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ダブルソウル  作者: 夏みかん
第3章 重なる魂
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月光

美咲が戻ってすぐに風呂に入り、その後に司、最後に明人が入浴を終えた。司はさっさと自室に戻り、美咲は苺を伴って部屋にこもる。残った明人は髪を乾かしたあとでキッチンに行けば、そこには凛がいて、いつものようにアイスレモンティーを用意していた。明人を見た凛は明人の分も用意する。礼を言った明人が今日ここに泊まった本当の目的を果たすべく、凛を誘うことにした。


「少し、話、いいですか?」


どことなくナンパに近い、いや、これから告白でもしようかというような口調になったが、凛は頷く。明人のそういった気配を感じたのか、今夜は涼しい風が吹いているからとベランダに誘った凛はレモンティーの入ったコップを手にしたまま2階へと向かった。明人もそれに続き、奥の空き部屋とは反対にある和室の方に向かった2人はそこにあるベランダに出た。確かに涼しい風が吹いているために暑さはそう感じなかった。もともと暑さに強い明人はさほど気にせず、凛もまた心地いい風を顔に受けながら目を閉じてそれを感じているようにしてみせる。風が長い髪を揺らし、幻想的な美しさを演出していた。そんな凛の横顔から空に浮かぶ月へと目を移す。明るい部分が黒い部分を侵食するようになり、つい先日まであった完全な半月ではなくなっていた。


「今日、あいつがあんな風になったのは、俺が原因です」


明人は月を見たまま静かな口調でそう言った。風が止み、凛の髪も揺れが収まる。そんな凛は明人を見て、それから手すりに手を置いてそこに体重をかけた。


「南秋穂の霊が残した言葉、もし取り込まれた彼らに良心が残っているのなら救って欲しい。その願いを叶えてほしいと、昨日、俺はあいつに言った」


明人にしては珍しくためらいを見せた言葉だったが、凛にすればそれは分からない。ただ黙ったまま明人を見ているだけだ。


「けど、あいつはそれを拒否した」


その言葉を聞いた凛の口元が緩んだ。明人は横目でそれを見て、凛がどれだけ司を理解しているかを知った。何故なら、その笑みは司が拒否した理由を悟ったものだったからだ。


「俺はそれが許せなかった・・・何故、死んだ人間の最後の望みすら叶えてやらないのか、それだけの力がありながら何故拒絶するのかって・・・」

「死んだ者の願いより、生きている者の命を大事にする人だから」


凛は前を向きながらそう呟く。口元に浮かぶのはかすかな笑み。そんな笑みを見て苦笑した明人は目の前に見える大きな木の群れへと目を向けた。神咲神社の木々が風に揺れている。


「だからあいつは、俺を戦わせた。最初はあてつけかと思ったけど、そうじゃなかった」

「あなたに霊圧を与えつつ、司君は良心を探してた。私たちを守りながら」


さすがに理解があると思う。こういう凛だからこそ、司の心は再生されたのだろう。


「あいつと魂を同居させて、それでお互いを知った・・・過去も記憶も、考えも、全て」

「そっか」


困った顔をした凛に目をやるが、顔は前を向いたままだった。司の心が壊れた原因も知った。もちろん、司にしてみればその原因となった事件の全容は覚えていない。明人はそれもまた司の心がブロックをかけたものだと考えていた。そういった苦しみを全て取り除いた結果の果てに心を壊したのだから。


「あなたは、あいつが自分に素直だと言った。まさにその通りでした」


司もまた秋穂の願いを叶えてやりたいと思っていた。だが、大人数を守りながら出来ることではない。死者の望みを叶えるために大切な人や生きている人間を死なせる行為はあってはならない。本来、死者の願いなど誰にも聞こえず、伝わらないものなのだから。それでも、司は希望を明人に託した。相手の霊圧を削ることでその中にある良心を見つけようとしたのだ。自分の信念に矛盾した結果、いつもの笑みが消えた。いざとなれば魔封剣で即座に禍を滅ぼそうという意志を持ち、明人のフォローをしたのだ。


「素直すぎるんだよ、司君は・・・だからかな、自分の命を軽く見てる。いつ死んでもいいって思ってる」

「それは少し違います」


明人は表情のない顔を凛に向ける。月光を浴びた美しい顔に思わずドキッとした凛だが、それはときめきとは違うものだ。


「今のあいつは死ねないって思ってる・・・あなたを泣かせることはしたくないって、そう思ってる」

「泣き虫って馬鹿にするくせに」


どこか嬉しそうにそう言う凛は月を見上げた。今度はその綺麗な横顔に明人がドキッとする番だった。


「俺はあいつを好きになれなかった、むしろ、嫌いだった」


苦笑を交えてそう言う明人の言葉に凛もまた小さく苦笑を漏らす。それは言わずとも凛には分かっていたことだ。性格が正反対なのだ、明人としては力がありながらめんどくさがりで口下手、人を馬鹿にしたような笑みを浮かべている司を受け入れることは出来ないと思っていた。


