友達
出雲に戻ってからも何かと忙しく、遮名は今日ようやく刃の元に向かって歩いていた。大きな幅広の白い帽子を被り、日傘を差して農道を行けば今日も農作業をする刃の姿にその表情も緩んだ。そんな遮名に気づいた刃も手を休めて首にかけたタオルで汗を拭き、人懐っこい笑みを返してみせるのだった。
「お久しぶりです。旅行はいかがでしたか?」
「ええ、おかげさまで有意義だったわ。東京も見物できたしね」
珍しく砕けた言い方に刃は違和感を覚えるが、さほど気にすることではない。
「禍は滅びました。これで肩の荷が下りた気分。1つだけど、ね」
「そうですか。それは何よりです」
「あなたの弟子は・・・変わり者であなたに似ている人だった」
「俺に?似てるかなぁ?」
怪訝な顔をする刃に向かってくすっと微笑み、あぜ道にもかかわらず日陰のそこに腰掛ける。その横に刃もまた座り込んだ。
「その彼からの伝言です。元気でやっている、そして、あなたの言いつけを守っている、と」
その言葉を聞いた刃は感情のこもった笑顔になった。
「そうか・・・守っているか」
「何を言いつけたの?」
「やれることはやれってだけです」
その言葉を、その意味を知り、遮名は嬉しそうに微笑んでみせる。確かに今回も司はやれることを全てしてくれた。
「あなたの言うとおりだった」
「ん?」
「確かに彼は壊れていた・・・でも、そんな彼は私を惹き付けて止まない」
「でしょう?」
誇ったような顔をする刃に苦笑し、遮名は眩しい空を見上げてみせた。
「彼に会えた事が、とても嬉しい」
「何よりの言葉です」
「結婚式には呼びたいかな」
「それは勘弁して欲しいなぁ」
心底困った感じの言葉に遮名は声に出して笑った。司に会いに行く前と後では雰囲気が違う。良くも悪くも影響を受けたのかもしれないと思う刃は自然と笑顔になった。外見が子供なだけに大人びた口調や無理に年齢通りに見せようとしていた遮名を心配していただけに、これはいい傾向だと思う。
「彼ならば、いずれ現れる大いなる闇にも勝てると思う」
ここで神妙な顔になった遮名が少し俯いた。神地王家が遺した負の遺産、悪しき因縁。それを知っている刃だったが、晴れ渡った空を見上げ、遮名とは対照的に表情を緩めた。
「確かに、本来はあなたがたの問題だ。司は関係ない。でも、本気で助けを求める手を、あいつは振りほどかない。たとえそれが死に繋がることであってもね」
「死、か」
凛の顔を思い出す。ミコトの生まれ変わりであり、現世でも司の恋人だ。その凛が果たしてそれを了承するかどうかは果てしなく疑問だ。この問題はアマツもミコトも無関係だ。その後の神地王家が起こした問題であり、カグラの件は関わっていない。
「それに、あいつは死なない。あいつの周りには多くの仲間がいる。由美子さんもいる。何より、あいつは
アマツにないものを持っている」
「アマツに、ないもの?」
「そう。決定的に違うものを持ってる」
それが何かを言わないが、刃は満面の笑みを浮かべていた。弟子を信じる心がそこにあった。
「なら、信じます」
「そう。信じる者は救われる。それに、もしかしたら次の世代に委ねられるかもしれないしね?」
「次?」
「君の子供とか、そういう世代」
笑う刃に赤面する遮名。それは刃の子供であることも意味している。遮名はプイッと前を向き、そのまま口をぎゅっと紡いだ。
「2年したら、結婚しましょう」
「うん」
微笑む刃を見た遮名も微笑んだ。そんな遮名はそっと刃の手に自分の手を重ねた。微笑みあい、やがてその手が繋がれる。
「キスはもう少し体が大きくなるまで待ってもらうね?」
「別に平気ですけど、ま、それは別に構わないですよ」
「今の姿じゃ、ロリコンになっちゃうでしょう?」
「見た目はね・・・でも中身は立派な女性ですよ、あなたは」
