友達という存在
目の前にある1つのドーナツをじっと見つめる苺はそのまま視線を前へと向けた。そこにあるのはイチゴのドーナツだ。しかしそれは自分のものではない。
「なに?」
あまりにイチゴのドーナツを見つめてくるので、そのドーナツを食べるために買った凛は首を傾げた。
「うーん・・・1個ってのが、どうも・・・」
いつもは5個ぐらい食べる苺だが、夏休みが明けてからはそれをセーブし、週に2回、それも1個だけに限定していた。それに加えて風呂上りのストレッチもしている。凛に言われた通りのダイエットを行いつつ、受験勉強にも力を入れていた。さすがに学力に差がありすぎて明人と同じ大学に進むことはできないが、それでもそれ相応の大学には進みたい。それもあってまずは自分のレベルアップを図るべく頑張っているのだ。
「あれ?早いね」
にこやかにやって来た春香を見た2人だが、その後ろに背後霊のごとく立っている健司を見て眉をひそめる。春香はそんな健司を無視して苺の隣に座ると健司に対してレジの方を指差した。その意味を理解しているのか、フラフラとドーナツが並ぶ場所に向かった健司は2個を選んでレジへと向かう。また何かやらかしたのか思う苺はため息をつきながら抹茶のドーナツを頬張った。
「何かあったの?」
凛の言葉に深いため息が出る。苺はまたかと思いながらも春香を目だけで見ていた。
「除霊と称して1年生の子の胸を触ってた。だから除霊と称してぶん殴っただけ」
淡々とそう言った春香はトレイを運んできた健司からそれを受け取ると後ろの席を黙って指さす。健司はその指示のままに後ろの席に座り、がっくりと首を垂れた。ここ最近変な夢ばかりを見るというその女子生徒に対して司を真似て祓ったのだが、もちろん効果はない。ただ単に胸を触っただけの行為に激怒した春香は、胸を触ったこと、そして出来もしない除霊をしたことに怒ったのだ。
「やけに暗いな」
遅れてやってきた明人はちらっと健司を見るが、こうなったことに興味がないのかかばんを置くとさっさとドーナツを買いに行く。新学期に入って2週間、凛は大学に近い位置にあるこの二見中央で苺と待ち合わせてはこの店でドーナツを食べることが多かった。ただでさえ美人の凛は他の客の目を引き、苺や明人も有名なだけにそれを見物に来る者も多かった。そんな明人が凛の隣に座るが、凛も別に気にしない。
「で、あいつは?」
健司を見た明人に事の事情を説明すれば、さすがの明人もため息しか出ない。苺同様、最早何も言うまいとアイスコーヒーを口にした時、顔色の悪い女子生徒を伴って司が入ってきた。
「あー、ここか」
にんまり笑う司は女子生徒を支えながら明人たちのところにやって来る。その女子生徒を見た健司は表情を凍りつかせ、春香は睨むようにその子を見ていた。
「結構なのに憑かれてるけど、外じゃ暑いしさぁ」
だからといって店内で除霊をする気かと思うが、そういったことを気にしない司は周囲の目も気にせずに女子生徒の胸に左手を押し付けた。少し騒然となる店内だが、司は気にせず右手でぽんと背中を押す。途端に顔色が良くなった女子生徒はぽかーんとした顔で司を見やった。司はにんまり微笑み、それを見た明人もまたかすかな笑みを浮かべていた。
「んじゃ制服脱いで」
平然とそう言う司にさらに店内がざわめき、さすがの凛もあわててそれを止める。
「冗談に決まってるじゃん。後でちゃんとするけどさ」
そう笑って言うが、本当に冗談かどうかわかったものではない。司は女子生徒を健司の前に座らせるとドーナツを買いに行こうとした。その時、健司たちの方を睨むように見ている春香を見てその歩みを止める。
「似たような大きさだったぞ、気にするな」
にんまり笑ってそう言う司に、凛は目を閉じて深いため息をつき、苺は顔色を悪くした。明人は片手で顔を覆い、笑いを堪えるのに必死だ。春香はのっそりと起き上がると満面の笑みを浮かべて靴を脱ぎ、椅子の上に立った。自分よりも高い位置にいる春香を不思議そうに見やる司にさらなる強い笑みを見せた春香はゆっくりと右足を挙げ、下着が見えるのもお構い無しにその振り上げた足を司の頭頂部にたたき付けた。司はその衝撃に床に倒れこみ、春香は黙って靴を履く。
「死ね!」
怒りの声が店内にこだまするが、苺や凛は恥ずかしさで身を縮めていた。明人は苦笑交じりの表情を司に向け、そのままそっと手を差し出した。
「まったく・・・少しは学習しろ」
「悪霊より怖いって思った人間は初めてだ」
手を掴んだ司が起き上がりながらそう言い、明人が声を出して笑った。苺にしても健司にしても、こんな明人は初めてのことだ。不思議に思う春香も苺を見て、それから凛を見やった。
「友達、だからね」
その凛の言葉に春香も微笑み、苺も笑った。
新しく増えた仲間との交流はまだ始まったばかりだ。これから先、長い間、司と明人は人生において深く絡んでいくことになるが、それはまだ運命の神様にしか知らないことである。未来は誰にも分からない。だからこそ、楽しい未来が待っている。そう予感する苺と凛はとびきりの笑顔で笑いあうのだった。
これにて司と明人、2人の接点となる物語は終了です。
今後、絡んでいくそれぞれの物語ですが、そこはまたおいおい。
陰と陽の存在を考えた時に生まれたのがこの2人であり、同時に設定しつつ、こうして交わることを前提に各々の物語を進めてきました。
本当は最初から1つの物語として展開したかったのですが、力量的に不可能でしたので2つの物語に分けました。
次はとりあえず、司のその後を展開していく予定です。
明人たちも絡んできますが、そこはわき役で。
また他の作品も読んでいただけたらと思います。
ありがとうございました。




