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ダブルソウル  作者: 夏みかん
第1章 邂逅する魂
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邂逅

放課後となり、アルバイトもない京也は今日もまた屋上へと向かう。だが、いつもそこにいるはずの紀子の姿はなかった。20分ほどそこにいた京也だが、結局、姿を見せない紀子を気にしつつ屋上を去る。毎度毎度待ち合わせをしているわけでもないが、いるべき場所にいないとなればどこかしっくりこない感じだった。そんな京也が昇降口に着くと、ちょうど靴を履き替えている健司の姿が見えた。健司もまた京也に気づいて薄い笑みを浮かべてみせた。京也もまたにんまりと笑い、靴を履き替える。


「バイトないならドーナツ、行くか?」

「奢ってくれるのならね」

「お前がバイト料で奢れ」

「あれは生活費」


そう言い、笑い合う。健司のこういった発言には慣れていることもあって笑えるのだ。自ら奢れと言いながら奢られたことなどほとんどない。健司は自分の分は自分で払う、そういうきっちりした性格をしていた。少々ひねくれているが、それもまた健司なのだから。


「今井さんとはまだダメなのかい?」


自転車の後ろに乗った健司にそう聞いてみる。ゆっくりしたスピードで進む自転車だが、バランスは取れているので危なくはなかった。


「メールも着信も拒否されてる・・・会いに行ってもダメだった」


暗い声に悲壮感が漂っている。かなり参っている様子の健司に同情した京也はなんとかしたいと思い、いろいろ考えを巡らす。


「歩に相談してみるよ。彼女は今井さんと仲いいからさ」

「あー、うん・・・・頼めるのならお願いしたい」


そう言った矢先、急に自転車が止まる。何故こんな場所で止まるのかと疑問を持った健司が前を見て、そして小さな悲鳴に近い声を上げた。自分たちのいる先、10メートルほど前に立っている異様な姿の男を見たからだ。季節に合わない黒いジャンパーに汚れてぼろぼろのジーンズ。そしてざんばらになった髪。容姿以外で最も異様なのはその目だった。落ち窪んでいながらもぎらぎらした黒目がちの瞳がじっとこちらを見ている。それを見ているだけで背中に寒気が走り、体の奥底から恐怖がわきあがってくる。それは京也も同じだったのか、急いで自転車を反転させると大きくペダルを漕ぎ出した。


「あれが噂の通り魔か?」

「みたいだね」


焦る京也の声が恐怖を混ぜていた。健司は後ろを振り返るが、男は同じ場所に立ったままだった。報道ではヤンキーばかりを狙うという話だ。ならば自分たちが狙われることはないはずだった。現に男はまだその場に佇んでいる。ホッとした矢先、京也が急ブレーキをかけた。横顔を京也の背中にぶつけつつ何なんだと京也の背中を睨めば、その体は小刻みに震えていた。



「おい、どうした・・・・」


最後まで言葉が出る前に健司は絶句した。自分たちの目の前3メートルの位置にあの男が立っていたのだ。あわてて後ろを振り返るが、やはりそこに男はいない。追い抜かれた記憶もないのにどうやってそこに移動したのか。健司は咄嗟に自転車を降りた。男は瞳だけを動かして健司を見つめる。標的は自分なのかと思った矢先、男は早足で自転車に近づくと京也を掴もうと手を伸ばした。咄嗟に手を引いたこともあり、自転車が倒れる。京也は倒れた自転車の左側、健司は右側に立つ。そして男は京也から健司へと目標を変えた。手を伸ばし、健司を捕らえようと腕を伸ばしてきた。


「お前!ヤンキーしか狙わないんだろ?俺は違うだろ?」


必死の訴えも聞かず、男は無表情のまま健司を捕まえようと手を伸ばした。それをかいくぐり、京也の方へと移動し、2人は男に背を向けて駆けた。自転車など今はどうでもいい、それほどまでに心は恐怖で満たされていた。


