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ダブルソウル  作者: 夏みかん
第1章 邂逅する魂
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依頼

いつものトレーニングを終えた明人は家の門に手をかけつつも隣の家の2階を見上げた。帰宅してすぐに電話したが、今日もまた熱が上がったり下がったりしたものの、完全に平熱になることはなかったらしい。時折酷く咳き込むこともあって早々と電話を切ったが、心配は日を追うごとに膨らんでいた。見舞いに行くといっても風邪をうつすからと拒否される。例のすれ違いもあって強引に行けないもどかしさを抱えつつ家に入った明人は少々疲れた顔をして自室に戻った。そんな明人が風呂に入ろうとした矢先、携帯が鳴った。ラインの着信を告げるその音に、机の上に置いていた携帯を手に取ってそれを開く。


「え?」


健司からのその内容に一瞬固まってしまった。


『帰りに通り魔に襲撃された。詳しくは明日言うけど、霊とか関係ありそう』

「霊?」


そんな馬鹿げた話があるものかと思うが、健司が唐突にそう言うとは思えない。気になった明人が電話をかけるが、健司は出なかった。とりあえず詳細をすぐに聞かせて欲しいと返事を送るが、結局返事が来ることはなかったのだった。



結局、飲み物2杯で数時間を潰した2人が店を出たのは午後7時だった。明人にラインを送り、それから店を出た2人は偶然か神の悪戯か、今日は早めに部活が終わった春香と出くわしていた。目を細める春香に動揺ありありの健司。そんな健司を見た春香が何も言わずに立ち去ろうとし、それを追おうともしない健司にため息をついた京也は健司をそのままに春香を追った。


「ちょっと、今井さん!」


声をかける京也をあえて無視していたが、腕を掴まれては立ち止まるしかなかった。睨むように京也を見るが、京也は微笑を浮かべたまま掴んでいた手を離した。


「何?」

「あのさ・・・さっき、健司、通り魔に遭ったんだ」


予想もしていなかった言葉に驚きつつ、向こうで突っ立っている健司を見た。明らかに動揺している春香に事の詳細を告げた京也は不安そうにしている春香を見てこの2人の仲の修復は可能だと直感した。


「霊がどうのってのはまぁ、あれだけど、とにかく、なんでか健司が狙われたんだよ」

「なんで・・・」

「そういうのもあるからさ、もう一度ちゃんと話したほうがいい」

「でも・・・・」

「何も今日、今すぐ話せって言ってないよ。週末にでも時間取ってさ」


そう言い、にんまりと笑う京也の言葉に顔を伏せた春香だが、どうしたものかと考える。確かに自分の勝手な嫉妬が原因だが、だからといってすれ違っているのを承知で他の女の子と2人きりでドーナツを食べるその神経も許せなかった。


「通り魔がまた健司を狙う可能性もあるし、何より、そいつ、かなり変だったからね」

「・・・うん」


顔を伏せ、暗い声でそう言う春香の肩を2度ほど軽く叩き、京也は健司を呼んだ。気まずそうにしながらもやって来た健司を全く見ず、春香は俯いたままだ。


「あのさ・・・・土曜日にでも、一度ちゃんと話したい。別れるにせよ、続けるにせよ・・・さ」


その言葉に頷きながらも健司を見ない春香に苦笑し、京也はそのままその場を去った。仲介できるのはここまでで、自分は明人のように気の利いた言葉も言えないとの判断からだった。自転車を取って戻っても、2人はまだそこにいた。少なからず進展があることを信じて家路についた京也は出来るだけ早く元の6人に戻りたいと願うのだった。



