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ダブルソウル  作者: 夏みかん
第2章 すれ違う魂
17/27

前夜

駅で電車を待つ5人は無言だった。遮名から聞かされたアマツとミコト、そしてカグラの伝承の真実。来武はその全てを記憶として持っているが、凛にしてみればそれは衝撃的だ。現存する最古の神事的な文献、それはアマツの弟によって残されたものだ。兄の生き様と死をつづったその内容は対霊的存在に関する貴重な資料でもあり、今では出雲大社の神殿に奉納されている最重要文化財でもある。アマツが編み出した封神十七式、そして光天翼と太陽剣。ミコトが持つ対象術者の能力を飛躍的に増加させる霊光協調連結、そしてカグラの持つ霊式断空術。この3人が大昔の日本を悪しき魂から救ってきたことを知るものはもう少ない。凛は自分の前世の末路を知り、なんともいえない気持ちになっていた。アマツを愛していながら邪念に憑かれたカグラに犯され、そして愛する人をも失った。遮名によれば、凛が何の能力も持たずに生まれ変わった原因がそこにあるいう。こんな能力がなければという思いが普通の女性として生まれ変わらせたのだという。そんな凛は司を見つめる。時刻表を眺めているその横顔はいつもと変わらぬ飄々をしたものだ。ミコトが呪わしい。そういう力を継いで持って生まれたのであれば司の手助けもできたろうに。ただ、遮名をもってしても何故、光天翼が凛に戻ったのかは謎のままだそうだ。本来、それは司が持つべき力。強大な霊圧とアマツ以来完璧に封神十七式を使いこなす人間。だからこその生まれ変わりなのだろうが、文献にあるアマツとは正反対の性格だ。心が壊れているから、そう言えばそうなのだろうが。素直でなかったミコトへの想い、その反動から自分に素直である司となっているのだろうか。いつか蘇るカグラを封じるためにその力をそのまま持って生まれ変わった。だが、彼は何故生まれ変わる課程で最大の能力である光天翼を放棄したのか、遮名は不思議がっていた。でも、その理由を凛は分かっていた。おそらく、生きるためだ。命を削って使う能力だからこそ、必ず来世でも自分を探すといったミコトの言葉を信じ、出会うまでに死ぬリスクを最小限に抑えるためだろうと思う。そして自分は司と出会った。前世など関係なく好きになり、司は失った心を再度蘇らせた。だからこそ、自分は司を守りたい。明日の相手は魔封剣さえあればどうにかなる相手だと分かっていても、やはり不安だ。実際に戦うのは司なのだから。


「光天翼・・・明日だけでも司君に返せないかな?」


隣にいる来武にそうポツリと言うが、来武は難しい顔をするだけだ。


「大丈夫だよ」


そう言い、司は笑った。策があるのかないのかわからない、いつもの笑み。だが、それに返す凛の笑みは不安がいっぱいのものだ。


「約束したろ?」


笑みを強くした司に頷くことしか出来ない自分が歯がゆかった。



京也に歩、そして春香は着替えを取りに一旦帰り、健司がバイクを往復させて夕食までに全員が揃うこととなった。今日の晩御飯は豚の冷しゃぶだ。信司の進言で明人たちの友達全員が揃うこととなり、これによって遮名の忠告は完全に無視される方向になるのは間違いなかった。キッチンとリビングを隔てる扉を外し、大きなテーブルを置いてわいわいと食事が進む。春香に歩といった美形が増えたことも喜ばしい信司は終始ご機嫌でビールもよく進んでいた。


