変調
学校帰りにドーナツを食べるのは日課ではない。だが、ここ10日ほどはずっとここでドーナツを食べていた。基本的に帰りに友人たちとここに寄る事が多いのだが、この10日間はずっと1人だ。ようするにヤケ食いというものをしていることもあって、1人でいたいという心理もそこにあった。そんな志保美苺の目の前には5種類ものドーナツが並んでいる。アイスレモンティーを一口飲み、チョコのドーナツを手に取ると大きな口を開けて一気に頬張る。最近重くなってきたお腹周りが気になるが、それでもこれは止められない。不貞腐れた顔をしつつ2個目のドーナツを頬張る苺はこうなった原因である幼馴染で恋人でもある戸口明人の言葉を思い出してさらに不愉快な顔をしてみせた。昨年のクリスマスイブに明人から告白されて長年の片想いに終止符を打った苺は明人とのラブラブな生活を楽しんでいた。そう、春休みに入るまでは。進級を間近に控えた春休み、家も隣とあって明人の家に行った苺はそこで衝撃的な言葉を聞かされたのだ。付き合ったその日に体の関係を持って以来、苺は明人との肉体的、精神的な繋がりを求めた。別に中毒や依存症ではなく、好きな人に抱かれるという行為が肉体的にも精神的にも快感と安心感を得ていたのだ。多いときは毎日、少なくとも週に3回の行為にさすがの明人もこれではいけないと実感していた。そこで明人は苺にある提案をしたのだ。
『これに依存しすぎだ。少なくとも俺がいいと言うまでそういう行為はなしだ』
元々クールで親しい友人以外の他人に興味はなく、鋼鉄の意思を持つ明人は容姿端麗、文武両道、しかも家がお金持ちであるパーフェクト・ガイ、PGと呼ばれている学校でも1、2を争ういい男だった。常に冷静沈着で論理的、しかも一度決めたことは決して曲げない性格もあり、苺はその条件を渋々ながらに飲んだのだ。そして春休みの間は健全な関係を保ち、デートをした。キスは許してもらえたこともあって我慢ができた苺だったが、2ヶ月経っても解禁にならない現状にイライラし、今では4ヶ月目に突入で欲求不満も最高潮に達していた。そして我慢は限界を超え、ついに10日前、明人に詰め寄ったのだ。
「もうそろそろ解禁にならない?」
その返事は実に簡潔だった。
「ならん」
この4ヶ月間、したいと口に出さずにいたこともあって納得がいかない苺は明人にその真意を問いただした。すると明人は小さなため息をついたあとでまっすぐに苺を見た。
「お盆ぐらいまで解禁する気はない。だいたい高校生なんだ、いろいろ気をつけなきゃならないこともあるし、危険も伴う。俺はお前を大事にしたい」
だがその言葉は苺にとって都合のいい言い訳のようにしか聞こえなかった。大事にしたいという気持ちはありがたいが、繋がりを拒否された気になったのだ。明人はなしでも平気なのか、浮気でもしているのかと思うが、浮気はまずないと思えた。元々意志の強い明人だけに、欲求すらも押さえ込んでいるのだろう。それ以降、苺はその不満を食べることによって解消していた。いや、実際は解消されてはいないが、この10日間は明人とも連絡を断ち、毎朝一緒に登校するものの会話は一切なかった。付き合う前も、付き合ってからも初めてする喧嘩。苺は最後のドーナツを口に入れるとレモンティーを飲み干した。親友である今井春香や浅見紀子はさっさと仲直りをしろと言うが、苺としては明人から謝らない限り許すつもりはなかった。かといって明人が謝るとも思えない。別れることは頭にないが、モヤモヤとした気持ちはこの10日間消えることが無い。確かに迫りすぎた気はするが、拒否しなかった明人も明人だ。そこが納得いかない苺はあれだけ食べたにも関わらず満腹感すら得られずに店を出た。駅に隣接した店であるためにそのまま改札のある方へ向かおうとした矢先、不意に前から来た人物にぶつかった。