時刻は夜7時を回っているというのにまだ帰れない理不尽さに嫌気がさしていた。今日も学校から帰るや否や、神社で宮司をしている父の信司しんじから呼び出され、除霊を行っている。それもここ1週間ほど毎日2桁を超える人数の除霊を行っているのだ。こうまでの状態は異常だが、内容としてはごく軽い憑き物ばかりで作業的には楽だった。それでも帰る矢先にこれでは自分の時間も持てずに嫌気が差してくる。ひっきりなしに毎日やってくる除霊希望者にさすがの信司も疑問を感じ、皆が同じ霊圧による霊障だということから来武らいむ未来みくにその調査をさせているのだった。この異常事態は廃村での猟奇殺人事件が原因かと思ったが、あそこにいた悪霊の強さからしてこの程度の霊障で終わるはずが無いと思う神手司かみでつかさはようやく今日の除霊を全て終えてため息をついた。


「ご苦労さん」

「そう思うなら小遣い上げてくれ」


信司の言葉にそう悪態をつくが、司の行う除霊は基本無料になっている。それでもお布施のような形でお金を置いていく人もいるが、それは神社の管理費に当てられており、司の下に舞い込むことはない。


「俺は帰るけど、どうする?」

「俺はまだ仕事がある。8時には帰るから、先に食べておいてくれ」

「あいよ」


よっこらしょと言いながら立ち上がった司は制服姿のままだった。今日も13人の除霊を終えたが、その全てが通り魔と思しき人物と接触した者ばかりだと分かったことは収穫だ。この1週間で訪れた者全てが通り魔絡みとなれば、調査中の来武と未来も動きやすいだろうと思えた。ただ、近くにいたり、直に接触しただけで憑く霊というのは特殊すぎる。例を見ない状態に疑問が浮かぶが、だからといって解決しようという気にはならない司は頭からそれを消しながら神社を後にした。7月ともあれば7時でもまた明るい。そんな司が家へ向かう角を曲がった矢先、小さな女の子を連れた老人、祖父と孫娘らしい2人に出会った。祖父もその女の子もよく知っているというか、すぐ近所に住んでいるのだ。ぱっとみただけで女の子の顔色は悪く、かなり辛そうだ。


「司君・・・・すまんがこの子を見て欲しい」


祖父の言葉を聞くまでもなく、その女の子にはさっきまでの除霊希望者たちと同様のドス黒いものが憑いていた。それが少女に重くのしかかっているのだろう。


「通り魔に遭ったの?」


言いながら左手を少女の胸に置いてグッと押し、それを離して今度は右手で背中を軽くぽんと押した。


「幼稚園の帰りにすれ違ったみたいで」

「そっか」


そう言い、にんまりとした笑みを少女に向けた。さっきまでの辛さが嘘のように軽くなり、顔色も良くなった少女が微笑んだ。


「ありがとう」

「どういたしまして」


微笑みあった後で司は女の子の頭を優しく撫でた。


「また同じようになったら来ればいいからね」

「うん」


そう言い、家の前で別れる。何度もお礼を言う2人に笑みを返し、家に入った。通り魔がどういう存在かはわからないが、今まで出会ったことのないタイプであることは理解できている。触れたもの、すぐ近くにいた者にこうまで霊障をもたらすものに興味が沸くが、かといって自分からは動きたくはなかった。


「ただいま」


疲れた顔をして玄関を上がり、廊下を進めばキッチンから顔を出した居候であり恋人でもある桜園凛おうぞのりんの笑顔を見て全身を赤くした。


「おかえりなさい。今日も大変だったね」

「あ、ま、ま、まぁな」


その可愛い笑顔を凝視できない自分が歯がゆい。付き合ってもう半年が経つというのに今でもまだこの状態だった。好きという気持ちよりも恥ずかしいという気持ちの方が上回っての結果がこれだ。


「そうそう、もうすぐしたら未生みしょうと未来ちゃんが来るって」

「あ、そう」


その言葉に赤味は失せ、司は疲れた歩調で階段を上がった。すぐに着替えてリビングに行けば、妹の美咲みさきがゲラゲラ笑いながらバラエティ番組を見ている。そんな妹の横に座った司は大きなため息をついた後で美咲に話を振った。