「春香ちゃんは健司君と付き合ってるのか・・・友達同士でカップルか。未来ちゃんと未生君もそうだし、そういった意味でも縁があるなぁ」

「そうですね、まさに神様の巡り合わせです」

「あ、上手いね!」


信司は春香の言葉ににんまりと笑い、その笑顔を見た歩はさすがに親子だと司の笑顔をそこに重ねていた。


「そっかそっか、でもみんな経験済みか・・・司、お前だけがおいてけぼりだぞ!」


酔ったこともあってまたいつものセクハラ発言が始まったと思う美咲が隣に座っていることもあってすねを蹴るが効果がない。


「いいんだよ、俺は」

「お前が良くても凛ちゃんが欲求不満になるぞ?浮気されて泣くのはお前だし」

「しませんけどね、浮気」


冷たいその凛の言葉にさすがの信司もやや冷静な顔つきになったが、哀しいかなそれは一瞬のことだった。


「でも凛ちゃん、モテるだろうし、心配は心配だなぁ」


信司の心からの呟きに健司が反応する。


「絶対言い寄ってくる男が多いでしょうしね・・・神手、大丈夫か?」

「なにが?」

「あんたは・・・そういう態度がダメなのよ!」


何故か春香のダメ出しも入る。京也は嫌な予感を覚えつつ2人を見ていた。


「私のこと、嫌いなの?」

「嫌いじゃないけど・・・俺・・・」

「そんなんじゃダメ!ちゃんと言ってくれないと!」

「好きだ!」

「本当に?」

「ああ、前世から、ずっとずっと、好きだぁ!」

「私も!」

「もう離さないよ?」

「離さないで・・・・」

「そして・・・」

「合体!」

「みたいな?」


抱き合って顔だけを凛に向ける。その寸劇に激しく顔を赤らめる凛に対し、司は爆笑していた。信司も顔を片手で覆ってくっくと笑い、美咲もまたニヤニヤした顔をしていた。


「もうね、悪霊まみれにしていいから」


京也の言葉に歩が頷き、それを見た凛は赤い顔のまま小さく微笑んだ。


「春香さん!その合体っていうの、反省したんじゃないの?」

「・・・・まぁ、今夜だけの解禁ってことで」


歩の叱責にもめげない春香に深々とため息が出る。


「こいつらはいつもこうだ、気にしない方がいい」


明人のフォローで凛の顔の火照りも収まるが、健司1人の時にはなかったことだけに春香との相性の良さが少し羨ましくなる。こんな寸劇など、未来や来武が一緒でもありえないだけに驚くばかりだった。


「でも、まぁ、付き合う前から凛ちゃんのおっきな生乳触ってるから、スキンシップは取れてるか」


2缶目のビールも空にしてそう言う信司のすねを思いっきり蹴りつける美咲によって今度こそ信司は悶絶した。だが、今の言葉は健司と春香の暴走を促すには十分であり、凛は激しく赤面し、珍しく司も顔を赤くしてそっぽを向いた。


「除霊、だろう?」


明人がそうフォローするが、何故か不機嫌そうだ。


「あー、私もされたやつね」


その言葉に健司が即座に反応し、春香はニヤニヤとした顔になる。京也は深々とため息をつき、そんな京也を不思議そうに歩が見やった。


「ってことは・・・まだ触られてないのは・・・春香ちゃんと歩ちゃん、か」


酔っている割には冷静にそう言い、信司は2人の胸を見比べる。あまり膨らみが感じられない春香に対し、歩のそれは未来に匹敵しそうなボリュームを持っていた。苺に凛という別格の胸とは違って程よい感じが信司的には目の保養になっていた。


「未来ちゃんも?」

「私は小さい頃から危ない目に遭わされてきたしね。司はあんなだし、気にしないけど。恥ずかしいだけ」


あっけらかんとした未来の口調に幼馴染の余裕が見て取れる。彼氏であるはずの来武も平然としていることから、こういったことに慣れているのかもしれないと思えた。


「果物女の胸は未来より大きくて、り、凛より小さい・・・感じだったなぁ」


最後は照れた司の言葉に凛の拳骨が炸裂する。苺や未来の胸を思い出してもなんとも思わないが、やはり凛の胸を思い出すだけで恥ずかしくなるらしい。そんな司を無表情で見ていた明人だが、自分の彼女である苺の胸を触ったことは気に入らない感じが出ていた。


「お前は人の名前を覚えないのか?」


その気に入らない感じをそのままに明人がそう問いかける。司がまともに名前を呼ぶのは凛と美咲、そして未来に対してだけだ。ずっと一緒に行動しているはずの来武に対してもインテリなどと呼んでいるし、笹山に対してもおっさんとしか呼んでいない。ちなみに苺は果物女、明人はクール男と呼ばれている。健司に至っては今やただ単にお前だ。


「いちいちめんどくさいし」

「らいちゃんはインテリじゃないのにね」

「じゃー、俺もらいちゃんて呼ぶ」

「止めてくれ・・・」


その心の底からの声にみんなが笑った。こういったわいわい騒ぐ夜など久しぶりのことだ。信司はこういう仲間こそ大切にしなければならないと考え、自分は行けないがキャンプ場を予約すると約束をした。今からとなれば空いている日を探すのに苦労するが、それでも全員が乗り気で信司にお願いをして夕食は終わるのだった。