「すみません」
よそ見というか、考え事をしていたこともあって咄嗟にそう謝った苺が顔を上げ、小さな悲鳴を上げた。7月の半ばだということもあってか、ここ最近は猛暑ともいえるほどに暑い。それなのに黒いジャンパーを着込んだその男は痩せて落ち窪んだ目で苺をじっと見ていた。恐怖心から2、3歩下がった苺は再度その人物をまじまじと見やる。頬もこけ、指も骨かと思うほどに細かった。やけに色白なのも気になる。だぶだぶのジーンズもひどく汚れてぼろぼろになっており、それだけで不気味さをかもし出していた。髪も長らく洗っていないのか脂でぎとぎとで、体臭も酷かった。さらに2、3歩下がった苺を横目に、男はフラフラとした足取りで前に進む。肩が胸にぶつかりながらも男は苺を見ることなく去っていった。周囲の人も男を見てひそひそ話をし、歩いている人は露骨に男を避けていた。苺はぶるっと身震いし、早足でホームへ向かって駆けた。一刻も早く男のことを忘れたいと思っての行動だったが、しばらくは男の顔も臭いも消えることはなかった。
*
「いってきます」
高揚のない声でそう言った明人は玄関を出て道路に出た。そのまま隣の家の2階へと目を向ける。いつもであれば隣の家のインターホンを押して苺を呼ぶのだが、この10日ほどそれをしていない。それは喧嘩をしたからではなく、苺が体調不良で寝込んでいるせいだった。高熱と微熱が交互に続き、酷い咳もしているのに医者は原因がわからないと言ったらしい。薬の効果もなく、食欲もないようで少し痩せたと苺の母親から聞かされている。ラインと電話でやりとりはしているが、辛そうなのもあってそれもどこか控え気味になっていた。面会は苺から拒否されていることもあって、症状が初期の2回ほど見舞った以外では顔は見ていない。苺としては明人にうつしたくないからという気遣いだったが、明人にしてみればうつされてでも会いたいと思っているのが本心だ。小さなため息をつき駅へと向かう明人は、駅にいた自分よりも暗く沈んだ親友の顔を見て少しだけ口元を緩めた。
「よぉ」
「おはよう」
親友、遠山健司の元気のない挨拶に普段どおりの挨拶を返す。自分もそうだが、健司もまた彼女である春香との関係が上手くいっていない。同じく去年のクリスマスイブにカップルになった健司と春香だが、こちらも現在絶賛喧嘩中であり、音信不通状態でもあった。明人は2人の喧嘩の原因を知っているが、こういったことに首を突っ込む気などはない。現状、自分もまた苺とはすれ違っている身分であり、アドバイスが出来ない立場というのもあるが、基本的に他人の色恋沙汰のトラブルに首を突っ込む明人ではなかった。
「苺ちゃん、今日も?」
「ああ。週末までに改善されないなら、大きな病院へ行くとさ」
「そうか」
揺れる電車の中の会話はこれだけだった。周囲には同じ高校の生徒、多くは女子生徒だが、その会話が聞こえてくる。
「例の事件、バラバラのやつ・・・刃物じゃないって話、本当かなぁ?」
「ありえないっしょ?」
「でもあそこってさ、肝試しに行った人も死んでるんでしょ?」
そんな会話を聞いてそっちを見やる健司に対し、明人はいつもように窓の外の景色を眺めていた。
「通り魔も出てるしさ、なんか物騒だよねぇ」
「うちの学校もいろいろあったけど、神木高校でもいろいろあったじゃん?不安~」
健司はため息をついて窓の外を見た。去年の女子生徒連続誘拐事件は一応の解決をしたが、結局、海外に売られた女子生徒はいまだ1人しか見つかっていない。捜査に協力し、解決に導いた明人たちだが、心の中のもやもやが晴れることはない。事件は本当の意味で解決したとは言えないのだから。
「通り魔か・・・」
ぽつりとそう呟いた明人の方へと目だけを向ける。明人は景色を見たままだった。
「気になるのか?」