「俺は今まで、心から尊敬できる人はたった1人でした。小学生の頃、俺と苺を助けてくれた人。その人のようになりたくて、技を磨いてもきた」


暴漢に襲われた幼い苺を救ってくれた男。左右同時の蹴りをもってその暴漢を倒し、自分に進むべき道を教えてくれた名も知らぬ恩人だ。いや、つい最近、ようやくその人の名前を知った。


「あいつは好きになれないが、心から尊敬できる2人目の人間でもあります」


明人は小さく微笑む。1人で霊的な存在と戦う怖さを知った。飲み込まれそうな深く濃い闇が常に心を侵しにくる。恐怖を煽る感情を染み込ませ、絶望を植えつけてきた。それでも頑張れたのは司の霊圧のおかげだ。温かく、光り輝く霊圧が不安と闇を吹き飛ばしてくれた。同時にいつもどんな思いで戦っているのかを知る。人間を相手にした時にはない心の底から襲ってくる不安と常に戦いながら、それでも笑ってやってのける心の強さを知ったのだ。霊の強さと怖さを知り、だからこそ守りながら戦い、そうしながら相手の中に取り込まれた良心を探すなどといったことを拒否したのだと自分の甘さを呪いもした。


「あいつは自分の力なんてなくてもいいと言った」


その言葉に昨年末にあったエクソシストとの戦いのことを思い出す。あの時は司の全霊能力を封じた相手に対し、霊能力などなければないでいいと言っていた。それはおそらく本心なのだろう。


「だから、俺は言ったんです。そういった力を持った者の務めとして死者の魂を救えって」

「司君は、なんて?」

「なら、俺は誰が救ってくれるのかって」


明人は暗い顔を前に向け、凛はそっと顔を伏せた。司クラスの霊能者は世界に3人いるかいないかだ。そんな司を救える人間など、その辺にいるはずもないのだ。


「確かに、誰もあいつを救えない。あなたを除いて」


明人の表情が優しさを湛えたものに変化していた。いや、そこにあるのは嫉妬や憧れ、そういったものも含まれている。凛は困った顔をしつつも何も言わず、ただそんな明人を見つめていた。


「どんなに辛くても、怖くても、あいつは笑ってきた。それはいつ死んでもいいと思っていたから。でも、今は違う。笑うことであなたが安心できる。それを知っている。そしてその笑顔の裏にある恐怖や不安も、全てを終えてあなたの傍に立った時、それは吹き飛んであいつは救われるんです」


凛の目に涙が溜まる。普段から飄々として、抱きついたりすれば固まったりすることこそ愛情表現だと捉えてきた。困った顔や赤い顔、照れて焦る姿もまたそうだと。はっきり好きだと言ってもくれるが、それでもどこか不安だった。壊れた心が愛情を再生させた。だが、それでもどこか不安定な気がしていただけに、今の明人の言葉は何よりも嬉しい。司と魂を共有した明人の言葉に嘘はない、それだけは信じられる事実だ。


「あいつは、そういう部分では自分に嘘をついている」


それは嬉しい嘘だ。凛の目からこぼれる涙が月光を浴びて優しい光を放っていた。


「神手司の心は壊れている。でも、桜園凛に対する神手司の心は壊れていない」


明人はそう言い、笑みをそのままに月を見上げた。


「ありがとう」


かすれる声ながらはっきりと聞こえたその言葉に、明人はさらにその笑みを強めた。


「戸口君が誰よりも司君の理解者になっちゃったね?」

「好きじゃないのに、な」


そう言い、声を出して笑いあった。そしてしばらくの沈黙。心地いい風が2人を撫でるように通り過ぎて行く。


「でも、戸口君の心も、全部、司君にバレちゃったね?」


涙を拭う凛が悪戯な笑みを浮かべてそう言えば、明人はバツが悪そうに顔を背けた。そう、自分がそうだったように、司も明人と記憶を共有している。それをまざまざと見せ付けられたのが禍との戦いを終えた後で苺の胸を触ったことだった。深層心理の中にあった疑問、未来の胸を見てどちらが大きいのかを考えたその記憶を読んでの行動があれだった。だからこそ、明人はあの時、強く司を怒れずにいたのだ。ため息をつく明人を見つつ、凛はレモンティーを口にした。つられたわけではないが明人もそれに習う。