全員が風呂も終え、近所からの除霊のお礼のスイカを堪能した面々は男女に分かれて過ごしていた。これは春香が女子だけで話をしたいと言い出し、それに未来と美咲が賛同してこうなった結果だった。女性陣は明人と健司が寝泊りしていた部屋に引きこもり、扇風機2台を稼動させてそれぞれの恋愛や生活観について話あう。女子会が開始されて1時間あまり、二見高校組の馴れ初めを終え、未来と来武の馴れ初めが披露されていた。来武が霊的な力を得て前世の記憶も全て持ってしまった今年始めのカグラ事件の後、司の影響でそういう方面に詳しい未来が来武の専属アドバイザーになったことが発端だった。未来は自分の知る知識を来武に与え、時に司に知恵を借りるものの、そのやる気のなさに閉口して信司にアドバイスを求めた。これによって来武は信司の教えも受けつつ徐々に霊場に借り出されていくことになる。もちろん、司のフォロー付きだが。そういった親密な関係になり、まだまだ未熟ながらも未来をかばいつつ除霊を行う来武に惹かれていったのだ。元々来武に対してほのかな想いもあり、事件をきっかけに以前とは違った来武にその想いを強くしていった。また、来武も優しく、時に厳しい未来に惹かれるのは当然で、2人は来武の卒業式の日から付き合うことになったのだ。


「で、向こうからの告白なわけ?」

「うん。でも、近いうちに私もしようと思ってたし、タイミング的にはいい感じだったけどね」


未来は恥ずかしげもなくそう言い、ジュースを飲む。濃い内容にここまで誰も暑さを感じていないのは幸いだ。


「で、初キスと初エッチは?」

「・・・それ、ここで聞きます?」


未来に迫る春香に呆れる歩の言葉が飛ぶ。そんな歩に苦笑する凛は歩の方が精神年齢的に春香より上の印象を持った。


「あんたみたいに出会ってから半年以上もかかったかどうか気になるじゃん」

「付き合ってから半年です!それに春香さんなんて付き合って3日目でしょう?」

「速さで言うなら即日合体のエロ苺がいるじゃん」

「・・・・大きな声で言うと男子に聞こえるって!」


声を潜める苺などお構い無しに未来に迫る春香。もはやこの暴走魔女を止める人物はここにはいない。


「キスはまぁ・・・一週間後、だったかな?」

「そ、そうだったんだ・・・」


何故か凛が顔を赤らめるが、お前はメインディッシュだという目をした春香はさらに未来に迫る。


「で、そのまま?」

「いや、さすがにそれは・・・・・・・ま、一ヶ月ぐらい後、かな」


徐々に声が小さくなるが、未来は大胆にも発表した。


「フー!」


春香だけでなく、何故か苺と美咲も声を上げた。歩は深いため息をつき、凛は困った顔をしてみせる。そんな凛へと鋭い目を向けた春香に、凛は引きつった笑みを浮かべるのが精一杯だった。


「で、凛さんは?」

「私はまだキスだけ。司君がああだし、多分そういうのは何年も先になると思う」

「でも胸触ったりしてるんでしょ?」

「それは付き合う前っていうか、司君がそういう心を芽生えさせてからはないよ」

「あいつ、抱きつかれただけで失神したこともあるしね」


呆れ口調の未来だが、司の心を壊したという罪悪感はもう随分薄れている。司が凛を好きになった、その心を凛だけとはいえ蘇らせたことで未来のトラウマも解消されつつあるのだ。


「よく我慢できるよね?」


しみじみそう言う苺にしてみれば、確かに依存症的なほど異常な時期はあったが、そのせいで禁止令が出されてからは欲求不満の塊になってしまったほどだ。もちろん、体の関係が4ヶ月も途絶えたからだけではない。明人はスキンシップ自体もかなり制限し、それに対しての不満もあったのだ。


「我慢っていうか・・・以前の司君に比べたら雲泥の差だし、それも当然かなって」


微笑む凛の言葉に未来も頷く。今でも壊れたままの司の心だが、その司をよく知っている未来にすればここまでの凛に対する司の反応は奇跡としか言いようがなかった。だからこそ、凛もゆっくりと、司のペースに合わせているのだろうと思う。それこそ、深い愛情の成せる技だといえよう。