健司はそう聞いたが、答えはわかっていた。失踪事件もそうだが、こういう雰囲気の明人は頭の中で捜査を始めているといえよう。捜査というよりも推理だが、その推理を実証すべく動くのだから結果として捜査になる。
「気になるというか、変だ」
「変?」
「動機がはっきりしているのに通り魔的な犯行だからな」
「動機?」
今現在、ワイドショーを賑わせているのは廃村で起こった猟奇殺人事件と通り魔事件の2つだ。廃村での猟奇殺人事件は死亡した5人は大学の友人関係であり、ここへ肝試しにきたことは報道されている。だが、男性4人がバラバラで、女性1人は全裸ながら傷1つない状態だということ以外は何もわからない状態になっていた。女性の死因も不明であり、犯人の手掛かりもなかった。元々この廃村では肝試しに来た者が死傷する事故が相次いでいたこともあり、呪いだとはやし立てる週刊誌もあってインターネット上でもかなりの話題になっているのが現状だ。一方、その猟奇殺人事件後に二見町界隈で起こっている連続通り魔事件もまた謎の多いことで話題だった。身なりも目撃情報も多いのだが、忽然と姿を消すのだ。それに、明人が言うように動機というか、ターゲットがはっきりしているのもまた特徴的だ。通り魔はその犯行こそ通り魔的に突然姿を現すが、狙う相手は全て俗にいうヤンキーやチンピラの類だった。コンビニの駐車場にたむろしている者たちを襲ったり、道を歩いているそれらしき人物を襲ったりしているのだ。襲われた者は皆こん睡状態に陥り、3日後に死亡していることは伏せられている。これだけはっきりしているにも関わらず、襲撃後は忽然と姿を消しているのだった。しかもそれだけではなく、わずかな時間でありえないほど遠くに移動していることもまた謎を呼んでいた。ただ、出没するのは二見町や、4駅向こうの神木町までと結構な広範囲に及んでいる。猟奇殺人事件を担当している笹山警視正と通り魔事件を担当している笹山と同期の木下警部もまたこの2つの不可解な事件に頭を痛めていることは誰も知らない。とにかく、動機がはっきりしながら通り魔的な犯行を繰り返す犯人に疑問を抱く明人を横目で見た健司の表情が緩んだ。
「名探偵の出番か?」
その言葉の意味を理解したのか、明人は小さなため息をつく。
「ない」
「マジ?」
「今はそれどこじゃないだろう?俺も、お前も」
「まぁ、な」
その言葉に大きなため息をついてうなだれた健司は彼女である春香と音信不通状態にある身を呪った。無言に戻った後、すぐに電車が駅に到着する。普通であればここで春香が合流するのだが、ここ一週間ほどは姿を見せていない。そう、健司と喧嘩をしたのが一週間前なのである。今日もまた昨日と同じかと落ち込む健司を横目で見る明人だが、何も言わずに歩き出す。そのまま会話のない状態で校門前まで来た明人たちの前に2台の自転車が止まった。
「おはよう!」
「おはようございます」
自分たちとは違って元気のいい挨拶をしてくるその2人、木戸京也と一枝歩のカップルに小さな笑みを浮かべた明人がおはようと言えば、露骨に羨ましさを全開にした顔の健司の暗い挨拶が返ってきた。その挨拶と春香の姿がないことに苦笑した京也は自転車を降りると歩を促して駐輪場へと向かった。
「春香さん、今日もいなかったね」
「意地になってるんだろうねぇ」
「昨日、春香さんとラインしたときはいけるかなって思ったのになぁ」
「歩が気にすることないよ。健司の問題だもの」
