえ不安は残る。なにせ今回の事件は謎が多すぎるのだ。それを考えている明人を見ながらドライヤーを終えた苺がベッドに腰掛ける。それを見た明人も自然な形でその横に座った。


「健司は大丈夫だと信じるしかない」

「だよね」

「ああ」


難しい顔をする明人を見る苺もまた不安そうな顔を見せる。霊などといった非現実的なことに動揺した結果、1人では怖いということで苺は明人を誘っていたのだ。


「でもびっくりだったね。あの桜園凛さんが彼の彼女って」


屈託無く笑いながらそう言った苺を見つつ、明人は鋭い目を前に向けた。苺の胸を触ろうが見ようが男として何の反応も見せなかった司が凛にだけ見せる過剰な反応。唯一つの例外と言っていたが、その意味を深く知りたい。そんな風に考えている明人を見た苺は不満そうな表情を浮かべる。


「凛さん、綺麗だったよね・・・紀ちゃんよりもさ」

「ああ」

「やっぱ明人君もそう思う?」

「まぁな」


凛を美人だと思わない男などいないと思っての言葉だったが、苺にしてみれば不安になる。火曜日からは一緒に家で暮らすとなれば、必然的に凛との距離も近くなるのだ。


「浮気厳禁だからね?」


その言葉に苺を見る明人に表情はない。だが、ゆっくりとその口元に笑みが浮かんだ。


「それはないな」

「ホントに?」

「俺はお前が好きだから」


そう言われた苺は赤面しつつはにかみながら頷いた。付き合うようになって半年以上経つが、明人が時々とはいえちゃんと愛情表現を見せることは素直に嬉しい。苺は明人に抱きつき、そのままベッドに倒れこむ。こうして抱きしめあうのも数ヶ月ぶりだ。


「これだけじゃ、満足できないよ?」


つい思ったことを口にした苺はそう言ったものの、少し後悔した。解禁になったとはいえ、規制するとも言っていたことを思い出したからだ。またこうして迫ったことで明人をうんざりさせたのではないかと思ったのだ。


「俺もだ」


その意外な言葉に驚いていた苺に向かってキスをする明人。こうまで積極的な明人は今までにない。苺は嬉しくなり、何度もキスを交わす。


「電気、消すね」

「ああ」


苺が立ち上がって電気を消し、そのままベッドにダイブした。そうして抱き合い、キスをする。夜も更ける中、久しぶりにお互いの体温を直に感じあった2人の心は満たされていくのだった。



廃村のフェンスにかけられている黄色いテープにそっと触れる。そのまま閉じられた目をフェンスの向こうに向けるのは銀色の髪をした少女だった。見た目は少女だが中身は立派な大人である、が、それを知る者はほんの一握りの人間しかいなかった。


「久保善行?」


声が聞こえた。久保善行という人を止めてほしいという声が。


「あなたは?」


それに答える声は聞こえなかった。わずかに残った霊圧も消え、しんと静まった森に背を向けた女性はカート付きのバッグを手に坂道を降りていく。月明かりしかない深夜の道を歩く女性はそのまま町の明かりに向かう。


「濃い黒い霊圧と、溢れる白い霊圧、か」


そう呟いた女性は閉じたままの目を空に浮かぶ月へと向けた。満月の月明かりのせいか、銀色の髪が金に輝いて見える。女性は顔を戻し、歩き出した。闇の中に生える金と銀の光を身に纏って。

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