「でも前世の恋人とまた巡り会うって、ロマンティックですよね」


歩はしみじみとそう言い、苺もどこかうっとりとしている。2千年の時を超えて、また2人は巡り会い、恋に落ちたのだから。


「あー、でも関係ないと思う。そういう因縁の前に出会って、私は司君を好きになったし」

「無意識的に、じゃないの?」

「んー・・・・違うと思う」

「心、壊れてるのに?」

「壊れていても、司君、モテるから」


凛はそう言い、笑った。そんな凛から未来へと顔を向けた春香は同じように微笑んでいる未来に難しい顔をしてみせる。とてもそうは思えないからだ。


「それはないと思いたい」

「でも、裕子さんとか絶対好きだと思うし・・・ね?」


そう未来から振られた凛は困った顔をしつつ頷く。裕子は凛の高校時代からの親友であり、同じ大学に通っている活発的で春香に似た感じの女性だ。廃村での肝試し事件をきっかけに司とは親しくなり、それ以降はいいおもちゃとして扱っている。だが、時折凛も裕子の中にある司への特別な感情を感じることがあった。ああいう性格だけに大学に入ってもモテる裕子だが、それを全部断っている。


『理想を言えば、神手みたいなタイプがいい』


そう公言しているのもあってのことだ。だが、裕子が司を好きでも絶対にそれを伝えることないないだろう。裕子は凛を親友と思い、また司をその親友の彼氏と認識しているからだ。それに、司には凛以外の女性にそういう感情はない。壊れた部分が元に戻ったのではなく、新しく生まれた感情だけに、裕子を好きになるという気持ちがわからないからだ。現に凛には好きだという感情がある司だが、それがどういうものかはわかっていない。凛にだけある特別な感情だと自覚していることもあって、他の女性にまったく興味がないのは変わらない。だからこそ、司の心は壊れたまま元に戻ることはないのだ。


「ややこしいんですね?」

「まぁね」


歩にそう言われ、苦笑する。


「だいたい壊れた原因って?」

「それは・・・・・・」

「・・・んー、じゃぁ話題を変えて、怖い話シリーズに行こう!未来ちゃん、除霊とかでそういう話ない?」


言いたくない、その言葉は凛の口から出なかったが、春香はそれを察したのだ。そういう切り替えが出来る春香に好感を得た凛は春香のコップにジュースを注ぐ。その後、深夜まで続いた怪談話だが、司が関わった事例だけに怖い話も怖くなくなり、6人はその場で雑魚寝をして朝を迎えるのだった。



女性陣が部屋にこもって1時間が経つ頃、男性陣はリビングにいた。明日のことを考えているせいか、こちらはあまり会話はなかった。明人はずっと押し黙ったまま秋穂のことを考えていた。彼女は最後まで自分を責め、今回の事件のことを嘆きながら天に昇っていったのだ。最後の最後で司の言葉が気休めにはなっただろうと思うが、それでもどこか納得がいかない。そう思う明人は立ち上がり、ぼけーっとテレビを見ている司を誘うことにする。


「神手、ちょっと、いいか?」

「んあ?」


司が明人を見上げるが、明人はそんな司を一瞬だけ見てさっさとリビングを出て行く。やれやれといった顔をした司もめんどくさそうに立ち上がると明人に続いて部屋を出て行った。


「なんだろうな?」

「明日のことじゃない?」


京也の言葉に納得し、健司はリビングから顔だけを出して上を窺うようにしてみせる。


「何の話してんのかな?」


興味津々の健司にため息を漏らす京也はテレビのバラエティ番組を見たままだ。


「聞き耳立てに行ってまた怒られても知らないからなぁ」


その言葉に苦い顔を引っ込める健司は先ほど風呂場で春香と一緒に入っていた凛との会話を盗み聞いていたのがバレで踵落しを2発喰らっている。そのせいか、ソファに身を埋めるようにしてみせた健司はトイレから戻ってきた来武をチラッと見つつテレビの方に意識を向けた。


「神手と戸口君は?」

「話があるとかで出て行きました」

「そう、か・・・」


意味ありげにそう言いつつもそれ以上は何も言わない。そんな来武は床に座り、自分を見ている健司へと顔を向ける。


「どうしたんだい?」

「彼女さんって胸、大きいですよね?」

「は?」


来武と京也が同時に声をあげた。何故、その話題を今、口に出したと思う2人が顔を見合わせると、健司は深い深いため息をついた。


「春香はまぁ、性格は歪んでるし、怒りっぽいし、乱暴で・・・でも、一緒にいると楽で、気が合う。文句はないんだよ・・・でも・・・ああもデカイ胸の女ばかり目の前にいたら・・・わかるだろ?」