暗い顔をした歩を気遣う京也だが、実際こういう問題は当人たちが解決するしかないと考えていた。元々イケメンでモテる健司が他の女子と仲良くしていることが原因で口論となり、部活もあってあまり会えていないストレスがぶつかりあっての喧嘩だけに第三者がどうこうできるとは思っていなかった。だが、歩にしてみれば姉貴分と慕う春香が気になるだけに何とかしたいと考えているのだが上手くいかず悩んでもいた。結局、苺も体調不良で、それ以前から明人とどこかぎこちなかっただけに、仲良し男女6人の3カップルの中で円満なのは京也と歩のカップルだけになっている。他の2組よりも付き合いが長いというだけでなく、歩が京也を心底信頼し、愛しているからこその関係だと明人は分析していた。そして京也もまた歩を信頼し、心から好きでいる。羨ましいと思う反面、何故、自分たちにそれが出来ないのかが不思議でならなかった。
「志保美さん、まだダメなの?」
自転車を置いた京也の言葉に明人は頷いた。
「そっか」
そのまま会話もなく昇降口に入り、歩とはそこで別れた。3年生の教室は最上階である4階にあり、健司は1組であるために階段を上ってすぐに別れた。同じ4組である明人と京也は教室に入り、席が離れているためにそれぞれの席につく。すると既に登校していた紀子が明人に近づいていった。
「苺、まだダメみたいね」
「ああ」
「全然良くならないって・・・大丈夫なのかな?」
「わからん、が、週末までに改善されなければ大きな病院へ行く」
「むー・・・・なんなんだろうね」
目だけを紀子に向けてそう言う明人だが、心配そうな雰囲気は出ていた。小さなため息を残し、次に紀子は京也に近づいていく。
「おはよう」
「うん、おはよう」
「苺、まだダメみたいね」
「だね」
「でももう10日も調子悪いって・・・・・妊娠、とか?」
最後を小声で言った紀子の配慮に苦笑しつつ、明人に限ってそれはないと言いきった京也は笑ってみせた。紀子も本気ではなかったようでぴろっと舌を出してみせる。容姿は校内でぶっちぎりのナンバーワン、三大美女であるキューティ3の1人だけにその仕草もまた可愛らしい。他の男子ならば確実に顔を赤くしていたのだろうが、紀子を友達としか認識していない京也にはそれがなかった。だからこそ、紀子は京也に心を許し、何でも言える友達になっているのだが。
「ぶっそうな事件は多いし、志保美さんは調子悪いし、健司と今井さんは喧嘩してるし・・・去年の事件の方がまだ気が楽だったかも」
「恋愛の喧嘩は木戸無双流でも無理だもんね」
「まぁね」
そう言って笑い合う。京也の素性は全て知っている紀子だからこその言葉が心地よかった。それに、歩のおかげで木戸という呪われた血の宿縁も受け入れているだけに、こういった会話も多くなっているのだ。400年以上前に生まれた人を殺すための技、木戸無双流。その技を受け継ぐ最後の人物が京也なのだが、使える技はわずか7つしかない。京也が正統な継承者ではないこともあり、また正統継承者が生死不明とあって木戸無双流はすでに断絶している状態にあった。
「明後日は土曜日だし、志保美さんのお見舞いに行こうかと思ってる」
「なら連絡ちょうだい。私も一緒に行くから」
「わかった」
微笑んだ京也に満足そうな顔をした紀子。それを横目で見ていた明人はこの2人の間に恋愛感情がないことが不思議でならなかった、歩と付き合う、正確には出会う前から友達関係だった。紀子は美人で頭もいいが、どこか人を寄せ付けない雰囲気を持っている。紀子のことを他人事のように言えない明人も随分に無愛想で人を寄せ付けないが。とにかく、紀子は友達が少ない。心を許している友達は京也と苺だけといっていいだろう。去年の事件を境に明人たちとも仲良くはなっているものの、それでもどこか一線を引いているのは理解している。何故頑なにそうしているのかは分からないが、時折見せる寂しそうな目を知っているだけに、明人にしても京也にしてもそれ以上踏み込むことはできなかった。そんな紀子を見つつ、明人は珍しくあからさまなため息をついた。今、気になるのはそんなことではなく、苺のことだ。喧嘩というか、気まずい関係になったことに関してはあまり気にしていない。