「でもきっと大丈夫。司君は他人のそういうのに興味ないから、すぐに忘れちゃうよ」

「他人に興味がない、か」


自分もそうだが、それは苺を想い、左右同時の蹴りをマスターするまでは苺との一定の距離を置くための処置だった。今ではそれがあたりまえで、仲間以外の人間に興味はないままだ。だが、司のそれは自分とは違う。過去の辛さを2度と体験しないよう、無意識的にそうしているのだ。


「ありがとう、戸口君」


そう言い、不意に右手を差し出す。明人は困った顔をしつつ、その右手を掴んだ。柔らかな感触を受けながら、自然と笑みが浮かぶ。


「こちらこそ」


そう言い、微笑みあう。月の光は癒しの光。今宵、明人も凛も、心が癒された、そんな静かな夜だった。



週末に女子だけで水着を買いに行き、その夜は司の家に泊まって女子会となった。司は自室に引きこもり、時折春香の襲来を受けてたじたじになることが多かったが。そんな春香の全国大会の会場は静岡とあって、健司と苺だけが応援に駆けつけた。明人は祖母に呼ばれて田舎に帰り、歩は部活で京也はバイトだった。元々応援などいらないと言っていた春香だったが、健司を見て発奮したのか、個人で8位入賞となったのだった。その週末はまたも全員が集結し、春香の健闘を称えたパーティとなっていた。この日は全員が神手家に泊まり、男女入り乱れての乱戦に突入して明人と司を除いて大いに盛り上がったのだった。そして意外なことに、その明人と司はよく会話をするようになった。そしてその場でキャンプの日取りが盆明けの水曜木曜に決まり、京也はその日をバイト休みに設定し、全国大会を終えた春香ももう引退で部活はない。歩は家の事情ということで部活を休むことにしていた。キャンプの打ち合わせも兼ねたこのお泊り会も無事終わり、あとはキャンプの日を待つばかりとなった。



久しぶりのデート場所は自転車で行けば1時間ほどで到着する大きな公園だった。Tシャツに帽子を被った京也は隣を走る歩を見やる。大きな麦わら帽子を被り、ポロシャツにジーンズ姿の歩は髪をばっさりと切っていた。かなりボーイッシュなほどのショートカットに驚いたが、それも活発で元気な歩には似合っていると思えた。そもそも髪を切った理由は暑いからということで、そのまま秋に向けて伸ばすことは決定しているらしい。京也はかつてのボサボサ頭はもうなく、歩と並んで歩いても遜色がないように気をつけていた。眼鏡も新調したが、これは安くていい眼鏡を見つけたためだ。健司と春香には冷やかされたが、別に色気づいたわけではない。そのまま公園に着くと、そこは噴水もあり、芝生もあってサイクリングコースもある家族連れでも楽しめる場所になっていた。2人は自転車を止めてぶらぶらし、パターゴルフなどをして楽しむ。お昼はお弁当でも作ろうと思ったのだが、暑さを警戒した結果、公園近くのコンビニで買うことにしていた。ベンチに腰掛けてその弁当を食べていれば、少し向こうでサッカーをしている小学生の男女に目がいった。こちらもボーイッシュな感じの女の子がどこか気弱な感じの男の子にボールを蹴っている。そんなありふれた夏休みの公園を見ていた矢先、その女の子が京也たちの方に向かってボールを蹴った。いや、正確には今、目の前を通っている男の人に目掛けてだが。空中にボールを放り、まるで空手の蹴りのような感じでそれを蹴ったのだ。凄まじいスピードで迫るボールは男の人を逸れて歩の方へと迫る。京也が咄嗟に手を出そうとした矢先、目の前の男性がいつの間にかそこにいて足を伸ばしてボールを受けると、その威力を殺して真上に緩やかに浮き上がらせた。サッカー選手か何かと思うが、こちらもまた空手のような足の出し方だったように思える。


「すまない、驚かせたね」


優しい笑みを浮かべたその男性を見た京也は何かを感じていた。血が騒ぐような、なんともいえない感覚が全身を襲っている。


「父さーん!ボール!」

「まったく」


そう呟くと男性もまた空中にボールを投げ、凄まじい速さの蹴りをもってそのボールを蹴った。猛スピードで迫るそのボールを少女は空中で静止させる。いや、それは間違いなく左右同時の蹴りをもってボールを止めたのだ。


亀岩砕きがんさい!?」


思わずそう呟くが、男性は娘である少女の方を見たままだった。しかし小学生の、しかも女の子が木戸流の奥義である亀岩砕を使えるものなのだろうか。だが実際にやってのけた事実、その後も普通に男の子とサッカーをして遊んでいる姿からして体の負担もないのだろう。