そう切実に言われた京也だが、首をひねるしかない。正直、どうでもいいことだと思うからだ。


「いいか、今、上にいる女性陣を並べた時、春香は美咲ちゃんの次だ。中学生の次なんだぞ!」

「怒っても仕方ないでしょうに」

「お前の彼女はD!春香はB!苺ちゃんはE、いやF?で、凛さんはそれよりデカイ!多分・・・G?」

「なんで歩のサイズ知ってるの?」

「とにかくだ、中学3年生ながらつるぺったんの美咲ちゃんの次であり、次の歩ちゃんまで2サイズも違う!」


京也の質問を無視して力説する健司に苦笑するしかない来武、困った顔をする京也。そんな2人を無視して健司は立ち上がった!


「俺は霊能者になる!そして、無条件でデカイ胸を生で見て、生で触る!」

「へぇ・・・・・・そう」


ここにいないはずの女性の声にビクッと体を震わせた健司の顔から尋常ではない汗が噴出した。京也は静かに目を閉じ、来武は心の中でそっと両手を合わせた。


「は、春香さん、どうしたのかな?」


震える声ながらなんとか普通にそう言う。ゆっくりと声のした方を見れば腕組みをした春香がそこにいた。


「トイレに来たんだけど・・・そっかそっか・・・・・胸ね・・・ごめんね・・・・・」


申し訳なさそうにそう言い、春香の右足がゆっくりと床を離れていく。健司は目だけでそれを追うが、体が動かないのかじっとしたままだ。


「霊になれっ!」


そのまま勢い良く跳ね上がった右足が健司の股間に炸裂した。思わず自分の股間を押さえる京也と来武は白目を向いて倒れこむ健司を見ることしかできなかった。


「死ね!」


春香はそう吐き捨てると大きな音を立ててトイレに消えた。


「除霊、お願いします」

「邪念というか・・・邪な考えだけでも祓う?」


冗談を言い合いながらも顔に笑みがない2人だった。



家の中で、いや、誰にも聞かれたくない明人は司を外に連れ出していた。神社のそばの小さな公園の入り口にある石の上に腰掛け、司を見る。その司はあくびをしながら明人の前に立った。


「何?」

「明日、禍とやらが出てくるとして・・・取り込まれている2人を助けることは出来ないのか?」


無表情でそう言う明人に対し、司はやれやれといった顔をしつつ明人の横に腰掛ける。そのまま顔をやや上に向ければ、光と闇に完全に分かれた月があった。


「見てみないとわかんないけど、無理だ」


見てみないとわからないと言いつつ無理だと言い切ったその言葉に明人の目が鋭くなる。


「本当は出来るのだろうが・・・めんどくさい、と言うんじゃないんだろうな?」


そう言われた司はあからさまにため息をつくとそのまま視線を前に向けた。


「めんどくさいさ、そりゃな」

「出来るのら、助けて欲しい」

「無理だと言ったろ?」


小さく微笑みながらそう言う司に対して怒りが湧き上がる。何故こいつはこうなのだろうか。死んだ彼女の最後の願いを叶えてやろうという気持ちが何故起きないのか。どうして、せめて来世では幸せにしてやろうと思わないのか。


「2人の良心を救い出せば、来世で・・・」

「結ばれる可能性は限りなくゼロだ」


ここでようやく司は明人を見る。珍しく真剣な目に少し冷静になる明人だが、それでも主張は止めない。


「お前や桜園さんの例があってもか?」

「たまたまだ。それに、カグラという障害があったればこそ」

「だが、けどな・・・」

「なら聞くが、お前、明日一緒に来るのか?」


その意外な言葉に明人は顔をしかめつつ頷く。それを見た司は小馬鹿にしたような笑みを浮かべて再度月を見上げてみせた。


「当たり前だ」

「なら、良心は探せない」

「何故だ?」

「お前、言ってる意味わかってないだろ?自分がどれだけ無茶なことを言ってるかわかってないだろ?」


呆れ口調に呆れた笑み。それが明人をさらに苛立たせるには十分だった。


「無茶?」


怒りの込められた声だが司は笑みを消さない。


「お前はこの地球上の海の中から指先ほどの小さな石を拾えるのか?」


例が極端すぎてそれほど難しいことだとは思えない。明人はそういう意思を込めて司を睨む。睨まれた司は笑みをそのままに明人のその視線を受け流すようにしてみせた。


「それに、そうして良心を探している間も相手は待ってくれない。俺は凛を、インテリは未来をかばいつつ戦うのがやっとだ。そんな中、相手はこっちがもたもたしている間にお前やデカ乳の彼女を殺そうとするんだ」