まるで依存症のように関係を迫る苺に流されていた自分も悪いとは思うし、何より自分もまた繋がりたいと思っていたのは確かだからだ。だからといってそればかりではダメだと思う自分もいて、そう考えての提案だったのだ。その上での体調不良となれば精神的に追い詰めたのかと思ってしまう。いつも冷静沈着でクールな明人らしからぬ思考に誰よりも自分自身が戸惑っていた。ただ、原因不明の体調不良というのが引っかかる。本当にストレスから来ているのあればその原因は自分にあるからだ。明人は両手を伸ばして机に突っ伏した。普段なら絶対に見せることの無いその仕草に教室内の女子がヒソヒソニヤニヤしていたが、明人はそのまま始業のチャイムが鳴るまで動くことはしなかった。
*
いつもは5人揃って中庭で弁当を食べるのだが、春香と苺が離脱してからもう2週間になる。男3人だけで集まることもなくなり、1週間前からは各自が席で食べるようになっていた。明人は自分の席で黙々と弁当を食べ、健司はクラスの友達と机をつき合わせていた。残る京也は彼女である歩と中庭にいた。苺の病欠と春香と健司の喧嘩を知ってからこうするようになっているのだ。元々学年が違うこともあり、歩は自分のクラスで弁当を食べていたのだが、この1週間はずっと京也と一緒にいた。勿論、友人である岬英理子の了承は得ている。
「通り魔とか、怖くない?」
弁当を食べ終えた京也の言葉に最後のご飯を口に入れた歩は頷いた。二見町を中心に出没している通り魔はヤンキーやゴロツキばかりを狙っているが、女性には一切の被害が出ていないのが特徴的だった。それもあってか、歩はどこか楽観的でいるようだ。
「京也もいるし、大丈夫」
「いや・・・咄嗟に対応はできないけどね」
女子生徒連続誘拐事件の黒幕であった千石久遠は暗術と呼ばれる暗殺術の使い手だった。それを倒した京也を全面的に信頼している歩だが、実戦の経験はその時の一回しかない京也にしてみれば通り魔にすぐさま対応できるほど肝は据わっていない。それでも歩は優しい笑みを浮かべていた。
「でも基本的に1人なんだし、気をつけてね」
バスケ部に所属している歩と一緒に帰宅することは少ないが、だからこその注意でもあった。歩は心配してくれていることが嬉しいのか、にこやかに頷く。そんな歩を見て苦笑するが、京也もまた頷いた。
「でも、通り魔よりも春香さんと苺さんの方が心配だけどね」
「まぁね・・・志保美さんはともかく、今井さんと健司の問題は俺たちでどうにかできることじゃないしねぇ」
その言葉に暗い顔をしつつ頷く歩を見た京也はため息をついた。水泳部の活動が忙しく、部長である春香のストレスが多くなっていた矢先、健司がクラスの女子と楽しそうにドーナツを食べていたことを目撃したのが喧嘩の発端だった。会いたいけど会えない、それは同じなはずだった。電話とラインも頻繁にしていた。けれど、春香の中にはいつも不安があった。健司はイケメンでモテる。春香という彼女がいるのは周知の事実だが、それでも告白をしてくる女子生徒が多かったからだ。当たり前だが健司はそれを全て断っている。けれど、春香にしてみれば嬉しさの半面、不安も大きかった。いつか自分は捨てられる、心のどこかでそう思っているのだ。そんな矢先の目撃に、春香の中で何かが切れた。怒りのラインを送り、電話で口論となり、現在距離を置いている。春香とはクラスも違うために会うことは少なく、健司はかなり参っているようだ。いつも明るい健司が暗いのはそれが原因だとみんなが知っていた。だからこそ、この隙にと健司に告白する者も多いのだが、健司の返事は全てノーだった。
「素直な2人じゃないからねぇ」
苦笑混じりにそう言い、京也は薄い雲に覆われた空を見上げた。7月半ばに入ったばかりで、雨の日も少なくなってきている。夏休みを目前に控え、そんな晴れと雨の中間の天気に再度ため息が漏れた。