「アレ、なんで俺を狙うんだよ!」

「知らないよ!悪いけど俺こっちへ行くから」


そう言い、京也はT字路を右側に曲がった。だが健司も同じように右に曲がる。


「こっち来るなって!」

「薄情なこと言うな!ってかお前強いんだろ?あいつを倒せ!」

「無茶言うなよぉ」

「多分、千石より弱いはずだ!許可する!行け!」


無責任この上ない言葉に閉口しつつ、京也は後ろを振り返る。そこに男の姿がないことにホッとした矢先、隣で走る健司が急に悲鳴を上げて立ち止まったために前を見れば、どういう原理かまたも男が数メートル先にいた。抜かれた記憶もなければ迂回する場所もない。最早不気味を通り越して異様だ。


「な、なんで?」

「知るか!行け!」


その言葉が終わると同時に一瞬にして男が目の前に現れた。驚く暇もなく、京也は健司へと伸ばしてきた男の右手首を掴み、そのまま左足を振り上げて男のあごにつま先をめり込ませた。首がのけぞるようにして顔が上を向くが、そのまま京也は蹴り上げた足を振り下ろし、後頭部に踵をめり込ませつつ相手の腕を掴んだまま右側に体を移動させた。その状態で相手の足を払うように蹴り、倒れこむ男の腕を逆間接に極めるようにして地面に伏せさせた。対象をうつぶせの状態で腕ひしぎ十地固めを極めた形になった京也は驚く健司を見て声を上げた。


「警察呼んで!」


その言葉にハッとなった健司が携帯を取り出した瞬間、京也の悲鳴がしたためにそっちを見た。何故か完璧に決まっていた関節技を解除した京也が身を抱えるようにしてうずくまっているのだ。


「何やってんだ!離すなよ!」


立ち上がろうとする男から離れつつそう言う健司だが、京也はうずくまったまま動けない。


「離す気はなかったんだけど・・・なんでか全身が・・・痛くって」


震える声でそう言い、京也は立ち上がろうとするが上手く体が動かない。そんな京也を立ち上がった男が見下ろすが、すぐに顔を健司に向けた。


「やっぱ俺?俺、ヤンキーっぽいの?」

「逃げた・・・方が・・・・いい・・・」


フラフラと立ち上がった京也がそう言うが、今の京也を残して逃げる健司ではない。咄嗟に構えるが心も体も震えていた。


「来るなって・・・」


そんな健司に向かって男が一歩踏み出した時だった。


みだし


健司の背後からその言葉が響いた瞬間、男は2、3歩よろけるようにして後ろに下がった。京也と健司が声の主を振り返れば、そこにいたのは1組の男女だ。すらりとした長身に切れ長の目、整った顔したその男は通り魔に近づくとそっと両手をその胸に置く。一瞬とはいえ通り魔の表情が歪んだのが印象的だった。


「こっち、早く!」


その男と一緒にいたショートカットの女性の言葉に健司が下がり、京也も思い足取りながら下がっていく。男は斜めに流した前髪を揺らし、通り魔に両手を当てたまま苦痛の表情を浮かべた。


「なんだ・・・・体が、痛い・・・」


その言葉に京也が男を見た。自分と同じで通り魔に触れた途端、全身を激痛が襲ったのだ。それは触った部分、触れた皮膚ではなく、なんというか全身の中身が燃えるように痛むのだ。


たち!」


男がそう叫ぶと通り魔の体が2メートルほど吹き飛んだ。痛そうに両手を振るった後、男は女の傍に来ると再度両手を突き出し、女は左手首で輝く銀色のブレスレットを右手で掴んでいた。


「あれ、なんなの?」

「分からない・・・霊力、霊圧、全てが不安定というか、明滅している感じで・・・俺程度じゃわからん」


男女の会話の内容が全く分からず混乱する健司と京也だが、目は通り魔から離さない。そう、ずっと通り魔を見ていたにも関わらず、その姿は一瞬で掻き消えてしまった。


「消えた?」


もう痛みの消えた京也の言葉に健司も無意識的に頷いた。


「霊圧も消えた・・・」


男がそう呟き、構えを解くように両手を下ろした。


「らいちゃん・・・あれって・・・人間なの?霊なの?」

「わからない・・・なんか両方だった感じがするが・・・にしても変だ」


『らいちゃん』と女性に言われた男、未生来武みしょうらいむは明らかに戸惑っていた。確かにあれは人に憑いた霊だった。そう、悪霊が肉体に憑依しているものだ。なのに何故、霊体のごとく姿を消せるのか、それがわからない。不安そうに自分を見つめる女性、来武の彼女でありサポートをしてくれる蓬莱未来ほうらいみくからも不安がありありの表情を浮かべていた。