そう言われては何も言えない。だが睨んだ目をそのままに明人は怒りを顔に出した。


「それでも、それでも助けたいと思うのが人の心だ」

「お人よしにもほどがあるわ」


その言葉に明人は司の胸倉を掴んだ。ほとんど無意識に近い感じで体が動いた結果である。健司や京也が見れば驚くほどの感情の表れ。何故、自分は司相手だとこうまで冷静さを欠いてしまうのか。


「俺にお前の力があれば、絶対にあきらめない!」

「出来ればあげたいよ、こんなもん」


予想外の言葉に明人は掴んでいる手の力を緩める。司はそんな手の上に自分の手を置き、そっと引き剥がすようにしてみせる。明人はされるがまま、手を離した。


「でもな、もしあんたにこの力があったとしたら、多分、もう死んでる」

「どういう意味だ?」

「悪霊ってのは一つの感情しかない。怒り、憎しみ、嫉妬、殺意・・・負の感情だよ。そんな連中はためらいなんかない。こっちがためらえば、簡単に殺されるんだ」


幾度もそういう経験をしてきた重みがそこにあった。司は笑みを消し、そうして再度腰掛ける。


「それにな、助けたところで同じ時代、同じ世代、同じ場所で生まれ変わるなんてことはない。俺や凛はカグラという懸念材料があったればこそ、高い霊圧を持っていたからこその結果、つまり、イレギュラーだ」


自分たちは特別である。2千年もの時を超えて同じ時代、同じ世代、同じ場所を選んで生まれ変わった。それは高い霊圧を持ち、カグラという邪念を打ち砕くために選ばれた新しい戦いのステージでしかない。みんながみんなそういった願いを込めて生まれ変われるのなら、今頃この世は自殺者で溢れている。今の世の中に絶望し、来世に期待する。それは願いであって望みではないのだ。


「それでも・・・・俺は・・・・」

「こんな力、なくなってもいいと思ってる。常に見える死人、その死人の声も聞こえる。静かな時間などない。生きた人間からも死んだ人間からも助けてくれと言われる」

「それがそういう力を持って生まれた者の務めだろう?」


その言葉を聞いた司は微笑むと立ちあがった。そのまま憂いに満ちた目で明人を見やる。明人は鋭い目をしつつ司の目を見つめた。


「なら、俺は誰が救ってくれるの?」


除霊の果てに心を壊した。好きな人を救いながらも罵声を浴びせられ、謂れのない噂を流された。精神の崩壊を防ぐために自らが自らの心を壊して守った。自分で自分を守ったのだ。誰も救ってくれなかったから。


「そうまでして救いたいなら、あんたにも責任を負わせてあげるさ」


そう言い、司は笑みをそのままにその場を立ち去った。言っている意味がわからない明人だが、だからといって後を追うこともしない。誰が自分を救ってくれるのか、司が問いかけたその答えが出せない自分が歯がゆかった。


「やっぱりお前は壊れてるよ!」


去り行く司の背中にそう叫ぶのが精一杯だ。司は振り返ることも立ち止まることもせずにそのまま家の中に入っていく。たとえどうであれ、自分は秋穂の願いを叶えてやりたい、そう思う。


『なら、俺は誰が救ってくれるの?』


その言葉が何度も何度も明人の頭の中で再生される。答えは出ず、問いだけがこだまするのだ。


「やっぱり、あいつを好きには・・・・なれない」


吐き捨てるようにそう言い、明人は苦渋に満ちた顔を俯かせた。空に浮かぶ半月が雲に隠れていく。明人の心もまた、半分で、そして雲がかかっていた。助けたいという光、自分にはその力がないという闇、そして司という雲の存在。行き場のない怒りを拳に封じるようにぎゅっと両手を力いっぱい握り締め、明人は表情を無にして公園を後にするのだった。

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