その言葉に苦笑を浮かべた遮名だが、それはゆっくりととびきりの笑顔に変わるのだった。
*
ひとしきり海で遊び、女性陣が用意したお弁当を食べる。春香の料理の腕前に全員が唸り、苺のいびつな形をしたおにぎりに司が爆笑したりと大騒ぎが続いていた。昼からもグループに分かれたりしてそれぞれが海を満喫していた。沖合いの方で騒いでいる健司と司を見つつ、京也は飲みものを取りに一旦海から出てジュースを飲んでいた。歩は未来たちと波打ち際で遊んでいる。そんな京也に明人が近づいてきた。
「飲む?」
「ん」
差し出されたジュースを飲み、明人はタオルで顔を拭くとパラソルの下に座った。京也はその場に立ったままで、浮き輪に乗っている苺とそれを襲撃する凛へと顔を向けた。
「この間、舞流公園で明人と志保見さんの恩人に会ったよ」
海を見たままそう言った京也を驚きの目で見つめる明人は持っていたペットボトルを置き、あぐらをかいた。
「10年前のことを覚えていますかって聞いたら、覚えていた」
「そうか・・・」
明人は口元を緩め、あの時のことを思い出す。苺を救い、自分に声を掛けてくれた優しい笑顔は忘れようがない。今でも尊敬し、目標としてきたその人に会いたいと思うが、会って礼しか言えないだろう自分を想像して苦笑を浮かべた。
「偶然だったし、時間もなかったからほとんど話らしい話もできなかったよ」
「そうか」
明人はそうとしか言わない。自分も会いたいと思うけれど、きっとそれは叶わない。本当に偶然に期待するしかなく、それもまた期待は薄い。
「彼の娘さん、小学生なのに亀岩砕を使ってた。サッカーボールをそうやって受け止めてたよ」
その言葉を聞いた明人は薄く笑みを浮かべるだけで別に驚いた風には見えなかった。そこを疑問に思う京也は明人の横に座りながらも前を向いたままだった。
「驚かないんだね?」
「お前を見ていれば納得できるからな」
「俺を?」
横目で京也を見た明人は無表情だった。それもあって、明人の意図が全く読めない。そんな京也の顔を見た明人は前を見たままで口を開いた。
「千石と戦ったお前を見て思った。運動らしい運動をしていないお前があれだけの動きを見せられる。それは血の成せる技なのだろうと。本気でお前が修練を重ねていたら、俺なんかでは到底叶わない実力を持っていただろうしな。だから、生まれた時からそういう修練を積んできたのなら、子供だろうが女だろうが関係ない」
「そう、かな・・・」
「あの人は強いんだろう?」
「うん」
それは会ってみてはっきりとわかった。数々の伝説は伯父や父親から聞かされていたが、それでも京也は心のどこかで従兄弟である百零の方が強いと信じていた。だが、本当に強いのは木戸周人だ。会ってみてわかる独特の雰囲気。あの年で、サラリーマンをしている彼がみせたあの動きはキレがあるとかないとかいうレベルではなかった。だからこそ、その血を受け継いだ子供が小学生で奥義を使いこなし、その上で平然としていられるのは当然の結果なのだろう。自分とは体の造りが根本的に違うのだ。
「木戸の流派は多分、途絶えるよ。あの人も言ってた。今の時代に必要はないって」
「でも、それでも伝えているのは人を活かすため、か?」
「誰かを守るためって言ってた」
「そうか」
明人の口元が緩む。現にあの人は自分たちを救ってくれた。子供たちにもそういう風に教育し、育てているのであればその本流が殺人技でも活人技となるだろう。
「木戸無双流はもうない。でも、きっと木戸無明流は繋がっていくと思う。名前が消えても、その思想はずっと、永遠に・・・」
京也はそう言い、立ち上がった。明人もまた立ち上がる。
「縁があったら、また会おう・・・そう言ってたよ」
「縁か・・・そうだな、あるといい」
京也は頷き、明人はなんとも言えない笑みを口元に浮かべていた。そんな明人を見た京也は背伸びをし、海を見つめる。