「すまなかったね」


見た目は30代前半だが、この男性が京也の知る男であれば40歳手前のはずだ。だが今の蹴りといい、伝説に翳りはないと思える。


「今の、今のって・・・」


思わず立ち上がる京也の膝の上にあった空になった弁当を受け止める歩はただ黙って京也を見ているだけだった。


「そう、亀岩砕・・・まぁ、才能だけは一品だよ」


そう言い、微笑む。自分が誰かを知っているような口調だが、そこに敵意はなかった。


「君は使えないのかい?」


優しい口調のまま、その男性はそう聞いてくる。やはりこの男性は自分の素性を知っている。


「使えません」

「そっか。それがいい。今の世の中、こんな技を使ってすることといえば悪さか、自分や大切な人を守ることぐらいだしね」

「そう、ですね」


聞きたいことが山ほどある。だが、頭の中がぐちゃぐちゃで上手く言葉にできないでいた。


「しかも力加減によっちゃ守るといってもやりすぎるし」


男性は苦笑し、額の汗を軽く拭った。京也はサッカーをして駆け回る男女を見つつ、それから再度男性を見つめた。


「あの子達が・・・」

「継がせる気はないよ、今はまだ、ね。でも嫁さんの意向でね、鍛えるだけ鍛えてる。誰かを守れるようにって、この家系に生まれての後悔がないようにって」


そうとしか言わず、男性は薄く笑った。その意図を読み取った京也は木戸の流派の終焉を予感して黙り込んだ。おそらく、この男性もまた過酷な過去を持ち、その結果を受けての今の言葉なのだと思えた。誰かを守るために技と理念を伝える。人を殺す技で人を活かすという矛盾。それは使い手の心1つで全てが変わるのだから。


「じゃ」


そう言い、去ろうとする男性の背に声を掛けた。


「じゅ、10年ほど前、小学生の女の子が暴漢に襲われて、連れの男の子がそいつに倒された!それを救ったこと、覚えていますか?」


その言葉を受け、男性がゆっくりと振り向く。その顔に笑みはなく、それを思い出そうとしている表情を浮かべている。


「あー、うん、あったね、そういえば」


にっこり笑う男性を見た京也はぎゅっと拳を握る。


「その子たち、俺の友達なんです」

「そうなんだ」

「彼はあなたに憧れて、そして・・・・・」


本当に言いたいことはそれではない。いなくなった従兄弟のこと、本来の木戸無双流の後継者のことを聞きたかったのだ。だが、口から出た言葉は明人と苺のことだ。自分でも何故それを口にしたのかはわからない。


「そんな大それた人間じゃないよ。でも、元気なら良かった」


口元に浮かぶ淡い微笑が印象的だった。歩でさえ心がときめくような、そんな微笑だった。


「父さーん!母さんが戻って来いって!あと、電話に出ろって怒ってた!」


ボールを手にした女の子の声にその微笑が苦笑に変わる。ズボンのポケットから取り出したスマホを見て渋い顔をし、それから京也と歩に笑顔を見せた。


「じゃぁ」

「あ、はい。ありがとうございました」


そう言った京也と頭を下げる歩に笑みを濃くし、数歩歩いたところで男性が振り返る。


「君の名前と、その友達の名前、聞いてなかったね」


優しい笑顔のまま、男性はそう言った。


「木戸・・・木戸京也。友達は戸口明人と志保美苺です」

「覚えたよ。俺は木戸周人。縁があれば、また。戸口君と志保美さんにもそう伝えておいて下さい」

「はい」

「じゃ」


そう言い、周人は駆け足で去っていく。そのまま娘と息子を伴い、公園の向こうに消えた。


「木戸って、あの人・・・」


歩の声を聞きながら脱力したようにベンチに座る京也は差し出されるハンカチを受け取りながら額の汗を拭う。思っていたよりも雰囲気が違ったが、紛れもなく伝説の男のオーラを持っていた。


「木戸無明流の継承者だよ。伝説にして最強の魔獣・・・」

「魔獣?」

「昔はね」


そう言い、京也は拳を強く握った。同じ流派の宗家の継承者。最強にして数々の伝説をもつ獣。その名に違わぬ実力は今も健在だと思う。それに、自分の流派である木戸無双流の継承者であり、今現在行方不明である木戸百零きどびゃくれいと接点があった人物でもある。その百零も天才であり、宗家に勝てる逸材だと言われていたが、実際に周人を目の前にすればいかに天才であっても勝てなかったと思う。


「明人が尊敬して止まない人、憧れの人物か・・・」


思っていた人物とは随分違うと思う。


「どんな人なの?」


歩は周人に興味を持ったようでそう質問を投げてきた。京也は弁当を食べる歩を見つつ、周人に関する話をして聞かせた。そして今度、キャンプに時にでも明人と苺に今日のことを伝えようと決めたのだった。

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