「廃村のデカイ霊圧、まだ残ってるか見てくんない?」

「えー・・・」


明らかに不満そうだが、美咲は渋々ながら目を閉じた。その瞬間、家の中で大きな破裂音のようなものがして、キッチンからあわてた様子で凛がやって来た。眼鏡をかけてポニーテールをした凛が眼を閉じたままの美咲を見て、それから司を見やる。凛は今の音が美咲の能力である霊感共感応であるとわかってほっとした顔をしていた。また何か異常な事態でも起こったのかと思ったからだ。


「いないね・・・」

「やっぱね」


美咲が目を開いて凛を見て、それからテレビへと顔を向けた。


「何の話?」


夕食の支度は交代制である神手家だが、ここ最近は司の除霊が忙しいとあって凛と美咲が交代で行っていることもあり、今日は凛の番だったのだ。


「前に肝試しに行った廃村あるだろ?」


司はあえて凛を見ずにそう言う。凛は頷きつつもわざわざ司の横に座った。途端に体を硬直させる司だが、大きく深呼吸してから言葉を続けた。


「あ、あそこにいたものがいなくなってるんだよ」

「あの廃村の奥にいたとかいうやつ?」

「そう」


去年に自分や来武、未来たちと行った廃村での肝試しだが、そこには土地に関係しない巨大な霊が2ついた。両方とも司によって消滅させられたが、奥にはそれらを呼び込んだ巨大な霊がいると司は言っていた。それがいなくなっているとはどういうことなのか。


「通り魔に関係しているとは思うんだけど・・・ま、毎日の除霊にも関係してるはず」


世間を賑わせている廃村の猟奇殺人事件に関しては、現場に行ったこともあるだけにどこか不気味なものを感じていた。司が言った奥にいたものの仕業ではないかと思い、ニュースになった際にそれを聞けば、そうかもしれないとだけ返していた。そしてその後に発生した通り魔事件。2つの事件にそれが絡んでいるとしても、接点が全くわからない。


「で、どうするの?」

「どうもしない。それはインテリと未来の仕事」

「でも危険でしょ?」

「一応、十七式は一通り教えているし、あいつの弱い霊圧でも撃退ぐらいは出来る、かな?」

「そんないい加減じゃだめ!」


そう言うと、凛は司の腕にしがみつくようにして体を密着させた。途端に赤面し、硬直する司。そんな2人を睨むようにした美咲はため息をつくと一瞬だけ強く目を閉じ、それからすぐにテレビを見た。


「フィルターかけたからどうぞいちゃついて」

「では遠慮なく」


そう言うと凛は固まっている司に思いっきり抱きついた。もはや呼吸すら満足にできない司は凛にされるがままだった。


「2人だけじゃ危ないから、司君が動いて欲しいなぁ」


甘えた声が耳元でするせいか、司はますます動悸を激しくして指先までピンと伸ばして固まる。他の、凛以外の女性には愛も恋も、女性としても見ることは無いほどに心が壊れている司がこの世界でただ1人女性として意識し、愛情を持っているのがこの凛だった。14歳の時に失った愛や恋、嫉妬、そして女性の体すら人の姿としか認識していない壊れた部分が、凛に対してのみ再生された結果だった。突然生まれたその感情に翻弄されているせいか、半年が経った今でもこの調子であり、凛としては楽しくも寂しい思いをしていた。それでもこの反応こそ司の愛情表現だけに満足はしている。今はその感情を逆手に取っての攻撃であった。


「で、で、でもさ、き、危険なことすると・・・・」

「未生もいるし、ま、許容範囲内で行動してね?」

「で、でもさ・・・」

「そっかぁ、私の頼みは聞けないかぁ・・・」

「え、いや・・・聞けるけど・・・・わ、わかった、やる、手伝う」

「それでこそ司君!」


さらに力強く司を抱きしめた凛によって司はもう失神寸前だった。


「フィルターかけても眩しいってさ、お姉ちゃん、もうね、異常だよ」

「ゴメンね」


ぴろっと舌を出す凛に苦笑した美咲だったが、凛が司を想うと出る虹色のオーラに慣れつつあった。愛情が深ければ深いほど眩しい光を放つそのオーラは霊力があるものであれば誰でも見ることが出来る。人よりも霊力が高い美咲にすればそれはもう太陽のごとき眩しさであり、霊力をカットするフィルターをかけなければ実際に目を開けることも出来なくなるのだ。最近はカットしても眩しさを感じるが、それにももう慣れている。その凛の好き好きオーラは1キロ先でもわかるほど強烈なのだが、慣れとは恐ろしいものだ。そうしているとインターホンが鳴った。来武と未来だとわかっているだけにモニターを確認せずに玄関へと向かった凛に開放され、司はぐったりした様子でソファに沈んだ。