「さて、健司のやつでも沈めに行こうかな」
「なら俺は神手だ」
2人はそう言って微笑みあい、海に向かって歩き出すのだった。
*
3時には海を上がり、キャンプ場に備え付けられているシャワーへと向かった。時間がかかる女子を先に行かせ、男子は重い荷物を運んでいく。上り坂は急で体力的にも遊んだ後で辛いが、ゆっくりしゃべりながら行けばそれも幾分かはましに思えた。一方、女性陣は1つのシャワーを2人で使っていた。シャワー自体が5つしかないため、他の利用客のことを考えてそうなったのだ。
「しかし失礼な話だ」
春香は狭いシャワールームの壁にもたれながら髪を流す未来に向かってそう言った。壁は薄く、隣にもまる聞こえだが気にしない。忘れていた感情が未来の胸を見た途端に蘇った結果だった。
「だいたい、あんたらがデカすぎるんだ!」
そう言って未来の胸を鷲掴みにしてみせる。
「ちょっと!春香!」
「未生さん以外にも触らせたやらしい胸め!」
「司なら、あれは例外でしょ?」
「とにかく、いらつくの!」
狭いシャワールームで暴れる2人の会話を聞きながら凛と苺は苦笑するしかない。ただでさえコンプレックスだった春香にしてみれば、司が胸の大きい順に並べたことは屈辱でしかない。そのわだかまりを持ったままシャワーを終え、男子と交代するがその際に司を睨みつけたのは言うまでもない。男子もシャワーを終えて着替え、バーベキューの準備が進む。意外なことに来武は火を起こすのが上手く、いつもは時間がかかるところが大幅に短縮できた。これは去年来た時にはなかったことで、凛ですら驚いたものだ。前世の記憶の成せる業かと思うが、本来こういったことも出来るのだろうと思う凛だった。女性陣も手際がよく、食材の準備はすぐに出来上がった。とりあえず焼き始め、ジュースが配られる。乾杯の音頭は何故か明人が取ることになり、あっさりと終わると思われたそれだが明人は全員を見渡し、少し話をし始めた。
「今回、不思議な縁で新しい友人も増えた。それはすごく有意義で、必然だった気がする。だから、この縁をずっと大事にしたい。その想いを込めて、乾杯!」
「かんぱーい!」
見事な言葉に全員が笑顔になって乾杯をした。わいわいと騒ぎながらするバーベキューは格別だ。ひたすらに肉だけを取る司と健司が春香に怒られ、苺に取ってあげる明人を全員が冷やかした。京也はジュースを注ぐ係りに任命されて慌しく動き、未来は歩と食材の補充に汗を流した。健司も写真をたくさん撮って回り、充実した時間を過ごしていく。そうして開始から1時間ほど経った頃、春香がまたも未来に絡み始めた。
「未来ってさぁ、神手の幼馴染なんでしょ?」
「うん」
ピーマンを口に入れながら頷く未来はチラッと司を見た。その司は相変わらず健司と肉の奪い合いをしている。
「好きになんなかったの?」
「好きだったよ。中学までは」
あっけらかんとそう言う未来にさすがの春香も少し驚いた。
「へぇ、そうなんだ」
「司があんな風だから、だからもうあきらめたの」
司の心が壊れた原因を知るのは明人ぐらいなもので、あとは苺が少しそれを知っている程度だ。だから未来はあえてそこを濁したのだ。お泊り会でも司が壊れた原因は除霊のせいとしか話していない。
「そっか。で、未生さんと?」
「高校に入ってらいちゃんを見たときに好きになったんだよね。でもあの頃のらいちゃんはちょっとツンツンしてたし、凛さんを好きなのわかってたから片想いっても憧れって感じかな」
俄然面白くなってきた話に春香の目が輝く。人間関係が複雑であればあるほど春香の好奇心はうなぎ登りに上昇していく。それを見た苺と歩はそそくさと春香の視界に入らないように場所を移動した。それを見た京也もそれに習い、明人は横目でそれらを見つつ食べることに集中するのだった。
「へぇ、なかなかいい関係じゃなぁい・・・面白いわね」