「俺たちの手じゃ負えない相手だというのが今回の収穫かな」

「じゃ・・・どうするの?」

「絶対嫌がると思うが、何とか説得するしかないな・・・俺じゃ手に負えない」


ため息に苦笑を混ぜ、来武がそう言うと未来もまた苦い顔をして深いため息をついた。今の言葉だけで来武の意図を読んだようだ。


「・・・だね」

「とにかく帰ろう」

「うん」


未来の暗い返事に小さく微笑み、最早会話についていけず呆然としている2人へと向き直った来武は京也の胸に右手を置き、目を閉じてしばらくじっとしていた。そうして手を離し、目を開いた来武は今のことについて簡単に説明を始めた。


「あの通り魔だけどね、人間じゃない可能性が高いんだよ。理解できなくてもいい、頭の片隅にでも置いておけばいいよ。それと、君が何故狙われたかはわからない。でも、もし体調が悪くなったりあいつに追われたりした場合、神咲神社に来るといい」


健司にそう言い、優しく微笑んだ来武は簡単に自己紹介をして自分の携帯の番号を書いた紙を差し出した。


「本当に何かあればすぐに連絡をくれればいいから」

「あ、はい・・・」


どこか疑わしくも通り魔のことを考えれば、あれが人ではないと言われて納得もした。


「じゃ」


笑顔でそう言うと来武は頭を下げる未来を伴って去っていった。2人をただ呆然と見送るしかない2人だったが、とりあえず自転車の場所まで戻り、すぐに駅へと急いだ。さっきの来武の様子からして通り魔は完全に姿を消したのだろうが、それでも不安と恐怖があったからだ。人通りの多さを確認し、2人はそのまま帰るのもどこか不安でいつものドーナツ店に入った。だが食欲がわくはずもなく、飲み物だけをオーダーして椅子に座った。なんの会話もなく、ただ時間だけが流れていく。あれは一体何だったのか。そう思った京也がふとあることに気づいた。


「あの子、神木高校の制服着てたね」


名前は名乗らなかったが、雰囲気的に来武の彼女っぽいとは思えた。苺や歩には劣るが可愛い顔立ちをしていたのも印象に残っている。


「神木っつったら、去年いろいろあった学校だなぁ」


自分たちの学校では女子生徒連続誘拐事件があり、世間を賑わせた。その一方、比較的近い場所にある神木高校でも不可解な事件があったのは有名な話だ。いじめを苦にした男女の生徒が自分たちを苛めた者を数人殺害した事件。こちらはあまりに不可解なことが多すぎてワイドショーを賑わせた。その男女は窓から相手を転落死させているが、押したのではなく投げ飛ばしたとしか思えない状態で落下していたやら、その男女は警察がやって来た際には既に意識不明であり、2ヵ月後に死亡。生き残った苛めていた者たちも全員が精神病院へと送られており、全てが謎だらけの事件となっていた。そしてその事件から3ヶ月ほど後、今度は校内の人間全てが意識を失うという事件が発生している。こちらに怪我人は出なかったが、数名が入院をしたという噂もあってこれまた謎が謎を呼んでいた。その神木高校の女子生徒が通り魔を追い、彼氏らしき人物はあれが霊と関わりがあると口にしている。不可解な2件の事件もそういった超常現象の絡みだと、自分の周囲の女子の間で噂になっていたこともあって、健司は身震いをしてみせた。。


「霊、ね・・・」


あまりに現実離れをしているとは思うが、それでもあの通り魔を見れば納得せざるを得ない。ただ、何故自分が襲われたのかが腑に落ちなかった。


「とにかく、一度神咲神社に行ってみるのも手かもね」


その京也の言葉に頷きつつ、健司はため息をつくしかなかった。

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