「体がもたない」


連日の除霊に加えて凛のこういったスキンシップも毎日だ。女子大生になってアルバイトをしたいと申し出た時にそれを却下した信司が恨めしい。結局、凛は神社での手伝いをバイトとしてお金を得ているが、それを自分の小遣いに当てていた。元タレントであり、その美貌からしてアルバイト先で男に言い寄られるのは心配だが、かといって凛が間違いを犯すとも思えない。週に2日でもいない方がましだと思うが、心の奥ではやはり心配はしていた。そんな疲れきった司がリビングに入ってきた3人を見てさらに疲れた顔を見せた。


「今から晩飯って時に来るなよなぁ」

「一緒に食べるからいいじゃん」


幼馴染という関係を引いてもその言葉に疑問が生じる。


「せっかくだから一緒にって、嫌だった?」


凛の言葉に赤面しつつ立ち上がった司は何も言わずにキッチンへと向かった。そんな司を見た来武は苦笑を凛に向け、凛もまた苦笑を返した。


「まだあんな状態なんだ?」


それが司のことだとわかっている凛は苦笑をそのままに頷いた。


「手を繋いで歩くことから始めてるけど、それでも2回に1回程度しか無理みたい」

「めんどくさ」


笑いながらそう言う未来に笑みを返し、凛は3人をキッチンへと誘導した。元々4人掛けのテーブルと椅子だが、折りたたみの椅子を準備して食卓に着く。そうして食事が始まったが、話題は今日遭遇した通り魔のことになっていた。襲われていた2人組のことや、通り魔の特徴を来武が話す。食事に集中気味だった司だが、ちゃんと話は聞いていた。


「肉体に憑きながら姿を消す、ね」


今回の一番の疑問点を口にした司が味噌汁を飲んだ。


「ありえないっしょ」


美咲の言葉に来武が頷くが、現に消えたのだ。それは未来も、そしてあの場にいた健司と京也も見ている。


「霊と人間のハイブリッドってか?」

「司、私たちだけじゃ手に負えないんだよ、力を貸して」


未来の言葉にお椀を置いた司は一瞬だけ凛を見た。その凛は静かにお茶を飲んでいる。


「あー、ま、協力はしてやろう」

「助かる」


素直にそう言う来武とは違い、これは凛の差し金だと思う未来は嫌な笑みを浮かべていた。その笑みを見つつも表情を変えない司はさっさと食事を終えていた。


「ただし、明日は別行動を取るけどな」

「別って?」


未来の質問に答えずに立ち上がった司はチラッと凛を見やった。


「悪いけど、明日学校休む」

「風邪ね」

「ああ」


少し顔を赤くしつつキッチンを出た司はすぐに自室に戻っていった。


「別行動ってなんなんだろ?」

「多分、廃村だよ」


美咲の言葉に来武と未来は顔を見合わせた。かつて肝試しをした廃村で起こった猟奇的な事件は知っている。だが、今は通り魔を追う方が先決のはずだ。そもそも、廃村の事件と通り魔の事件が密接に関係しているとは思えない。


「俺は今日会った彼らにもう一度接触してみるよ。襲われるような風貌をしていなかったし、何より彼は今までの被害者とは違うしね」


ヤンキーではない健司が狙われた意味を知りたい来武の言葉に未来も頷く。とりあえず明日にでも接触を図るべく、来武は講義が終わればすぐに二見町へ向かうと決めたのだった。

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