ニヤリと笑った春香の視線が来武と凛に注がれる。
「で、未生さんは凛さんとどうなったの?」
「どうって・・・・」
困った顔をする来武がチラッと凛を見ると、凛は少し焦げて黒くなったお肉を健司のお皿に入れていた。
「去年、ここで告白されて私が振ったの。私は司君が好きだったからね」
あっけらかんとそう言い、凛はしいたけを食べてご満悦な顔を浮かべる。来武は頭をかきつつ困った顔をするが、それを聞いていた未来が平然としていたために少しホッとしていた。
「ここで?」
「去年の夏にここでクラスメイトたちとキャンプしたんだよ。その夜に、ね」
「ふぅん・・・で、未来とくっついて、凛さんはこいつとか」
睨むように司を見るがジュースを一気飲みしていてまるで話を聞いていない。こいつには何を聞いても同じかと思う春香はため息をつき、肉に手を伸ばしたところで同じようにした未来の胸に腕が当たった。
「チッ!でかい胸をアピールしたな?」
「被害妄想もそこまでいくと凄いね」
苦笑し、お肉を食べる未来の胸を見つつ、横目で司を見やった。
「いいよねぇ、あんたはさ。いろんな女の胸を触れてさぁ」
「そうか?めんどくさいぞ?」
司にそういう感情はない。あるのはただ1人、凛だけだ。
「じゃぁ、凛さんが霊に憑かれたら、あんた触って祓えるの?」
その言葉に激しく赤面した司はむせ返り、慌ててジュースを飲んだ。この反応の違いに全員が苦笑する。
「未来の胸も触り放題・・・凛さんの胸も触り放題。苺のも触ったし、いいよねぇ」
そう言った矢先、突然司が春香の胸を触った。いや、触るというよりは揉むといったほうがいいか。突然のことにお皿を落とした春香が赤い顔をして悲鳴を上げるが、司はにんまりと笑っているだけで周囲が慌てる様がどこか滑稽だ。
「ちゃんとお前も胸あるじゃん。気にするな。それぐらいの方が祓いやすいんだぞ」
そう言い、今度は未来の胸を掴む。だが未来は平然とジュースを飲み、見ている来武が慌てるのだった。
「それに、ほら。そんなに変わんないって」
「司、あんたは少しそういうの勉強した方がいいよ?」
胸を揉まれても平然としている未来を凄いと思う苺、変だと思う歩だが何も言わない。
「そういうのって?」
「一般常識」
「受験勉強がない分、そこは勉強させます」
凛の言葉に満足そうに頷く未来だが、そんな2人の反応がどうにもおかしいと思う。普通であればもっと非難されて当然のはずだ。いくら心が壊れているからといってこれはない。
「未来も凛さんもおかしくない?」
「まぁね。でも、司はこうだからね。それに相手が司だから、反応するだけバカらしい」
笑いながらそう言い、凛も頷いている。来武も苦笑するだけで否定をしなかった。
「お前、役得にもほどがあるぞ」
健司は本音が出た自分を呪った。そこまで言って恐る恐る春香を見れば、禍すら霞むほどの恐ろしいオーラが出ている。
「桜園さんの嫉妬が生まれる前に改善した方がいい」
静かにそう言った明人が凛を見れば、凛は困ったように微笑むだけだ。だが、未来にしても今の明人の言葉は納得できる。特に来年からは宮司の養成所に通うために2年間も離れ離れになるのだ、心配はするはずだ。
「そうだぞ!」
「そうね」
そう言った健司と春香が視線を交わす。さっきまでの険悪なムードは微塵もなく、京也は黙って肉を口に入れつつ内心でため息をついた。
「また他の女の胸を触っていたわね?」
「あれは除霊だし、何も感じないし」
「私は感じるの!イヤなの!」
「そんなこと言っても・・・」
「もう別れる!」
「それは!それだけは!」
「じゃぁ、愛してる?」
「愛してる!」
「今夜は離さない?」
「離さない!それに、俺がこうなるのは凛だけだよ?」
「うん!私の胸、触り倒してぇ~!」
「みたいな?」
炭がパキッという音を立てる中、今のミニコントに司と美咲が爆笑し、凛は顔を赤くして俯いた。未来は疲れた顔を見せ、苺は申し訳さなそうな顔を凛へと向けていた。明人と来武は何事もなかったかのように食べ続け、歩はただ深いため息をつくのだった。
「こっちも教育しておきます」
申し訳なさそうにそう言う京也の言葉に明人が頷き、春香と健司は顔を見合わせて同時に首を傾げるのだった。
*
片付けも終えた一行は団欒の時間を迎えていた。未来と春香は木のベンチに腰掛けてお互いの恋愛論を語り合い、歩は京也を伴って林道へ散歩に出かける。美咲はバンガローの前で来武と霊力の話をし、健司はもう一度シャワーを浴びに行った。凛と苺もまた散歩に出かけ、司はジュースを飲みながら空を見上げていた。
「ちょっと、浜辺へ行かないか?」
「いいよ」
明人にそう誘われた司は笑みをそのままに了承した。そうして2人は会話もないまま坂を折り、浜辺に立つ。砂を踏まないように道路と浜辺の境界線になっているコンクリート部分に腰掛けた2人は持参したジュースのペットボトルを脇に置いた。月が海に反射してキラキラと輝いている。幻想的な景色に飲み込まれそうになる明人だったが、チラッと横目で司を見やった。その司は上空に浮かぶ月を見つめている。
「お前と魂を共有して、俺はお前の全てを知った」
「ま、お互い様、だけどな」
無表情の明人とは違い、司はにんまりと笑う。陰と陽、月と太陽、そんな2人の表情だ。
「中学の時の事件、ほとんど覚えていないんだな?」
「まぁな。ま、だから壊れてるって言うんだろうけどさ」
本人に壊れているといった自覚はもちろんない。今の自分が昔の自分と違うという認識もない。ただ周りがそう言うからそうだと思う程度なのだ。
「一言、謝っておこうと思ってな」
その言葉に司は明人を見るが、言った本人である明人は海を見たままだった。司にしてみれば明人がこうもぶっきらぼうでほとんど感情を表に出さない理由も知っている。だが、そんなことには興味がない司にとって明人がこうでも、また正反対で陽気であったとしても気にもしない。それが司だった。
「お前がどんな想いを抱いて霊と向き合っていたのか、どんな想いで戦っていたのか・・・それを知らずにあれこれ言ったり思ったり・・・・」
「想いもくそもない。ただするべきことをするだけ」
明人の言葉を遮るようにそう言った言葉は師匠から送られた言葉だ。その言葉の意味も、重みも共有した明人は黙ったまま地面へと視線を落とした。波が寄せて返す音だけが流れる中、しばしの沈黙が訪れた。
「謝られる事はされてない。謝らなければならないことはしたけどね」
笑う司につられてか、明人も小さく微笑む。お互い様だと、そう不器用に言ったのだ。司はあまり自分の気持ちを上手く表現できない人間だ。それは壊れているからではなく、そういう性格なのだ。それも理解している明人は笑みを強めながら空を見る。月が綺麗な光を湛えているのがわかった。
「そうか」
「そう」
だからお互いに謝る必要はない。口にせずとも分かり合える関係になっていた。
「お前を好きにはなれない、いや、なれなかった、か・・・・・けど、今は違う」
「好きっていう気持ちは理解できるけど・・・俺を好きになって彼女はどうすんの?」
「好きにも種類がある。苺に対する好きは愛情だ。お前に対する好きは、友情、かな」
「友情か。それは理解できるぞ」
愛情を失った男がそれを取り戻した相手は凛だけ。凛を好きな気持ちはあれど、同じ気持ちを他の女性に抱くことはない。そういう心は完全に消失し、ただ桜園凛という女性にだけそれがある。不思議だが、それを理解できる明人にしてみれば司は壊れていないと思えた。壊れているのは壊れていると思っているこちら側なのかもしれない。
「俺もお前と同じ目に遭えば、きっと同じになったと思う。壊れた、そんな風に」
「そうかな?」
「そうだ」
きっぱりとそう言いきられたが、嫌な気にはならない。司は微笑み、明人を見やった。
「あんたはやっぱり変わってる」
「お前が言うか?」
そう言って明人は笑った。司も笑う。そうしてしばらくの沈黙の後、今度は司が口を開いた。
「正直、あんたが羨ましいと思った」
司は前を向いたままで、明人はそんな司の横顔を見つめた。微笑むその顔はどこか憂いに満ちたような顔に見える。そんな司を見れず、明人は表情もなく月を見上げた。
「あんたには自分を理解してくれる友達がいる。けど、俺にはいない・・・まぁ、同じように幼馴染の女の子はいるけどな。でも、ああまで自分を理解してくれる友達はいないから」
いわれのないレッテルを貼られた結果がそれだった。ただでさえうさんくさい霊能者という立場にあり、さらにはレイプの疑惑も付きまとう。イジメではないが接触をしたいと思う者はほとんどいなかったこともあって孤立している状態だ。ただ、司はそれでも平気だ。人に干渉されたくない性格だけに、それはそれで心地よかった。それでも、司に救われた人は皆感謝をして自分の考えが間違っていたことを認識するが、だからといって広まった噂を覆すところまではいかない。それに司は救った見返りを求めないのだ。ただすべきことをするだけ。師匠の言葉に従った結果がそうだった、それだけなのだ。
「愛する人がいて、理解してくれる幼馴染がいる。前世から俺を知る変人もいるけど、ただそれだけだ」
来武を変人とは、本人が聞いたら悲しむと思うがそこはあえて何も言わない。明人は司の言葉を噛み締めつつ、ゆっくりした口調で口を開いた。
「俺はそんなものを欲しいと思わなかった。ただ、強くなりたい、強くなって苺を守りたい、それだけだった」
左右同時の蹴りをマスターし、それを使って苺を救う。そのために生きてきたと言っていいだろう。だが、その課程で得た健司と京也はかけがいのない親友だ。自分を理解し、それでいて自由にさせてくれる。ありがたく、そして心強い存在でもあった。そこに春香や歩が加わっただけのこと。司との違いなど微々たるものでしかない。
「それに、友達ならいるぞ」
明人はそう言い、司を見た。司もまた明人を見つめる。
「俺はお前を理解して、お前は俺を理解した」
その言葉に頷き、司は薄い笑みを口元に浮かべた。
「俺はもう、お前の友達だ」
明人は笑った。感情をこうまで表に出して笑うなど久しぶりのことだ。その笑顔を見た司もまた笑う。
「なら、苺ちゃんも、健司や京也、歩ちゃんに暴力女も友達か」
春香だけを名前で呼ばない司に苦笑するが、力強く頷く。そう、もうみんな友達なのだ。
「助け合い、喧嘩もする。本音を言い合い、ぶつかりあう。そうしてきた俺たちはもう友達だから」
「そっか。俺にもちゃんとした友達ができたか」
「ああ」
微笑む明人がジュースのペットボトルを手にする。それを見た司もまた同じようにペットボトルを手に持った。
「新しい友達に、乾杯」
「乾杯!」
音もなくぶつかるペットボトルだが、その響きは心に伝わる。2人はそのまま会話もなくジュースを飲むが、言葉にせずとも想いは伝わっていた。お互いがお互いを知る。魂を共有させるという異常な状態で分かり合ったとはいえ、2人の間にある友情は他の誰よりも固くなっていた。
*
月を見つめる2人の背中を見つめる凛と苺はお互いに顔を見合わせて微笑み合う。離れた場所からでもわかる2人の関係。そこに溝はなく、そして壁もない。あるのはただ深い想いだけ。そんな2人から視線を外し、凛と苺も見つめあう。そして手にした缶ジュースをぶつけ合って乾杯をした。孤高のパーフェクト・ガイを理解する女性、そして孤独な霊能者を理解する女性。愛する人の背中を見つめる2人の間にも溝はない。あるのは目の前に座る2人と同じ気持ちだけだった。




